これからの時代のコンプライアンス業務とは? - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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はじめに

本連載は、リーガルテック導入やリーガルオペレーションの進化における課題について、法務部長(佐々木さん)と弁護士(久保)が、往復書簡の形式をとって意見交換します。連載第7回は私、久保光太郎が担当します。

問いかけへの検討
―これからの時代のコンプライアンス業務とは?

さて、前回の佐々木さんからの問いかけは以下のとおりでした。

  • コンプライアンス推進活動について、企業はどのようなスタンスで、何を到達点として目指せばよいのか。

この問いかけについて、私の考えをお話したいと思います。

日本企業のグローバル・コンプライアンス体制の問題点

私は、アジアを中心としたクロスボーダー案件に特化したプロフェッショナル・ファームを経営する弁護士として、アジア新興国等のビジネスの最前線で、不正やコンプライアンス違反に足元を掬われる企業を数多く見てきました。

ひとたび不正やコンプライアンス違反が生じてしまうと、組織に非常に大きな負荷がかかります。こうしたことを回避するため、企業は、多大なリソースとコストを投じてコンプライアンス体制を構築し、教育・監査等を実施します。
ところが、その意義は必ずしも現場に理解されておらず、一部では“コンプライアンス疲れ”という言葉もささやかれています。

どうして本社と現場との間に、このような認識のズレが起こるのでしょうか。その背景には、「コンプライアンス施策の効果を定量的に測定することが困難である」という事情もあるようです。

私が見るところ、日本企業のグローバル・コンプライアンスの実務においては、主に、以下(1)(3)に掲げるような問題があると思われます。

(1) 本社と現場とのコミュニケーション不全

まず一つ目は、本社と現場とのコミュニケーション不全の問題です。
日本企業のグローバル・コンプライアンスの構築に際しては、本社が海外拠点に対して望ましいルールや体制を指示し、監督する“中央集権型”のコンプライアンスと、海外拠点に裁量をもって任せる“現法自律型”のコンプライアンスの二つの型がありえます。ところが、そのいずれも、「本社と現場のコミュニケーションが欠如している」という意味において、同じ問題を抱えているように思われます。有効なコンプライアンス施策を講じるうえでは、本社と海外拠点の現場が適切なコミュニケーションを実現することが必要不可欠です。私は数多くの日本企業のコンプライアンス事案に対応してきましたが、それらの企業は“中央集権型”と“現法自律型”の間でバランスをとることができていないような印象を持ちました。

(2) 社内規程、教育・監査のPDCAが回らない

次に、社内規程、教育・監査のPDCAが回らないという問題があります。
日本企業の多くは、日本国内でうまく行ったコンプライアンスの推進方法をそのまま海外に当てはめようとします。ところが、「各国においてどのような法律や規制が適用されるのかを本社でリサーチし、すべて理解しておく必要がある」とか、「本社は違反は一切許容しないという断固たる姿勢を示す必要がある」などと言っても、それはアジア新興国の現場では非現実的な前提となってしまいます。
アジア新興国では、規範となる法令が曖昧であったり、頻繁に改正されたりするため、当てはめの基準となるルールとして機能しないことがありますし、法令と実態が乖離していることもしばしばあります。そういった中で、日本企業が得意とする社内規程、教育・監査のPDCAがうまくいかないといった声がよく聞かれました。

(3) 従来型コンプライアンス維持体制の限界

そして、直近(かつ最大)の問題として、“従来型コンプライアンス維持体制”が限界を迎えているという点も指摘しなければなりません。
従来、日本企業は、日本本社からの出張・現地訪問による監査や、オフィス内での上司の目によるチェックといった“物理的な”方法を重視してきました。ところが、昨年来、コロナ禍を受けて、国境が閉鎖され、在宅勤務が進むことで、こうした方法が通用しなくなってしまいました。まだコロナ禍が続く現状では、これに代わる新たなコンプライアンス維持の方策を検討しなければなりません。

これからの時代のコンプライアンスの考え方

では、これらの問題を踏まえ、企業はどのような考え方をもってコンプライアンス体制の構築に臨むべきなのでしょうか。

(1) データによる“見える化”

企業が不正やコンプライアンス違反の発生を防止するためには、日頃から健全な体力・免疫力を鍛えておくことが必要です。人が健康診断やウェアラブルデバイス等で健康状態の数値をチェックするように、企業も現場の健全性をデータによって“見える化”することで、不正に負けない健全な体力・免疫力を作り出すことが可能となります。具体的には、どのような項目について実際に違反が生じているのか、その原因はどこにあるのか等について、現場からデータを収集することが考えられます。
1.(1)でも触れましたが、企業の不正やコンプライアンス違反の背景には、管理者と現場の間の深刻なコミュニケーション不全があります。管理者には現場の課題が見えていないため、その施策は見当違いになりがちです。他方で、現場の従業員には、「企業全体の課題解決のために声を上げる機会が十分に与えられていない」という不満があります。こうしたミスマッチを防ぐためにも、管理者と現場の従業員を含む構成員全員が企業全体の課題を認識し、有効な施策を講じることが必要です。データによる“見える化”がなされていれば、自社にどのような課題があるのか、有効な施策が何かを早期に把握し、実施することができます。

