東証市場再編とコーポレートガバナンス・コード対応の最新動向(上) - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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はじめに

本連載の第10回(今回)と第11回(次回)は、本年(2022年)4月にスタートした東証市場再編と、2021年6月11日から適用が開始された改訂コーポレートガバナンス・コードに関する各社の対応の最新状況について、2回に分けて紹介するものである。
第1回目の本稿では、はじめに、今般スタートした東証市場再編の概要を述べ、上場会社の移行の状況を概観したうえで、改訂コーポレートガバナンス・コードの概要についてまとめることとし、第2回目の次稿では、それらを受けての各社の取り組みを紹介することとしたい。

東証市場再編

東証市場再編とそのねらい

東京証券取引所は、上場企業を

・ プライム市場

・ スタンダード市場

・ グロース市場

の三つの新しい市場へと区分する市場再編を2022年4月4日にスタートさせた注1。今般の市場再編は、上場会社の持続的成長と中長期的な企業価値向上を支え、国内外の投資者から広く支持を得られる魅力的な現物市場を提供することを目的として行われたものである。
このうち、プライム市場は「多くの機関投資家の投資対象になりうる規模の時価総額(流動性)を持ち、より高いガバナンス水準を備え、投資者との建設的な対話を中心に据えて持続的な成長と中長期的な企業価値の向上にコミットする企業向けの市場」と位置づけられ、そのために、安定株主の保有分などを除いて市場に流通する株式の比率を35%以上とし、流通時価総額を100億円以上とするなど、厳しい基準が課されている。
一方、スタンダード市場は「公開された市場における投資対象として一定の時価総額(流動性)を持ち、上場企業としての基本的なガバナンス水準を備えつつ、持続的な成長と中長期的な企業価値の向上にコミットする企業向けの市場」と位置づけられ、グロース市場は「高い成長可能性を実現するための事業計画及びその進捗の適時・適切な開示が行われ一定の市場評価が得られる一方、事業実績の観点から相対的にリスクが高い企業向けの市場」と位置づけられている。
従来の市場区分は、市場の統合の経過を引きずり、各市場区分のコンセプトが曖昧であり、上場会社の企業価値向上への動機づけが十分に行われていないとの課題があったので、その解消のため、より明確なコンセプトを打ち出そうとしたものということができる。

新たな3市場のスタート

新聞報道注2によれば、結局、プライム市場には1,839社が上場することとなり、その会社数は東証1部上場会社に比べて2割弱減少した。また、1社あたりの平均時価総額は約3,843億円で、東証1部上場会社の平均時価総額に比べて、約17%増えたとのことである。
しかし、プライム市場上場会社の売上高純利益率は約6%と、東証1部上場会社とほぼ変わらないため、収益力においては、なお見劣りしているといわざるを得ない状況にある。また、経過措置の適用を受け、計画書を提出することにより、プライム市場の基準を満たさなくてもプライム市場に移行した会社は295社にのぼり、これらはプライム企業の2割弱を占めている。それらの会社の平均時価総額は約527億円にとどまるようであり、その多くはプライム市場の平均時価総額を大幅に下げていると考えられる。こうしたことから、今回の東証市場再編は、改革としては不徹底であるとの批判が強い。

一方で、東証1部に上場していた会社で、あえてスタンダード市場への移行を選んだ会社もある。プライム市場における上場を維持する基準が厳しいことに鑑み、身の丈に応じた安定的な成長を目指すべく、スタンダード市場が選ばれているようであり、そうした会社には、投資家からの評判もよく、かえって株価を上げたものもある。
また、プライム市場の基準を満たすべく、たとえば大株主から株式を取得するためのTOBや、自己株買いを行う企業も出ている。新聞報道注3によれば、2021年度に上場企業が設定した自己株取得の枠は昨年より7割増えて約8兆円に達しているようだが、その要因には、プライム市場の上場基準を達成することを目的とした自己株買いも含まれているようである。

コーポレートガバナンス・コードの最新状況

東証市場再編とコーポレートガバナンス・コードの改訂

コーポレートガバナンス・コード(以下、「CGコード」という)は、2015年に適用が開始され、2018年および2021年に改訂がなされている注4
この間、抽象的な原則を定め、その解釈は適用を受ける各社の合理的な判断に委ねるという、いわゆる「プリンシパル・ベース・アプローチ」は、一貫して維持されている。各社は、「投資家と企業の対話ガイドライン」等を参考にしながら、自社に投資する機関投資家との間で建設的な対話を行い、これを通じて自らの解釈が合理的か否かを検証することが想定されているということができる。また、理由を示せば、コードの原則を実施しないことも認められる(コンプライ・オア・エクスプレイン・ルール)。
2021年の改訂は、今般の市場区分の見直しとあわせて行われたものであり、各市場区分におけるガバナンス面の定性的な基準となっている。

CGコード改訂の主眼

2021年におけるCGコードの改訂の主眼は、おおまかに

 取締役会の機能発揮

 企業の中核人材における多様性の確保

 サステナビリティをめぐる課題への取り組み

 その他

に分類できる。

の「取締役会の機能発揮」については、経営陣がリスクをとりつつ積極的な経営判断を行い、企業価値を向上させるために、取締役会が行うべき戦略策定や監督のあり方に関するものである。具体的には、

