はじめに
本連載の第8回(前回)と第9回(今回)は、2022年6月1日に施行される、改正公益通報者保護法によって事業者に求められる各種措置に関し、その実務上のポイントを2回に分けて紹介するものである。
2回目の本稿では、前回の「改正「公益通報者保護法」への実務対応について(上)」で取り上げた公益通報対応業務従事者の指定や、内部公益通報対応体制の整備に引き続き、公益通報者保護体制の整備と、同体制を実効的に機能させるための措置について述べる。
なお、前回同様、本稿においては、「公益通報者保護法第11条第1項および第2項の規定に基づき企業がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針」(令和3(2021)年8月20日内閣府告示第118号)については「本指針」、「公益通報者保護法に基づく指針(令和3年内閣府告示第118号)の解説」(令和3(2021)年10月13日)については「指針の解説」という。
公益通報者保護体制の整備(本指針第4・2)
不利益な取扱いの防止に関する措置(本指針第4・2・(1))
本指針第4・2では、通報対象事実を知った者が内部公益通報を安心して利用できるよう、企業に対し、公益通報者を保護するための体制整備が求められている。
求められる体制整備の一つ目として、不利益な取扱いの防止に関する措置をとる必要があり、その具体的な内容は以下のとおりである。
(1) 労働者等および役員が不利益な取扱いをしないようにする措置
まず、公益通報とは企業のためになされるものであり、それを理由にいかなる不利益な取扱いもなされてはならないことを、労働者等および役員に教育、周知することが必要である。
なお、ここで「不利益な取扱い」とは、労働者たる地位の得喪に関すること(解雇、退職願の提出の強要等)、人事上の取扱いに関すること(降格、不利益な配転等)、経済待遇上の取扱いに関すること(減給等)および、精神上・生活上の取扱いに関すること(事実上の嫌がらせ等)が挙げられており(指針の解説第3・Ⅱ・2・(1)③の1項目目)、出処進退・処遇面のみならず、事実上の不利益な対応も含まれることに留意が必要である。
また、通報の対象とされた者が通報者を知りうる状況にある場合、不利益取扱いが及ぶおそれが否定できない。そのため、企業としては、通報の対象とされた者に対して、個別に、通報者への不利益取扱いをしないようあらかじめ警告することにより、不利益取扱いの発生を未然に防ぐという対応も必要となる(指針の解説第3・Ⅱ・2・(1)③の2項目目)。
さらに、公益通報にかかる規程にも、この点を明記することが望ましい。具体的な内容としては、以下のような定めを設けることが考えられる。
【規定例】
従業員等および役員は、内部通報を行った者に対し、そのことを理由とするいかなる不利益な取扱いも行ってはならない。
(2) 通報者が不利益取扱いをされていないかの把握
次に、通報者が不利益取扱いをされていないかを適切に把握することも重要であり、不利益取扱いをされていることが発見された場合には早期に対処する必要がある。
通報者が不利益取扱いをされていないかを適切に把握するためには、不利益取扱いに関する相談についても、公益通報の窓口で受け付けるとともに、通報者から通報がなされる都度、通報したことに関して不利益取扱いを受けた場合には速やかに相談するように伝え、周知を図ることが必要である。
それに加えて、通報者の中には、不利益取扱いを受けても、自ら相談することのできない者がいる可能性があるため、通報の内容に応じて、企業の担当者から通報者に対して、不利益取扱いがなされていないかを能動的に確認することも有益と考えられる(以上、指針の解説第3・Ⅱ・2・(1)③の3項目目)。
(3) 不利益取扱いからの救済・回復措置
通報者に対する不利益取扱いがなされた場合、不利益取扱いをした者に対する処分を行うとともに、不利益取扱いを受けた通報者の救済や回復措置を行う必要がある。この対処が不十分であれば、当該通報者はもちろん周囲の従業員も「通報しても保護されない」と感じ、その後の通報を躊躇することになりかねない。このため、処分は厳正に行い、救済・回復措置は速やかに行うことが必要である。
救済・回復措置は、不利益取扱いの内容によってケースバイケースで考える必要がある。たとえば、人事上や経済上の不利益取扱いであればその取扱いの前の状態に戻したり、事実上の嫌がらせを受ける等して就業環境が悪化していれば、当該行為を行った従業員または役員の配置転換を行う等して、就業環境を改善するといったことが挙げられる。
