「不確実な時代」に対応するための法務機能とは? - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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はじめに

本連載は、リーガルテック導入やリーガルオペレーションの進化における課題について、法務部長(佐々木さん)と弁護士(久保)が、往復書簡の形式をとって意見交換します。連載第13回の今回は、AsiaWise Groupの久保光太郎が担当します。

問いかけへの検討
―「不確実な時代」に対応するための法務機能とは?

さて、前回の佐々木さんからの問いかけは以下のとおりでした。

  • 「VUCA時代」と言われる「不確実で先の読めない時代」に突入しているなか、企業の法務責任者は突発的な出来事に対処するために、日常的にどのような対処をしておくべきか

この問いかけについて、私の考えをお話したいと思います。

基本的な行動原理としての「コンプライアンス」

ロシア・ウクライナ情勢を機縁として、最近は経済安全保障法制や有事対応の実務に関心が集まっています。しかし、このような先の読めない不確実な時代においても、「法律の実務家」である我々の行動基準はやはり「法律」であると、私は考えます。
ロシアによるウクライナ侵攻後の状況は日々刻々と変化していますし、情報も錯綜しています。そういった中でも、企業の行動基準の第一原則は「法律を守ること」(=コンプライアンス)です。まずは、コンプライアンスの観点から、ロシアに対していかなる経済制裁がなされているのかについて、日本を含む各国の法令動向をリサーチし、自社に適用のある法令に従って行動することが出発点になります。

経済安全保障の文脈を離れた一般論としても、企業の法務責任者としては、常日頃から

  • 法律の制定・改正動向をウォッチしておくこと
  • 危機管理、有事対応の役割を認識し、情報網を張り巡らせておくこと

が重要です。事前の準備がなければ、いざ有事となっても速やかに対応することはできません。

このように、コンプライアンスは基本的な行動原理として有用ですが、一方で、その限界もここで指摘しなければなりません。
法律はその性質上、「現実の後追い」であり、現実の方が先行するため、不確実な状況の中では「法律を守っているだけでは足りない」ということもありえます。また、コンプライアンスを過度に重視することの弊害も指摘しておかなければなりません。自らの行動原理を「国」という他人に任せてばかりいると、企業(法務部門)は自分の頭で考えることができなくなってしまいます。
事業部門から「どうして法律を守らなければならないのか?」と聞かれた際の法務の担当者の回答が「法律にそう書いてあるから」では、事業部門の真の納得を得ることはできません。

コンプライアンスの補完原理としての「リスクマネジメント」

そこで、コンプライアンスを補完する行動原理が必要となります。それが「リスクマネジメント」の発想だと、私は考えます。
「リスクマネジメント」とは、論者によってさまざまな意味づけがなされていますが、大要、“リスク”の検討結果に応じて自ら主体的にその行動を決めることと解されます。ロシア情勢を例にとると、ロシア・ビジネスを継続するか否かを検討するに際して、ステークホルダー(投資家、顧客等)からどのように評価されるかという「リスク」を考慮し、自らの行動を決めること、それがリスクマネジメントの発想です。

1.で述べたことも踏まえると、コンプライアンスとリスクマネジメントは、

  • コンプライアンス:「法律」という単一のルールを基準とするもの
  • リスクマネジメント:複数のシナリオを想定し、さまざまな「リスク」を検討の俎上に上げるもの

と整理することができ、異なる行動原理だと考えることができます。
また、リスクマネジメントは、法律を墨守するだけでは足りず、自らの頭を使って考えなければならないという意味で能動的な営為です。事業部門から「どうして法律を守らなければならないのか?」と聞かれた場合、リスクマネジメントの観点からは、法律違反の罰則の重さやレピュテーションリスクがその回答になります。また、今は存在していないとしても、「“将来できるかもしれない規制”を先取りして行動する」のもリスクマネジメントの発想だといえます。

とはいえ、やはりリスクマネジメントにも限界があります。
言うまでもなく、すべてのリスクを事前に洗い出しておくことはできません。今回のロシアによるウクライナへの侵攻をどれだけの企業がリスクとして認識していたかを考えれば、この点は自明だと思われます。各国政府や国際政治の専門家ですら想像していなかったリスクを企業があらかじめ認識することは現実には困難です。
また、選択肢が複数ある場合において、いずれの選択肢にも(同程度の)リスクがあるような場合には、リスクマネジメントは有効な行動原理として機能しません。さらに、リスク「のみ」を基準にした場合、モラルが等閑視されるといった問題もあります。極端な話ではありますが、モラルに違反する行為であっても、「そのリスクが小さい(=発覚の可能性が低い、ないし刑罰や社会的制裁のリスクが小さい)」と判断される場合には選択肢になってくることもあるのです。