(2) “現実味のあるコンプライアンス”の実現

「違反を一切許容しない」という“ゼロ・トレランス”は、海外子会社のコンプライアンスでは現実的ではありません。
「すべてを完璧に守り切ることはできない」という現実を認識したうえで、重要度やリスクの程度を考慮して、「ここまでは守り切ってほしい」というラインを示すことが必要です。ここで“現実味のあるコンプライアンス”の実現に際してカギを握るのも、コンプライアンスに関するデータです。現場において日々発生する個々のインシデントからは、豊富なデータが収集できます。この収集したデータを共有し(報告せずに塩漬けに…とならないことが大事です)、分析することで、「誰かが対応すると思っていた」というポテンヒット事例を回避することができるとともに、より効率的なコンプライアンスを実現できます。

(3) “横からのサポート”の姿勢

コンプライアンスは得てして“上からの押しつけ”になりがちですが、押しつけるのではなく、“現場のビジネスをサポートする”という側面を前面に押し出すことも重要です。
押しつけ型のコンプライアンスでは、たとえば「本社が現地法人のために贈収賄や独禁法等に関する社内規程を整備して、遵守状況を逐一チェックする」といった発想が出てきがちです。社内規程の整備ももちろん大切ではありますが、一歩踏みとどまり、「その規程は現地法人にとって今必要なものなのか?」と振り返ることも必要です。
まずは「現地法人が実際に抱える困り事をサポートする」という“横からのサポート”の姿勢をとることで、現地法人とのコミュニケーションが円滑になり、ひいては効率的なコンプライアンス体制構築の実現につながるのです。

データを活用するコンプライアンス―“Data driven Compliance”

AsiaWise Groupでは、2021年、AsiaWise Technology株式会社というリーガルテックの会社を設立しました。そして現在、日本企業のグローバル・コンプライアンスの課題に着目し、内部通報と従業員サーベイシステムを開発しています。現在はまだテストユーザ(Early Bird Member)のサポートをいただきつつサービスを開発していますが、2022年の早い時期には、新サービスのお披露目ができるのではないかと考えています。

今後、リーガルテック業界でも、コンプライアンス、コーポレートガバナンスの課題を解決するサービスが続々に登場してくることが期待されます。その際、カギを握るのは、いかに「企業がそれぞれのインシデントやその対応に関するデータを蓄積しているか」であることは間違いないでしょう。

弁護士から法務部長への問いかけ

これからの時代の法務人材のあり方、育成の方向性は?

今回は、これからの時代におけるコンプライアンス業務の話をさせていただきました。次回はちょっと視点を変えて、“今後の法務人材(実務家を含む)のあり方”や“法務人材の育成の方向性”について、佐々木さんのお考えをお聞きしてみたいと思います。

これからの時代の法律実務家は、プログラミングの基礎知識やSGDs、ソーシャル・ビジネスの実務を知ることが必要になるのでしょうか。私は新しい法律問題と向き合ううえでも、法律実務家としての基礎体力をつけるべく、法哲学(jurisprudence)や公共哲学(public philosophy)を学ぶことが重要だと思っているのですが、佐々木さんはどうお考えでしょうか。佐々木さんの回答を楽しみにお待ちしたいと思います。

→この連載を「まとめて読む」

久保 光太郎

AsiaWise法律事務所 代表弁護士
AsiaWise Digital Consulting & Advocacy株式会社 代表取締役
AsiaWise Technology株式会社 代表取締役

1999年慶応大学法学部卒。2001年弁護士登録、(現)西村あさひ法律事務所入所。2008年コロンビア大学ロースクール(LL.M.)卒。2012年西村あさひシンガポールオフィス立ち上げを担当し、共同代表就任。2018年独立し、クロスボーダー案件に特化した法律事務所としてAsiaWise Group/AsiaWise法律事務所を設立。2021年データを活用するプロフェッショナル・ファームのコンセプトを実現すべく、AsiaWise Digital Consulting & Advocacy株式会社と、その双子の会社としてAsiaWise Technology株式会社を設立。

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著 者:佐々木 毅尚[著]
出版社:商事法務
発売日:2021年3月
価 格:2,640円(税込)