クロスボーダー案件を担当するための知識とスキルとは? - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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はじめに

本連載は、リーガルテック導入やリーガルオペレーションの進化における課題について、法務部長(佐々木さん)と弁護士(久保)が、往復書簡の形式をとって意見交換します。
年末年始の忙しさにとりまぎれて、すっかりご無沙汰してしまいましたが、連載第11回、2022年初回の今回は、AsiaWise Groupの久保光太郎が担当します。

問いかけへの検討
―クロスボーダー案件を担当するための知識とスキルとは?

さて、前回の佐々木さんからの問いかけは以下のとおりでした。

  • “クロスボーダー案件”とはどのような案件なのか
  • 法務担当者がクロスボーダー案件を担当するにあたり、どのような知識とスキルが必要で、どのようにすればこれらを習得できるのか

この問いかけについて、私の考えをお話したいと思います。

“クロスボーダー案件”とは?

(1) “国際弁護士”とは

最近は、弁護士がTVに出てくるのも珍しくなくなりました。特に、昨年(2021年)は、小室圭さんの米国ニューヨーク州司法試験の結果や就職をめぐって、多くの“国際弁護士”がメディアに登場したのが記憶に新しいところです。ここで、“国際弁護士”とはどんな職業なのだろう? と思った方もいるかもしれません。

実は、“国際弁護士”という資格は存在しません。弁護士の資格は、特定の国(正確には、法域=Jurisdictionです)に紐づいて与えられるものであり、国際ライセンスのようなものは認められていません。そういう意味では、弁護士や法律の世界は、縦割りというか、本来的にタコツボ化しやすいものです。企業法務の実務においても、基本的には、ある弁護士が国際弁護士なのかとか、(国内)弁護士なのかと区別することはありません。
このため、“国際弁護士”について明確な定義があるわけではありませんが、一般的には、「外国や外国法に関する案件(=クロスボーダー法務)を扱う/得意とする弁護士」と理解していただくとわかりやすいでしょう。“渉外弁護士”という言葉もありますが、おおむね同義のものといえます。

もちろん、“ニューヨーク州弁護士”や“中国弁護士(律師)”など、外国法の弁護士資格を持つ人材もいますが、クロスボーダー法務にそれが必須というわけではありません。どちらかと言えば、“国際弁護士”をはじめ、クロスボーダー法務に携わる弁護士や法務担当者は、“資格”というよりはむしろ、知識とスキルで実務を回していると言ってよいでしょう。

(2) “クロスボーダー法務”とは?

では、“クロスボーダー法務”とは何なのでしょう。
言葉の意味から考えると、“クロスボーダー”は「ボーダーを越える」という意味であり、ここから“クロスボーダー法務”とは、「日本と外国の間のボーダーを越える法律問題を取り扱う実務のこと」と理解されます。また、日本以外の特定の国の中だけで完結する法律問題も、広い意味ではクロスボーダー法務の領域に属するといわれます。つまり、「日本国内に限定されない法律問題=クロスボーダー法務の問題」と言ってもよいかもしれません。
扱う案件の分類としては、

① 一般の取引契約案件(売買契約等)

