サプライチェーンにおける人権尊重のための責任ある企業行動 - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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弁護士法人御堂筋法律事務所の弁護士陣が、幅広い法分野の中から“いま、チェックしておきたい”法務トピックを毎月、リレー形式でご紹介する連載シリーズです。
初回である今回のテーマは、“人権法の世界動向”。グローバルに活躍する企業にとって、ビジネスの根本として極めて重要な課題の最新動向をまとめました。


はじめに

2021年3月、中国の新疆ウイグル自治区での少数民族弾圧問題に関し、米国、カナダ、EUおよび英国が相次いで制裁を発動し、人権侵害等に関わった人物等の資産凍結や自国への入国拒否等の措置が講じられた。
欧米諸国を中心とする外国においては、近時、人権侵害の防止のため、こうした国家による取り組みと補完し合うものとして、事業活動を行う私企業に対し、いわゆる“人権デュー・ディリジェンス”注1の実施等の一定の“責任ある企業行動”を義務づける立法がなされている。

ビジネスにおける人権尊重に向けた取り組みについては、各々の企業が、その従業員の人権の尊重を図るべきであることはもちろんであるが、そのサプライチェーンに多数の企業が関与する大企業や多国籍企業においては、自社のみならず、自社のサプライチェーンに関与する多数の企業においても人権の尊重が図られることを確保することで、そうした取り組みの効果がより一層発揮されることとなる。このような要請から、経済協力開発機構(OECD)の「OECD多国籍企業行動指針」「責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス」のような国際規範において、大企業や多国籍企業に対し、そのサプライチェーンに関与する企業における、強制労働や児童労働などの人権侵害の有無を調査したり、リスクを分析したり、その結果の報告や情報開示を行ったりといった取り組みが推奨されている。そして、こうした国際規範は、立法によりこれらの取り組みが法的義務とされている国においては、企業活動に適用される法規制として、その遵守が厳しく求められることになる。

本稿では、こうした人権尊重のための“責任ある企業行動”の一環として定められたサプライチェーンに関連する法規制について、海外における立法の例として「2015年英国現代奴隷法」(Modern Slavery Act 2015)を中心に紹介するとともに、日本における最近の状況について解説する。

海外における立法の例

2015年英国現代奴隷法(Modern Slavery Act 2015)

2015年英国現代奴隷法は、人権尊重のための“責任ある企業行動”の一環として定められた、サプライチェーンに関連する法規制の典型例として挙げられるものであり、時系列的な観点でいうと、この法令をいわば皮切りに、他の欧米諸国が追随する形でさまざまな立法がなされたという経緯にある。
この法令は、現代の奴隷労働(強制労働等)や人身売買の禁止を定めるものであるところ、特にその遵守において注意を要する義務として、いわゆる“人権デュー・ディリジェンス”の一環としての情報開示義務が定められている。具体的な義務の内容は、次のとおりである。

(1) 年次報告書の作成義務

2015年英国現代奴隷法および下位規則において定める一定の売上要件(年間3,600万ポンド。1ポンド154円として約55.4億円。英国外での売上や子会社の売上を含む)を満たす、英国において所定の事業活動を行う企業(法人の場合にはその設立準拠法を問わないため、日本法人その他英国籍以外の法人もこれに含まれうる)について、会計年度ごとに、「奴隷労働および人身売買に関する報告」(Slavery and Human Trafficking Statement)を準備しなければならないとされる(同法54条1項)。

(2) 年次報告書の手続的取扱い

そして、かかる企業が株式会社の場合、取締役会で「奴隷労働および人身売買に関する報告」の内容が決議され、取締役1名の署名がなされなければならないとされている(同条6項)。

(3) 年次報告書の内容

「奴隷労働および人身売買に関する報告」では、自社の事業およびサプライチェーンにおいて、奴隷労働および人身売買を防止するために報告対象会計年度において実施した措置を、あるいは、そうした措置を講じていないのであればその旨を述べる必要がある(同条4項)。
また、その他の事項として、次の事項が例示的に列挙されている(同条5項)。

