改正「公益通報者保護法」への実務対応について(上) - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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はじめに

改正「公益通報者保護法」に基づき求められる体制整備および措置

公益通報者保護法の一部を改正する法律(2020年6月12日公布)(以下、改正後の公益通報者保護法を「改正法」という)が2022年6月1日に施行されることが見込まれている。
改正法では、常時使用する労働者が300人を超える企業に対し、新たに、

① 公益通報対応業務従事者を定める義務(改正法11条1項)

② 内部の労働者等からの公益通報に適切に対応する体制の整備その他の必要な措置をとる義務(改正法11条2項)

を課している(なお、常時使用する労働者の数が300人以下の企業については、努力義務に留まる(改正法11条3項))。

求められる措置の内容

この①および②に関して、消費者庁は、2021年8月20日、「公益通報者保護法第11条第1項および第2項の規定に基づき企業がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針」(以下、「本指針」という)を公表し、同年10月13日、「公益通報者保護法に基づく指針(令和3年内閣府告示第118号)の解説」(以下、「指針の解説」という)を公表した。

本指針では、企業がとるべき措置の“個別具体的な内容”ではなく、企業がとるべき措置の“大要”が示されている。これは、企業がとるべき措置の具体的な内容は、企業の規模、組織形態、業態、法令違反行為が発生する可能性の程度、ステークホルダーの多寡、労働者等および役員や退職者の内部公益通報対応体制の活用状況、その時々における社会背景等によって異なりうるためである。
このように、本指針に基づいて各企業がどのような具体的措置をとるかについては、個々の判断および検討に委ねられているところ、指針の解説は、企業における検討を後押しするための考え方や取り組みの具体例等を示している。このため、各企業においては、本指針および指針の解説を参照しつつ、内部公益通報体制の整備等必要な対応を行うことが求められている。

そこで本稿では、全2回にわけて、本指針および指針の解説を踏まえて、想定される規定例・取り組み例にも適宜触れつつ、実務上のポイントについて述べる。
なお、文中の意見にわたる箇所は筆者らの個人的見解であり、筆者らの所属する法律事務所の見解ではない点をご了承いただきたい。

従事者の指定(本指針第3)

従事者として定めなければならない者の範囲(本指針第3・1)

公益通報対応業務(内部公益通報の受付、調査、是正に必要な措置のすべてまたはいずれかを主体的に行う業務および当該業務の重要部分について関与する業務(指針の解説第3・I・1・③))のいずれの段階においても、公益通報者を特定させる事項(氏名、社員番号等の固有情報のほか、性別等の一般的な属性であっても、他の事項と照合させることにより、特定の人物が公益通報者と判断できる場合は、「公益通報者を特定させる事項」に含まれると考えられる)の秘匿性が確保されなければ、通報しようとする者が、安心して内部公益通報を利用することができなくなる。そのため、公益通報対応業務の従事者は、法律に基づく守秘義務(改正法12条)のもと、公益通報者を特定させる事項について慎重な管理を行うことが求められる。
そこで、本指針では、「公益通報対応業務を行う者」で、かつ、「公益通報者を特定させる事項を伝達される者」を従事者として定めることが必要とされている。
従事者指定義務の対象となる例としては、ホットラインの所管部署(コンプライアンス部門、総務部門等)が想定されるものの、「部門の名称」ではなく、「実質的にみて、“公益通報対応業務を行う者”で、かつ、“公益通報者を特定させる事項を伝達される者”か否か」により判断されることになる。
なお、内部通報規程において従事者を定めることも可能である。その場合は、たとえば、以下のような定めを設けることが考えられる。

【規定例】

本規程において、「公益通報対応業務従事者」とは、公益通報対応業務のうち、通報等の受付、調査、是正に必要な措置の全て若しくはそのいずれかを主体的に行う業務に従事する者、または、当該業務の重要部分について関与する業務に従事する者であり、かつ、通報者を特定する情報を知る者をいう。具体的には、以下の者とする。

1 [内部統制監査部 コンプライアンス担当]

2 [上記以外で、通報等が発生する都度、内部公益通報事務局が個別に指定する者]

従事者を定める方法(本指針第3・2)

改正法のもとでは、従事者は新たに法律上の守秘義務(改正法12条)を負うことになり、正当な理由なく公益通報者を特定させる事項を漏らした場合には刑事罰(改正法21条)も科されることとなる。そのため、従事者本人が「自身が従事者の地位に就くこと」を認識できるよう、従事者を定めることが必要となる。
そこで、本指針では、明確な方法により従事者を指定することが求められている。具体的には、前記1.のように内部通報規程において従事者を定めるほか、従事者に対して個別に通知することも一案であろう。
後者の場合、たとえば、事業者から書面をもって従事者に通知するとともに、従事者からは守秘義務(改正法12条)のもと公益通報対応業務に従事する旨を内容として含む誓約書を提出させるという方法が挙げられる。かかる方法によれば従事者の認識および意識づけをより明確にすることが可能となるため、有益な対応と考えられる。

