知財・無形資産に関するコーポレートガバナンス・コードの改訂と知財・無形資産ガバナンスガイドラインの策定を受けて - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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はじめに

近年、知的財産や営業秘密の管理およびその活用についての関心や重要性は飛躍的に高まっている。
2015年1月には、企業の営業秘密に関する適切な管理のための指針である「営業秘密管理指針」(2003年策定)が全面的に改訂され、営業秘密の管理にあたり求められる水準が明確化された。また、2022年5月には「秘密情報の保護ハンドブック」(2016年2月策定)が改訂され、秘密情報の保護にあたってなすべき対策の具体例が明示され、自社の営業秘密・秘密情報をどのように保護し、権利を守るかを検討する契機となった(“守り”の視点)。
さらに近時、知的財産をはじめとする無形資産の投資・活用戦略を適切に構築し実行していくことで企業の価値を向上させ、さらなる競争力の強化につなげるという観点から、無形資産の管理・戦略に関する情報を積極的に発信することの重要性が注目されている(“攻め”の視点)。
2021年6月に公表された「改訂コーポレートガバナンス・コード」(以下「CGC」という)では、これまで以上に実効的に知的財産を管理し、ステークホルダーに情報を開示することが求められる旨が明記された。また、CGCの改訂を受け、2022年1月には「知財・無形資産の投資・活用戦略の開示及びガバナンスに関するガイドライン」(以下「知財・無形資産ガバナンスガイドライン」という)が公表され、各種の指針や具体的な取組事例が提供されるに至っている。

このように、会社が保有する情報の管理については、“守り”から“攻め”へと視点が変化してきているが、いずれの観点からも、まずは、自社が保有する知的財産や営業秘密等の無形資産に関する管理体制を整えることが不可欠である。
他方で、秘密情報の管理については、「一旦対策を講ずれば完結する」というものではなく、継続して実施され、状況の変化に応じて適切に見直しが行われるべきだが、実際に、管理体制の見直しや保有する情報の棚卸し、保護対象とする情報の見直しを実施できている会社は多くないと思われる。
そこで、本稿では、改訂CGCや知財・無形資産ガバナンスガイドラインの公表を受け、改めて、情報管理のあり方や体制づくりの方法について、以下の項目に分類して説明する。

保有する知財・無形資産の把握と評価

CGCにおける「知財・無形資産」の対象には、特許権、商標権、意匠権、著作権等に限られず、技術、ブランド、デザイン、コンテンツ、データ、ノウハウ、顧客ネットワーク、信頼・レピュテーション、バリューチェーン、サプライチェーン、これらを生み出す組織能力・プロセスなどが幅広く含まれている。これらを適切な方法によって管理するためには、その前提として、自社の保有する知財・無形資産を的確に把握し、経済的価値や漏えい時の損失の程度といった指標に基づいて評価することが必要である。この作業を通じて、自社の保有する知財・無形資産の持つ“強み”を再確認し、オープン・クローズ戦略の策定につなげることが可能となる。

知財・無形資産の把握

知財・無形資産は、特許権のように特許公報に記載されているものや、各種製造データのように紙や電子情報の形で存在するものだけではない。金型や試作品などの「物」自体に価値のある情報が含まれている場合や、従業員が経験の中で取得した製造ノウハウなど文書化されずに存在している場合もある。このような把握が難しい知財・無形資産については、競合他社と自社の製品・サービス等を比較し、自社のどの部分に独自性があり、競争力に結びついているのかを分析し、その独自性が何から生み出されているのかを確認する方法によって把握することが可能となる。

評価

知財・無形資産を的確に把握した後は、図表1に示した観点を参考に評価を行い、その評価結果に応じて情報を階層化する。これらの作業を通じて、

・ 自社が保有する知財・無形資産のうち競争力の源泉となるような価値の高い情報は何か

・ その価値を維持するために必要な管理方法は何か

を認識することができる。

図表1 知財・無形資産評価のポイント

評価にあたって考慮すべき観点の例

経済的価値

※ その知財・無形資産によって生み出される現在の価値、およびその分野における技術革新のスピードや代替技術の有無等を加味した将来的な価値

現時点において“公開”か“非公開”かの区別

他社に利用された場合に自社が被る損失の程度

他社に利用された場合に取引先など他社に与える損失の程度

※ たとえば、知財・無形資産を使用して製造した部品を納めた取引先に生ずる損失の程度

競合他社にとっての有用性

※ 知財・無形資産が他社に渡った場合の他社のコスト削減および他社製品の価格などへの影響の程度

漏えい時の社会的信用低下(顧客減少等)による損失の程度

漏えい時の契約違反や法令違反に基づく制裁の程度

出典:経済産業省「秘密情報の保護ハンドブック」(2022年5月)12~13頁をもとに筆者作成

情報の活用方法(秘密として保持すべきかどうか)の決定

知財・無形資産の評価の高低を基準に、その知財・無形資産をより効果的に活用するための方法を、知財・無形資産の性格に照らして検討する。たとえば、その資産が技術情報であれば、

