海外法務案件における法律事務所の活用 - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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はじめに

本連載は、リーガルテック導入やリーガルオペレーションの進化における課題について、法務部長(佐々木さん)と弁護士(久保)が、往復書簡の形式をとって意見交換するものです。
ちょっと間隔があいてしまいましたが、連載第19回の今回は、AsiaWise Groupの久保光太郎が担当します。

問いかけへの検討
―海外法務案件における法律事務所の活用

さて、前回の佐々木さんからの問いかけは以下のとおりでした。

  • 日本本社が海外の法務案件を処理するにあたり、海外の法律事務所を
    ① 日本の法律事務所を経由して利用するか
    ② 直接、現地の法律事務所を利用するか
    はそれぞれ一長一短で、その選択に迷うケースもある。海外法務案件を処理する際の法律事務所の選択について、どう考えればよいか。

この問いかけについて、私の考えをお話したいと思います。

海外案件における日本の弁護士の“価値”とは?

最初に、ちょっと昔話をさせてください。
今から10年以上前の2012年、私は前職の大手法律事務所において、シンガポール事務所の設立を担当しました。現在、シンガポールには多くの日本の法律事務所が軒を連ねていますが、当時のシンガポールに日系の事務所は一つもありませんでした。アジア全体で見ても、私が所属していた事務所でも中国やベトナムに小さなオフィスを設立した程度でしたし、アジアの海外案件で日本の法律事務所を起用することは、必ずしも一般的ではありませんでした。

日本の弁護士の側の意識も、当時は現在とはかなり違っていたように記憶しています。
“クロスボーダー案件”と一口に言っても、その中には、日本企業の海外での事業展開をサポートする“アウトバウンド案件”と、海外企業の日本での事業展開をサポートする“インバウンド案件”があります。インバウンド案件はクライアントとのコミュニケーションが英語になるという特殊性はあるとは言え、基本的には日本法に関するアドバイスが求められます。一方で、アウトバウンド案件は主として外国法に関するアドバイスが必要とされます。今でも明瞭に記憶しているのですが、私がシンガポール事務所の設立を担当した2012年当時、同僚や知人の弁護士から、「自分が専門ではない外国法のアドバイスをすることは可能なのか」、もっと言うと、「日本法弁護士は外国法のアドバイスをすべきではないのではないか」といった意見を聞くことがありました。

そのような経験があったこともあり、私は今に至るまで「海外案件で日本の弁護士を起用することの意味(=価値)は何か」を考え続けています。現時点での私の考えは図表1にまとめていますが、以下、案件の段階(ステージ)を追って、日本の弁護士の役割と価値を見ていきたいと思います。

図表1 海外案件の各ステージにおける日本の弁護士の役割と価値

相談段階

・ 案件の仕分け
・ 適切な現地弁護士の選定

検討段階
(現地法リサーチ等)

案件のハンドリング(プロジェクト・マネジメント)

方針決定段階

現地弁護士の意見を踏まえ、日本企業として意思決定をする際の助言

相談段階

弁護士は企業からのご相談を受けた場合、まず、その相談の内容に照らして、

・ どのような法律問題を検討する必要があるのか

・ その法律問題を検討するために最善のチーム体制は何か

・ どのような成果を出すことが求められているのか

・ その成果を出すために必要な期間・コストはどの程度か

といったことを考えます。いわば“案件の仕分け”であり、企業法務の経験のある弁護士にとっては“腕の見せ所”ともいえます。企業の方から受けた相談の問題の核心を早期につかみ、適切な方向付けをするためには、法律の知識だけではなく、相談者の方や相談企業が置かれた状況に対する正確な理解が求められます
もちろん、こうした案件の仕分けは現地の法律事務所でも可能です。しかし、私としては、日本の弁護士が腕を振るうことが期待される場面ではないかと思っています。
相談者の多くは、特に海外案件の場合、「どのような論点があるのか」そして「どの程度のリスクがあるのか」と、大きな不安を持っています。そこで、日本の弁護士が相談者の不安を取り除き、案件の進め方についての適切なアドバイスをする“ナビゲータ役”となるのです。実際、当初は「現地弁護士を起用することが必要ではないか」と考えていた相談者が日本の弁護士に相談した結果、現地弁護士を使うまでもなく方向性を見出すことができたという場合もよくあります。

もちろん、現地弁護士の起用が必要となる場合もあります。その場合は、現地弁護士に対する質問内容を絞りこむとともに、当該問題に対して最善の現地弁護士を選定しなければなりません。アジア等の新興国においては、欧米等の先進国と異なり、弁護士の質にかなりのばらつきがあり、国・地域によっては、現地の大手事務所であっても、担当するパートナーによってサービスのクオリティが大きく変わる場合もあります。このように、「どの現地弁護士に対して何を聞くべきなのか」の見極めは非常に重要です。
また、現地弁護士の使い分けが必要になるケースもあります。クロスボーダーM&Aに強い法律事務所が、泥臭い現地の労働紛争や刑事事件に適切に対応できるとは限りません。その点、当該国・地域の案件を多数こなしている日本の弁護士を介することで、その案件に最も適した現地弁護士を適時にチームに迎え入れることが可能となります。危機管理案件のように、緊急性が問われる案件であればなおさら、適時に適切な現地弁護士をチームアップする必要性は高いのではないかと思われます。

検討段階(現地法のリサーチ等)