これらの対処を行うことも、従業員らに周知するため、公益通報にかかる規程に明記することが望ましい。たとえば、以下のような定めを設けることが考えられる。
【規定例】
従業員等または役員が、内部通報を行った者に対する不利益な取扱いを行った場合、当社はその労働者等または役員に対し、懲戒処分を含めた厳正な措置を行うと共に、内部通報を行ったものの救済および回復措置を講じる。
範囲外共有等の防止に関する措置(本指針第4・2・(2))
公益通報者を保護する体制の整備として企業に求められる事項の二つ目として、通報にかかる情報の範囲外共有や通報者の探索を防止する措置をとる必要があり、その具体的な内容は以下のとおりである。
(1) 従業員等および役員による範囲外共有を防止するための措置
まずは従業員等および役員に対して、「内部通報に関する情報の範囲外共有をしてはならないこと」の教育・周知をすべきであるが、それに加え、情報の閲覧や共有の範囲を限定し、範囲外共有のリスクを低減する対策も必要である。
情報の閲覧や共有の範囲の限定に関しては、内部通報に基づく調査を実施する際に、「どこまでの情報を共有する必要があるか」ということの検討が必要となる。すなわち、調査を担当する従業員に対しても、必ずしもすべての情報を共有しなければ調査ができないとは限らないということである。たとえば、調査担当者に対しては、実効的な調査を実施するために必要な限度の情報を共有するべきであるが、その際、「調査の契機が内部通報であること」までを伝える必要がないのであれば、その旨を秘匿することによって通報者の特定を避ける、といったことも考えられる(指針の解説第3・Ⅱ・2・(2)④<調査時の取組等について>の2項目目)。
他方で、通報者を特定させる情報を調査担当者に開示しなければならない場面も少なくないと想定され、その際には、情報の共有に際して共有する従業員からあらかじめ秘密保持を誓約させ、万一情報漏えいを生じさせた場合には懲戒処分等の対象にもなりうることを併せて伝達することで、心理的な抑止効果を及ぼすといった対処も考えられるところである(指針の解説第3・Ⅱ・2・(2)④<調査時の取組等について>の1項目目)。
さらに、通報者本人からの情報流出により通報者が特定されることもあるため、通報の受付時には、通報者に対しても自身が通報者であることを含めた情報管理の徹底を十分理解させることが必要である(指針の解説第3・Ⅱ・2・(2)④<受付時の取組等について>の3項目目)。
(2) やむを得ない場合を除いて通報者の探索を行わないようにする措置
本指針において、例外的に通報者の探索が許される場合として示されているのは、「公益通報者を特定した上でなければ必要性の高い調査が実施できないなどのやむを得ない場合」(本指針第4・2・(2)ロ)である。その定められ方からも明らかなとおり、通報者の探索が許されるのは相当限定的であると考えるべきといえる。
通報者の探索を行ってはならないことは、公益通報に関する規程にも明記し、従業員および役員に周知し徹底を図るべきである。具体的には、以下のような規定を設けることが考えられる。
【規定例】
通報対象者を含めて従業員等および役員は、真にやむを得ない場合を除き、通報者を特定する行為をしてはならない。
(3) 範囲外共有や通報者の探索を行った労働者等および役員への懲戒処分等の措置
範囲外共有や通報者の探索による情報の漏えいが一度発生してしまうと、それを事後に救済・回復することは不可能となる場合が多い。また、それらの事態が発生したことが他の従業員および役員に知られることとなれば、通報制度そのものへの信頼を失い、その後、従業員が通報すべき事案に遭遇した場合でも、通報を躊躇ってしまうなど、通報しようとする者に対する萎縮的な影響が大きい。
そのため、範囲外共有や通報者の探索による情報の漏えいについては、事前に防止することが最重要である。そのうえで、万が一発生した場合には、範囲外共有や通報者の探索を行った者に対して厳正な処分を行うことにより、それらの行為が決して許されないものであるというメッセージを発信することも必要となる。
この点についても公益通報にかかる規程に明記することが望ましく、規定例としては以下のような内容が考えられるところである。
【規定例】
