環境の変化と公正取引の確保 - Business & Law(ビジネスアンドロー)

© Business & Law LLC.

はじめに

本連載は、リーガルテック導入やリーガルオペレーションの進化における課題について、法務部長(佐々木)と弁護士(久保さん)が、往復書簡の形式をとって意見交換します。連載第20回は私、佐々木毅尚が担当します。

問いかけへの検討
―環境の変化と公正取引の確保

さて、前回の久保さんからの問いかけは以下のとおりでした。

  • 昨今、日本政府は中小企業の賃上げを後押しする政策に力を入れ、独占禁止法や下請法等を活用した取り組み(価格交渉に後ろ向きな企業名の公表など)が積極的に行われているが、このように違法行為認定“前”の公表で企業に社会的な制裁を加えるとといった新しい動きに対して、企業はどのように対処すればよいか。

この問いかけについて、私の考えをお話したいと思います。

岸田政権の政策

2022年10月に発足した岸田政権は、政策として「新しい資本主義」を掲げ、成長により原資を稼ぎ出して分配することを目指しています。この政策では、「分配なくして次の成長なし」という考えをベースに、成長の実現に向けて全力で取り組み、しっかりと分配することで次の成長が実現させ、「成長と分配の好循環」を作り上げるため、あらゆる政策を総動員させることを宣言しています。
主要な政策として、①成長戦略、➁分配戦略、③すべての人が生きがいを感じられる社会の実現が掲げられており、分配戦略の中で所得の向上につながる「賃上げ」を求めています注1
具体的には、公的価格の引き上げ、賃上げ税制に加え、中小企業等が適切に価格転嫁を行えるよう環境整備を進めるとされており、下請取引の適正化を目指し、下請中小企業振興法に基づき、事業所管大臣から親事業者に対する「指導・助言」を行い、価格転嫁対策の強化に取り組むことが述べられています。また、独占禁止法や下請代金法の執行強化についても述べられています。

規制当局の“変化”

首相官邸ウェブサイトで公表されている「新しい資本主義」に関する説明を読めば、なぜ、公正取引委員会が独占禁止法43条に基づいて、下請企業との間でコスト上昇分を取引価格に反映する協議をしなかった疑いのある企業名を公表(2022年12月27日)したのか、また、経済産業省は下請振興法に基づいて、中小企業との価格交渉に後ろ向きな企業名を公表(2023年2月24日)したのかを理解することができます。要するに、政府の打ち出した政策を正しく理解することで、これまでとは法執行の環境が大きく変わったということを認識することができるのです。

また、公正取引委員会が新たに独占禁止法43条を活用したことが注目されます。独占禁止法43条は、「公正取引委員会は、この法律の適正な運用を図るため、事業者の秘密を除いて、必要な事項を一般に公表することができる」と規定しており、公正取引委員会が情報公開を行うことができることを定めています。
従来までの本条の運用は、公正取引委員会が独禁法や下請法の違反調査を行う場合に、調査が完了して違反が認定された後に企業名を含む情報を公開する形で行われていましたが、現在は、調査を行った段階で企業名を含む情報を公開する形に変化しました。これは、調査対象の企業に下請法違反の嫌疑があることを調査の初期段階における情報公開で社会に周知することで、ある意味では、罰則を適用することよりも、社会的な制裁を与えることを狙った運用であるといえます。

これらの法執行環境の変化を見ると、規制当局が従来の“疑わしきは罰せず”という伝統的なスタンスではなく、“疑わしきは公開する”という新しいスタンスで調査に臨んでおり、レピュテーションの観点から、より強く企業に自制を求める新しいスタイルに変化したといえるでしょう。

新しい環境への対応

1.で述べように、「新しい資本主義」を推進する岸田政権は、分配戦略の中核となる所得の向上につながる「賃上げ」を、企業に対してさらに求めていくことが想定されます。その一環として、独占禁止法・下請法を活用し、中小企業等が適切に価格転嫁を行える環境整備を強力に進めていくことも容易に想定されます。
また、第19回で久保さんが指摘し、上記2.でも触れたように、公正取引委員会は、2022年12月27日に独占禁止法上の「優越的地位の濫用」に関する緊急調査の結果を公表するとともに、下請企業との間でコスト上昇分を取引価格に反映する協議をしなかった疑いのある企業の社名を公表しました。このような動きは今後も広がっていくと予想されます。こうした公正取引委員会の現在の運用を見ても、規制官庁は発注企業に対し、価格交渉について“下請先からの要求があれば応じる”という対応では不十分で、発注企業に対して自発的に価格交渉の場を設けることを要求しており、“発注企業が価格交渉の場を設けないことは法令に違反する”というスタンスを取っていると読み取れます。
発注企業としては、従来の価格交渉に消極的なスタンスを変更し、下請先との価格交渉を優先度の高い経営課題として認識し、定期的なサプライヤーミーティング等で下請先との対話の場を設け、積極的に価格に関する交渉の場を設定することが求められます。さらに、下請代金引き上げの原資を確保するためには、発注企業が提供する製品やサービスの価格を上げることを検討せざるを得ないケースも出てくることと思われます。

