特許権侵害への対応 - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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はじめに

ある日、あなたの会社に特許権侵害を主張する警告書や訴状が届いたら…。
本記事では、そのような事態に備えて(あるいはそのような事態を避けるために)、特許権侵害への対応を、特許第4260813号に関する訴訟および無効審判を元に作成した仮想事例を用いて解説します。

仮想事例

あなたの会社(Y社)では、消費者向けの調理器具を製造・販売しています。
その中に、2本の仕切りがあり、中央で卵焼きを、両サイドで付け合わせを焼くことのできるIH(電磁調理器)用フライパン(本件製品)が含まれていました。

そうしたところ、X社の代理人弁護士から、本件製品がX社の以下の特許権を侵害しているとして、直ちに本件製品の製造・販売を中止するよう求める警告書が届きました。


特許第4260813号

【請求項1】

電磁調理器に使用される柄付きの卵焼き器であって、電磁誘導加熱による加熱調理部が円形に形成されており、その円形調理部の中央に卵焼きのための長方形の部分が設けられると共に、その両側部につけ合わせなどを調理できる部分が設けられていることを特徴とする電磁調理器用卵焼き器。

【図1】

(※特許第4260813号に関する訴訟および無効審判を元に作成)

特許権の侵害とは?

特許権とは、新しい発明について一定期間の独占を認める権利で、知的財産権の中でも代表的な権利です。特許権は、出願人が特許庁に出願し、特許庁の審査で認められた発明だけに付与されます。
他社の特許発明を許諾なく実施する(たとえば、物の発明であれば、特許発明を用いた製品を製造・販売等する)と、特許権の侵害に当たります。

他社の特許権の侵害になるのは、具体的には、以下のすべてを満たす場合です。

① 充足性(製品が特許発明の技術的範囲に属すること)

② 有効性(特許が無効ではないこと)

③ その他の反論(抗弁)がないこと

以下では、今回の事例にあてはめて、一つひとつ検討します。

①充足性

文言侵害

今回の事例について、充足性を検討してみましょう。
充足性を判断する際には、特許発明を要素ごとに分ける(これを「分説」といいます)とともに、特許権侵害を主張されている被疑侵害製品のほうも、構成要素を表す文章を作成して分説し、それぞれを対比します。
被疑侵害製品が特許発明のすべての要素を満たす場合には、「文言侵害」に該当します。

X社の特許発明と本件製品を分説・対比すると、図表1のとおりです。

図表1 X社の特許発明と本件製品の分説・対比

 

X社の特許発明

 

本件製品

A

電磁調理器に使用される柄付きの卵焼き器であって、

a

電磁調理器に使用される柄付きのフライパンであって、

B

電磁誘導加熱による加熱調理部が円形に形成されており、

b

電磁誘導加熱による加熱調理部が円形に形成されており、

C

その円形調理部の中央に卵焼きのための長方形の部分が設けられるとともに、

c

その円形調理部の中央に卵焼きのための平行な2本の直線で仕切られた部分が設けられるとともに

D

その両側部につけ合わせなどを調理できる部分が設けられている

d

その両側部につけ合わせなどを調理できる部分が設けられている

E

ことを特徴とする電磁調理器用卵焼き器

e

ことを特徴とする電磁調理器用フライパン

「文言侵害」に該当するかどうかに関しては、本件製品の構成要件a、eの「フライパン」が、X社特許発明の構成要件A、Eの「卵焼き器」を充足するか、同じく構成要件cの「平行な2本の直線で仕切られた部分」が構成要件Cの「長方形の部分」を充足するかを検討することになります。

均等侵害

文言上は一部の構成要素を充足せず、「文言侵害」に該当しない場合であっても、必ず非侵害になるわけではありません。
一部の構成が少し違っても、特許発明の技術的範囲内にある、実質的に同一のものと評価できる場合には、「均等侵害」が成立します。
具体的には、以下の五つの要件を満たす場合に「均等侵害」であるとされています(最高裁平成10年2月24日判決)。

① 異なる部分が本質的部分でないこと

② 置き換えても同一の作用効果を奏すること

③ 置き換えることに、当業者が容易に想到できたものであること(侵害時)

④ 公知技術と同一または当業者が容易に推考できたものではないこと(出願時)

⑤ 意識的に除外されたなどの特段の事情がないこと

本件でも、もし一部の構成要件が文言非侵害とされた場合、均等侵害の成否を検討することになります。

②有効性

特許は新しい発明にしか認められず、また、出願書類の記載は明確であること等、所定の要件を満たす必要もあります。
特許庁でこれらを含めて審査され、特許が付与されるわけですが、審査を通過したものであっても、後日、無効と判断される場合が少なからず存在し、その場合には特許権侵害ではないことになります。