内部公益通報対応体制の整備(本指針第4・1)

内部公益通報受付窓口の設置等(本指針第4・1・(1))

(1) 部門横断的に受け付ける窓口の設置

通報対象事実に関する情報を早期にかつ円滑に把握するためには、特定の部門からだけの通報を受け付けるのではなく、「部門横断的」に(すなわち、個々の事業部門から独立して、企業の全部門ないしこれに準ずる複数の部門から)受け付ける窓口を設置することが重要となる。
窓口の設置場所については、企業内部に限らず、親会社、外部委託先等の企業外部に設置すること、および企業の内部・外部の双方に窓口を設置することも可能であり、実際、企業の内部・外部の双方に窓口を設置することを前提に体制整備を進めている実例も数多くある。また、かかる「企業内外」という区分のほか、「執行側と非執行側(監査役等)」のそれぞれに窓口を設置するという実例もある。
企業内部に限らず、法律事務所や民間の専門機関等企業外部に窓口を設置する、グループ企業共通の一元的な窓口を設置するといった例は、改正法の施行前から相当数存在するものと思われるが、かかる窓口設置は、その設置方法次第では経営幹部からの独立性確保に資する面もあり(後記2.参照)、改正法のもとでも望ましい対応といえよう。

(2) 公益通報対応業務を行う部署および責任者の定め

公益通報対応業務を行う部署および責任者を明確に定めることにより、責任の所在が明確化される。これは、公益通報対応業務が責任感をもって実効的に行われることに資するものである。
ここで「部署および責任者」とは、内部公益通報受付窓口を経由した内部公益通報にかかる公益通報対応業務について管理・統括する部署および責任者のことをいうとされている(指針の解説第3・Ⅱ・1・(1)②の注10)。そのため、各企業においては、その組織、所管事項等を勘案したうえ、内規等において公益通報対応業務を行う部署および責任者を定めておくことが求められる。

組織の長その他幹部からの独立性の確保に関する措置(本指針第4・1・(2))

会社幹部(「幹部」とは、役員等の企業の重要な業務執行の決定を行いまたはその決定につき執行する者を指す(指針の解説第3・Ⅱ・1・(2)②の注14))が関与する法令違反行為が発生する可能性もある。幹部に関する内部公益通報を行うことは通報者にとって心理的ハードルが高く、また、当該事案において幹部が公益通報対応業務に影響力を行使するような事態は防がねばならない。そこで本指針では、企業に幹部から独立した内部公益通報対応体制を構築することが求められている。

複数の内部公益通報受付窓口を設ける場合は、各窓口の構成、役割、関係性等を踏まえて、そのうち少なくとも一つの窓口において独立性を確保しうるよう体制を構築することが必要となる。
この一環として、たとえば、幹部から独立した立場にある監査機関(監査役、監査等委員会等)にも内部公益通報窓口を設置し、通報者が直接報告できるルートを設けることが考えられる。また、企業外部(委託先、親会社等)に窓口を設置する場合、単に「外部に窓口が設置されている」ということだけでは独立性を確保したとは評価できず、運用面においても、幹部の影響下にある部署に通報内容を共有させない等の仕組みをとる必要があると考えられるため、留意を要する。
また、複数の窓口を設ける場合、通報者が通報窓口を選択できるよう、事前に各窓口の存在および受付方法を周知しておく必要があり、また、内部公益通報規程の中にも、たとえば、以下のような定めを設けることが考えられる。

【規定例】

相談窓口の主管部門に所属する者を対象とする相談または通報については、独立性を担保した窓口として設置した、監査役通報窓口に対して行うことができる。

もっとも、企業の規模等によっては、複数ではなく、単一の内部公益通報受付窓口を設置することを想定している企業もあろう。その場合には、通報・相談の内容を、社外取締役や監査機関にも報告を行い、モニタリングを受けながら公益通報対応業務を行う等の方法により、独立性を確保する体制を構築する必要がある。

公益通報対応業務の実施に関する措置(本指針第4・1・(3))

内部公益通報を適切に受け付け、調査を行った結果、通報対象事実に関する法令違反行為が明らかになった場合には、企業は是正に必要な措置をとる必要がある。
指針の解説(第3・Ⅱ・1・(3))も踏まえると、企業は以下のような点にも留意しつつ、体制整備を整えることが望ましい。

(1) 受付

匿名での内部公益通報も受け付けることが必要である。匿名での連絡手段としては、

  • 窓口への非通知設定での電話連絡
  • 個人が特定できないメールアドレスでの連絡
  • 外部委託先や親会社等の外部窓口限りで公益通報者の氏名を預かり、企業には匿名性を保持する方法
  • チャット等の専用のシステム