(a) 当該企業の組織や事業内容、サプライチェーン

(b) 奴隷労働や人身売買に関するポリシー

(c) 自社およびサプライチェーンにおける人権デュー・ディリジェンスのプロセス

(d) 奴隷労働や人身売買が起こりうるリスクのある事業やサプライチェーンの特定と当該リスクを評価し抑制するために講じられる措置

(e) 企業が適当と認める活動指標を用いて測定した、自社やサプライチェーンにおいて奴隷労働や人身売買が生じていないことを確認する仕組みの有効性

(f) 自社の従業員への奴隷労働や人身売買に関する指導・訓練

(4) 年次報告書の開示義務

さらに、当該企業がWebサイトを開設している場合には、当該Webサイトのトップページの目立つ場所に「奴隷労働および人身売買に関する報告」へのリンクを開設して掲載しなければならないとされている(同法7条)。
なお、ここでいう「自社およびサプライチェーンにおける人権デュー・ディリジェンス」(前記(c))の具体的な内容であるが、2015年英国現代奴隷法だけにとどまらず、実務上、一般的に、次のような施策がとられることが多く見られる。

① 自社の事業やサプライチェーンの状況に沿った人権尊重に関するポリシーの策定

② サプライチェーンに組み込まれる取引先やそのさらに先の取引先の人権尊重の取り組みを検証するための調査(具体的には、各種信用調査会社等の調査結果や外部のデータベース、インターネット等の自社でアクセス可能なリソースの調査に加え、取引相手に対する当該取引相手における取り組みやさらにその取引相手に求める取り組み等に関する質問票への回答の要請)

③ 調査結果を踏まえたリスク評価と、当該リスクの回避および抑制のしくみの導入

④ 取引相手等からの苦情等を受け付ける窓口の設置(公平かつ適切な運用を期して、さらに外部の第三者機関に依頼して窓口を設置する場合もある)

英国以外の海外の国における立法の状況注2

近年、前記1.で述べた英国以外にも、人権尊重のためのサプライチェーンに関連する法規制の例は多く見られ、たとえば、2012年に施行された米国カリフォルニア州における「サプライチェーン透明法」(California Transparency in Supply Chains Act of 2010)、2017年に制定されたフランスの「注意義務法」(Loi relative au devoir de vigilance des sociétés mères et des entrprises donneuses d’ordre)、2019年に施行された「豪州現代奴隷法」(Modern Slavery Act 2018)が挙げられる。
その他、オランダにおいては、2022年に施行予定の「児童労働注意義務法」(Wet zorgplicht kinderarbeid)が既に公布されている。また、ドイツにおいては、2021年3月に「デュー・ディリジェンス法」(Lieferkettensorgfaltspflichtengesetz-LkSG)の法案が下院で可決されており、順調に進捗すれば2023年にも施行される可能性がある。さらに、EUにおいては、サプライチェーンにおける人権デュー・ディリジェンスの義務化に向けたEU指令案が本年中にも提出される予定とされている。

日本における最近の動き

「「ビジネスと人権」に関する行動計画」の策定

日本においては、2011年に国連人権理事会において採択された「ビジネスと人権に関する指導原則」を受け、2020年10月16日、政府の関係府省庁連絡会議が、SDGsの実現に向けた取り組みの一つとして、「「ビジネスと人権」に関する行動計画(2020-2025)」を策定した。そして、同行動計画の分野別行動計画である「人権を尊重する企業の責任を促すための政府による取組」の項において、「国内外のサプライチェーンにおける取組及び「指導原則」注3に基づく人権デュー・ディリジェンスの促進」が掲げられた。

サプライチェーンにおける人権尊重に関しては、従前からの取り組みとして、次のような事項について言及されている。

  • 日本も参加する、OECDの「OECD多国籍企業行動指針」につき、2011年の改訂で企業の人権尊重責任に関する章が新設されたこと
  • OECDが、デュー・ディリジェンスの実施に関し、鉱物、農業、衣料等の産業分野別にガイダンスを作成しており、分野を問わずに企業が利用できる実用的なツールとして「責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス」を2018年に公表していること
  • 日本政府は、企業に対し、同行動指針およびガイダンスの普及活動を行ってきていること
  • 国際労働機関(ILO)により、人権デュー・ディリジェンスを相互補完する取り組みとして、サプライチェーンを通じたディーセント・ワークの実現に向けた指針である「多国籍企業及び社会政策に関する原則の三者宣言」(ILO多国籍企業宣言)を踏まえた企業とステークホルダーとの対話・協働が推進されていること
  • 政府は同宣言の周知を行ってきていること

そして、今後の取り組みとして、次のような事項が掲げられた。

さらに、同行動計画においては、「政府から企業への期待表明」として、「政府は、その規模、業種等にかかわらず、日本企業が、国際的に認められた人権及び「ILO宣言」に述べられている基本的権利に関する原則を尊重し、「指導原則」その他の関連する国際的なスタンダードを踏まえ、人権デュー・ディリジェンスのプロセスを導入すること、また、サプライチェーンにおけるものを含むステークホルダーとの対話を行うことを期待する。さらに、日本企業が効果的な苦情処理の仕組みを通じて、問題解決を図ることを期待する」とされている(下線は筆者による)注4