② M&A・合弁、ファイナンス等のトランザクション系の案件

③ コンプライアンス・危機管理(有事対応)案件

④ 紛争(訴訟・仲裁)案件

などがあり、企業や法律事務所に所属するクロスボーダー法務の実務家は、法分野としてもかなり広い領域をカバーし、さまざまな案件に対応することになります。

クロスボーダー案件に必要な知識とスキル

では、このようなクロスボーダー案件を対応するために、法務担当者としてどのような知識とスキルが必要なのでしょうか。

(1) 国際法の知識

まず、クロスボーダー法務の領域において、どのような法律が関係してくるのかから考えてみましょう。
「クロスボーダー法務=国際的な法律問題」とすれば、いわゆる“国際法”の勉強が必要になると思われる方もいらっしゃるかもしれません。それはそれで間違いではないのですが、実は、ビジネス法務の世界においては、国際法の理解や知識が必要となる場面はそれほど多くありません。国際法は一般に、“国際公法”と“国際私法”に分類されますが、国際公法は国と国の間を関係する法分野(条約等)を主な対象にしており、企業が意識しなければならない場面はそれほど多くありません。他方、国際私法は、簡単に言うと準拠法(どこの国の法律が適用されるかの問題)の指定に関わるルールですが、取引法分野においては当事者の私的自治が広く認められているため、実際上、問題になることは多くありません(契約内容にもよりますが、契約書の準拠法に関する条項に「この契約は日本法に準拠する」と書けば、日本法の範疇で事足りるわけです)。

(2) 外国法の知識

そう考えていくと、クロスボーダー法務においては、いわゆる“国際法”というよりも、各国の法律、つまり国内法の知識・理解のほうが有用であることがわかります。
たとえば、日本企業が中国企業を買収するクロスボーダーM&Aの案件を考えてみると、中国の国内法である会社法や独禁法、労働法といった法律の適用が問題となります。したがって、日中間のクロスボーダー案件を担当する法務担当者としては、中国の法律について最低限の理解が必要です。
他方で、特定の二国間の取引ではなく、国を問わずクロスボーダー案件全般に対応する場合はどうでしょうか。この場合、関係するすべての外国の国内法の知識と理解が必要かというと、必ずしもそうではありません。そもそも我々のような日本の法律実務家であっても、日本法と同じレベルで外国法を理解することは時間的にも能力的にも厳しいものがあります。“餅は餅屋”ではありませんが、外国法の細かい知識が必要な場合、その国の弁護士との協働、いわば役割分担すればよいのです。

このように、クロスボーダー法務においては、必ずしも国際法や外国の国内法の知識・理解は必要不可欠というわけではありませんが、一般には、国内法務以上の“専門性”が問われる分野とみなされます。
では、実際には、どのような知識とスキルが必要とされるのでしょうか。私なりに考えたところ、

① 英語力

② 基礎的な法的思考力

③ 経験を補う想像力

の三つが挙げられます。以下、それぞれについて見ていきましょう。

(3) 英語力

まず思いつくのは“英語力”です。米国、英国など、英語を母語にする国だけではなく、今では世界のほとんどの国でクロスボーダー取引の共通語として英語が使用されています。私が専門とするアジアの場合、ベトナム、タイ、インドネシア等においても、基本的には英語で現地弁護士とコミュニケーションをとり、現地法の情報やアドバイスを受けています(もちろん、現地語で一次情報を理解することができれば、それに越したことはありません)。
英語力の向上については、地道な努力以外に方法はありません。米国、英国等のロースクールへの留学は、知識・スキルの習得の観点から言えば必要不可欠ではありませんが、英語で情報を収集し、自分の意見を伝えるトレーニングをするという意味では、その後の実務に大いに役立つと思います。

(4) 基礎的な法的思考力

では、英語ができれば十分なのかというと、そうではありません。それでは単なる“通訳”に過ぎず、“クロスボーダーの専門家”になることはできません。
私は、クロスボーダー分野における法的問題を解決するうえで最も大切なのは、大学の法律の講義で学ぶような“基礎的な法的思考力”ではないかと思っています。
法律は国(法域)ごとに異なります。ところが、少なくともビジネス法分野を対象にする限り、基礎的な法的思考のあり方は世界共通といってよいでしょう。こうしたビジネス法分野での問題解決に際しては、いわばコモンセンス(常識)を持って、国・地域を越えても変わらない“問題の本質”を見極めなければなりません
法務担当者としては、ついつい現地の弁護士のアドバイスに頼りたくなるところですが、現地弁護士の言を鵜呑みにすることは控えましょう。現地弁護士の意見は、何らかの前提条件のもとで妥当する限定意見かもしれません。中には日本企業のポリシーに反することもありえます。自分の頭を使って、現地弁護士とともに最適な解決方法を探索する姿勢を持つことが大切です。