等が考えられる。
また、匿名での内部公益通報も可能であることを明確化するため、内部公益通報規程に以下のような定めを設けることも有益である。

【規定例】

相談窓口への相談および通報は、匿名でも行うことができる。

(2) 調査

内部公益通報については、正当な理由がある場合を除いて調査を実施することが必要である。
この場合の「正当な理由」としては、指針の解説に

  • 解決済みの案件に関する情報が寄せられた場合
  • 公益通報者と連絡がとれず事実確認が困難な場合

等が挙げられているところ、特に解決済みであるかは、再発事案という可能性もあるため、慎重な判断が必要となる。
また、正当な理由がある場合を除いて調査を実施することを明確化するため、内部公益通報規程に以下のような定めを設けておくことも考えられる。

【規定例】

内部公益通報については、正当な理由がない限り、必要な調査を実施するものとする。

(3) 是正措置

調査の結果、法令違反等が明らかになった場合には、すみやかに是正措置および再発防止策を講じるとともに、必要に応じ関係者の社内処分を行う等、適切に対応することが必要である。
是正措置のあり方については企業の裁量に委ねられるが、

  • 違法行為の停止措置
  • 被害拡大の防止措置
  • 関係行政機関への報告
  • 対外公表
  • 非違行為を行った者への処分
  • 原因究明・再発防止策の検討

等多岐にわたる。企業はいかなる是正措置をとるべきかについて、後日、是正措置の内容や当該是正措置を選択した理由等について問われた場合に合理的な説明ができるよう、検討したうえで判断することが必要となる。
また、是正措置が適切に機能しているかを点検するため、

  • 是正措置から一定期間経過後に改善状況に関する調査を行う。
  • 通報を行った者に対して、問題が是正されていなければ再度申し出るよう伝える。

といった方法のほか、内部公益通報への対応結果について、中立・公正な第三者等による検証・点検等を行うことも考えられる。

公益通報対応業務における利益相反の排除に関する措置(本指針第4・1・(4))

公益通報対応業務を行ううえで利益相反が生じた場合には、公益通報対応業務の中立性および公正性を欠くおそれがある。そこで企業は、内部公益通報に関する事案に関係する者を公益通報対応業務に関与させない措置をとる必要がある。
内部公益通報制度の実効性を確保するため、従前より、利益相反排除措置はとられているものと思われるが、改正法の施行を見据えて、今一度、当該措置が適切に機能しているかについて見直しておくことが望ましい。また、内部公益通報規程に以下のような定めを設けることにより、通報者に対しても利益相反措置がとられることを認識してもらうことも一案である。

【規定例】

公益通報対応業務従事者は、自らが関係する通報等の事案について、公益通報対応業務に関与してはならない。

利益相反措置の具体的内容としては、上記のとおり、事案関係者を調査や是正措置の担当から外すことが一般的と思われるが、公正さが確保できる部署のモニタリングを受けながら対応をする場合には事案関係者も公益通報対応業務に関与することはありうるとされている(指針の解説第3・Ⅱ・1・(4)③)。
結局は、企業の体制、個別事案の内容等も踏まえて、「その者を関与させた場合に公正な公益通報対応業務の実施が阻害されるおそれはないか」という観点から、利益相反措置を判断していくことになると考えられる。

*    *

以上、今回は、本指針のうち「従事者の定め」(本指針第3)および「部門横断的な公益通報対応業務を行う体制の整備」(本指針第4・1)を中心に、想定される規程例や実例を紹介しつつ、実務上のポイントに触れた。次回は、「公益通報者保護体制の整備」(本指針第4・2)および「内部公益通報体制を実効的に機能させるための措置」(本指針第4・3)について検討する。

→この連載を「まとめて読む」

村上 拓

弁護士法人御堂筋法律事務所 パートナー弁護士・ニューヨーク州弁護士・公認不正検査士

2003年京都大学法学部卒業。2006年弁護士登録。2012年University of Southern California Gould School of Law修了(LL.M.)。国内外の紛争・企業不祥事案件(国際カルテルにおける海外当局対応・クラスアクション対応を含む)、コンプライアンス対応(米国量刑ガイドラインをふまえたコンプライアンス体制の構築・運用を含む)、海外進出支援、ファイナンス案件を中心に、企業法務全般に関するアドバイスを提供している。

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浪山 敬行

弁護士法人御堂筋法律事務所 パートナー弁護士・公認不正検査士

2006年京都大学法学部卒業。2008年神戸大学法科大学院修了。2010年弁護士登録。企業不祥事案件(会計不正事案における当局対応等を含む)、M&A案件、コーポレート、コンプライアンス対応、労務案件等を中心に、企業法務全般に関するアドバイスを提供している。

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