(ⅰ) プライム市場上場会社の取締役会に占める独立社外取締役の割合の増加(原則4-8)

(ⅱ) 指名委員会・報酬委員会の設置(補充原則4-10①)

(ⅲ) 経営戦略に照らして取締役会が備えるべきスキル(知識・経験・能力)と、各取締役のスキルとの対応関係の公表(補充原則4-11①)

(ⅳ) 他社での経営経験を有する経営人材の、独立社外取締役への選任(同じく補充原則4-11①)

が含まれる。

の「企業の中核人材における多様性の確保」については、取締役会や経営陣を支える管理職層が、多様な視点や価値観を備える人材で構成されることが想定されている。具体的には、

(ⅰ) 管理職における多様性の確保(女性・外国人・中途採用者の登用)についての考え方と測定可能な自主目標の設定(補充原則2-4①)

(ⅱ) 多様性の確保に向けた人材育成方針・社内環境整備方針およびその実施状況の公表(同じく補充原則2-4①)

が含まれる。

の「サステナビリティをめぐる課題への取り組み」については、サステナビリティの重要性に関する社会の関心の高まりを受け、サステナビリティをリスクとしてだけでなく、収益機会として捉えることが想定されている。具体的には、

(ⅰ) プライム市場上場会社におけるTCFD等に基づく気候変動開示の質と量の充実(補充原則3-1③)

(ⅱ) サステナビリティ(気候変動などの地球環境問題への配慮、人権の尊重、従業員の健康・労働環境への配慮や公正・適切な処遇、取引先との公正・適正な取引、自然災害等への危機管理など)をめぐる課題についての基本的な方針の策定(補充原則4-2②)

(ⅲ) 自社の取り組みの開示(補充原則3-1③)

が含まれる。

の「その他」には、プライム市場に関連するものが含まれるので、後述する。

プライム市場上場企業に求められる水準

こうしたガバナンスの定性的基準について、改訂コーポレートガバナンス・コードは、グローバルな投資家の投資対象となることが想定されるプライム市場の上場会社には、より厳しい水準を適用している。

取締役会における独立社外取締役の割合については、プライム市場以外の上場会社においては少なくとも2名を選任すれば足り、必要な場合には過半数の選任を検討することが求められていた(これは、改訂前にすべての上場会社に適用されていたルールである)ところ、プライム市場の上場会社は、少なくとも3分の1以上とするほか、必要な場合には過半数の選任を検討することが求められる(原則4-8)。このほか、指名委員会・報酬委員会において、独立社外取締役が委員の過半数を占めることも求められる(補充原則4-10①)。

また、気候変動開示については、TCFD(気候関連財務情報開示タクスフォース)またはそれと同等の国際的枠組みに基づく開示の質と量の充実が求められる(補充原則3-1③)。TCFD報告書(2017年6月公表「最終報告書 気候関連財務情報開示タクスフォースによる提言」)は、企業に対して、

・ ガバナンス

・ 戦略

・ リスク管理

・ 指標・目標

の4項目について、自社への財務的影響がある気候関連情報を開示するよう勧めている。
気候変動リスクは時間軸が長期であるうえに影響範囲も広いため、既存リスクと比較して不確実性の高いリスクといえる。また、気候変動がリスクとして認識されはじめたのが最近であるため、リスク分析に活用するデータも十分ではない。そうした状況下で、プライム市場の上場会社は、気候変動開示について対応を迫られることとなる。

さらに、プライム市場の上場会社には、

(ⅰ) 上場する「子会社」における、過半数の独立社外取締役の選任、または利益相反管理のための委員会の設置(補充原則4-8③)

(ⅱ) 議決権電子行使プラットフォームの利用(補充原則1-2④)

(ⅲ) 英文開示の促進(補充原則3-1②)

等が求められている。

結語

スタートした東証の市場再編の状況と、改訂CGコードの概要については以上のとおりであるが、多くの上場会社では、新市場区分への移行のスタートに先立ち、改訂されたCGコードに即した取り組みが進められていた。
このうち、気候変動開示については、取り組みはまだ始まったばかりともいえる状況であるが、独立社外取締役の選任は、かなり進んでいる状況にある。これらを含め、第2回目の次稿では、各社のガバナンスの取り組みについて紹介したい。

→この連載を「まとめて読む」

[注]
  1. 日本取引所グループホームページ「市場区分見直しの概要」を参照。[]
  2. 日本経済新聞2022年4月4日付け朝刊「東証プライム1839社で始動 時価総額17%増」より。[]
  3. 日本経済新聞2022年4月3日付け朝刊「上場企業の自社株買い7割増 成長投資に回らず」より。[]
  4. 2015年適用開始時のCGコードや2018年改訂当時のCGコード、現行の2021年改訂CGコードについては、日本取引所グループホームページ「コーポレート・ガバナンス」を参照。[]

川﨑 清隆

弁護士法人御堂筋法律事務所 パートナー弁護士・ニューヨーク州弁護士

1989年東京大学法学部卒業。1991年弁護士登録。1995年Cornell University Law School修了(LL.M.)。上場企業社外取締役、公益財団法人監事、行政機関委員などを歴任。国内外の紛争解決、M&A、コーポレート、国際取引法務を中心に企業法務全般に携わるほか、食・農業関連法務も取り扱う。日本ソムリエ協会ワイン・エキスパート。

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