このように、今般の「「ビジネスと人権」に関する行動計画(2020-2025)」においては、政府から企業への期待が表明されたものの、同行動計画の策定により、企業が、具体的な人権デュー・ディリジェンスにかかる何らかの行動を新たに義務付けられるというわけではなかった。

コーポレートガバナンスコードの改訂

2021年6月11日に改訂されたコーポレートガバナンスコードでは、その補充原則2-3①において、初めて“人権”という単語が登場した。具体的には、改訂前に単に「サステナビリティー(持続可能性)をめぐる課題」とだけ言及されていた取締役会が検討すべき事項に関し、「気候変動などの地球環境問題への配慮、人権の尊重、従業員の健康・労働環境への配慮や公正・適切な処遇、取引先との公正・適正な取引、自然災害等への危機管理など、サステナビリティを巡る課題」という表現が採用され、サステナビリティの具体的内容の一つとして、“環境問題”と並んで“人権”が明示に取り上げられるに至った注5

総括

このように、現在の日本法のもとで、企業に対して、人権デュー・ディリジェンス等の実施を具体的に義務付ける法規制はいまだ存在しないが、「「ビジネスと人権」に関する行動計画(2020-2025)」の策定により、人権デュー・ディリジェンス等の実施が政府により期待され、また、コーポレートガバナンスコードにおいて人権の尊重への積極的・能動的な取り組みの検討が要請されていることからすれば、企業ごとの実情によりその程度の差はあれ、とりわけ大企業において、人権デュー・ディリジェンス等の実施の事実上の要請が強まっていることは間違いがないし、かかる要請を無視した場合に人権侵害が起きれば、投資家を含め、レピュテーションの大きな低下は免れない。
今後、前記で述べたような海外の国々の立法の潮流が日本にも及ぶこととなり、いずれ同様の立法がなされることも想定しうることからすれば、従来、主として外国法コンプライアンスの文脈で検討されていたサプライチェーンにおける人権侵害のリスクは、日本法下における企業法務においてもその重要度が著しく高まってきたといえる。

→この連載を「まとめて読む」

[注]
  1. 経済協力開発機構(OECD)の「責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス」では、「自らの事業、サプライチェーンおよびその他のビジネス上の関係における、実際のおよび潜在的な負の影響を企業が特定し、防止し軽減するとともに、これら負の影響へどのように対処するかについて説明責任を果たすために企業が実施すべきプロセス」と説明される。[]
  2. 海外における、人権尊重のためのサプライチェーンに関連する法規制の例については、日本貿易振興機構(JETRO)が実施している「「サプライチェーンと人権」に関する政策と企業への適応・対応事例(改訂版)」が2021年6月に公表されており、有用な情報が得られる。[]
  3. 「ビジネスと人権に関する指導原則」のことを指す。[]
  4. なお、この期待に関する脚注の中では、指導原則、OECDのデュー・ディリジェンス・ガイダンス、ILO多国籍企業宣言に加え、日本経済団体連合会が制定する「企業行動憲章実行の手引き」についても言及されており、企業に対し、「人権を尊重する方針を明確にし、事業活動に反映する」具体例を提示しているとして、同手引きが実務上の対応の参考になることが示唆されている。[]
  5. 改訂後のコーポレートガバナンスコード補充原則2-3①は、次のとおりである。「取締役会は、気候変動などの地球環境問題への配慮、人権の尊重、従業員の健康・労働環境への配慮や公正・適切な処遇、取引先との公正・適正な取引、自然災害等への危機管理など、サステナビリティを巡る課題への対応は、リスクの減少のみならず収益機会にもつながる重要な経営課題であると認識し、中長期的な企業価値の向上の観点から、これらの課題に積極的・能動的に取り組むよう検討を深めるべきである」。[]

岡本 直己

弁護士法人御堂筋法律事務所 パートナー弁護士

2000年東京大学法学部卒業。2005年弁護士登録、弁護士法人御堂筋法律事務所入所。2012年ワシントン大学ロースクール(LL.M. アジア法)卒業、ケルビン・チア・パートナーシップ法律事務所(シンガポール共和国)。2013年弁護士法人御堂筋法律事務所復帰。2014年から2015年まで事業会社へ出向。2017年弁護士法人御堂筋法律事務所パートナー(現任)。東京弁護士会所属。海外コンプライアンス、国際取引、国際紛争等の渉外法務分野に加え、M&A、データ・プライバシー、IT分野を得意とする。

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