・ 特許出願等をしたうえで独占的に利用する方法

・ 特許出願せずにノウハウとして保持し続ける方法

が考えられる。一方で、営業情報であれば、顧客等に開示することができれば自社の優位性のアピールにつながる。その際の判断要素としては、図表2で示すようなものが挙げられる。

図表2 情報の効果的な活用を検討するにあたってのポイント

技術情報の活用方法の判断要素

新規性・進歩性といった要件を満たし、特許権等を付与されうるものか

競合他社に先に特許権等を取得されてしまう可能性があるものか

自社の製品等を解析されれば、使用している技術の内容が判明してしまうものか

仮に特許権等が付与されたとしても、侵害者を発見し、侵害事実を立証することが容易なものか

特許を取得しても出願から20年後には権利が消滅するが、出願せずにノウハウとして保持すれば、20年後も独占的な利益を生み出す技術かどうか

その技術情報を開示することが法令違反や他社との契約違反となるかどうか

第三者に開示された場合に自社の競争力が低下する情報か否か、それとも投資家や金融機関等における自社の積極的評価につながる情報かどうか

営業情報の活用方法の判断要素

その営業情報を開示することが法令違反や他社との契約違反となるかどうか

第三者に開示された場合に自社の競争力が低下する情報か否か、それとも投資家や金融機関等における自社の積極的評価につながる情報かどうか

出典:経済産業省「秘密情報の保護ハンドブック」(2022年5月)15~16頁をもとに筆者作成

「開示を許容する知財・無形資産」の活用

前記の観点から判断した結果、「開示することを許容する知財・無形資産」と分類されたものに関しては、特許権その他の知的財産権の取得や営業上の利用を検討するのみならず、同時に、改訂CGCや知財・無形資産ガバナンスガイドラインの内容を踏まえ、積極的に開示することも検討すべきである。すなわち、知財・無形資産については、単にこれを事業に利用することによって利益をあげるのみならず、積極的にステークホルダーに開示・説明し、投資を呼び込むことによってさらなる成長につなげるというのが、改訂CGCや知財・無形資産ガバナンスガイドラインの考え方であり、今後の企業に求められる姿勢といえる。

「いかなる知財・無形資産を開示対象とするか」については、「自社の強み・優位性がどの知財・無形資産と紐づいているのか」を検証することが出発点になる。そのうえで、当該知財・無形資産の戦略的な位置づけを前提に、「それらがどのようにして価値を生み出すのか」((ここにいう“価値”は、単に自社の利益になるというのみならず、社会的な価値の創造も含むものである。))について、そのロジックやストーリーを意識して開示することが肝要である((知財・無形資産ガバナンスガイドライン9~11頁「5つのプリンシパル」、11~12頁「7つのアクション」を参照されたい。))。

「秘密として保持する知財・無形資産」の保護

前記の観点で判断した結果、「秘密として保持する知財・無形資産」に分類されたものに関しては、以下のような対策を講じることによって情報漏えい対策を講じることになる。

知財・無形資産における秘密保持の程度の分類

「秘密として保持する知財・無形資産」について一律に厳格な管理を行うことは円滑な企業活動の遂行に支障を及ぼすおそれがあるので、

・ 秘密情報の性質やその評価の高低

・ その利用態様

・ 第三者に開示された場合のリスク

等の事情に応じて、2.で述べる観点から、同等の管理水準を適用すべきと考えられるものに分類した上で、その分類ごとに必要な対策をメリハリをつけて選択することが重要である。 

分類に応じた情報漏えい対策の選択、整備

秘密情報は、その分類ごとに具体的にどのような情報漏洩対策を講ずるのかを決めることになるが、その際の視点として、経済産業省「秘密情報の保護ハンドブック」(2022年5月改訂)の20~24頁では、以下の「対策の目的」が提示されている。

