フィンテックと独占禁止法<講義動画付き> - Business & Law(ビジネスアンドロー)

© Business & Law LLC.

はじめに

最近、次のような記事が紙面に登場しました。

全国銀行協会は電子マネーを提供するフィンテック企業が日銀に口座を開設することを条件に、銀行間の送金システム(全銀システム)への加盟を解禁する。これにより、消費者がスマホ決済アプリから別の決済アプリや銀行に直接送金ができる見通しとなった。消費者の買い物などでの決済や送金の利便性が高まりそうだ。

(2022年8月15日付日本経済新聞1面「決済アプリ・銀行送金可能」より)

今後、スマホ決済アプリを使った送金の利便性が高まることが見込まれるようですが、このような動きには、実は、公正取引委員会が公表した“フィンテックに関する独占禁止法上の考え方”が影響していたかもしれません。

そこで、独占禁止法にまつわるさまざまな話題をわかりやすく紹介する「ワンポイント 独禁法コラム」の第5回として、本稿では、上記の記事のように最近よく耳にする“フィンテックを活用した金融サービス”と独占禁止法の関係について、公正取引委員会が公表した実態調査報告書の内容に触れながら、ポイントの解説を行います。

“フィンテックを活用した金融サービス”とは

公正取引委員会は、「フィンテック」を、「金融(Finance)と技術(Technology)を組み合わせた造語で、金融サービスと情報技術を結び付けることにより創出される新しい金融サービスのこと」と定義しています(公正取引委員会「QRコード等を用いたキャッシュレス決済に関する実態調査報告書」(令和2(2020)年4月)1頁・注1より)。このフィンテックを活用した金融サービスの代表例が、スマートフォン上の決済アプリを利用してQRコードやバーコードを読み取ることにより支払・決済を行う、いわゆる“コード決済”です。
コード決済のサービスを提供する市場には、これまで長年にわたり決済サービスを提供してきた金融機関とは別の事業者、いわゆる“ノンバンク”が多数参入し、多様な主体がサービスを提供しており、活発な競争が行われつつあるといわれています。実際に、「〇〇ペイ」を利用している方も多いのではないでしょうか。
公正取引委員会は、このコード決済のサービスを提供する市場について、令和2(2020)年4月、「QRコード等を用いたキャッシュレス決済に関する実態調査報告書」(以下「キャッシュレス決済実態調査報告書」)を公表しました。その内容が、冒頭の記事にあるスマホ決済アプリを使った送金が可能になるという動きに影響を与えていたのかもしれません。

公正取引委員会の動き―実態調査報告書とは-

まず、公正取引委員会が公表する実態調査報告書の意義について見ていきましょう。
実態調査報告書は、公正取引委員会が特定の市場の状況を調査したうえで、当該市場における取引に関する競争政策上・独占禁止法上の考え方を公表する文書です。2022年2月に開催したセミナー「独占禁止法・競争政策 2021年総ざらい~公取委勤務経験者6名によるポイント解説~」でも、その年に公表された実態調査報告書を紹介しています。

公正取引委員会の活動には「アドボカシー(唱道)」と「エンフォースメント(法執行)」の両面があると謳われており、実態調査報告書の公表は、このアドボカシーに含まれる活動です。
公正取引委員会は、これまでも特定の市場に関する実態調査を行い、一般的な考え方を公表したうえで、一定のガイドライン等で指針を示し、それに沿って具体的なエンフォースメントを行う活動を進めてきましたが、2022年6月には、「デジタル化等社会経済の変化に対応した競争政策の積極的な推進に向けて―アドボカシーとエンフォースメントの連携・強化―」を公表し、このアドボカシーとエンフォースメントの連携・強化を、今後、一層進めていく方針を示しています。

このように、公正取引委員会が作成・公表する実態調査報告書は、「公正取引委員会が、現在いかなる市場の取引に注目しており、今後いかなる行為を規制する方針をとろうとしているのか」という競争政策の一端が垣間見える文書、と言っても過言ではないでしょう。