新規性・進歩性

特許が無効とされる場合の代表例として、その発明が新しい発明ではなかった、つまり、新規性または進歩性を欠く発明だった場合が挙げられます。
特許発明が、出願前に公知だった発明と同じである場合(新規性欠如)、または出願前に公知だった発明からその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(「当業者」)が容易に想到することができた場合(進歩性欠如)には、特許を受けることができず、特許が付与された後であっても無効理由があることになります。

新規性・進歩性の判断においても、充足性の判断と同じように、公知発明の構成要素を表す文章を作成して分説し、特許発明と対比します。
そして、すべての要素が同じであれば新規性を欠き、一部に相違点があれば、その相違点を当業者が容易に想到できた場合は新規性を欠くことになります。

今回の事例で、調査により以下の公知文献が見つかったと仮定して、検討してみましょう。

公知文献

【図1】【図2】

(出典:米国特許第3007595号公報)

公知文献で開示された発明(引用発明)をどう認定するかは、争いになり得るところですが、たとえば、上下2枚のフライパンの片側を捉えて、図表2のように説明・分説し、X社の特許発明と対比することが考えられます。

図表2 X社の特許発明と本件製品(片側)の分説・対比

 

X社の特許発明

 

引用発明

A

電磁調理器に使用される柄付きの卵焼き器であって、

a'

柄付きのフライパンであって、

B

電磁誘導加熱による加熱調理部が円形に形成されており、

b'

加熱調理部が円形に形成されており、

C

その円形調理部の中央に卵焼きのための長方形の部分が設けられると共に、

c'

その円形調理部の中央に平行な2本の直線で仕切られた部分が設けられると共に

D

その両側部につけ合わせなどを調理できる部分が設けられている

d'

その両側部につけ合わせなどを調理できる部分が設けられている

E

ことを特徴とする電磁調理器用卵焼き器

e'

ことを特徴とするフライパン

構成要件A、B、Eの電磁調理器に使用されるという点が相違点に当たるのか、当たる場合には、出願時に当業者が引用発明から容易に想到できたのかを検討することになります。
また、引用発明の構成要件a'、e'の「フライパン」が、X社特許発明の構成要件A、Eの「卵焼き器」と同じか、構成要件c'の「平行な2本の直線で仕切られた部分」が構成要件Cの「長方形の部分」が同じかを検討することになりますが、これらの点は、充足論での本件製品との対比と関係します。
すなわち、仮に「フライパン」=「卵焼き器」、「平行な2本の直線で仕切られた部分」=「長方形の部分」であれば、本件製品はX社特許発明の構成要件A、Cを充足し、文言侵害になり得るものの、引用発明の構成要件a'、e'とも同じ構成になり、無効の可能性が高まる、逆に、「フライパン」≠「卵焼き器」、「平行な2本の直線で仕切られた部分」≠「長方形の部分」であれば、本件製品はX社特許発明の構成要件A、Cを充足せず非侵害、特許は有効である可能性が高まる、ということになります。

このように、充足論と無効論は、相互に関係する(前者で権利範囲を広く主張すれば、後者で無効になりやすい)ため、両者を併せて検討することになります。

記載要件

出願書類(特許請求の範囲や発明の詳細な説明)の記載は、所定の要件を満たす必要があり、これを欠く場合は無効理由があることになります。

具体的には、以下の要件を満たす必要があります。

① サポート要件(特許法36条6項1号)
特許請求の範囲が発明の詳細な説明でサポートされていなければならない。

② 明確性要件(特許法36条6項2号)
特許請求の範囲明確でなければならない。

③ 実施可能要件(特許法36条4項1項)
明細書の発明の詳細な説明は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでなければならない。

上記以外の無効理由

上記以外にも、他社の発明を勝手に出願した冒認出願、共同発明を単独で出願した共同出願違反、補正・訂正の際に所定の要件を満たしていなかった補正・訂正要件違反等は、無効理由となります。