初期的な相談段階を経て、案件の検討段階に入った場合、当然のことながら、適切な案件のハンドリング、すなわちプロジェクト・マネジメントが必要になります。

ところが、現地弁護士を直接起用した場合、企業側が必要とするサービスのレベル感(「すぐに方向性だけでも知りたいのか」「詳細な意見書が必要なのか」等)を現地弁護士が理解できないと、見当違いな成果物が出てくるかもしれません。こうしたリスクを回避するために効果的なのは、普段からコミュニケーションをとっている日本の弁護士を、企業と現地弁護士との間に挟む(仲介させる)ことです。日本の弁護士を介することで、現地弁護士に対して適切な指示を出したり、スケジュールやコストの管理といった、プロジェクト・マネジメントの機能を期待することが可能になります。

なお、成果物のクオリティの管理(クライアントが期待する成果物が現地から出てこなかった場合、それをそのまま相談企業に横流しにするのではなく、コミュニケーションのギャップを埋めた成果物に仕上げる、など)も仲介役の日本の弁護士の重要な役割です。海外の現地弁護士と日常的に仕事をしている日本人弁護士は、協働を通じて現地弁護士の癖や実力などを把握しています。そのため、その現地弁護士に“何”を“どこまで”任せることが可能なのかを判断し、きめの細かい指示出しをすることが可能なのです。
こうした神経の使い方は、相談企業の方には目に見える形では示しにくいのですが、“仲介役”としては重要な役割といえます。特に、複数国(法域)にまたがるリサーチ案件の仲介を依頼された場合、相談企業としては「国(法域)を横並びにして比較検討したい」という意向があるため、現地弁護士から提出された成果物の“でこぼこ”をならすなど、いかに企業が求める成果物に仕上げていくか、さまざまな工夫が必要になります。

方針決定段階

日本の弁護士の役割は、リサーチ等の成果物が現地から出てきた後の方針決定段階でも重要です。
以前、アジアの新興国において、クライアント企業の現地幹部社員が当局に対して賄賂を支払っていたことが発覚したという事案がありました。日本企業の駐在員が現地弁護士に相談したところ、現地弁護士からは「すぐさま賄賂を支払っていた証拠を廃棄するように」とアドバイスを受けたそうですが、「そのような対応が本当に日系企業のコンプライアンスのあり方として正しいのか」と本社の法務担当者が疑問を覚え、私のところに相談に来た…という経緯の案件です。
現地の弁護士は現地法の専門家ではありますが、必ずしも日本企業の本社やグループ全体のスタンスや対応方針まで理解しているわけではありませんし、日本企業にとっても、一見した事例の内容は海外の関連会社の法務・コンプライアンスの問題であったとしても、単なる“現地マター”であると軽視して対応を誤ると、本社・グループとしての方針が問われる事態にまで発展する可能性は否定できません。“転ばぬ先の杖”として、常日頃から海外の関連会社を含めた法務・コンプライアンスの問題を日本の弁護士に相談することは、方針の一貫性や日本企業としての方針決定のあり方への継続的な検討の取り組みの一助となりえるのです。

*    *

以上、海外案件での日本の弁護士の役割について、私が思うことを書き出してみました。
逆に言えば、こうした“価値”や“役割”が日本の弁護士に求められない案件なのであれば、現地の弁護士に直接依頼する方が合理的な場合もあると思われます。また、詳述した日本の弁護士の役割は、必ずしも外部の法律事務所でなければ果たすことができないものではありません。実際、優秀な国際法務部員は、上記のような価値を日常的に提供しています。こうした価値や役割の内製化が可能なのであれば、外部の日本の弁護士を起用することは必ずしも必要ないといえるでしょう。

弁護士から法務部長への問いかけ

このところ、日本政府は、中小企業の賃上げを後押しする政策に力をいれています。業界団体への要請にとどまらず、独占禁止法や下請法等を活用した取り組みが積極的に行われています。
2022年12月、公正取引委員会は、独占禁止法43条に基づいて、下請企業との間でコスト上昇分を取引価格に反映する協議をしなかった疑いのある企業名を公表しました、また、経済産業省は2023年2月、下請振興法に基づく調査において、中小企業との価格交渉に後ろ向きな企業名を公表しました(なお、本資料は、価格交渉に「後ろ向き」な企業に限らず、10社以上の受注側中小企業から「主要な取引先」として挙げられた発注側企業について、価格交渉や価格転嫁への対応状況の調査結果を掲示したものです)。これらの動きは、違法行為を認定する前に企業名を公表することによって、社会的な制裁を加える新しい動きといえます。
このような動きに対して、企業はどのように対処すればよいのでしょうか。日本政府の新たな動きを踏まえて、佐々木さんのお考えをご教示いただければと思います。

→この連載を「まとめて読む」

久保 光太郎

AsiaWise法律事務所 代表パートナー弁護士

2001年弁護士登録、(現)西村あさひ法律事務所入所。2018年同所を退所し、クロスボーダー案件に特化したAsiaWise法律事務所設立。米国、インド、シンガポールへの10年近い駐在経験を活かし、インド、東南アジア等のM&A、コンプライアンス、紛争解決等の分野に注力している。

『リーガルオペレーション革命─リーガルテック導入ガイドライン』

著 者:佐々木 毅尚[著]
出版社:商事法務
発売日:2021年3月
価 格:2,640円(税込)