では、このような環境変化の中で、法務部門はどのように行動すべきでしょうか。
従来であれば、もちろん、調査対象になる行為を予防するのが大前提ではありますが、いざ調査対象ととなった場合でも、公正取引委員会の調査が始まってから競争法を専門とする弁護士と協議を重ねて対応方針を固め、調査に挑んでいくという姿勢でも対応は可能だったことでしょう。しかし、政権の目玉政策に基づき、政治主導で公正取引委員会が活動している今、従来と変わらぬ手法のままでは、うまく調査を乗り切ることはできません。
法務部門としては、このような政治・行政の環境変化をいち早くキャッチアップし、社内および経営者にフィードバックすると同時に、コンセンサスを得ていくことが求められます。特に政権交代の際は、新政権の政策をチェックすることが重要です。これまでの法務部門は、政治に関係する情報をあまり重視しない傾向にありましたが、変化が激しい現在の環境の中で将来を予測していくためには、法執行に関する最初の動きである政治動向にも注目していく必要があります。

一方で、経営層は、こうしたフィードバックをもとに岸田政権が掲げる政策の究極の目的が「物価上昇」にあるということを理解し、法執行環境の変化を真摯に捉え、公正取引委員会が動き出す“前”に経営判断を行っていかなければなりません。
これこそが、正しいリスク管理手法であるといえます。

法務部長から弁護士への問いかけ

法務部門のサステナビリティへの取り組み

近年、投資家はESGをベースに企業を評価し、スチュワードシップコード注2に従って行動しています。また、2015年9月の国連サミットでSDGsが採択され、世界各国で目標達成へ向けた動きが広がっています。
日本でも、金融庁と東京証券取引所が2015年にコーポレートガバナンスコードを策定し(2021年6月最新改訂)、2022年9月13日に関係省庁が「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定・公表しており、特に後者については、日本で事業活動を行うすべての企業に、本ガイドラインに則り、人権尊重の取り組みにも最大限努めるよう求めています。このような環境の中で日本企業は、コーポレートガバナンスコード基づいてESGを企業活動のベースとするとともに、事業活動においてSDGsを積極的に取り込む取り組みを行っています。
現在のところ、サステナビリティ推進活動について、法務部門が主体となって活動している会社は少ないようですが、このような流れの中で、法務部門はどのように対応していけばよいのでしょうか。久保弁護士のご意見を伺いたいと思います。

→この連載を「まとめて読む」

[注]
  1. 政策の詳細については、首相官邸ウェブサイト「01未来を切り拓く「新しい資本主義」-成長と分配の好循環-」および同「②分配戦略」等をご参照ください。[]
  2. スチュワードシップコードとは、機関投資家の行動規範であり、日本版のものとして「「責任ある機関投資家」の諸原則≪日本版スチュワードシップ・コード≫~投資と対話を通じて企業の持続的成長を促すために~」(2020年3月24日)があります。[]

佐々木 毅尚

「リーガルオペレーション革命」著者

1991年明治安田生命相互会社入社。YKK株式会社、太陽誘電株式会社等を経て、2022年7月からSGホールディングス株式会社へ移籍。法務、コンプライアンス、コーポレートガバナンス、リスクマネジメント業務を幅広く経験。2009年より部門長として法務部門のマネジメントに携わり、リーガルテックの活用をはじめとした法務部門のオペレーション改革に積極的に取り組む。著作『企業法務入門テキスト―ありのままの法務』(共著)(商事法務、2016)『新型コロナ危機下の企業法務部門』(共著)(商事法務、2020)『電子契約導入ガイドブック[海外契約編]』(久保弁護士との共著)(商事法務、2020)『今日から法務パーソン』(共著)(商事法務、2021)『リーガルオペレーション革命─リーガルテック導入ガイドライン』(商事法務、2021)『eディスカバリー物語―グローバル・コンプライアンスの実務』(商事法務、2022)

『リーガルオペレーション革命─リーガルテック導入ガイドライン』

著 者:佐々木 毅尚[著]
出版社:商事法務
発売日:2021年3月
価 格:2,640円(税込)

この記事に関連するセミナー