キャッシュレス決済実態調査報告書での提言

それでは、公正取引委員会は、キャッシュレス決済実態調査報告書において、“フィンテックを活用した金融サービス”について、どのような競争政策上・独占禁止法上の考え方を提言したのでしょうか。以下でその概要を紹介します。

銀行とフィンテック企業間の取引に関する独占禁止法上の考え方

公正取引委員会は、まず、銀行とフィンテック企業間の競争について、「利用者にとっての多様な選択肢の確保や利便性の向上等に資する」としたうえで、「今後もコード決済等のキャッシュレス決済については市場の拡大が見込まれ」かつ「決済データを利活用した新たなビジネスが拡大し、利用者、加盟店、その他の事業者等に対して新たな付加価値を生じさせる可能性も考えられる」と述べて、活発な競争が期待される旨を説明しています。
そのうえで、次のとおり、ノンバンクと銀行との間の競争について懸念を述べました。

ノンバンクのコード決済事業者が行うキャッシュレス決済の入金及び出金に係る取引において、利用者や加盟店が有する銀行口座との接続が事実上不可欠であり、また、利用される金融インフラが自然独占的性質を有するといった取引構造…が維持されていることは、ノンバンクのコード決済事業者のコストを高めることや銀行に競争上の優位性を与えることにより、キャッシュレス決済分野におけるフィンテック企業の新規参入によって期待される利便性向上等の効果が限定的になることにつながり得る。

(キャッシュレス決済取引実態報告書59頁)

そして、このような懸念を踏まえ、次のとおり、市場構造を踏まえた具体的な問題とそれに対する独占禁止法上の考え方を示しました。

【銀行とフィンテック企業間の取引】

▶市場構造
コード決済を提供する銀行とノンバンクのコード決済事業者との間には、以下のような関係が成立している。

・ ノンバンクのコード決済事業者は、利用者の銀行口座に接続しなければ決済手段を確保できないという垂直的な取引関係(川上・川下関係)

・ 対利用者取引、対加盟店取引における水平的な競合関係

▶具体的な問題
現実に発生している問題として、以下のような事例が見られる。

・ 法人向けの取引を担当する営業担当者ではなく、競合関係にあるコード決済の事業部門の担当者が銀行側の交渉窓口となり、ノンバンクのコード決済事業者にとって到底受け入れられないような取引条件が提示される。

・ ノンバンクのコード決済事業者が提供する決済サービスが銀行の為替取引と競合するために、銀行側が接続条件を示さない。

・ コード決済事業者の収益を明らかに大きく上回る手数料を銀行側が提示する。

【独占禁止法上の考え方】
以下のような行為は、独禁法上問題となるおそれがある。

・ 銀行が、競争者であるノンバンクのコード決済事業者を市場から排除するなどの目的で、当該ノンバンクのコード決済事業者とのチャージ等取引を拒絶する行為や、当該ノンバンクのコード決済事業者の銀行口座への接続手数料について、事実上の拒絶と同視しうる程度まで引き上げる行為(単独の直接取引拒絶・差別対価)

・ 銀行が、自らがコード決済を提供しているかどうかにかかわらず、不当にチャージ等取引の条件や実施について差別的な取扱いをする行為(差別的取扱い)

・ チャージ等取引においては、ノンバンクのコード決済事業者は銀行との取引の必要性が高く、銀行との取引の継続が困難となることで、事業経営に大きな支障をきたす可能性がある。そのため、銀行はノンバンクのコード決済事業者に対し、取引上、優越した地位にある場合がある。そのような関係性にある二者において、銀行がノンバンクのコード決済事業者に対して行う以下の行為によって、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与える場合(優越的地位の濫用)

① 銀行が提供するコード決済のみに利益となるような加盟店開拓を行わせる。

② ノンバンクのコード決済事業者にとって直接の利益が生じないキャンペーン費用の負担を求める。

③ ノンバンクのコード決済事業者の決済データを一方的に提供させる。

(キャッシュレス決済取引実態報告書60~63頁)

