AIアプリケーションによるビジネス革命 - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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いまや、私たちの日常生活にも浸透しつつある“AI技術”。
生活やビジネスを劇的に変革する可能性を秘めたAIの活用を多くの企業が模索している昨今、“AI活用”の現在地と将来の展望について、米国Patent Attorney、かつIPDataLab CEOでソフトウェア開発に精通するクリストファー・L・ホルト氏にお話をうかがった。

AI技術の浸透は、私たちの生活にどのような変化をもたらすのか

――なぜ、いまAIが注目されているのですか?

ホルト氏 AIは、ごく最近の、まったく新しい技術であるかのように感じる方も多いかもしれませんが、実際には、AI技術はかなり古くから存在しています。昨今、AIがこのように注目を集めている背景には、豊富な資金を持つ技術企業数社が「AIをより理解しやすく、アクセスしやすいものにすること」を使命としていることが挙げられます。これが、膨大なコンピューティングパワーへの投資との相乗効果を生み出し、一般の人がはるかに簡単に個人的な事例にAIを活用できるようになった大きな理由です。

ほんの数年前まで、「AI技術を賢く利用する」ということは、Alexaが照明をつけたり音楽を再生したり、Siriが最寄りのラーメン店への道順を教えたりすることを意味するという印象を多くの人が抱いていたのではないでしょうか。確かにこれらのアプリケーションも興味深いものでしたが、特に「人生を変える」ほどのものではありませんでした。ところが、ChatGPTのような汎用の一般向け生成AIエンジンの発表が、人々の「AIが自分たちのために何ができるか」についての認識を変えたのです。
このようなエンジンの誕生がメディアでセンセーションを巻き起こし、ほぼ一夜にして、人々はAI技術を使用して日常の実際の問題に対処できること、すなわち、「AI技術が生活を劇的に変えようとしている」という事実に気づいたのです。現時点では、従来人間が管理していた広範なタスクの責任をAIが引き受けるプロセスはまだごく初期段階にありますが、この動きは今後間違いなく加速するでしょう。

――AI技術の新たな実用化のために必要な条件は何ですか?

ホルト氏 重要な条件は三つあると思います。それは、AIを利用することで、人間が行うよりも「より優れ」「より高速で」「既存のワークフローへある程度容易に統合できる」こと、これらすべての条件が満たされることが重要です。人間の方がより適切に実行できる、あるいは、より高速に実行できるタスクについては、人々はAI技術を採用しないでしょう。後でふれますが、AIという代替手段に移行すると、利点を上回る面倒な問題が発生するというリスクも考えられます。

――ビジネスにおけるAIの活用は、将来、私たちにどのような影響を与えると思いますか?

ホルト氏 現在、つまり、AIの利活用の初期段階にあって私たちが注目しているのは、AIを活用して人間が「面倒くさい」と思うタスクを自動化する動きです。
たとえば、私は最近、AIを使用して娘が履歴書と一緒に送るカバーレターを書くのを手伝いましたが、多くの人は就職・転職活動において企業に応募する際のカバーレターに苦慮しているのではないでしょうか。これが、自分の履歴書と職務内容を生成AIエンジン(ChatGPTなど)に貼り付けて「素晴らしいカバーレターを書いてください」と言えばよいだけで済むということに気づいたら、もう誰も自力でカバーレターを書こうとはしないでしょう。
このように、今まさに私たちの行動に進化が起きているのです。

似て非なる“機械による自動化”と“AIによる自動化”~刺激的かつ恐ろしい時代の到来

ホルト氏 私は、AIベースの自動化が日常生活に取り込まれる様子は、かつて製造業に起きた歴史的な進化と似ていると考えています。
20世紀初頭の自動車製造を考えてみましょう。当時、ほとんどの工程は人間が行っていましたが、機械化が進み自動化が可能になると、人間が達成できる標準よりも効率よく、より速くタスクを完了できるようになりました。
自動化による経済的メリットは無視できません。ビジネスやその他の分野へのAIの統合も、すでに同様のパターンをたどっています。コンピュータアプリケーションが人間よりも優れたスピードでビジネスタスクを実行できるようになると、経済的な要因により人間は排除されることになります。
現在、ビジネスの世界には、AIによる自動化の機が熟したタスクが山積みとなっています。現時点の動きは、まだその表面をなぞったに過ぎません。

ただし、製造業を変革した“機械による自動化”と、現在ビジネスの世界を変革している“AIアプリケーションによる自動化”との間には、実際には重要な違いがあります。
“機械による自動化”の新しい方式を構築するのは多少難しいのですが、“AIによる自動化”の新しい方式を構築するのは、実際には非常に簡単です。堅牢なAIアプリケーションを作成して展開するには、“機械による自動化”のように数千行のコードを記述する必要はありません。たった一人の賢いプログラマーが50行、あるいは100行のコードを書くだけで、何千時間もの人間の作業を節約することができるのです。
AI技術のこの側面は、刺激的でもあり、恐ろしくもあります。一度AIの活用によってビジネスのプロセスが自動化され、安定した運営が可能となれば、システムの保守の必要はあるにしても、企業はそれまでに比べ、AIシステムの構築等や、当該システムによって自動化されたタスクに携わる人材にそれほど多額の投資をする必要がなくなります。このように、自動化による主な利益は従業員ではなく会社に与えられるため、一連の動きの中では、一部の人材に痛みが生じることがあるでしょう。
しかし、長い目で見れば、私個人としては、“やがて人間の新たな生産的な利用法が生まれるだろう”と楽観的に考えています。

――AI技術の中でもChatGPTのような“生成AI”技術が注目されているのはなぜですか?