コンプライアンス・リスクマネジメントをさらに補完する「プリンシプル」

1.2.でご紹介してきたとおり、コンプライアンスとリスクマネジメントは相互に基本的な行動原理となるものです。ところが、不確実な時代においては、これらをさらに補完する行動原理が必要となります。私は、ここで重要になってくるのが「プリンシプル」だと考えています。
プリンシプルは、一般的には「原則」「主義」などと訳されますが、ここではより広く、その人の人生哲学や、企業の経営理念(Credo)、ポリシーといったものも含む概念ととらえていただければと思います。

「プリンシプルに依拠して考えると」はどういうことなのか、ロシアの事例に戻ってその意味するところを考えてみましょう。ロシア・ビジネスを継続する場合のリスク(例:ブランドイメージの棄損)と、ロシアから撤退する場合のリスク(例:ロシア政府による不利益的取扱い)のいずれを重視すべきか、リスクマネジメントの観点からは判断がつかなかったとします。そこで、「侵略戦争反対、人道的見地からロシア経済に制裁を加えるべき」という理由でロシアからの撤退を決める…これが、プリンシプル・ベースの発想です。

ここで注意すべきは、プリンシプルによって導き出される答えは一つとは限らないということです。たとえば、「目の前の顧客との取引(=約束・真偽)は絶対だ」というプリンシプルから、「ロシア・ビジネスを継続する」という判断に至ることも考えられるのです。コンプライアンスの発想では正解は一つですが(法解釈が分かれるとしても、最終的には裁判所が法解釈を確定します)、プリンシプルは相対的な行動原理なのです。

プリンシプルとコンプライアンス・リスクマネジメントの関係性は、憲法論と法律論の関係に似ているかもしれません。日常的な法律問題を解決する基準(法律論)に該当するのがコンプライアンスとリスクマネジメントであり、これらを超越する問題に対処する基準(憲法論)がプリンシプルです。社会で生起する問題の一つひとつについて憲法(=プリンシプル)を適用しても、必ずしも具体的な結論を導くことができるとは限りません。ところが、「ここぞ」という場面では、憲法(=プリンシプル)の出番となります。
こうした憲法論やプリンシプルに遡って検討するという姿勢は、現在のような不確実な時代だからこそ問われるものだといっても過言ではないでしょう。

では、プリンシプル・ベースの発想をするためにはどうすればよいのでしょうか。
憲法論と法律論の区別の議論からイメージできるかもしれませんが、プリンシプル・ベースの発想をするためには、目の前の問題の「一つ上の次元(メタ)」の問いに向き合うことが必要です。法務の責任者としても、

「企業は何のためにビジネスをしているのか?」
「(事業部と対比する意味で)法務部門の存在意義は何なのか?」

といった上位の次元の問いに向き合うことで、プリンシプルの発想を鍛えることができます。
プリンシプルは「ボトムアップ」や「コンセンサス」といった方法論とはなじみません。最後は組織のトップが腹をくくって考え抜き、決断することが必要です。以前(第7回)、法務人材の育成に際して「哲学」が重要だという話をしましたが、法務の責任者にも同じ話があてはまると思います。

弁護士から法務部長への問いかけ

「プリンシプル」が役立った事例とは?/「プリンシプル」を会社に根づかせるには?

私が主宰するAsiaWise GroupにおいてはGRC(ガバナンス・リスクマネジメント・コンプライアンス/統合的なリスク管理手法を用いて、企業経営の意思決定効率を高めるしくみを構築すること)チームを立ち上げ、弁護士とリスクマネジメントの専門家が一体となって、企業のグローバルなGRC体制の整備のサポートをしています。その活動の中で、企業の行動規範やポリシーの策定・レビューに関わることがありますが、これらは、上記の議論との関係で言えば、いわばプリンシプルに属するものと思われます。
こうした文書は、平時には「無用の長物」と見られることもあるように思われますが、こういったプリンシプルが実際に役に立った事例をご存じでしょうか。また、経営者が唱えるプリンシプルが現場に根づくためにはどのような点に留意すればよいのでしょうか。佐々木さんのお知恵をいただければ幸いです。

→この連載を「まとめて読む」

久保 光太郎

AsiaWise法律事務所 代表弁護士
AsiaWise Digital Consulting & Advocacy株式会社 代表取締役
AsiaWise Technology株式会社 代表取締役

1999年慶応大学法学部卒業。2001年弁護士登録、(現)西村あさひ法律事務所入所。2008年コロンビア大学ロースクール(LL.M.)卒業。2012年西村あさひシンガポールオフィス立ち上げを担当。2018年クロスボーダー案件に特化したAsiaWise法律事務所を設立。2021年データを活用するプロフェッショナル・ファームのコンセプトを実現すべく、AsiaWise Digital Consulting & Advocacy株式会社と、その双子の会社としてAsiaWise Technology株式会社を設立。

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