“全銀システム”を利用した取引に関する競争政策上の考え方
―資金決済システムへの資金移動業者のアクセスの開放に向けた検討―

主要なノンバンクのコード決済事業者は、銀行と同様に為替取引を行っているものの、全国銀行内国為替制度への加盟は認められていません。そのため、公正取引委員会は、「ノンバンクのコード決済事業者には、コード決済の提供に際して

① 利用者による入金フローにおいて、銀行口座からのチャージ等の方法を提供するため、多数の銀行との接続交渉を行うコストや初期接続費用

② 加盟店への出金フローにおいて、中継銀行に振込依頼を行うことによる中間コスト

等が生じ、全国銀行内国為替制度への加盟が可能な銀行と、銀行を通じた接続しかできないノンバンクのコード決済事業者との間で、競争条件のイコールフッティングが確保されていない」との問題意識を前提に、以下のような競争政策上の考え方を述べました。

競争政策上の観点からは、全銀ネットは、全国銀行内国為替制度への加盟に関して必要とされる事業者要件(法的資格)、セキュリティ水準、財務基盤等の条件を整理し、当該条件を満たす場合には、 資金移動業者に対してもアクセスを開放することを検討することが望ましい。

(キャッシュレス決済取引実態報告書66~67頁)

このほかにも公正取引委員会は、全銀システムについて

・ 銀行間手数料に係る取引慣行の見直し

・ 全銀ネットのガバナンスの強化・透明性の確保

にも言及しています。

実態調査報告書の波及効果とフォローアップ調査の実施

以上の提言を受け、全国銀行協会でも全銀システムのあり方を検討してきたところ、冒頭の記事にある銀行間取引の解放につながったものと思われます。

さらに、公正取引委員会は、2022年3月30日の事務総長定例会見において、「フィンテックを活用した金融サービス市場のフォローアップ調査の実施について」として、この市場におけるフォローアップ調査、つまり、上記で紹介してきたキャッシュレス決済取引実態報告書と、あわせて実施された実態調査に関する報告書(「家計簿サービス等に関する実態調査報告書」(令和2(2020)年4月))の提言内容である

【家計簿サービス実態報告書における提言】

① 電子決済等代行業者の銀行へのアクセス確保

【キャッシュレス決済取引実態報告書における提言】

② リテール決済インフラの利用料金の設定・更新系APIの活用

③ 銀行間手数料に係る取引慣行の見直し

④ 全銀ネットのガバナンス体制の強化・取引透明性の確保

⑤ 資金決済システムの資金移動業者のアクセス開放に向けた検討

の5項目について、

・ 十分な取組が行われているか

・ 他にも競争政策上の課題が生じていないか

などを明らかにし、フィンテックを活用した金融サービス市場における競争の活発化を図ると公表しています。

最後に

今回は、フィンテックに関する実態調査報告書の内容とその後の動きを通じて、実態調査報告書が実務においてどのような役割を有しているか、そして、実際に、フィンテックを活用した金融サービス市場にどのような影響を与えているかを、具体的にご紹介しました。

実態調査報告書に関する公正取引委員会の動向やその提言内容から、今後の競争政策やそれに伴う市場の動きが見えてくるかもしれません。
今後も実態調査報告書にぜひ注目していただければと思います。

→この連載を「まとめて読む」

山本 陽介

あさひ法律事務所 パートナー弁護士

2009年中央大学法科大学院修了。2010年弁護士登録、あさひ法律事務所入所。2015~2017年公正取引委員会事務総局勤務(審査局審査専門官〔主査〕)。2017年あさひ法律事務所復帰。2018年CFE(Certified Fraud Examiner:公認不正検査士)認定。2020年日本プロ野球選手会公認選手代理人登録。独占禁止法、下請法、景品表示法を中心とした企業コンプライアンス、訴訟・紛争解決、倒産・事業再生、不正調査・不祥事対応など、幅広い案件を取り扱う。