SDGsと独占禁止法 - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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はじめに

本稿は、「ワンポイント 独禁法コラム」と題して、独占禁止法にまつわるさまざまな話題をわかりやすく紹介するものです。

今回は、SDGsについて、その実現のための重要な担い手である企業の「活動のあり方」と「独占禁止法」という観点から考えてみることにしましょう。

盛んになる業界全体での取り組み

SDGs推進のための企業の取り組みは、必ずしも個々の企業それぞれの取り組みばかりではありません。個別の企業では実現困難な大規模あるいは複雑な取り組みが、企業間の協力を通じて実現されていくこともあるでしょう。

たとえば、排気ガスの排出量を低減する技術を多数のメーカーが共同で研究開発することが考えられますが、この種の取り組みは公正取引委員会の事前相談事例集にすでに掲載され注1、合法とされています。
また、排気ガス低減技術について業界全体で標準規格を策定し、環境にやさしい統一規格の製品を製造することによって環境保護を達成しようとすることや、より良いSDGsのあり方について業界から国に対して提言や陳情を行うことも、今後さらに盛んになっていくでしょう。

“隠れ蓑”としてのSDGs

他方において、「SDGsを隠れ蓑にして商品価格を引き上げよう」とか、「環境に優しい商品を開発する競争をやめよう」、といった話し合いが行われることもあるかもしれません。

たとえば、競合関係にあるメーカー間で「排気ガス低減技術の開発をやめよう」とか、「ほどほどにしておこう」などという申し合わせをしたり、「環境基準対応製品の価格を引き上げよう」という協定を結んだりすれば、これらの取り組みは、SDGs推進の観点からみても競争促進の観点からみても望ましいとはいいがたいものです。また、国が定める環境保護などの認証基準にはあいまいな部分が残されることもありえますので、メーカー同士で基準の解釈を取り決めて、これを超える環境技術の開発をしなくて済むようにすることもあるかもしれません。

このように考えると、SDGsに関する企業間の取り組みには、“真の”SDGsの取り組みのほかに、実は見せかけに過ぎないSDGs ―これを「グリーンウォッシュ」ということがありますが― もありうるということがわかります。これら二種類の取り組みを適切に識別し、前者の取り組みを促して後者の取り組みを厳しく規制することが重要です。

ここで、海外における先例をご紹介しましょう。オランダの「あしたのトリ」(Chicken of Tomorrow)という事件です。オランダの独占禁止法当局が、企業間のSDGsに関する取り組みを違法と判断したものです注2
これは、オランダの養鶏業者およびほぼすべてのスーパーマーケットが「オランダ国内で販売される鶏肉を、鶏にやさしい環境のもとで飼育された鶏肉へ置き換えよう」とうたって、「Chicken of Tomorrow」と名付けた大変すばらしい取り組みを実施しようとしたという案件で、具体的には、

  • 鶏を寝かせるための消灯時間
  • 抗生物質使用量の抑制

などについての取決めが行われました。

実は、この案件は、「動物である鶏たちに優しい飼育方法が採用されてよかった」というものではありませんでした。なぜなら、この取り組みは、消費者であるオランダの国民から鶏肉の品質に関する選択を奪ってしまうからです。
しかも、当局の調査によって、消費者は「Chicken of Tomorrow」に基づいて飼育された鶏肉に対して「高い代金を払っても構わない」という価値観を持っていないということが明らかになりました。それにもかかわらず、鶏肉の生産業者や小売業者はこの取り組みによって増加する飼育費用を消費者へ転嫁しようとするでしょう。
当局は、「この取り組みによって、鶏肉の価格は1キロあたり1.46ユーロ高くなる」と推計しました。さらに、抗生物質使用量の抑制は、実はこの取り組みがなくとも達成されることであったということも判明したのです。
これらの事実からは、この取り組みは「“見せかけにすぎないSDGs”だったのではないか」という疑いすら生じてきます。

支払意思額と独占禁止法

SDGsに関連する取り組みには投資や費用負担が伴うことがあり、とりわけ、イニシャルコストが多額に及ぶ場合があると指摘されています。そこで、メーカーがこの負担を消費者へ転嫁しようとすることが当然に想定されます。
しかし他方で、消費者がSDGsに価値を感じているとは限りません。したがって、SDGsのために“余計な”商品代金を支払うことに消費者が納得しないという事態が生じそうです。こうして、消費者が支払っても構わないと考える価格 ―これを「支払意思額」と呼ぶことがあります― と現実に請求される商品価格の間に差が生じることとなります。

「かかる差額をメーカー等が消費者に対して転嫁し請求してよいのか」という問題は上記で紹介した「Chicken of Tomorrow」事件において言及され、現在も各国で議論が続いています。
このような転嫁行為が、SDGsという公正・正当な価値の実現のために重要なことであるとすれば、それを独占禁止法の観点から摘発の対象とすることには疑問が生じえます。しかし、独占禁止法は“競争”の促進を目的とする法律ですので、競争と関係がないようにも見えるSDGsの理念を独占禁止法の解釈に取り込んでよいか否かは、実は難問です。この問題についても各国で議論が続いています。

なお、「支払意思額と現実の購入価格との間に差が生じてしまう」という問題を解決するツールには、

  • SDGsを推進する企業に対して補助金を給付する。
  • 教育や啓蒙活動によって国民のSDGsに対する関心を高める(このことによって支払意思を向上させる)。

といったことも考えられます。SDGs推進のため総合的な政策パッケージが実行されていく中で、独占禁止法が正当な取り組みに対する行き過ぎたブレーキとなってしまうことのないよう、具体的な想定事例をふまえて解釈を明確化することが求められているといえます。
なお、他方において、でも紹介したようなSDGsを装った“見せかけにすぎないSDGs”の取り組みに対しては独占禁止法が厳正に執行される必要があり、この点において、独占禁止法の意義はなお大きいということができるでしょう。今後のさらなる議論が期待されます。

※ 本コラムは、九州大学における講演(2021年5月)の内容を再構成したものです。

[注]
  1. 公正取引委員会Webサイト「独占禁止法に関する相談事例集(平成25年度)について」より、「8 輸送機械メーカー5社による共同研究」および同「独占禁止法に関する相談事例集(平成28年度)について」より、「2 競合するメーカーによる共同研究」[]
  2. Netherlands Authority for Consumers and Markets, ACM’s analysis of the sustainability arrangements concerning the ‘Chicken of Tomorrow’(2015).[]

平山 賢太郎

平山法律事務所 代表弁護士
九州大学法学部准教授

2001年3月東京大学法学部卒業。2002年弁護士登録。2007年7月~2010年6月公正取引委員会事務総局(審査局・知財タスクフォース)。2018年10月~現在九州大学法学研究院准教授。
このほか、公正取引委員会競争政策研究センター客員研究員、経済産業省 標準必須特許のライセンスを巡る取引環境の在り方に関する研究会委員、経済産業省 デジタルプラットフォームの透明性・公正性に関するモニタリング会合 委員などを歴任。著書・講演多数。

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