(5) 経験を補う想像力

また、クロスボーダー法務においては、“課題を探索する能力”が問われます。クロスボーダー法務の法的問題は、通常、日本の本社から遠い、ビジネスの“現場”で起こります。しかも、その課題はあらかじめ想定できる単純なものばかりとは限りません。
私は大学で国際取引法実務やアジア契約法の講義をしていますが、クロスボーダー取引の英文契約をドラフト・レビューするコツは、“想像力を働かせること”だと学生に指導しています。クロスボーダー取引においては、国内取引以上に、相手方から思いもよらない主張を受けたり、“想定外”のリスク―いわば“落し穴”が、あちらこちらに存在します。法務担当者は、経験を積むことによってこうした“落し穴ありか”とその対処方法を学んでいきますが、十分な経験を積めないままに実務に臨まなければならない場合もあるでしょう。その場合、最後に頼りになるのは“想像力”です。
常日頃から自らの常識を絶対視せず、さまざまなケースシナリオを想像することが、クロスボーダービジネスの現場では非常に重要です。(4)で述べた「コモンセンスを持つ」という意味での“常識”の大切さと、自らの常識を絶対視せず、想像力を働かせるということは矛盾しません。

最後に

私は弁護士になってから20年間にわたってクロスボーダー案件を中心に経験を積んできましたが、いまだ新鮮な気持ちを失わずにいます。それだけクロスボーダー法務は、奥が深く、変化も激しく、飽きることのない、非常にやりがいのある分野です。
“ボーダー”を越えるためには、大半の場合、外国法の弁護士を含めてチームで協働することになりますが、このとき、法務担当者は、人と人、国と国をつなぐだけでなく、“ビジネス”と“法律”の“際”を架橋する役割を担うことになります。そのためには、自分の常識を相対化する能力と、国際的な企業活動やビジネスに対する理解も問われます。このようなスキルは一朝一夕に習得できるものではありませんから、継続的な学びのプロセスが重要です。

特に、コロナ以降、テクノロジーによって、世界は加速度的に変化を続けています。2022年の年頭にあたり、クロスボーダー法務に飛び込み、学びを継続する有為の人材が今後一人でも多く増えていくことを期待したいと思います。

弁護士から法務部長への問いかけ

2022年の展望は?

佐々木さん、明けましておめでとうございます。年頭のご挨拶が遅くなってしまって申し訳ありません。
コロナ禍も3年目を迎え、リモートでの打ち合せや電子署名といったリーガルテックツールの活用も実務に定着してきた感がありますが、佐々木さんは、2022年はリーガルオペレーションの観点から法務担当者にとってどのような年になるとお考えでしょうか。また、日々新しい動きが見られるリーガルテックの領域において、どのような動きが期待されるでしょうか。
新年にふさわしく、大きなテーマで、日本、そして世界を見回しつつ、中長期的な視野に立ったお話をお伺いしてみたいと思います。

→この連載を「まとめて読む」

久保 光太郎

AsiaWise法律事務所 代表弁護士
AsiaWise Digital Consulting & Advocacy株式会社 代表取締役
AsiaWise Technology株式会社 代表取締役

1999年慶応大学法学部卒業。2001年弁護士登録、(現)西村あさひ法律事務所入所。2008年コロンビア大学ロースクール(LL.M.)卒業。2012年西村あさひシンガポールオフィス立ち上げを担当。2018年クロスボーダー案件に特化したAsiaWise法律事務所を設立。2021年データを活用するプロフェッショナル・ファームのコンセプトを実現すべく、AsiaWise Digital Consulting & Advocacy株式会社と、その双子の会社としてAsiaWise Technology株式会社を設立。

『リーガルオペレーション革命─リーガルテック導入ガイドライン』

著 者:佐々木 毅尚[著]
出版社:商事法務
発売日:2021年3月
価 格:2,640円(税込)