法務人材の教育・育成、キャリアパスのあり方とは? - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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はじめに

本連載は、リーガルテック導入やリーガルオペレーションの進化における課題について、法務部長(佐々木)と弁護士(久保さん)が、往復書簡の形式をとって意見交換します。連載第10回は私、佐々木毅尚が担当します。

問いかけへの検討
―法務人材の教育・育成、キャリアパスのあり方とは?

さて、前回の久保さんからの問いかけは以下のとおりでした。

  • 企業法務の未来は、いかに優秀で多様な人材をこの業界に招き入れることができるかにかかっている。これからの時代の企業法務の人材育成、そしてキャリアパスのあり方とは?
  • どのようなビジョンを持って法務人材はキャリア・チェンジを図っていくべきか?

これらの問いかけについて、私の考えをお話したいと思います。

法務人材の採用・教育・育成

(1) 2008年以前

日系企業の法務部門は、伝統的に、法学部を中心とした4年制大学を卒業した、いわゆる“新卒人材”を法務担当者として採用してきました。人事部門がゼネラリストとして新卒人材を採用し、法務部門が配属された人材を長期的な視野でじっくりと教育し、3年から5年の年月をかけて、自立した法務担当者として育成していく―これが法務部門の一般的な人材育成モデルとなっていました。また、ゼネラリスト育成を目的として、管理部門の人材を定期的に他部門へ異動させる“人事ローテーション制度”が多くの企業で採用されており、法務部門はいわゆる“ゼネラリストの法務担当者”が多数を占める時代が長く続いていました。
こうした新卒人材は多くが法律を深く学んでいないため、法務部門の教育プログラムとしては、最初に民法・商法といった基礎的な法律知識の習得トレーニングを実施し、その後、新人育成を担当する先輩法務担当者がOJTで契約審査等の実務トレーニングを行うという手法を用いていました。

(2) 2008年以降

2008年頃から、法科大学院卒業者や卒業後に日本弁護士資格を取得した人材が法務人材市場に流入し、また、人材エージェントが台頭して法務人材の転職市場が活性化されたことにより、法務部門の採用・育成環境が大きく変化しました。法務担当者の採用戦略については、(1)で述べたこれまでのゼネラリストを中心とした新卒採用から、法務スペシャリストを中心としたキャリア採用に切り替える企業が増加しています。

法科大学院を卒業した人材は在学中に法律を深く学んでおり、最初から契約審査等の実務トレーニングを高いレベルで行うことが可能です。したがって、これまで3~5年程度であった法務担当者の育成期間は1~2年程度に短縮されました。また、実務経験者をキャリア採用する場合はそもそもの初期教育が不要となるため、法務部門の教育・育成コストが大きく削減されました。
これらの人材に対して、法務部門では事業特有の法規制や業務スキルを中心とした教育を行っています。より高いレベルの教育が求められることから、社外セミナーを活用する機会が増加しています。

多くの法務担当者が興味を持つ海外留学制度については、近年、海外ロースクールへの留学費用は高騰しており、法務担当者の流動性も高まっていることから、トータルコストを考えると留学経験のある人材を採用したほうが利があるとして、海外留学制度を運用している企業は、予算に余裕のあるごく一部の大手企業にとどまっています。
法務人材の採用、教育、育成をめぐる近年の傾向としては、企業のコスト管理意識が高まり、特に労務コストについてシビアな管理が行われていることから、法務部門についても常にコストを意識した余裕のない人材管理を行っているといえます。

法務人材のキャリアパス

このような環境の変化を、法務担当者はどのように受け止めているのでしょうか。
人それぞれ意見はあるかと思いますが、私はポジティブな印象を持っています。

近年の法務人材市場における顕著な傾向として、“人材の流動化が高まっていること”と“スペシャリスト志向が強まっていること”が挙げられます。これは、法務担当者にとって転職やスキルを深めるチャンスが増え、活躍の場が広がっていることを意味します。
また、法務人材の転職を支援するエージェントサービスも充実しており、法務担当者自身が最新の求人情報をリアルタイムで確認することができます。以前は法務担当者のキャリアパスも終身雇用が前提とされてきましたが、近年は転職を前提としたものへと変化しています。つまり、法務担当者は、これまで以上に自分自身のキャリアパスについてしっかりとした戦略を考える必要があるのです。

