はじめに
本連載は、リーガルテック導入やリーガルオペレーションの進化における課題について、法務部長(佐々木)と弁護士(久保さん)が、往復書簡の形式をとって意見交換します。連載第8回は私、佐々木毅尚が担当します。
問いかけへの検討
―これからの時代の法務人材のあり方、育成の方向性は?
さて、前回の久保さんからの問いかけは以下のとおりでした。
- これからの時代の法律実務家は、プログラミングの基礎知識やSGDs、ソーシャル・ビジネスの実務を知ることが必要になるのではないか。
- 新しい法律問題と向き合ううえでも、法律実務家としての基礎体力をつけるべく、法哲学(jurisprudence)や公共哲学(public philosophy)を学ぶことが重要ではないか。
これらの問いかけについて、私の考えをお話したいと思います。
投資家が企業に求めるもの
一般的に、上場企業は、ステークホルダーと適切な対話を行い、投資家の信認を得て、自社の価値を訴求し、中長期的な成長と競争力の向上を図ることが求められています。
では、投資家は企業に何を求めているのでしょうか?
近年、投資家は、“ESG(Environment / Social / Governance)投資”と呼ばれる投資手法を積極的に採用し、環境・社会・企業統治(ガバナンス)に配慮している企業を選別して投資を行っています。つまり、投資家は、企業に対して、業績だけではなく、コーポレートガバナンスコードを適切に実践することでしっかりとしたガバナンス体制を構築し、環境や社会に配慮したビジネスを行うことを求めているのです。
こうした流れを受けて、現在、各企業はESGを強く意識した新たな施策(社外取締役の増員、社内の多様性の確保、取締役会の実効性評価、サステナビリティーへの取り組み等)の経営への導入を実践しています。
法務部門の役割
当然、法務部門もこのような変化に対応しなければなりません。
現在、多くの企業の法務部門は、以下の機能を担当しています。
① 法務機能(契約書審査、法律相談、訴訟・紛争対応、M&A等)
② コンプライアス機能(コンプライアンス推進、内部通報制度運営等)
③ コーポレートガバナンス機能(株主総会・取締役会運営、コーポレートガバナンスコード対応等)
①は伝統的な機能であり、いわば“事業部門と連携しながら会社を発展させる機能”です。特に近年は、SDGsで示された目標を達成するための事業やソーシャル・ビジネスといった、投資家が興味を持つ企業にとって新しい分野の事業活動を支援していくことが求められています。
②については、近年、企業には法令遵守のみならず“企業としての社会的責任”を果たすことが求められています。このことから、法務部門としては特に倫理的な視点を持ち、社会情勢に配慮しながら企業の社会的責任を考えていくことが重要です。
③は、1.でも述べたように、昨今、企業はコーポレートガバナンスコードの実践が強く求められています。とはいえ、企業風土によってそれぞれ最適なコーポレートガバナンスの形態が異なります。法務部門としては、実効性のある体制構築のため、経営者と連携しながら自社オリジナルの体制を構築していかなければなりません。
法務担当者の役割
法務担当者の人員構成は、2004年に創設された法科大学院の影響を色濃く受けています。
法科大学院が設立される以前、法務担当者の多くは4年制大学卒業者でした。海外ロースクールに留学して海外の弁護士資格を保有している担当者は少なからずいましたが、日本の弁護士資格を保有している人材はごく少数でした。ところが、日本組織内弁護士協会(JILA)の統計によると、2010年に428人だった企業内弁護士数は2014年には1,179人と1,000人を超え、2018年には2,161人、2021年には2,820人にまで増加しており、来年には3,000人を超えることが予想されます。いまや企業内弁護士は広く定着しつつあるといえ、こうした高度な専門知識を持った人材が法務部門に流入したことによって、法務部門の案件処理レベルは大きく高まりました。
ただし、1.で述べた投資家の動向を受けて、これからの法務部門では、法律知識だけではなく、コンプライアンス、コーポレートガバナンス、SDGsに関連する幅広い知識が求められます。さらに、“知識”というハードスキルのみならず、コミュニケーション能力、プレゼンテーション能力といったソフトスキルも重要です。また、企業活動のグローバル化により、英語を中心とした語学力も欠かせない時代となっています。こう考えると、現代は、法務担当者としてかなりスペックの高い人材が求められているといえます。