ホルト氏 ChatGPTは、もともとOpenAIと呼ばれる非営利団体(2019年に営利企業化)によって開発されました。彼らの当初の大きな使命は利他的で、私の理解によれば、「誰もが日常的かつ実用的な目的でAI技術の利用を実験できるようにすること」でした。事実、彼らが公開したAI技術は無料で試しやすく、すぐに役に立ったため、口コミはすぐに広がりました。
彼らがChatGPTを通じて実践したかったのは、AIの使用を体験するためのハードルを下げることであったと思います。彼らは賢く、「人々が非常に多くのことをよりよく、より速く行う能力を無視すべきでない」と理解していたのではないでしょうか。

ChatGPTのようなものを構築するのは簡単ではありません。これは“汎用”アプリケーションであり、1 種類のビジネス上の問題のみを解決することに重点を置いているわけではありません。構築にはトレーニング資料の膨大なライブラリと、とてつもないコンピュータ処理能力を必要とします。正直なところ、私たちには実現不可能です。

もう少し深い話になりますが、ChatGPTの背後にある組織は、ChatGPTの利活用を企図する企業にAPI(Application Programming Interface)を提供し、AI技術が他のアプリケーションに統合できるようにサポートしています。現在、私たちが目にしているのは、こうしたサポートを受け、特定のビジネスタスクの実行により優れ、より特化したビジネスシステムの主要コンポーネントとしてChatGPTを使用している企業のサ-ビスや商品です。
たとえば、私は先週、ある企業のChatGPTを利用した新しい特許検索ソフトウェアを見かけました。もちろん、ChatGPTプラットフォーム自体は優れた特許検索ツールではありません。ところが、ChatGPTと優れた特許検索ツールを組み合わせることで、「“対話を繰り返す”というアプローチで目的の特許情報にたどり着く」ということが可能になろうとしているのです。
こうした動きは、先程も触れた“刺激的で恐ろしくもある時代”の到来を予感させるものといえるでしょう。

もちろん、ChatGPTの代替手段も数多くあります。エンジンが異なれば、異なる点で優劣が生じるため、目的に応じて使い分けるとよいでしょう。主な代替手段としては、次のようなものがあります。

① BERT(トランスフォーマーによる双方向エンコーダー表現)

Googleによって開発され、検索クエリ内の単語の前後関係を理解するように設計されたトランスフォーマーベースのモデル。主に検索クエリを理解するために使用されるが、質問応答などのさまざまな自然言語処理タスクに合わせて微調整することも可能。

② Watson Assistant

IBMが提供する、チャットボットや仮想アシスタントを構築するために設計された会話型AIプラットフォーム。チャットボットのトレーニングと導入のためのユーザーフレンドリーなインターフェイスを提供し、ビジネス用途に適している。

③ Rasa

オープンソースの会話型AIプラットフォームで、コンテキストAIアシスタントとチャットボットを構築、トレーニング、展開するためのツールを提供する。高度なカスタマイズが可能で、チャットボットの動作をより詳細に制御したい開発者に好まれる。

知財分野におけるAI技術の活用

知財分野におけるAI活用の諸問題~ChatGPTを中心に

――AI技術は知財業務にも活用できますか?

ホルト氏 もちろんできます。特に特許分野では既に多くの試みが行われており、現在、人間よりも適切かつ迅速に特許出願明細書の草稿を作成するAIソリューションの開発競争が行われています。
現時点では、私はまだこの分野で目を見張るようなAI技術には出会えていませんが、経済的インセンティブも高い分野ですし、大手企業によるAIドラフティングソリューション開発企業への投資事例もありますから、近い将来、これを可能にするアプリケーションが登場する日が来るでしょう。

AIを活用した特許明細書ドラフティングについてもう少し触れておきましょう。私は個人的に、少なくとも20件の異なるAIエンジンによって作成された特許出願の草案をレビューしましたが、従来技術や本発明の背景など、既知の情報を説明するセクションは非常に優れている傾向があるのに対し、図面や特許請求の範囲の説明など、背景知識にあまり根ざしていない記述部分にエンジンがアクセスしたときには問題が発生するように思います。現時点では、特許明細書ドラフティングにおいて「エンジンが人間よりも優れた仕事をする」とはいえず、広く普及するレベルには至っていないという印象です。
特に、特許出願時の明細書に多く含まれる“図面”が、AIによる特許明細書ドラフティングの大きな障害となっているように感じます。人間は発明の説明を簡単に理解し、発明を最もよく説明する図面を選択できますが、私が見た限り、現在のAIアプローチはこの点はあまり得意ではありません。先程も述べたように、そう遠くない未来、こうした問題も克服されると思いますが、今のところは、特許出願全体の草案作成は、手動に軍配が上がるといえるでしょう。