人材の流動化をポジティブに受け止めるか、ネガティブに受け止めるのかは、いわば発想の転換点といえます。企業としては人材の新陳代謝として割り切って考え、法務担当者としてはチャンスの拡大としてポジティブに受け止めると、双方にとってより可能性が広がるのではないでしょうか。

キャリアパスの考え方

法務人材がキャリアパスを考える際は、

  • 今やりたいこと
  • 5~10年後にやりたいこと
  • 20年後にやりたいこと

を常に考えることをお勧めします。また、給与や待遇だけで判断せず、「その企業で本当にやりたいことができるかどうか」という視点を軸として考えていくことが重要です。
たとえば、短期的な視点で“今やりたいこと”だけを考えていると、どうしても転職回数が多くなります。日系企業は転職回数の多い人材を好まない傾向にあるため、将来のキャリアパスに大きな影響を与えます。実際のところは、“今やりたいこと”と“5年後にやりたいこと”の両方ができる企業で働くことが理想でしょう。もし、今の勤務先でその両方ができるのであれば、転職の必要はないといえます。

ただし、マネジメント職を希望する場合は積極的に転職を考える必要があります。マネジメント職はポストの定数が決まっているため、いくら能力が高くてもポストがなければ就くことはできません。運に大きく左右されるポジションであるため、常にアンテナを高く張り、チャンスを逃さない姿勢で臨むことが重要です。
また、海外留学については、1.(2)で述べたように留学制度を運用している企業自体が少ないため、自分自身で費用を賄って留学すべきかで悩む法務人材は少なくないでしょう。とはいえ、海外留学の経験は間違いなく人材価値を高めます。自分自身への投資として、ぜひ留学を経験することをお勧めします。率直なところ、私のこれまでのキャリアにおける唯一の後悔は、海外留学をしなかったことなのです。

私自身は、これまで27年間にわたる法務人材キャリアの中で5社の法務部門を経験しています。異業種経験を目的とした転職、グローバル法務経験を目的とした転職、上場会社経験を目的とした転職―と、それぞれやりたいことを明確にしながらキャリアを積んできました。法務人材としてのキャリアは既に終盤に入っていますが、まだまだ先を見通すことはできません。これからも、自分自身の“やりたいこと”に向き合っていきたいと考えています。

法務部長から弁護士への問いかけ

いつかは担当したい“クロスボーダー案件”とは?

日系企業の法務担当者としては、お膝元である日本国内の案件を数多く経験して習熟度が高まると、必然的に海外の案件に興味を持ち、いつしか「自分もクロスボーダー案件を担当してみたい」と考えるようになります。
とはいえ、クロスボーダー案件を経験していない法務担当者は、具体的な案件の内容や難しさがイメージできていません。また、案件を担当するにあたり、どのような知識やスキルが求められ、それらをどのように習得すればよいのかもわかりません。彼らは「担当してみたい」と思う一方で、「果たして自分自身のスペックでクロスボーダー案件に対応できだろうか」と、常に不安を持っています。

そこで、クロスボーダー案件とはどのような案件なのか、法務担当者がクロスボーダー案件を担当するにあたり、どのような知識とスキルが必要で、どのようにすればこれらを習得できるのかについて、アジアを中心としたクロスボーダー案件を数多く取り扱っている久保さんご自身の経験を踏まえて、お話しいただきたいと思います。

→この連載を「まとめて読む」

佐々木 毅尚

「リーガルオペレーション革命」著者

1991年明治安田生命相互会社入社。アジア航測株式会社、YKK株式会社を経て、2016年9月より太陽誘電株式会社。法務、コンプライアンス、コーポレートガバナンス、リスクマネジメント業務を幅広く経験。2009年より部門長として法務部門のマネジメントに携わり、リーガルテックの活用をはじめとした法務部門のオペレーション改革に積極的に取り組む。著作『企業法務入門テキスト―ありのままの法務』(共著)(商事法務、2016)『新型コロナ危機下の企業法務部門』(共著)(商事法務、2020)『電子契約導入ガイドブック[海外契約編]』(久保弁護士との共著)(商事法務、2020)『今日から法務パーソン』(共著)(商事法務、2021)『リーガルオペレーション革命─リーガルテック導入ガイドライン』(商事法務、2021)

『リーガルオペレーション革命─リーガルテック導入ガイドライン』

著 者:佐々木 毅尚[著]
出版社:商事法務
発売日:2021年3月
価 格:2,640円(税込)