③その他の反論(抗弁)がないこと

充足性・有効性以外に、何らかの反論(抗弁)により、特許権侵害ではないといえる場合もあります。
たとえば、以下の抗弁が挙げられます。

① 先使用の抗弁(特許法79条)
出願前から製造していた製品と同じ製品の製造等については、法定の通常実施権が認められ、侵害にならない場合があります。

② 権利者からの実施許諾(ライセンス)
特許権者から実施許諾を受けている場合にも、通常実施権があり、許諾の範囲内の行為については特許権侵害になりません。

警告書を受け取った場合の対応

警告書を受け取ったY社としては、直ちに上記の各点(①充足性、②有効性、③その他の反論(抗弁))に沿って本件製品が特許権を侵害するのかどうか、侵害の可能性がある場合にはその可能性の程度、訴訟になり万一敗訴した場合の差止・損害賠償の影響の大きさ(次項で後述します)等を検討し、警告書への回答方針を決定します。
特許庁でも審査の際に無効資料が調査されますが、その際にすべての文献が見つかるわけではないため、事案によっては、速やかに無効資料の調査を行うことも有用です。
回答方針としては、非充足、特許無効、その他の反論(抗弁)を言い得る場合には、その旨主張することになりますが、当初の回答でどの程度詳しく記載するのがよいかは状況により異なり得るため、具体的な回答内容を含め慎重に検討します。
また、特許権侵害訴訟に進めばコストと労力を要すること、特許権侵害かどうかの判断は難しく、結果が読みにくい場合も多いことから(実際、東京地裁・大阪地裁での判断と、知財高裁での判断が異なる結果となることも珍しくありません)、非充足、特許無効、またはその他の反論(抗弁)により、特許権を侵害していないと主張しつつ、当該製品の製造・販売を取りやめたり、製品を設計変更して非侵害がより明らかな構成にすることも考えられます。

訴訟に進んだ場合の対応

交渉が決裂する等して訴訟に進んだ場合にも、本件製品が特許権を侵害するのかどうかの検討結果をふまえて、訴訟に対応するとともに、場合によっては他の対抗手段も検討します。
具体的には、特許に無効理由があると考えられる場合、訴訟と並行して、特許庁に対し特許無効審判の請求特許異議の申立て(特許公報発行後6か月以内のみ可能)を行うことも検討することになります。被告側としては、訴訟の判決が最終的に確定するまでの間に、訴訟、無効審判、特許異議のいずれかで特許を無効にできればよいため、複数の手続を並行して進めることに一定のメリットがあります。

日本の特許権侵害訴訟では、侵害論(特許権侵害かどうかを審理する)と損害論(裁判所が特許権侵害であると判断する場合に、損害賠償の金額を審理する)という二段階で訴訟が進行し、特許権侵害であるとされれば、原則として、被告に対し侵害品の製造・販売等の差止と損害賠償の支払いが命じられます。
ただし、地裁で侵害という判断を受け、いったんは損害論に進んでも、控訴審の知財高裁で非侵害の判断を得られる場合もありますし、並行して進行している特許庁での特許無効審判またはその審決に対する審決取消訴訟で、特許が無効であると判断され、勝利できる場合もあります。

また、原告が差止仮処分の申立てを、訴訟の提起と同時に、あるいは単独で行う場合もあります。この場合には、差止請求のみが審理されるので、侵害論のみで早期に結論が出ることになります。

いずれにしても、案件ごとに上記の各点(①充足性、②有効性、③その他の反論(抗弁))を検討して、対応していくことになります。

なお、日本は米国等に比べると、特許権侵害訴訟の損害賠償額が比較的少額であるといわれることもありますが、差止命令という強力なペナルティが容易に出されること(外国では損害賠償が原則で、差止は例外である国もあります)、損害賠償に関しても、特許法に損害額を推定する規定があり(特許法102条。他の知的財産法も同種の規定があります)、他の訴訟類型に比べると金額が大きくなりやすく、近時も億単位の損害賠償が認められる判決が出ています。また、特許権侵害について役員の個人責任が認められた判決もあります
このように、敗訴すれば差止・損害賠償によって会社のビジネスに悪影響を与えるおそれがありますし、適切に対応しなければ役員責任につながる可能性も考えられます
交渉・訴訟の初期段階から終結に至るまで、特許を専門的に取り扱う弁護士・弁理士に相談する等して、十分な検討と対応を行うことが肝要です。

特許権侵害に備えた日頃の対応

以上が有事における対応ですが、他社から特許権侵害を理由とする警告書や訴状を受け取るリスクを低減するためには、日頃のクリアランスも重要になります。
新製品を開発する段階、製品化する段階、製品化した後も他社特許の動向を調査するとともに、早めに自社で特許出願を行って権利化しておくか、または、特許出願に適さない発明(侵害発見が容易ではない発明等)については、公知(公然実施)や先使用の抗弁を主張できるように証拠を確保しておく(関係書類を収集して公証役場で確定日付を取得したり、場合によっては事実実験公正証書を作成しておく等)といった対応も考えられます。

藤田 知美

弁護士法人イノベンティア パートナー弁護士・弁理士・カリフォルニア州弁護士

03年京都大学法学部卒業。04年弁護士登録、北浜法律事務所入所。12年より約4年間同所パートナー弁護士を務めた後、16年4月弁護士法人イノベンティアを創業。国内外の特許訴訟を始めとする知的財産訴訟・交渉・相談、各種契約書や職務発明規程の作成・レビュー等に携わるとともに、日本ライセンス協会副会長、京都大学法科大学院非常勤講師・客員教授(2018-2024年)、東証プライム上場メーカー2社および非上場老舗商社の社外役員も務める。

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