――著作物については問題が起きているようです。

ホルト氏 AIアプリケーションで楽曲や絵画などのクリエイティブな作品を簡単に創作できるのは興味深いことです。確かに、昨今話題となっているように、それがAIによって作られたのか、それとも人間によって作られたのかを区別することが重要になる事例もありますし、作品の制作過程でAIの関与が一定の割合で存在する場合、人間が楽曲や漫画の著作権を所有することを許されるべきなのか、これらの線をどこにどのように引くか等、困難な問題も多く存在しているのも事実です。
しかし、一方で、コンサートで演奏された楽曲のすべてがAIアプリケーションによって作曲されていた場合、それを聴衆が知ることは重要でしょうか。また、現在、多くのマンガは人の手で1コマずつ描かれているかもしれませんが、AIアプリケーションを使用することで複数コマを完了できるようになれば、時間を節約できるようになります。漫画の読者にとって、AIの関与を知ることは重要でしょうか。

AIと著作権に関する興味深い問題をもう一つ紹介しましょう。サラ・シルバーマンというアメリカの女性コメディアンが最近、ChatGPTを著作権侵害で訴えました。彼女は「ChatGPTを学習させるために自身の作品が許可なく使用された」とし、「作品をAI学習に使用する場合、オプトアウト(拒絶)できるようにすべきだ」と主張しています。AIアプリケーションの適切なパフォーマンスのためには十分な学習データが必要とされる中で、こうした彼女の主張は公正なものでしょうか。本異議申立てに対しどのような結論が下されるのか、私も注目しています。

USPTOの動向

――USPTOは特許の審査業務を合理化するためにAIを使用していますか?

ホルト氏 はい、USPTOはAIを活用した業務の自動化に熱心に取り組んでいます。従来のUSPTOにおける特許出願対応は、審査官に手動で割り当てられるなど、かなり人間主導のプロセスとなっていましたが、現在では、AIベースの審査官への担当割り当てシステムの実験を開始しています。とはいえ、さまざまな問題や障害があり、まだ業務の改善や高速化には至っていないように感じます。

――最近、裁判所に“存在しない判例が含まれている訴訟書類”が提出されたという異例の事件が起こりました。USPTOは法律事務所が権利化業務にAIを使用することを制限すると思いますか?

ホルト氏 いいえ、それはないと思います。個人的には、私は「コンテンツがどのように作成されたか」は重要ではないと考えています。AIの使用は、文書に署名する際の個人の責任に影響を与えるべきではありません。最近、弁護士がChatGPTを利用して作成・提出した訴訟書類に、存在しない判例が含まれていると裁判官から指摘された事件がありましたが、これはChatGPTの責任ではなく、むしろ弁護士が提出前に資料の正確性をチェックしなかったことが原因です。同様に、権利化業務においても、OA(Office Action)応答にあたってコンテンツの最終責任者である弁理士が署名する際、当該文書の正確性をしっかりと確認すればよいのです。

AIアプリケーションによる“革命”に向けて

――あえて「AIを積極的に活用しない」という選択はあるのでしょうか。

ホルト氏 「AIによるタスク自動化のチャンスを探さない」という選択はできますが、それはビジネスの加速に向けてAIの活用を模索する企業に先を越されることを意味します。重要なのは、ビジネスの潮流に取り残されないことです。
ただし、先に述べたように、AI技術の新たな実用化には、AIを利用したタスクが手動よりも的確・効率的で迅速に実行でき、また、ワークフローにうまく適合するという条件をクリアする必要があることに留意しなければなりません。

――最後に、日本企業の知財業務においてAIの活用が期待される場面はありますか?

ホルト氏 AIアプリケーションは、人間よりも優れたパフォーマンスをより速く実行できる機会があれば、世界中のあらゆる場所でタスクを自動化できます。特に、特許明細書作成や維持年金の管理など、一般的に“面倒”とされる作業に活用されることが想像できます。

かつて、日本企業は積極的に自動化を図り、低コストで高品質な製品の製造を推進してきた実績があります。私は、このような製造業に起きた革命と同様のことが、AIの活用によって再び日本で起きるのではないかと期待しています。
人間は進化が得意な生き物です。このようなAIインテグレーションによる進歩を過度に恐れず、ぜひ一歩、二歩と進んでいただきたいと思います。

クリストファー・L・ホルト

Christopher Holt
IPDataLab CEO

Patent Attorneyとして米国で20年以上に亘り知的財産業務に従事。専門はコンピュータ関連、主にソフトウェア関連の発明を担当。知的財産法、および分析のエキスパートであり、特に、米国特許庁の内情に対する情報に精通している。2019年にIPDataLabを設立。共同経営者かつCEO。