公益通報者保護法の改正(2022年6月施行)により、保護の対象が退職後1年以内の者や役員等に拡大され、また、常時使用労働者300人超の事業者に公益通報対応体制の整備が義務化される(300人以下の事業者については努力義務)など、企業における内部通報制度の整備および適正な運用は、社内外両面から当該企業の信頼性や経営の健全性を判断する重要なファクターと認識されている。共著『Q&A改正公益通報者保護法』(金融財政事情研究会、2022)や不祥事対応の実績を踏まえ制度に造詣の深いのぞみ総合法律事務所の結城大輔弁護士をファシリテーターに迎え、グローバル内部通報制度の整備・運用経験の豊富なインハウス弁護士・Aさん、成長途上の中堅ITサービス企業で制度の実効性向上に日々奮闘する法務担当・Bさんのお二人に、匿名で内情をお話しいただいた。
体制整備(制度設計)上の課題―関連部門との連携から役員の意識改革まで
結城弁護士 まずは、内部通報制度の整備面からうかがいます。制度の立上時期や、今般の法改正に伴う制度刷新にあたり、重要な論点や苦労された点についてお聞かせください。
Aさん 体制作りの段階では、他部門との連携構築が大きな課題でした。通報窓口はコンプライアンス部門ですが、実際の調査対応は同部門のマンパワーだけでは当然足らず、また、社内のネットワーク活用と情報への確実なアクセスが不可欠です。この際、同部門単独で対応する業務と他部門との連携業務とを抽出・区分し、後者について協力内容(情報・リソースの提供)を説明する過程は、本来業務でない負荷をかける以上、大変苦慮しました。
法改正対応については、改正内容の社内アドバイスに加え、調査担当者に対する守秘義務の徹底とトレーニングがポイントになります。責任の重い調査対応の業務をJob Descriptionに基づき適正に評価するしくみ作りに配慮が必要だと思います。
Bさん Aさんとは対照的に、当社は通報件数がゼロで低迷する一方、人事部門を通してハラスメント案件が届くなど、関係部署を経由して告発がなされるケースが多く、既存の通報ラインが機能していない状況に頭を悩ませています。役員層が制度にコストを割くことに消極的な点も否めず、トップ(社長)が「全部を把握したい」との意向が強く、制度への共感が不十分です。法改正のタイミングでは、改善策として、グループ全体を網羅する現行制度から各社に通報窓口を設置する体制も検討しましたが、人員面で非現実的なことから現状維持が続いています。
結城弁護士 「通報件数が少ない」との悩みを聞くことは多くあります。また、“役員の意識改革”はどの企業にも共通するテーマですね。ハラスメント通報の取扱いについて、もう少し具体的に教えてください。
Aさん 私の経験では、他の内部通報と合わせて窓口を一元化していました。ただ、通報に至らない相談レベルのハラスメント案件の受付窓口(人事所管)を別途設置し、例えば相談レベルの案件が通報窓口に届いたり、同じ案件が両方の窓口に届いたりした場合は、人事とコンプライアンス部門の間で中立性ある調査対応に向けた方針を協議することも何度か実施していました。
Bさん 先程述べた“非正規”のルートで、人事からハラスメント案件が寄せられます。フリーメールからの匿名通報が主で、内容は愚痴・悪口の延長レベルのものも含まれており、調査を行おうにも制度の趣旨に沿わない通報ゆえに情報が混沌としている点が課題です。
結城弁護士 内部通報制度の整備・改善にあたっては、外部からの要請が高まっていることを引き合いに出すことも効果的だと思います。社内に向けたメッセージで工夫されていることは何かありますか。
Bさん 定時株主総会は、社外(株主)の目を通すのと同時に、役員に問題意識を持ってもらうためのよい機会であると考えています。私の場合、想定問答集の作成にあたり、あえて通報件数ゼロの事実やその背景について意図的に目立たせてみたり(笑)。その他、内部通報の報告先でもある監査等委員の取締役(社外役員)など、“社内の外部者”から制度の重要性を説明いただくことも有効であると感じます。
Aさん グループ経営を標榜していれば、本社主導の内部通報制度は“グループとしてのリスク管理体制の一環”と位置付けることができると思いますし、グローバルに展開している企業であれば、海外当局の考え方を無視することはできません。特に米国司法省は、ガイドラインを通じて企業のコンプライアンス体制に対する期待を明確なメッセージとして出しているように思います。
運用フェーズの実務課題―実績開示や通報促進に向けたさまざまなアプローチ
結城弁護士 先程「通報件数がない」との悩みの話が出ました。制度整備後の運用面における課題としても、「内部通報制度が必要な場面で実際に活用されるには、どのようにして調査対応や是正措置の実績を開示すればよいか」という相談がよく寄せられます。
Aさん 通報を機に改善がなされた事例として適切な案件をピックアップしてイントラネットに掲載し、制度利用者となりうる従業員へのメッセージにもなるよう取り組むことが考えられます。他方、通報者や案件が特定される可能性を念頭に、当該案件の所管部門の事前確認を得るという配慮も必要でしょう。
また、単に通報された事実関係の有無のみを調査して終わるのではなく、内部通報を通じて、見えなかった経営課題の早期発見・解決に成功した実績をアピールできれば、経営層への強力なメッセージになりますよね。その場合、コンプライアンス部門には調査結果を踏まえた課題抽出能力、関連部門を巻き込み議論をファシリテートする能力も求められます。
Bさん 決して“役員の痛くもない腹を探る”厄介なツールではなく、通報の背後にある問題を拾い上げ、所管部門やグループ企業に改善を提案できるメリットの存在も訴えるのが大事ですね。
