SDGsが企業法務に与える影響(下) - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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はじめに

SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)とは、2015年までの達成を目指したミレニアム開発目標(MDGs)の後継として、2015年9月の国連サミットにおいて、加盟国の全会一致で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指すための国際目標である注1
今なお、SDGsを一種の“流行(ファッション)”と捉える企業も多いが、筆者としては、SDGsの実現は、富を持つ者、富を持たざる者の双方の利害の一致をみるものであり、もはや不可避的な世界的潮流であると考えている注2
本稿は、前回の「SDGsが企業法務に与える影響(上)」に引き続き、SDGsがもたらす企業法務への影響について整理を試みるものである。

SDGsが企業法務に与える影響③~目標ごとの整理~

本項では、紙面の許す範囲で、目標ごとに、SDGsが企業法務に影響を与える注目すべき項目を取り上げる。

[目標1]あらゆる場所で、あらゆる形態の貧困に終止符を打つ

本目標との関係で注目されるものとして、以下の4点が挙げられる。

  • サプライチェーンにおける人権デュー・ディリジェンス問題
  • 外国人技能実習制度
  • 最低賃金法規制
  • フリーランスに対する規制
(1) サプライチェーンにおける人権デュー・ディリジェンス問題

上記のうち、企業法務の観点から最も注目しておく必要があるものは“サプライチェーンにおける人権デュー・ディリジェンス問題”であるが、これについては、Monthly Pick Up【第1回】岡本直己「サプライチェーンにおける人権尊重のための責任ある企業行動~日本においても高まる人権デュー・ディリジェンス実施の要請」を参照されたい。

(2) 外国人技能実習制度

外国技能実習制度は、我が国で培われた技能、技術または知識の開発途上地域等への移転を図り、当該開発途上地域等の経済発展を担う“人づくり”に寄与するという、国際協力の推進を目的とする制度であり、SDGsの目標4(教育の向上)や目標10(国家間の不平等の是正)に資する制度である。
しかし、外国人技能実習生を単純労働の労働力不足を補うものとして利用している企業が散見され、諸外国から人権問題として批判を受ける可能性が高い項目として、政府も、運用の適正化を図るべく、その規制を強めている。2020年10月に公表された「技能実習生の実習実施者に対する監督指導、送検等の状況(平成31年・令和元年)」によると、労働基準関係法令違反が認められた外国人技能生の実習実施者は9,455事業場のうち6,796事業場(71.9%)に及んでおり、重大・悪質な労働基準関係法令違反として送検されたものも34件に上っている。
外国人技能実習生を受け入れる企業においては、制度趣旨に沿った適正な運用を図る必要がある。

(3) 最低賃金法規制

最低賃金法は、賃金の最低額を保障することにより労働条件の改善や労働者の生活の安定を図る法律であり(同法1条)、日本において、SDGsの目標1(貧困の撲滅)を支える法律の一つである。最低賃金法では、地域別最低賃金と、業種ごとの特定最低賃金による二つの最低賃金を定めており、労働者が2以上の最低賃金の適用を受ける場合、高い方の最低賃金が適用されることになる(同法6条1項、4条1項)。
最低賃金については、今後も上昇傾向が続くとともに、その違反については労働基準監督署も厳しい態度で臨むことが想定されるため、注意が必要である。

(4) フリーランスに対する規制

企業が、その優越的地位を利用して、フリーランス注3との関係で、不当に企業に有利な契約を締結するなどし、その結果、フリーランスが経済的に不安定な地位に立たされていることについては、かねてより問題視がされてきた。
かかる中で、2021年3月26日、内閣府、公正取引委員会、中小企業庁、厚生労働省が共同で「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」を公表し、企業とフリーランスとの間における独占禁止法、下請法、労働法の適用関係を明らかにするとともに、企業のフリーランスに対するいかなる行動が上記法令に違反しうるかについて整理がなされた。
今後、フリーランスのうち、実態が労働者と評価されるものについては労働法を適用し、それ以外については下請法や独占禁止法を適用して、上記ガイドラインに依拠した、必要な規制が行われることが想定される。

[目標3]あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を推進する

本目標との関係で注目すべきものとしては、以下の3点が挙げられる。

  • 労働安全衛生法規制
  • 健康増進法規制
  • メンタルヘルス問題
(1) 労働安全衛生法規制

いまや、工場や工事の現場作業において人の生命や健康が犠牲になることは許されず、各企業は労働安全衛生法の規制を遵守するだけでは足りず、安全のための法令上の規制を超える自主規制を策定し、現場の安全確保に努めることが求められる時代となっている。
企業は、労働安全衛生法の規制を遵守していたとしても、業界一般に広がりつつある安全のための自主規制を怠り、その結果、人の生命や健康を犠牲にする事態となった場合、安全配慮義務違反や不法行為に基づく法的責任を問われうることに留意しなければならない。
SDGsの流れを踏まえれば、こうした傾向はさらに厳しさを増していくことが想定される。

(2) 健康増進法規制

健康増進法については、受動喫煙による健康被害に対する意識の高まりから2018年7月に改正法が成立し、2020年4月1日から、事務所や工場等は原則屋内禁煙となっている。

(3) メンタルヘルス問題

仕事に対する強い不安やストレスを感じている労働者の割合は高い水準で推移しており、メンタルヘルスケアは、いまなお企業が抱える解決途上の問題の一つとなっている。
メンタルヘルスケアについては、ストレスチェック制度の義務化(労働安全衛生法66条の10)、年5日間の有給休暇取得の義務化(労働基準法39条7項)、パワーハラスメント防止措置の義務化(労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律30条の2第1項)といった法改正が行われるとともに、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(2017年1月)「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等の指針」(2020年6月)などの各種ガイドラインが策定されている。
各企業においては、これらの法令やガイドラインを踏まえて、労働者の心理的負荷の把握、長時間労働の抑制、ハラスメントの防止といった必要な措置を講じていくことが求められる。