今後、さらなるデジタル化とネットワーク化によって、より大量のデータを高速で通信できるようになり、データ(IoT(モノのインターネット)やAI(人工知能)、ビッグデータなど)を中心とした大きな技術革新―いわゆる“第4次産業革命”―が起こり、世界の産業界をリードしていきます。このような背景のもとでは、新しいテクノロジーを用いた新規事業が次々に生み出されることでしょう。しかし、これらの中には、既存の法律が想定していないもの、規制できないものが数多く含まれる可能性があります。
法律が想定していない新しい事業については、一般的には、各社、業界団体が倫理観や公共哲学をベースに自主的なガイドラインを作成して事業を運営してくことになります。この過程では、拘束力のあるハードローではなく、社会規範としてのソフトローを中心とした規律の中で事業を運営していくことが求められます。
法務担当には、実務処理能力だけではなく“創造力”が求められる時代がすぐそばに迫っているといえます。
法務部門の組織運営
3.で述べたように、これからの法務担当者は、ハードスキル、ソフトスキル、語学力、倫理観、コモンセンスといった多くの能力が求められます。とはいえ、これらすべての能力を持つ人材はごく稀で、育成も至難の技といえるでしょう。このように広範なの能力を求められる時代にあって、どのように人材を育成するのか、あるいは、どのように組織を運営すべきか、大きな課題を抱える法務部門のマネージャーの方も多いのではないでしょうか。
結論から述べると、私は、“個人レベルで難しいものは、組織レベルで補う”という発想が必要だと考えています。
私自身、法務部門の人材マネジメントの発想として、“スペシャリストとゼネラリストをそれぞれ育成していく”という考え方を持っています。
まず、スペシャリストは2.①の法務機能を担当する社内弁護士を中心とした人材で、弁護士資格を保有していることでハードスキルを証明できるため、ソフトスキルを中心に人材選考を行い、ある程度のターンオーバーを想定して人材を管理していく必要があります。また、2.③のコーポレートガバナンス機能では、株主総会・取締役会の運営や株式関係の事務で専門性の高い業務が想定されており、こちらはある意味、業務経験とハードスキルがものをいう事務系業務であるため、時間をかけてじっくりと事務系人材を育成していく必要があります。
次にゼネラリストは、2.②のコンプライアンス機能に親和性があり、法務部門以外の部門を経験した人材に最適であるといえます。さらに、CSR、SDGs、総務、経理、人事といった業務を担当した経験のある人材は、幅広い業務知識を有するゼネラリストとして、スペシャリストと一緒に法務機能を担当することで相乗効果を生むことができます。
法務部長から弁護士への問いかけ
これからの社内弁護士のあり方は?
今回、私は、今後の社内弁護士の動向について久保さんのお考えをお聞きしてみたいと考えています。
日本の社内弁護士数は3,000人に迫りつつありますが、引き続き企業のニーズは高く、社内弁護士の増加は続くことでしょう。ところが司法試験の合格者は減少しており、2020年度の合格者は1,500人を割り込んでしまいました。このままの状態が続けば、弁護士の人材不足という状況に陥ってしまう可能性があります。このような需要と供給のアンバランスが見込まれる状況においては、司法試験の合格者を増やすべきなのでしょうか。
一方、米国では弁護士数が日本と比較にならないほど多く、多様な分野で弁護士資格を持つ人材が活躍しています。日本でも、従来の社内弁護士や政治家といった分野だけではなく、スタートアップ企業の経営に参加する、あるいは実際に起業する弁護士も少しずつ増えています。弁護士の活躍の場が広がりつつある環境の中で、弁護士資格を持つ人材にとって、引き続き社内弁護士は魅力のある選択肢となりえるのでしょうか。また、魅力のある選択肢となるためには、受け入れ先の企業はどのような努力をしていかなければならないのでしょうか。
以上について、久保さんのお考えはいかがでしょうか。次回もどうぞ楽しみに。
→この連載を「まとめて読む」
佐々木 毅尚
「リーガルオペレーション革命」著者
1991年明治安田生命相互会社入社。アジア航測株式会社、YKK株式会社を経て、2016年9月より太陽誘電株式会社。法務、コンプライアンス、コーポレートガバナンス、リスクマネジメント業務を幅広く経験。2009年より部門長として法務部門のマネジメントに携わり、リーガルテックの活用をはじめとした法務部門のオペレーション改革に積極的に取り組む。著作『企業法務入門テキスト―ありのままの法務』(共著)(商事法務、2016)、『新型コロナ危機下の企業法務部門』(共著)(商事法務、2020)、『電子契約導入ガイドブック[海外契約編]』(久保弁護士との共著)(商事法務、2020)、『今日から法務パーソン』(共著)(商事法務、2021)、『リーガルオペレーション革命─リーガルテック導入ガイドライン』(商事法務、2021)。
著 者:佐々木 毅尚[著]
出版社:商事法務
発売日:2021年3月
価 格:2,640円(税込)