内部通報にかかる情報を本規程で認められる範囲外に共有し、または、真にやむを得ない事由がないにもかかわらず、通報者の探索を行った従業員等および役員がいた場合、当社は、その従業員等または役員に対し、懲戒処分を含めた厳正な措置を行う。
内部公益通報体制を実効的に機能させるための措置(本指針第4・3)
教育・周知(本指針第4・3・(1))
本指針第4・3では、企業に対し、内部公益通報体制を実効的に機能させるための各種措置が求められている。その一つ目は、従業員および役員に対する教育・周知である。
ここでは階層別の研修等により適切な教育を行い、多様な媒体を利用して周知することで、法律および内部公益通報体制について従業員および役員の理解を深めることが必要となるが、特に意識すべきは、企業が「建前」ではなく「本心」から内部公益通報の重要性を認識し、企業の改善や発展に活かそうとしていることを伝えることである。
そのためには、組織のトップが主体的にかつ継続的に関与して内部公益通報を奨励する言動を示すことも必要と考えられ(指針の解説第3・Ⅱ・3・(1)③<労働者等及び役員並びに退職者に対する教育・周知について>の2項目目)、メッセージの発信のみならず、体制整備への十分な予算および人員の配置や、通報者の保護、発覚した非違行為への厳正な処罰等の具体的な行動によって示すことが求められる。
また、企業によっては、内部公益通報制度の意義や重要性を、規程の中で指針として定める例も見受けられる。たとえば以下のような内容を規定することも、従業員への啓蒙に資するものとして検討に値すると考えられる。
【指針として示す内容の例示】
・ 内部公益通報制度を活用した適切な通報は、リスクの早期発見や企業価値の向上に資する正当な職務行為であり、その内容が企業の発展・存亡を左右しうること
・ 適切な通報を行った者は評価されるべきであり、通報者に対する不利益な取扱いは決して許されないこと
・ 通報に関する秘密保持は徹底しなければならないこと
加えて、本改正で新たに定められた、公益通報対応従事者への教育と、公益通報の主体に含まれることとなった「退職後1年以内の者」に対する教育・周知にも留意が必要となる。
具体的には、従事者に対しては、違反時の刑事罰を伴う法律上の守秘義務等の法令の内容や、通報の受付から調査・是正措置・情報管理といった手順の内容や実践的なスキル等についての教育が求められる(指針の解説第3・Ⅱ・3・(1)③<従事者に対する教育について>の1項目目)。
退職者への教育・周知については、退職後に教育を実施するのは現実的に難しい場合が多いと思われるため、在職中に「退職後1年の間も公益通報ができること」を教育・周知すること(指針の解説第3・Ⅱ・3・(1)③<労働者等及び役員並びに退職者に対する教育・周知について>の7項目目)が必須といえるだろう。
通報者への是正措置等の通知 (本指針第4・3・(2))
実効的に機能させるための措置の二つ目として求められるのが、通報者に対する通報への対応状況の通知である。
書面による内部通報を行った日から20日が経過しても当該通報対象事実について勤務先から調査を行う旨の通知がない場合、または正当な理由なく調査が行われない場合、通報者は、企業外部への通報に関して不利益な取扱いをされない等の保護の対象となる(公益通報者保護法3条3号ホ)。そのため、企業としては、当該期間も念頭におきつつ、通報者に対して、調査を実施するのか、通報対象事実は認められたのか、是正措置を行ったのか等について通知することが必要となる。
ただし、通知の方法は、通報対象者のプライバシーに関わる情報等へも配慮しつつ、状況に応じて適切な方法を選択する必要があり、また、通報者が通知を望まない場合や、匿名での通報であるために通知が困難といったやむをえない事由がある場合には、例外的に通知を行わないことも許容されると考えられる(指針の解説第3・Ⅱ・3・(2)③)。
これらの点も規程に定めることが考えられ、規定例としては以下のものが挙げられる。
【規定例】
当社は、通報者に対して、通報を受領した旨の通知(書面または電子メールによる通報の場合に限る。)、調査を実施するかの通知、調査結果の通知または是正措置の内容にかかる通知等、適正な業務の遂行および通報対象者等利害関係人のプライバシー等に支障のない範囲において、適切と認められる通知を行う。但し、各通知の時期および方法は、通報者に対する個別の通知に限られず、当社が適切と認める方法によるものとする。
