東証市場再編とコーポレートガバナンス・コード対応の最新動向(下) - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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はじめに

本連載の第10回(前回)と第11回(今回)は、本年(2022年)4月にスタートした東証市場再編と、2021年6月11日から適用が開始された改訂コーポレートガバナンス・コード(以下「改訂CGコード」という)に関する各社の対応の最新状況について、2回に分けて紹介するものである。

第1回目の前稿では、東証市場再編の概要と上場会社の移行状況を説明し、改訂CGコードの概要を紹介した。
改訂CGコードは2021年6月11日に施行されたが、多くの上場会社は、新市場区分への移行に先立ち、改訂CGコードに即した取組みを進めていた。第2回目の本稿では、その実例を紹介しながら、こうした取組みの状況を概観したい。

改訂CGコード対応の最新状況

取締役会の機能発揮

(1) 独立社外取締役の選任

改訂CGコードでは、プライム市場の上場会社は、取締役会における独立社外取締役の割合を少なくとも3分の1以上とするほか、必要な場合には過半数の選任を検討することが求められる(原則4-8)。
三井住友トラスト・グループが2021年7月~8月に実施した調査(以下「SMTH調査」という)によれば、プライム市場を選択した会社のうち81%が、既に3分の1以上の独立社外取締役を選任していた注1。また、2022年3月に行われた12月期決算の上場会社の株主総会(約530社)は、改訂CGコードが適用されて以降、初めての本格的な総会であったが、三井住友信託銀行がプライム市場移行会社のうち3月15日までに資料を開示した229社を調べたところ、205社(約93%)が、独立社外取締役を3分の1以上選任するよう諮り、うち70社は過半数を予定したとのことである注2。このように、独立社外取締役の3分の1以上の選任は、東証プライム上場会社ではもはやスタンダードと言ってよい。

たとえば双日は、監査役会設置会社であるが、昨年(2021年)6月の定時株主総会において、独立社外取締役の割合を、取締役7名中3名から、8名中4名に高めた注3。ちなみに同社は、2020年から、取締役会議長を社外取締役が務めている。

ガバナンスの一層の充実のために独立社外取締役が果たしうる役割として、

・ 取締役会議長を務めること

・ 筆頭独立社外取締役として選定され、積極的なイニシアティブを発揮すること

・ 機関投資家との直接の対話に応じること

等が挙げられている注4。数や割合を増やすためだけの独立社外取締役の増員に意味がないことは言うまでもないが、一方で、独立社外取締役にこれらの役割を果たしてもらう場合、準備等も含めて相応の時間と労力を要するため、そこまでの期待をすることは容易ではない。今後も、各社が、自社の状況を踏まえ、相応しいあり方を模索していくこととなろう注5

(2) スキルマトリックス

改訂CGコードでは、経営戦略に照らして取締役会が備えるべきスキル(知識・経験・能力)と、各取締役のスキルとの対応関係の公表が求められている(補充原則4-11①)。
企業統治助言会社プロネッドが、2022年3月における東証1部(当時)上場で売上高5,000億円以上の企業285社を対象に行った調査では、77%の会社が、取締役が備える知識や経験などを一覧にする「スキルマトリックス」を開示しており、その数は前年の約3倍となったとのことである注6
取締役のスキルの公表については、あるべき取締役会の姿に照らして必要なスキル項目を選定したうえ、それを個々の取締役に当てはめるのではなく、現任の取締役がたまたま有するスキルを並べているだけの企業も多いとの見方もある。その一方で、スキルの定義や、そのスキルが必要であるとして選定した理由について説明する会社も15%程度あるようだ注7

たとえば日立製作所は、社会イノベーション事業をグローバルに拡大する企業として、同社をリードするために必要となるスキルを、「コアスキル」と「専門スキル」に区分し、「コアスキル」には、経営の監督、意思決定の実効性確保等に必要なスキルとして、企業経営やグローバルビジネスなど四つのスキルを掲げ、一方、「専門スキル」には、事業推進のための専門的知見と経験として、政府・国際機関での経験や、法務など、四つのスキルを掲げたうえで、個々の取締役がどのスキルを具備しているかを示しており、参考になる注8

