リーガルテック導入がもたらす法務部門の変化とは? - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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はじめに

本連載は、リーガルテック導入やリーガルオペレーションの進化における課題について、弁護士(久保さん)と法務部長(佐々木)が、往復書簡の形式をとって意見交換します。連載第4回は私、佐々木毅尚が担当します。

問いかけへの検討
―企業法務における人間の役割は何か? リーガルテックをどの程度信頼し、AIに間違いがあった場合には誰が責任を負うのか?

さて、前回の久保さんからの問いかけは以下のとおりでした。

  • 企業法務の世界における人間の役割とは
  • 現在のリーガルテックをどの程度信頼し、システムの判断が間違った場合、誰が責任を負うのか

これらの問いかけについて、私の考えをお話したいと思います。

契約業務の課題

久保さんは、大手事務所のアソシエイトが担ってきた労働集約型の作業については、今後、システム化が進む可能性が高く、法律事務所における人間の役割は、現在パートナー弁護士が担っている、クライアントとのインターフェイスの部分に集約されていく可能性があると述べています。
企業法務の世界においても、まったく同じ動きが起こることが想定されます。特に、業務マネジメントの視点から見ると、リーガルテックの導入によって、それぞれの法務業務に対するコスト配分が根本的に変化する可能性が高いと考えています。

ここでは、わかりやすい事例として、契約業務に対する法務部門のコスト配分を取り上げてみようと思います。一般的に契約業務は、五つの工程に細分化されていて、以下ののフローに沿って処理されていきます。

<契約業務のフロー>
 取引スキームの決定
 取引スキームの文書化(契約書ドラフト作成)
 交渉
 捺印
 履行管理

 

法務部門の多くは、主に(取引スキームの文書化)と(交渉)の工程に関与しており、決められた取引スキームに従って契約書ドラフトを作成し、相手方との契約条件交渉の中で契約書ドラフトを修正していきます。実際のところ、法務部門が最初の工程である(取引スキームの決定)に関与するケースは少なく、営業部門等の現場担当者が決めた取引スキームに従って契約書ドラフトを作成するケースがほとんどであるといえます。
契約書について本質的な視点から考えると、の取引スキームを策定することが最も重要な作業で、ある意味、この工程が契約書に含まれるリスクの大部分を決めることになります。この工程は人と人とのすり合わせが必要で、本来であれば、現場担当者と法務担当者が時間をかけて討議を行うべきなのです。
この重要な工程に法務部門が主体的に関与しないこと自体も大きな問題なのですが、関与できない大きな理由は、法務部門のマンパワー不足にあります。

法務部門のマンパワー不足問題に焦点を当ててみると、近年、法務部門の重要性は経営者にも認識されてきていますが、法務部長からは「まだまだ十分なスタッフと予算が確保できていない」という声をよく聞きます。これには、部門予算の確保も人と人とのすり合わせによるところが大きいため、法務部長は予算確保のための社内コミュニケーションに時間をかける必要があるのですが、法務部長が現場の業務マネジメントに追われることで法務部長自身のマンパワーが不足し、法務部長と経営者とのコミュニケーションが十分にとれないまま、予算の確保がままならなくなってしまっている…という背景があるようです。

システム化による課題解決

仮に法務部門が十分な予算を確保し、AI契約審査システム等を導入して、契約書ドラフト作成・修正作業の生産性を高めると、この工程での労務コストを削減することが可能となり、一つ前の工程にあたる取引スキーム策定()の工程へ法務担当者を積極的に参加させる余力が生まれます。
これは、契約書リスクを適切に管理するため、また法務部門としての本来あるべき姿に近づくために法務部門に強く求められる、業務コスト配分の大きな変化であるといえます。
将来的には取引スキーム策定のシステム化も可能となるでしょうが、現時点ではかなり遠い将来であり、当面は人間の力に頼らざるを得ないでしょう(現在の動きとしては、電子契約の活発な導入により、(捺印)に関する労務コスト等の削減が進んでいます)。