[目標5]ジェンダーの平等を達成し、すべての女性と女児のエンパワーメントを図る

日本は、諸外国に比べ、女性の社会進出度が低く、目標5(女性活躍の推進)は、SDGsの17の目標の中でも日本政府の重要課題となっている。
本目標との関係では、2019年5月に「女性の職業生活における活躍の推進等に関する法律」等の一部が改正され、常時雇用する労働者が101人以上の事業主は、2022年4月1日までに女性の職業生活における活躍の推進に関する取り組みについての計画を策定し、管轄の労働局に届け出を行うとともに、自社の女性活躍に関する情報を公表することが義務づけられたことが注目される(同法8条1項)注4
また、「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」(男女雇用機会均等法)が改正され、2017年1月から、職場において、妊娠・出産・育児休業等を理由とする就業環境を害する行為を防止する措置が義務づけられている(同法11条の3第1項)。

[目標12]持続可能な消費と生産のパターンを確保する

本目標との関係では、循環型社会形成推進基本法15条に基づき、政府が2018年6月に「第4次循環型社会形成推進基本計画」を定めていることに留意が必要である。同基本計画は、「3.1 循環型社会の全体像に関する指標」「3.2 循環型社会形成に向けた取り組みの進展に関する指標」で2025年までに達成すべき環境に関連する具体的な数値目標を掲げるとともに、「4.2.6 事業者に期待される役割」において各企業に期待される役割を示している。
また、本目標との関係では、2019年10月に「食品ロスの削減の推進に関する法律」が施行され、各事業者に対しても、国または地方公共団体が実施する食品ロスの削減に関する施策に協力するよう努めるとともに、食品ロスの削減について積極的に取り組むよう努めることを要請している(同法5条)ことにも留意が必要である。

[目標13]気候変動とその影響に立ち向かうため、緊急対策をとる

本目標との関係では、何より、2021年5月に、「地球温暖化対策の推進に関する法律」の改正法が成立し、2050年の脱炭素社会注5(カーボンニュートラル)の実現が基本理念として明記されたこと(同法2条の2)が注目される。同法は、事業者は、事業活動に関し、温室効果ガスの排出の量の削減等のための措置を講ずるように努めるとともに、国または地方公共団体が実施する温室効果ガスの排出の量の削減等のための施策に協力しなければならないと定め(同法5条)、各企業の努力義務と協力義務を謳っていることに留意する必要がある。

SDGsが企業法務に与える影響④~環境技術に関する競争促進の要請~

欧州委員会は、2021年7月、BMW、ダイムラー、フォルクスワーゲン、アウディ、ポルシェの5社が、有害な排出ガスを浄化する法令基準以上の浄化技術が可能であったにもかかわらず、談合によって、これらの技術の開発および導入を行わず、排出ガス浄化のための各社の開発が抑制されたとして、総額約8億7519万ユーロの制裁金を命じた注6
本欧州委員会の決定は、価格に関する談合や取引数量に関する談合とは異なり、技術開発そのものにおける談合に初めてカルテルを認定したことで注目を集めているが、SDGsの観点からいえば、環境技術について各企業におけるさらなる競争促進を求めていく欧州委員会の姿勢の顕れとも評価できる。
海外で事業を展開する企業は、かかる欧州委員会の動きに留意するとともに、今後、かかる動きが日本や米国、中国、その他の諸外国に広がるかについても注意を払う必要がある。

最後に

冒頭でも述べたように、SDGsは一種の“流行(ファッション)”ではなく、不可避的な世界的潮流となっており、“just business(正しい企業活動)”のjudgeを求められる時代にあって、企業法務にとってSDGsに関する理解は必要不可欠なものとなっている。
拙著が企業法務に携わる方々の一助になれば幸いである。

→この連載を「まとめて読む」

[注]
  1. SDGsの詳細な内容は、国際連合広報センターのホームページ外務省仮訳等を参照されたい。[]
  2. この点については、前回の「SDGsが企業法務に与える影響(上)」のⅠ⒉を参照。[]
  3. 「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」において、フリーランスとは、実店舗がなく、雇人もいない自営業主や一人社長であって、自身の経験や知識、スキルを活用して収入を得るものを指すとされている。[]
  4. 同法の改正により、これまで常時雇用する労働者が301人以上の事業者にのみ課せられていた法的義務の範囲が拡大された。[]
  5. 「脱炭素社会」とは、人の活動に伴って発生する温室効果ガスの排出量と吸収作用の保全および強化により吸収される温室効果ガスの吸収量との間の均衡が保たれた社会と定義される(改正地球温暖化対策の推進に関する法律2条の2)。[]
  6. 欧州委員会プレスリリース「Antitrust: Commission fines car manufacturers €875 million for restricting competition in emission cleaning for new diesel passenger cars」(2021年7月8日)[]

辻井 康平

弁護士法人御堂筋法律事務所 パートナー弁護士

2003年同志社大学大学院法学研究科前期博士課程修了(公法学専攻)。2005年弁護士登録、弁護士法人御堂筋法律事務所入所。2014年弁護士法人御堂筋法律事務所パートナー(現任)。環境法対応、企業不祥事対応、訴訟紛争対応を得意分野とする。

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