記録の保管および見直しと、運用実績の開示(本指針第4・3・(3))
(1) 記録の保管と評価・点検
通報内容やそれに対する対応記録については、適切に保管するとともに定期的に評価・点検を行い、内部通報制度の継続的な改善を図るべきである。この際、内部公益通報にかかる記録には、通報内容に関連して機微情報が含まれることも多いため、閲覧やアクセスを制限する等、慎重な保管を要する(指針の解説第3・Ⅱ・3・(3)③の1項目目)。
また、記録の保管期間については、基本的には各社の文書保管のルールに則って保管すれば足りるものの、通報内容に関連しての紛争が生じた場合の確認に用いるということを考えると、たとえば民法上の客観的起算点からの消滅時効期間も参照し、通報にかかる対応完了時から10年といった設定も考えられるところである。
(2) 運用実績の開示
従業員等からの通報を促進するためには、「通報を行うことで改善につながる」ということを理解してもらう必要がある。この点、平成28年に行われた消費者庁による調査注1では、労務提供先で不正行為があることを知った場合でも通報・相談をしないと回答した者の理由の1位として「通報しても改善される見込みがない」という回答が挙げられており、内部公益通報制度を実効的に運用するために、このような労働者のマインドを変えていく必要があるといえる。
そのためには、運用実績(通報件数、対応の概要、是正の有無等)を役職員に開示し、実際に改善されていることを周知することが有益である。開示にあたっては、通報者の特定につながらないよう、開示の内容や方法を十分検討しなければならないが(指針の解説第3・Ⅱ・3・(3)③の3項目目。事案を開示することが通報者の特定につながるような内容であれば、概要に留める等が考えられる)、各社の運用実態にあわせて効果的な開示方法を検討し、実施することが望ましい。
内部規程の策定および運用(本指針第4・3・(4))
企業は、以上のような、本指針を踏まえた各種対応を適切に行うために、各社の実態に沿った内部規程を策定するとともに、労働者等には要点をわかりやすくまとめた書面を配布する等することにより、内部公益通報制度が規程に沿って、実効的に運用されるように徹底することが必要といえる。
結語
実効的な内部公益通報対応体制の整備は、各企業に内在するリスクを早期に発見して対処することで、企業価値の低下を予防し、さらにはコンプライアンスの推進による信頼性の向上に資するものである。
各企業におかれては、単に「2022年6月に改正法が施行されるから」という消極的な姿勢でなく、この機を捉えて内部公益通報制度を活用し、企業価値の向上につなげられるよう、積極的に取り組まれることが望ましい。また、その一環として、いわゆるグローバル内部通報制度注2の導入といった、一歩進んだ体制整備も検討に値するところである。
本稿がそのような積極的な取り組みの一助になれば幸いである。
→この連載を「まとめて読む」
- 消費者庁「平成28年度労働者における公益通報者保護制度に関する意識等のインターネット調査報告書」32頁。[↩]
- 海外拠点の法人の役職員が、直接日本本社の統一的な通報窓口に通報する制度。[↩]
村上 拓
弁護士法人御堂筋法律事務所 パートナー弁護士・ニューヨーク州弁護士・公認不正検査士
2003年京都大学法学部卒業。2006年弁護士登録。2012年University of Southern California Gould School of Law修了(LL.M.)。国内外の紛争・企業不祥事案件(国際カルテルにおける海外当局対応・クラスアクション対応を含む)、コンプライアンス対応(米国量刑ガイドラインをふまえたコンプライアンス体制の構築・運用を含む)、海外進出支援、ファイナンス案件を中心に、企業法務全般に関するアドバイスを提供している。
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浪山 敬行
弁護士法人御堂筋法律事務所 パートナー弁護士・公認不正検査士
2006年京都大学法学部卒業。2008年神戸大学法科大学院修了。2010年弁護士登録。企業不祥事案件(会計不正事案における当局対応等を含む)、M&A案件、コーポレート、コンプライアンス対応、労務案件等を中心に、企業法務全般に関するアドバイスを提供している。
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