(1) 物理的・技術的な防御

まず、物理的・技術的な防御として、秘密情報を閲覧・利用できる者を限定したり、施錠管理や入退室制限等の措置を講じて秘密情報に現実にアクセスできないようにすること(「接近の制御」)や、秘密情報が記載された会議資料の回収を徹底したり、秘密情報の記録媒体の複製を制限したりすること(「持出し困難化」)が挙げられる。いずれも情報漏えいのリスクを減らすための対策であるが、あまりに厳格にしすぎると、せっかくの有意な秘密情報の有効利用が妨げられることにもなりかねず、両者のバランスに配慮した対策のあり方が求められる。

(2) 心理的な抑止

次に、漏えいに対する心理的な抑止を図るべく、職場のレイアウトを工夫したり、防犯カメラを設置する等して、情報漏えいが見つかりやすい状況を作り出すこと(「視認性の確保」)が挙げられる。これは、従業員の身の潔白を証明する手段としても有効である。また、「何が秘密情報なのか」を明確にし、その取扱いにつきルール化すること(「秘密情報に対する認識向上」)も重要である。これにより、情報漏えいを行う者が「秘密情報とは知らなかった」と言い逃れをできないようにすることができる。

(3) やる気を高める対策

最後に、「信頼関係の維持・向上」の観点も大切である。働きやすい職場環境の整備や適正な評価等によって企業への帰属意識を醸成し、職場のモラルや従業員との信頼関係を維持・向上することは、情報漏えいのリスクを減らすことにつながる。
 
このように、適切な秘密情報管理体制を整備することで、情報漏えいのリスクを減らすのみならず、実効的な情報管理により業務の効率性を高めることが期待できる。

秘密情報管理に係る社内体制の構築

「秘密情報管理のためにどのような社内体制を構築するか」に関しては、一律に決まった正解があるものではなく、会社の事業規模や、秘密情報管理に充てることができる費用や人員に鑑み、会社ごとに、守るべき秘密情報の内容・種類や、それらが漏えいしたときの会社への影響度等を踏まえ、最適と考えられる体制を構築することが重要である。そして、いかなる社内体制を構築するかは、まさに会社の経営判断であり、社内の個々の部門が独自に判断するのではなく、経営層が主体的に関与することが不可欠である。
さらに、単に「秘密情報管理規程を作成して終わり」ということではなく、その内容を従業員に周知徹底するとともに、秘密情報管理の重要性に関する教育や意識啓発を継続的に行うことが重要である。また、会社の管理している秘密情報の棚卸しを定期的に行い、会社にとって真に守るべき秘密情報の内容をアップデートするとともに、会社を取り巻く状況の変化に応じて、「何を秘密情報として管理するのか」「秘密情報の漏えい対策として、現状の管理のあり方が適切なのか」を不断に検証していくことが求められる。

おわりに~改訂CGCに基づく知財戦略開示に向けて

このように、情報管理のあり方や体制づくりの方法について検討することを通じて、「会社がどのような知財・無形資産を保有していて、それをいかにして活用することにより、会社の企業価値を高めてさらなる成長につなげることができるか」(=知財戦略)が明確になる。
そして、改訂CGCや知財・無形資産ガバナンスガイドラインでは、その知財戦略をわかりやすく説得力ある形で投資家に開示・発信していくことが重要であるとされている。もちろん、保有するすべての知財・無形資産について活用戦略を開示・発信しなければならないわけではなく、自社の経営戦略にとって重要な知財・無形資産がその中心となるが、その重要な知財・無形資産をいかにして管理して活用しているのか、その社内体制のあり方を積極的に開示・発信していくことが有意義であると考えられる。

さらに、改訂CGCでは、取締役会が知財等への経営資源の配分について実効的な監督を行うことが求められている。知財を全社的に統括する役員の選任や役員のトレーニングも含め、改訂CGCで求められる「実効的な監督」に向けた体制を構築することが、保護すべき情報の管理体制の整備のためには不可欠である。

読者におかれては、改訂CGCや知財・無形資産ガバナンスガイドラインを契機として、情報管理の体制等を改めて見直し、整備・点検していただきたく、本稿がその一助となれば幸いである。

→この連載を「まとめて読む」

髙畑 豪太郎

弁護士法人御堂筋法律事務所 弁護士

04年京都大学法学部卒業、06年大阪市立大学法科大学院修了。07年弁護士登録。12~13年特許庁審判部。18年~神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科客員教授。知財全般に関する紛争案件を多く取り扱うほか、ベンチャー支援、不正調査、技術系企業のM&A等の企業法務全般を取り扱う。直近の著作に大阪弁護士会知的財産法実務研究会編『知的財産契約の実務 理論と書式 意匠・商標・著作編』(商事法務、2022年)(音楽関連契約部分を執筆)。大阪弁護士会所属。

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