結城弁護士 通報件数は数字のみが一人歩きしがちなのですが、コンプライアンスの取り組みが進んで問題事象が減少したり、職制上のレポーティングラインでの対応がなされたりすることで、件数が減少することもあるはずです。ただ、一般的には、「通報すると何らかの不利益を受けるのではないか」といった不安がどうしても消えないために件数が伸びないことが圧倒的に多いと感じます。この場合、自らが不正に関与していても、自主的に通報したことで通報者の責任を減免するいわゆる“社内リニエンシー”の導入や、不正を認識した際の通報義務付けの制度化がよく議論されますが、Aさんはどのようなご意見でしょうか。
Aさん まず、“通報者自身が不正に関与した事例”と、単に“不正の兆候を見聞きした事例”で場合分けが必要です。主に後者の前提に立ってコメントすると、通報の精神的な努力義務を課すことはできても、“実際に通報しないこと”をもってただちに規程違反(懲戒処分)を問うのは現実的には難しい。ただ、通報者保護の体制整備がなされ、通報を躊躇する理由がなくなる外的環境が整う中で、例えば管理職以上の者については、“不正の兆候を認識しながら通報を行わなかったこと”をもって通報義務違反や職務規程違反を問えるかは、各社で検討・整理も可能なのではないでしょうか。近時のコンプライアンス違反事例を見ても、“見て見ぬフリ”によって報われない社員が一定数生まれ、場合によっては役員の責任追及にまで発展するほど企業風土が硬直化することは回避しなければなりません。
勇気をもって通報した従業員を保護することとのバランスからも、“見て見ぬフリを容認しない”という方針も企業風土を基礎付ける一つの重要な要素ではないでしょうか。
結城弁護士 不正調査を担当することが多い立場からすると、自ら通報・協力をすれば責任の減免について考慮できる社内リニエンシーが制度化されていれば、ヒアリングの際にそれを対象者に説明することで、協力が得やすくなり、有用な情報を引き出し、事実・原因の究明につながることも期待できます。また、“自ら通報すれば責任減免を考慮すること”と、“不正を認識したら通報すること”が義務であるとすることは両立しないのではないかという議論を見ることもありますが、努力義務として通報を強く呼びかける形での義務付けで通報者の背中を押すことと、実際に通報してくれた場合に責任の減免を考慮できるとすることは、必ずしも矛盾はしないだろうと思っています。
内部通報制度の終わりなきPDCA―何を、どこまで調査するのか
結城弁護士 最後に、内部通報制度の整備・運用について他の論点や疑問点があればお話いただきたいです。
Aさん ハラスメント案件の対応は非常に難しく、勇気を出して通報いただいた内容を虚心坦懐に受け止めながらも調査を進めた結果、複雑な人間関係の中で通報者自身が問題社員であったり、被通報者を陥れるためにハラスメント首謀者が先手を打って通報したりするケースがあり得ますので、初動の段階から客観的かつ中立的な調査のあり方が問われます。
また、ハラスメント案件の調査は、社員の人間関係や経歴に詳しく職場への影響を考慮できる人事部門が主導しつつも、“ヒアリング対象に偏りがないか”“社内にあるべき客観的資料の特定はできているか”といった調査計画の策定には法務・コンプライアンス部門がサポートする余地は十分あるといえます。さらに、ハラスメント調査の過程で新たな職場問題が発見されることもあるので、この場合は二次的な調査対応も意識すべきでしょう。
結城弁護士 通報促進により虚偽通報や誹謗中傷の増加を心配する企業は多いのですが、感覚としては、日本においては、躊躇もある中であえて通報という手段を選んだケースは、真摯な通報であることが多いと思います。通報内容に先入観を持たず、各通報を適切に取り扱うことで、さらなる通報や二次被害につながる危険を排除することが重要です。
Aさん 現場の視点では、“いつまで調査するのか”“どこで線引きするか”の方針決定も悩みどころですね。協力してくれる関係部門を丁寧に誘導しないと制度運用がまとまらず、社内コスト面の合理性も低下しますので、整備面と対になる課題といえます。社内ガイダンス、部門横断勉強会も有益でしょう。
Bさん コンプライアンス部門は業務の性質上孤立しがちですので、内部通報対応における苦労や創意工夫を情報共有できる場が拡がっていくといいですね。
Aさん より根本的には、他社の内部通報制度の運用状況について悩みを吐露し、率直な意見交換ができる場が乏しいということ自体も、ベストプラクティスを目指す上での課題だと思います。
結城弁護士 本日は臨場感あふれるご意見をいただき、誠にありがとうございました。
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Aさん
外資系グローバル企業のインハウス弁護士。法律事務所勤務後、前職では日系大手メーカーの本社コンプライアンス担当マネージャーとして、国内外グループ各社の内部通報制度の一本化プロジェクトを主導。現職でも改正法対応をサポート。
Bさん
グループ連結で従業員300名弱のIT系企業において、法務業務を専任。法改正を良い機会として、自社の内部通報制度の機能強化策について奮闘中。
結城 大輔
弁護士
Daisuke Yuki
のぞみ総合法律事務所パートナー弁護士。96年東京大学法学部卒業。98年弁護士登録(第二東京弁護士会)、のぞみ総合法律事務所入所。00~02年日本銀行、08~09年韓国ソウル、10~11年米国ロサンゼルス、11~13年米国ニューヨークの法律事務所へ出向。12年ニューヨーク州弁護士登録。