サステナビリティをめぐる課題への取組み

(1) 基本方針の策定と取組みの開示

改訂CGコードでは、サステナビリティをめぐる課題についての基本的な方針の策定(補充原則4-2②)および自社の取組みの開示(補充原則3-1③)が求められている。
取締役会においてサステナビリティの基本方針を策定している会社は、前記1.(1)のSMTH調査によれば、調査時点において、プライム市場選択会社の30%に留まっていたようである。
サステナビリティをめぐる課題への取組みとして、ESGを推進する社内委員会を設置する企業が増えている。新聞報道によれば、日経JPX400社のうち、2021年12月末時点でESG委員会を設置している会社は118社あり、2020年6月時点に比べ倍以上となっている注9。こうした委員会を設置する会社は今後も増加が見込まれるが、長期的なESG目標を設定し、実行に移す仕組みをいかに築くかが課題となろう。

味の素は、2021年4月、取締役会の下部機構として「サステナビリティ諮問会議」を、経営会議の下部機構として「サステナビリティ委員会」をそれぞれ設置した。「サステナビリティ諮問会議」は、内外の専門家や機関投資家を委員に含み、取締役会の諮問を受けて、中期経営計画に反映させるための長期視点に立ったマテリアリティ等について答申するものとされ、「サステナビリティ委員会」は、サステナビリティ諮問会議の答申を受けて取締役会が承認したマテリアリティや取締役会が示す戦略的方向性に基づき全社経営レベルのリスクと機会の特定および事業戦略への反映等を行い、経営会議および取締役会に報告するものとされている注10

サステナビリティをめぐる課題への取組みとしては、このほかに、会社の戦略に基づくESG指標を役員報酬決定に採用することも考えられる。ただし、実際に採用している企業はまだ少ないようであり、デロイトトーマツグループと三井住友信託銀行が2021年6月~7月にかけて行った調査でも、「役員評価を実施している」と回答した企業730社のうち、28社(3.8%)にとどまったようである注11

(2) 気候変動開示

改訂CGコードでは、プライム市場の上場会社には、気候変動開示について、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)またはそれと同等の国際的枠組みに基づく開示の質と量の充実が求められている(補充原則3-1③)。
気候変動開示については、前記1.(1)のSMTH調査によれば、プライム市場を選択した会社のうち、TCFD報告書(2017年6月公表「最終報告書 気候関連財務情報開示タクスフォースによる提言」)に沿った開示を行っている会社は15%、開示予定とする会社は23%に留まっていた。また、定性的なシナリオ分析を実施している会社は、これら開示または開示予定とする会社のうち40%、定量的なシナリオ分析を実施した会社は28%であったとのことである。

12月期決算の会社では、サントリー食品インターナショナルが、今年(2022年)から新たに有価証券報告書において、TCFD報告書に基づく開示を行っている。具体的には、有価証券報告書の「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」の項において「サステナビリティの取組み」の項を設け、TCFDが勧める開示項目に沿って、次のような記載をしている。

「ガバナンス」:サステナビリティ委員会が温室効果ガス排出削減を含めた取組みについて議論を行い、リスクマネジメントコミッティおよび取締役会と常に連携して活動していること等

「戦略」:「水の供給リスク」と「原材料安定調達」を掲げ、前者については工場に優先順位をつけて水マネジメントの調査・改善を行い、後者については国連気候変動に関する政府間パネルによるシナリオ等を参照しながらリスクと機会の把握を進めていること等

「リスク管理」:リスクマネジメントコミッティ等を通じてグループ全体の重要リスクの抽出と評価を行い、優先順位をつけて対応を検討し、毎年見直しを行うこと等

「指標と目標」:水のサステナビリティおよび気候変動対策について、2030年と2050年における指標毎の目標を掲げて取組みを進めていること等

なお、同社ウェブサイトでは、2020年の温室効果ガス排出削減量などの実績が具体的な数値で記載されている。
このほか、気候変動関連の開示については、金融庁の「記述情報の開示の好事例集2021」(2021年12月21日)にも複数の会社の開示例が掲げられており、参考になる。

