海外法務部門の現地化と若手法務人材の海外経験の両立 - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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はじめに

本連載は、リーガルテック導入やリーガルオペレーションの進化における課題について、法務部長(佐々木)と弁護士(久保さん)が、往復書簡の形式をとって意見交換します。連載第18回は私、佐々木毅尚が担当します。

問いかけへの検討
―海外法務部門の現地化と若手法務人材の海外経験の両立

さて、前回の久保さんからの問いかけは以下のとおりでした。

  • 最近、海外拠点を有する日本企業では、海外の法務部門を“現地化”し、日本人の駐在員を減らす傾向があるように感じられるが、“グローバル化”の観点では、若手の法務人材(日本人)に海外での勤務経験の機会を与え続けることも重要ではないか。
  • リモートでのコミュニケーションが普及しつつある現在、法務・コンプライアンス部門の人材の最適配置や若手法務部員の海外経験・教育をどのように考えればよいか。

これらの問いかけについて、私の考えをお話したいと思います。

法務部門の海外展開

ビジネスのグローバル化が進み、海外子会社を設立して現地で事業活動を展開すると、事業規模の拡大に比例して法律問題が増加します。当初は、本社法務部門が現地で発生した法務案件に対応していきますが、

・ 時差、言語、法令・文化の違い

・ 現地担当者とのコミュニケーション不足

といったさまざまな課題によって案件処理が滞りはじめ、次第に日本からの対応に不満が溜まり、“現地完結型”での法務案件の処理が求められるようになります。

海外子会社で法務案件が増加しはじめた初期段階は、現地法律事務所に案件処理を任せることが多いのですが、日系企業では、こうした“現地法律事務所任せの状態”が長年放置されているケースも散見されます。
ここでの問題点は、現地子会社では法律知識を持たないスタッフが外部弁護士を使って多くの法務案件を処理しているため、リスク管理に不安があり、本社法務部門が現地の法務案件を正確に把握できなくなるという点です。

このような課題を解決するには、現地子会社で一定程度の法務案件発生が見込まれた時点で、現地子会社への法務機能設置を本格的に検討すべきでしょう。とはいえ、最初から法務部門を設置することは難しいため、多くのケースでは、法務担当者を雇用するところからスタートします。
ちなみに、海外子会社における法務担当者の役割としては、

・ 日々発生する法務案件の処理

・ 本社法務部門とのコミュニケーションによるレポーティングラインの構築

が挙げられますが、特に後者が重要となります。
では、これらの役割を果たす法務担当者は、現地で採用すべきでしょうか。それとも、本社法務部門から派遣すべきでしょうか。

現地採用のメリット・デメリットは

【現地採用のメリット】

・ 当該人材が現地言語と現地法に精通しており、案件処理がスムーズにできること

【現地採用のデメリット】

・ 本社法務部門との人脈がないため、レポーティングラインの役割を十分に果たせるかに課題があること

が挙げられます。実際に、現地採用を選択した会社では、「数年経ってもレポーティングラインを構築できない…」という悩みを抱えるところが多いと聞きます。
一方で、本社法務部門から人材を派遣する場合、メリット・デメリットは

【本社人材派遣のメリット】

・ 本社との信頼関係が強く、強固なレポーティングラインを構築できること

【本社人材派遣のデメリット】

・ 現地言語と法令に精通しておらず、案件処理に不安があること

がそれぞれ挙げられます。

私個人としては、最初の法務機能設置については、本社法務部門から人材を派遣したほうがよいと考えています。なぜなら、グローバル企業の法務部門では、レポーティングラインの構築が強く求められ、これを最優先課題とする必要があるからです。いくら優秀な法務担当者であっても、適切なレポートができない者に拠点の法務責任者を任せることはできません。また、案件処理の不安については、現地法律事務所を適宜活用することにより克服することが可能です。
なお、よく“法務担当者の派遣によって弁護士への案件依頼コストを削減する”という声を聞きますが、これはまったくの誤りです。優秀な法務担当者であればあるほど法的な問題点を数多く発見するため、外部弁護士への依頼件数はかえって増加するものなのです。