今後、法務部門における労働集約型の作業はシステム導入によって相当程度削減され、その分、現場とのインターフェイスの部分にコストをかけていく。これが法務部門の将来の姿であり、あるべき姿であると考えられます。

現時点でのリーガルテックの到達点

とはいえ、現在のリーガルテックはまだまだ発展途上にあり、ユーザーサイドがベストな使い方を探りながら試行錯誤を行いつつ、サービスを利用している段階といえます。現段階では、まだまだユーザーの期待値とベンダーから提供されるサービスとの間にギャップがあり、このギャップをどのように縮めていくかがベンダーの課題となっています。
ただし、6か月サイクルで驚くほど機能が進化していくAI契約審査システムに代表されるように、テクノロジーは加速度的に進化していきます。このままのペースが続くと、3年後には、かなり完成度の高いレベルに進化すると考えられます。企業としては、その“3年後”を待つという選択肢もありますが、システム導入の効果を発揮するためには、システムに合わせた業務フローの整備が不可欠であり、一定の時間がかかることから、早めに導入していくことがポイントになります。

リーガルテックのリスク

仮にリーガルテックの完成度が高まり、相当なレベルで人の仕事を代替する時代が到来したとしても、私は、あくまでもユーザーは人間であり、最終的な判断は人間――つまり、最終的な責任は、ベンダーではなくシステムを利用した当事者が負うべきであると考えています。
さまざまな判断をシステムが行う時代、さらには、契約書ではなくシステムで取引を管理するアーキテクチャー規制の時代が到来したとしても、それは同じことです。そのシステムを導入したのは人間なのですから、その当事者が最終的な責任を負うのが望ましいのではないでしょうか。

法務部長から弁護士への問いかけ

日系企業は契約履行管理を行うべきか?

今回、事例として契約業務を取り上げました。最近、いわゆる契約書の審査依頼から締結後の原本管理までの業務フローをシステム化することによって最適化しようというCLM(Contract Lifecycle Management)という考え方が日本に紹介され、このようなサービスを提供するベンダーが増加しています。ところが、日系企業の現状を見ると、捺印作業が終わった後、契約書は書庫やキャビネットへ直行するケースがほとんどで、実際に契約書の履行管理を行っている企業は少数です。ひどい事例では、契約書の有効期限が過ぎても、当事者同士がまったく気づかないまま取引が続いているケースもあります。
久保さんは、この現状を見てどのように感じるのでしょうか。日系企業は契約書の履行管理を行うべきなのでしょうか。それとも、日系企業はそもそも履行管理にコストをかける必要はないのでしょうか。

 

内部統制システム整備の視点から、契約書の履行管理について監査部門から指摘されるケースが増えているようです。久保さんの率直なご意見を伺いたいと思います。

→この連載を「まとめて読む」

佐々木 毅尚

「リーガルオペレーション革命」著者

1991年明治安田生命相互会社入社。アジア航測株式会社、YKK株式会社を経て、2016年9月より太陽誘電株式会社。法務、コンプライアンス、コーポレートガバナンス、リスクマネジメント業務を幅広く経験。2009年より部門長として法務部門のマネジメントに携わり、リーガルテックの活用をはじめとした法務部門のオペレーション改革に積極的に取り組む。著作『企業法務入門テキスト―ありのままの法務』(共著)(商事法務、2016)『新型コロナ危機下の企業法務部門』(共著)(商事法務、2020)『電子契約導入ガイドブック[海外契約編]』(久保弁護士との共著)(商事法務、2020)『今日から法務パーソン』(共著)(商事法務、2021)『リーガルオペレーション革命─リーガルテック導入ガイドライン』(商事法務、2021)

『リーガルオペレーション革命─リーガルテック導入ガイドライン』

著 者:佐々木 毅尚[著]
出版社:商事法務
発売日:2021年3月
価 格:2,640円(税込)