気候変動を含むサステナビリティ情報の開示については、現在、開示基準の統一化への動きが加速している。国際会計基準の設定主体であるIFRS財団の国際サステナビリティ基準審議会は、本年(2022年)3月に気候変動関連開示に係る開示基準の草案等を公表した注12が、気候変動関連開示については基本的にはTCFDの枠組みに沿った情報開示を想定しているようである。また、日本においても、金融庁の金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」において、サステナビリティ情報の開示のあり方が検討されている。具体的には、有価証券報告書に「サステナビリティ情報の記載欄」を新設し、考え方や取組みの記載を求めることとし、開示項目のうち、「ガバナンス」と「リスク管理」については記載を一律に義務化し、「戦略」と「指標・目標」については各企業が重要性を踏まえ判断するというあり方が検討されているようである注13

上場会社(ことにプライム市場の上場会社)は、今後、開示基準の統一に関する動きを注視しながら、サステナビリティに関するガバナンス体制の充実を図り、リスク管理を進め、かつ、戦略および指標・目標についても定量化を含めた分析・検討を行ったうえ、それらを適切に開示していくこととなる。

*    *

以上、本稿では、改訂CGコードに即した取組みについて、実例を紹介しながら解説した。本稿がコーポレートガバナンスの充実に取り組む企業担当者の方々のお役に立つこととなれば幸いである。

→この連載を「まとめて読む」

[注]
  1. 調査結果の詳細は、伊藤邦雄ほか「新市場区分への移行を踏まえたCGコード対応の現状と展望─ガバナンスサーベイ2021の結果をもとに─」旬刊商事法務2290号4頁以下を参照。[]
  2. 日本経済新聞2022年3月25日朝刊「「社外取3分の1」9割に-プライム移行企業の3月総会で」より。[]
  3. 双日株式会社「取締役会議長、指名委員会・報酬委員会委員の決定について」(2021年6月18日)[]
  4. コーポレートガバナンス実務者研究会「座談会 上場企業のコーポレートガバナンスの現在地と今後の課題(上)」(商事法務2292号4頁以下)の議論をもとにしている。[]
  5. 参考資料として、コーポレートガバナンス実務者研究会・前掲注4が挙げられる。[]
  6. 日本経済新聞2022年5月2日朝刊「進む経営陣の能力開示-スキルマトリックス、主要企業の8割」より。[]
  7. 日本経済新聞・前掲注6より。[]
  8. 株式会社日立製作所ホームページ「コーポレートガバナンス強化に向けた取り組み」を参照。[]
  9. 日本経済新聞2022年3月12日朝刊「ESG委導入-4社に1社」より。[]
  10. 詳細は、味の素株式会社ホームページ「ESG・サステナビリティに関する体制」を参照。[]
  11. 詳細は、デロイト トーマツ グループ「『役員報酬サーベイ(2021年度版)』の結果を発表~新型コロナ影響やコーポレートガバナンス・コード対応も含めて調査」(Digital Platform 2021年11月22日掲載)を参照。[]
  12. International Sustainability Standards Board「Exposure Draft IFRS® Sustainability Disclosure Standard - [Draft] IFRS S1 General Requirements for Disclosure of Sustainability-related Financial Information」(2022年3月))およびInternational Sustainability Standards Board「Exposure Draft IFRS® Sustainability Disclosure Standard International Sustainability Standards Board - [Draft] IFRS S2 Climate-related Disclosures」(2022年3月)を参照(なお、日本語版として、国際サステナビリティ基準審議会「公開草案 IFRS® サステナビリティ開示基準-IFRS S1号「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」[案]」(2022年3月)および国際サステナビリティ基準審議会「公開草案 IFRS®サステナビリティ開示基準-IFRS S2号「気候関連開示」[案]」(2022年3月)もある)。[]
  13. 詳細については、第7回金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ(令和3年度)資料1「事務局説明資料」(2022年3月24日)を参照。[]

川﨑 清隆

弁護士法人御堂筋法律事務所 パートナー弁護士・ニューヨーク州弁護士

1989年東京大学法学部卒業。1991年弁護士登録。1995年Cornell University Law School修了(LL.M.)。上場企業社外取締役、公益財団法人監事、行政機関委員などを歴任。国内外の紛争解決、M&A、コーポレート、国際取引法務を中心に企業法務全般に携わるほか、食・農業関連法務も取り扱う。日本ソムリエ協会ワイン・エキスパート。

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