海外法務部門の人材戦略

1.でも述べたように、本社法務部門から派遣された法務担当者は、“日々発生する法務案件の処理”と“本社とのレポーティングラインの構築・運用”という二つの大きな役割を担いますが、こうした日常の業務遂行と同時に、現地法務機能の担当範囲を定め、最適な人員規模を把握することが求められます。たとえば、本社法務部門の所掌範囲は“法務機能”と“コンプライアンス機能”だけであるのに対し、海外子会社では“知財機能”や“コーポレートガバナンス機能”“ビザ取得”といった分野にまで広がることもあり、“どこまでを自分の担当案件として対応するのか”を見極める必要があります。

ちなみに、法務機能の設置からしばらく経ち、業務量拡大によって2人目の法務担当者が必要となれば、迷わず現地採用を選択します。なお、ここでは、2人目として

・ 法務責任者クラス

・ 担当者クラス

のどちらの人材を採用するかという選択肢がありますが、基本的な戦略としては、日本人法務担当者の後継者となりうるレベルのスタッフを採用することがベストですが、シンガポール、インドなどのジョブホッピングが激しい国(長期雇用が難しい国)では、そもそも“後継者”という考え方を採用することができません。
そこで、比較的に長期雇用が可能な国では、派遣されている日本人法務担当者の後継者となる人材を採用し、その人材が本社法務部門との連携関係を構築した後に現地法務責任者として登用することがベストプラクティスといえます。そして、初代法務担当者の後任として日本からミドルクラスの法務担当者を派遣できれば理想的な姿となります。一方で、長期雇用が難しい労働環境の国では、本社法務部門から法務責任者を継続して派遣することが求められるでしょう。

法務担当者の海外子会社派遣

なぜ私が本社法務部門からの法務担当者派遣にこだわるかというと、法務担当者にはさまざまな経験を積ませる必要があるからです。
グローバルなビジネスを展開している会社であっても、海外子会社に法務部門を設置し、現地で法務案件を処理している場合は、本社法務部門の法務担当者が海外の法務案件に接する機会を失ってしまいます。“案件処理なくして法務担当者の成長はない”と断言できるほど、本社法務担当者にとって海外子会社への赴任は、

・ 海外案件

・ 法務マネージャーとしての意思決定

・ 異文化コミュニケーション

を学ぶ、絶好かつ貴重な機会となるのです。やはりこうした“生”の経験なくして外部セミナーや社内研修の受講だけで法務担当者を成長させることは不可能で、私自身、これまでのキャリアの中で、海外へ派遣した人材が大きく成長する姿を数多く見てきました。中には、海外赴任によって自由な身分を獲得したとの勘違によって失敗したスタッフもいますが、おおむね大きな成長を遂げています。

これからの法務部門は、まさにグローバルマネジメントが求められます。グローバルマネジメントを実行できる人材を養成するため、改めて法務担当者を海外へ赴任させる意義を強く感じています

法務部長から弁護士への問いかけ

海外法務案件における法律事務所の活用

日本本社から海外の法務案件を処理するにあたり、法律事務所を活用するケースが増加しています。
海外の法律事務所の活用方法については、おおむね

・ 日本の法律事務所を経由して利用する方法

・ 直接、現地の法律事務所を利用する方法

の二つがありますが、それぞれ一長一短であるため、その選択に迷うケースもあります。
海外法務案件を処理する際の法律事務所の選択について、久保弁護士のご意見をうかがいたいと思います。

→この連載を「まとめて読む」

佐々木 毅尚

「リーガルオペレーション革命」著者

1991年明治安田生命相互会社入社。YKK株式会社、太陽誘電株式会社等を経て、2022年7月からSGホールディングス株式会社へ移籍。法務、コンプライアンス、コーポレートガバナンス、リスクマネジメント業務を幅広く経験。2009年より部門長として法務部門のマネジメントに携わり、リーガルテックの活用をはじめとした法務部門のオペレーション改革に積極的に取り組む。著作『企業法務入門テキスト―ありのままの法務』(共著)(商事法務、2016)『新型コロナ危機下の企業法務部門』(共著)(商事法務、2020)『電子契約導入ガイドブック[海外契約編]』(久保弁護士との共著)(商事法務、2020)『今日から法務パーソン』(共著)(商事法務、2021)『リーガルオペレーション革命─リーガルテック導入ガイドライン』(商事法務、2021)『eディスカバリー物語―グローバル・コンプライアンスの実務』(商事法務、2022)

『リーガルオペレーション革命─リーガルテック導入ガイドライン』

著 者:佐々木 毅尚[著]
出版社:商事法務
発売日:2021年3月
価 格:2,640円(税込)