内部通報に基づく不正調査の実務 - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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社内で秘密裏に行われる不正の芽を摘み、その被害を最少限に抑えるため、内部通報窓口を設置する企業は多い。
2020年6月、企業により実効性のある内部通報体制の整備・運用や強い通報者保護を求めるべく「公益通報者保護法」(平成16年法律第122号)の改正が成立した注1
2021年7月に開催されたConsilio合同会社主催のウェビナー「内部通報に基づく不正調査の実務~改正公益通報者保護法を踏まえた留意点~」では、コンプライアンス体制の構築や危機管理、調査に精通した3名の専門家が改正法対応や通報対応に悩める企業担当者の疑問や不安に応えた。

改正公益通報者保護法が求めるもの

改正の概要

「今回の改正の大きな目的は、“通報者が安心して公益通報注2ができる環境を整えることで、企業自身が不正を是正しやすくする”ことにあります」。公認会計士としての監査業務経験と金融庁検査局への出向経験から、数多くの不正調査案件に携わる三浦法律事務所の木内敬弁護士はこう指摘する。
そのために必要なのは、受け付けた公益通報をきちんと調査し、適切な是正措置(一度の是正措置で効果が低い場合には、内容を見直して再度是正する)をとるための体制整備だ。「改正公益通報者保護法では、300人超の従業員を擁する企業には、この体制の整備を義務づけ注3、当局がその体制に実効性がないと判断すれば、行政措置を講じられるようになりました」(木内弁護士)。
通報者・通報内容に関する保護対象も拡大された。「従来は現役の従業員のみが対象でしたが、改正法では1年以内の退職者、役員も対象となり、通報内容も刑事罰・行政罰に拡大されました。企業にとって有益な通報をしてくれた人を保護することは、最終的には企業を守ることにつながるのです」(木内弁護士)。
行政機関や報道機関に通報する場合の条件も緩和。とはいえ、本質的な意味で“企業を守る”には、自社窓口に通報してもらうのが一番だ。木内弁護士は、「通報者が安心して通報できるよう、今一度自社の体制を見直すことが必要です」と語る。

望ましい内部通報対応体制とは

木内弁護士は「組織の長をはじめとする幹部が不正に加担している場合、通報をもみ消そうとしたり、調査を妨害したりといったケースも見られます。通報の窓口や調査・是正措置を講じる部署や責任者が、こうした圧力を受けないよう、独立性を確保することが重要です」と語る。
企業によっては、リソースや独立性の観点から、外部の弁護士などに委託するケースもあるだろう。「窓口の責任者を顧問弁護士とする場合、顧問弁護士は企業の利益のために動く役割がありますので、通報者としては不安に思う場合もあるかもしれません。独立性の確保は難しい問題ですが、通報者の立場に立って検討する必要があります」(木内弁護士)。
このほか、通報者の不利益取扱いの防止や通報者・通報内容に関する範囲外共有等の防止、実効性のある通報対応のための措置など、木内弁護士は体制整備のポイントを指針案(「公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(案)」注4をもとにわかりやすく紹介した。

木内 敬 弁護士

不正調査に関する留意点

調査の“よりどころ”を準備する

「通報はいつ寄せられるかわかりません。万が一に備え、調査主体や調査方法を社内規定等で定めておく必要があります」。三浦法律事務所で木内弁護士同様に数々の危機管理・不祥事対応案件に携わり、グローバルな調査案件の経験も豊富な坂尾佑平弁護士は“事前の準備”の有用性を説く。「実際の調査の場面では、証拠となるデータの収集・精査など、社内の他の部署や、弁護士など外部の専門家と協働するケースは少なくありませんし、経営陣や調査担当部署の人間が不正に関与する場合も、ヒアリングに非協力的な社員がいる場合もあるでしょう。さまざまな場合を想定して内規を整備し、調査の“よりどころ”を準備しておくのです」(坂尾弁護士)。
また、通報者保護の観点では、ヒアリングの際、担当者のふとした発言などから通報者が特定されてしまうケースもある。「“営業2課の女性”と抽象的な表現をしたつもりでも、当該部署に女性が1人だった場合には簡単に分かってしまいますし、アクセスできる人員が限られた資料が証拠となる場合、提示の仕方によっては通報者が特定される可能性があります。そうならないための入念な準備が必要です」(坂尾弁護士)。ヒアリング時の思わぬ聞き返しにも対応すべく想定問答集を用意しておくのも一案だという。
「不正調査の要諦は、いかに客観的な証拠を押さえるかです」と坂尾弁護士。データの取扱いも含め、平時から有事を想定した準備が肝要だと指摘した。

