交渉力の強弱を見極めた戦略的な条件設定がカギ
企業の技術開発とグローバル展開が加速する中、国際ライセンス契約は事業戦略の要となっている。独占実施権の設定から実施努力義務の程度、解約権の行使条件まで、複雑に絡み合う契約条項のバランス調整は多くの法務担当者が頭を悩ませる課題だ。
ライセンス実務に精通する渥美坂井法律事務所・外国法共同事業の伊藤晴國弁護士は、「“何が合理的なバランスか”は、ケースバイケースですが、ライセンサーとライセンシーそれぞれの交渉力の差によって左右される部分が少なくありません。各当事者の交渉力は、許諾対象技術の代替可能性、ライセンシー候補の多寡、各当事者の企業規模や財務状況といった事情によって決まります」と語る。
国際ライセンス契約の実務では、ライセンサー側から契約案が提示され、ライセンシー側が修正して交渉を進める流れが標準的だ。一般的に、ライセンサーはライセンシーが欲しい技術を保有するため交渉力が強い。ただし、ライセンシーが巨大企業で、ライセンサーが自社実施できずに大企業へのライセンスを必要とするような場合には、ライセンシー側が強い交渉力を持つこともある。「ライセンサーが強い交渉力を持っていても、一方的な条件を要求すると契約交渉が決裂しかねません。強い交渉力を持つ側でも“ほどほどのところ”で妥協する必要があります」。
独占ライセンス、特にライセンサー自身による実施も禁止される完全独占ライセンスでは、技術を活かすも殺すもライセンシー次第となる。「せっかく資産価値のある有用な技術をライセンスしても、ライセンシーが活用してくれなければ“宝の持ち腐れ”になります。他社にライセンスすることができないだけではなく、自らその技術を活用することもできないためライセンサーとしては困ってしまいます」。
この問題解決のため、独占ライセンスではライセンシーに実施努力義務を課すのが一般的だ。実務上、実施努力義務の程度を定める際に使用されることが多いのが“Commercially Reasonable Efforts(商業上合理的な努力:CRE)”という概念である。「近年では、このCREを契約で明確に定義し、“どの程度の努力をしなければならないか”を具体的に定めることがよく見られる契約手法です。CREの定義の仕方によって、許諾技術の実施に関する当事者間のバランスを一定程度調整することができます」。
また、ライセンシーが努力しても実用化や事業化に失敗する場合に備え、ライセンサー側の利益確保のため三つのメカニズムを設けるのが一般的だ。「典型的な三つのライセンサー保護のためのメカニズムがあります。第一に契約の解約権、第二に独占ライセンスを非独占ライセンスに転換する権利、第三に最低限のロイヤルティ(ミニマムロイヤルティ)の支払いを義務化することです。これらは独占実施権を与えることとのバランスをとる重要なしくみです」。
利害が対立する経済条件の設定 監査権も交渉の焦点に
ライセンス条項でライセンスの範囲がある程度固まった後、最も重要になるのは経済条項である。典型的な対価の支払方法には、イニシャルペイメント、(ランニング)ロイヤルティ、マイルストーンペイメントの三つがある。「ライセンサーは技術許諾後の事業成功が不明なため、イニシャルペイメントで大きな金額を確保したいと考えます。一方、ライセンシーは事業失敗のリスクを考慮し、イニシャルペイメントは少なくして成功後にロイヤルティで支払いたい。マイルストーンペイメントは両者の中間的な妥協点です」。
特にライフサイエンス分野では、この三つの支払方法を組み合わせることが一般的で、それぞれの金額バランスで当事者間の利害対立を調整している。
ロイヤルティ算定では一般的にはNet Sales(正味売上)の概念を使用し、総売上高から消費税、輸送費、ディスカウント等を控除する。「控除項目を多くするほどロイヤルティのベースは小さくなるため、ライセンシーは控除項目を増やしたい。一方でライセンサーはロイヤルティベースを大きくしたいため、当事者間で綱引きが生じます」。
ライセンシーの許諾技術の実施による売上は、公開情報からは把握できない。このためライセンシーの“ロイヤルティレポート”に基づいてロイヤルティが支払われる。この自己申告に依存したしくみのリスク対策として、ライセンス契約では一般的に“ロイヤルティ監査権”をライセンサー側に与える。「一般的にはライセンサー側が選任した会計士がライセンシーの会計帳簿を閲覧し、ロイヤルティレポートに報告された正味売上の数字に誤りがないかをチェックします」。
一方で、ライセンシーは頻繁な監査による事業への影響や営業秘密の漏洩リスクを懸念するため、監査権の行使条件についても詳細な交渉が行われる。「監査権の行使はできるだけ限定的にしたいとライセンシーは考えます。どのような条件で監査権が行使できるかも利害が対立するところです」。
実際のライセンス契約交渉において、特に特定の条項が問題になりやすいという傾向が見て取れるわけではないが、通常、当事者は営利を目的として契約を結ぶので、やはり経済条件が先鋭的な対立を生じやすく、バランスをとるために長時間をかけて交渉が行われることが多い。「一般に、弁護士は金額そのものの決定に関与することは通常ありませんが、経済条件を定める文言の明確性のほか、支払われる金額の決定方法、支払方法のメカニズムを吟味し、クライアントが不利な条件になっていないかをチェックしたうえでアドバイスをしていきます」。
読者からの質問(ライセンシーの実施努力義務の程度の一般的な定め方)

伊藤 晴國
弁護士
Harukuni Ito
94年東京大学法学部卒業。01年弁護士登録(第二東京弁護士会)、永島橋本法律事務所入所(~05年)。06~07年Taft Stettinius & Hollister LLP。07年Northwestern University Pritzker School of Law修了(LL.M.)、ニューヨーク州弁護士登録。07~22年外国法共同事業ジョーンズ・デイ法律事務所。22年~渥美坂井法律事務所・外国法共同事業。著作『知的財産ライセンス契約―産業技術(特許・ノウハウ)』(日本加除出版、2019)ほか。