グループ内部通報制度の可能性

企業グループで有効な制度として坂尾弁護士が紹介したのは“グループ内部通報制度”だ。「子会社では通報対応にリソースが割けない場合もあります。内規に定めれば、親会社等の窓口を通報窓口とすることができます」。この手法の有効性は経済産業省も指摘注5している。
「子会社トップが不正に関与しているような場合、子会社の従業員は不利益を恐れて通報を諦めてしまうかもしれません。その点、親会社の窓口であれば通報しやすくなる可能性があります」(坂尾弁護士)。海外子会社対応では、窓口の多言語対応や現地法の精査、ヒアリングや証拠収集における困難など、要検討事項も少なくないが、子会社での不正であっても親会社がレピュテーションリスクにさらされる可能性が高い昨今、グループ内部通報制度は、子会社に“親会社への通報”という牽制の効果も期待できる。

坂尾 佑平 弁護士

いかに効率的な調査を行うか

「不正調査において調査担当者の方が苦労されるのは、証拠確保のためのデータチェックです」。今回のウェビナーの主催、Consilio合同会社でReginal Directorを務める橋本政已氏はこう指摘する。Consilio合同会社は米国を本社とする、世界有数のeディスカバリー、ドキュメントレビュー、法務コンサルティングサービスのプロバイダーであり、日本でも多くの第三者委員会調査や社内調査サポートの実績がある。
同社では世界各国で活用されている閲覧プラットフォームRelativityを採用したデータ閲覧サービスのほか、独自開発のeDiscoveryツールsightlineなどを提供。重複データを排除し、音声データもキーワード検索が可能、高性能なAIが関連性の高い文書を分析して提示するなど、sightlineは調査の負担を大幅に軽減してくれるツールだ。
同社は小規模案件でも活用可能なデータ量に応じた料金体系を設定。データが蔓延する現在、調査担当者にとって耳寄りな情報ではないだろうか。「小さな案件では、コスト面からテックの採用を諦め、調査担当部署の方々が人海戦術で奔走するというケースを多く耳にします。一従業員が1年にやり取りするデータ量は5~10GB。それを人が短期間に精査する負担は計り知れません。当社は1GBあたりの料金を設定することで、案件規模に応じた調整が可能です」(橋本氏)。

橋本 政巳 氏

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ウェビナーの最後には質疑応答の時間が設けられ、“社内に正規窓口とは別の相談窓口がある場合”“通報の報奨制度や社内リニエンシー制度の是非”“ハラスメント調査での匿名性の確保”など、参加者から寄せられたさまざまな質問に木内・坂尾両弁護士が応えた。改正法や実際の通報対応に悩める参加者にとって、非常に有益なウェビナーとなったに違いない。

[注]
  1. 2022年6月までに政令で定める日に施行される。[]
  2. 公益通報の定義は公益通報者保護法2条1項に置かれており、典型的には企業の労働者等が不正な目的でなく、企業の違法行為を企業の窓口、行政機関、報道機関等に通報することが想定されている。[]
  3. 従業員が300人以下の中小企業に対しては、“努力義務”としている(改正公益通報者保護法11条3項)。[]
  4. 2021年8月20日に消費者庁が指針の確定版を公表した。パブリックコメント手続上で寄せられた意見や消費者庁の回答等については、消費者庁HP「「公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針」の公表について」を参照。[]
  5. 経済産業省「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針(グループガイドライン)」4.6.1[]

木内 敬

三浦法律事務所 パートナー弁護士・公認会計士

1998年京都大学大学院理科学研究科博士課程(単位取得退学)。1998~2004年あずさ監査法人にて公認会計士として監査業務に従事。2006年弁護士登録。長島・大野・常松法律事務所にて危機管理グループの立上げに尽力し、2011~2013年金融庁検査局出向。2019年8月から現職。公認会計士としての監査法人での監査業務経験や金融検査の実務等を活かし、会計不正を含む多数の不正調査業務、コンプライアンス体制構築業務、当局対応等に携わる。

坂尾 佑平

三浦法律事務所 パートナー弁護士・ニューヨーク州弁護士・公認不正検査士(CFE)

2011年東京大学法科大学院卒業。2012年弁護士登録。2018年University of Pennsylvania Law School(LL.M. with Wharton Business & Law Certificate)修了。2019年ニューヨーク州弁護士登録。長島・大野・常松法律事務所、Wilmer Cutler Pickering Hale and Dorr 法律事務所(ワシントンD.C)、三井物産株式会社法務部出向を経て、2021年3月から現職。危機管理・コンプライアンス、コーポレートガバナンス、倒産・事業再生、紛争解決等を中心に、広く企業法務全般を取り扱う。

橋本 政巳

Consilio合同会社 Regional Director

Consilio合同会社のRegional Directorとして、小規模な社内不正調査から、第三者委員会調査、アジア諸国を含む当局規制調査案件の危機管理分野、米国、欧州での民事訴訟および司法省国際カルテルといったクロスボーダー案件の複雑な電子開示への助言をクライアント企業へ寄り添った形で、わかりやすくプロジェクトのベストプラクティスを提供している。