英文契約の基礎と交渉のポイント - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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武道、藝術、料理——すべて稽古は「型」の定着に始まる。英文契約もまた例外ではなく、しかも、その「型」(頻出の条文、単語・熟語、言い回し等)は時代やビジネス環境の変遷による影響を受けにくく、習得にかけた労力に比例して確実に差別化できる武器ともなる。顧客企業との親密な関係で定評のある山下総合法律事務所から2名の弁護士が登壇し、英文契約の基礎と交渉ポイントについて、実際の契約文言と修正事例を交えながら「型」のイロハを解説いただいた。

英文契約の基礎と効果的な読み方(山下聖志弁護士)

ウォームアップ 〜基礎の「型」〜

英文契約で規定することは「①取引条件」「②リスク管理(紛争になりやすい場面でのルール)」「③紛争に至った場合の処理・手続」の大きく3点です。①は案件ごとに異なりますが、②と③はある程度「型」があります。そのため、そのパターンの習得・積み重ねが重要です。
次に、成文法が契約の行間を埋める大陸法と対照的に、英米法(判例法)を背景とすることから、合意事項はすべて規定することが原則。よって、契約は長文化する傾向にあります。もっとも、多くの条文はパターン化されており(例:完全合意条項entire agreement clause)、固有の概念(例:約因consideration)も多くないことから、長文に圧倒される必要はありません。
そして、適用される国・地域によって異なる法制度や商慣習リスクに対応した規定や、現地の言語で契約書を作成する法的義務(例:インドネシア言語法)の有無も締結前に確認しましょう。
なお、英文契約も“契約”です。当事者の『権利(裁判所が認めてくれる権能)』『義務(裁判所が認めてしまう負担)』は表裏の関係にあります。どのように規定すれば自社に有利・不利となるのか意識すること、すなわち、「主語」(権利義務の主体)と「述語」(権利義務の内容)に注目することが、当たり前ながら大変重要です。これと併せて、「要件」と「効果」が明確に規定されているか、要件を表す特徴的なフレーズ(例: “in the event that~”, “in the case where~”, “if~”)に注目し、たとえば効果の発生を絞りたいときは要件を厳格にするなど、自社の利害に応じて要件の書き方を工夫してみて下さい。

効果的な読み「型」のポイント

まず、契約の全体像を押さえることから始めます。契約当事者(自社と相手方)の立場を確認し、“nail”(釘を刺して固定)しましょう。ページ数や各条文のタイトル、締結経緯・目的を記した “whereas clause”(序文)から別紙まで大まかに見渡し、高リスク項目や難解そうな部分に目印を付けます。こと英文契約では、あからさまに不利な条項は少なく、むしろ意図的にわかりづらく書いた高リスク条項があり、後者に気づいて対処するのが肝要です。
次に、読む順番にメリハリをつけて工夫しましょう。
①取引の概要と具体的な取引条件、②その他の権利義務や契約期間、③高リスク条項に目を付け、④これらを読む過程で登場したフレーズの定義条項に戻り、重要な定義をマークします。徐々に慣れてきたら、最初に重要な定義を頭に入れると効率的に読めます。⑤一般条項は、紛争解決(仲裁・紛争費用等)、裁判管轄、準拠法など交渉・議論の種となる規定が数多くあるので、漫然と読むことは避けましょう。経験を蓄積してきたら、⑤の一般条項に関しては、最初に準拠法から入ると全体理解が早く進みます。

Warranty:保証条項を用いた実践

具体的に、次の例で、1. 2.の「型」を実践します。

A :SELLER shall warrant that (i)the Product shall conform to the Specifications, and (ii) the Products shall conform to the laws, regulations and safety standards in Thailand.

B :SELLER shall compensate all expenses, losses and damages incurred by PURCHASER as a result of, or in connection with, any breach by SELLER of the warranty provided in the preceding Paragraph.

C :SELLER DOES NOT MAKE AND HEREBY DISCLAIMS ANY WARRANTY IN RESPECT OF THE PRODUCTS OTHER THAN AS PROVIDED ABOVE IN THIS ARTICLE, WHETHER EXPRESSED OR IMPLIED, INCLUDING WITHOUT LIMTATION ANY IMPLIED WARRANTY OF MERCHANTABILITY OR FITNESS FOR ANY PARTICULAR PURPOSE.

Warrantyの無過失責任の原則に照らして、保証の対象、期間、違反の効果(賠償等)、免責条項による請求可能な範囲の制限等の是非を読み解いていきます。

・ Aは、Specifications:仕様書にどこまで詳細な記載があるか、知見の乏しいThailandの法規制を遵守できるか、保証の対象範囲をよく調べるべき要注意条項です。

・ Bは、保証期間の始期・期間が明記されておらず、準拠法が日本法でなければ保証責任にかかる法令によって不意に長期となるおそれがあり、同じく要注意です。

・ Cは、“merchantability”(商業性)および “fitness for particular purpose”(特定目的適合性)についての “implied warranty”(黙示的保証)を免除・修正する規定は、 “by writing and conspicuous”(書面での明瞭な記述)によらねばならない旨の米国UCCの定めに基づき、すべて大文字で目立たせた特徴的な条項です。また、“AS PROVIDED AS ABOVE IN THIS ARTICLE”の表す保証義務違反の効果が何か(修理・返品か、契約解除か、損害賠償か)、他の規定にも損害賠償の制限条項がないか、注意深く確認することがポイントとなります。

山下 聖志 弁護士


英文契約交渉のポイント(小薗江有史弁護士)

事前準備の重要性と交渉の心構え

交渉・条項の修正を勝ち取るには、事前準備が何よりも重要です。作業の具体的な進め「型」としては、以下のフローを推奨します。

① 全当事者の関係(ヒト、モノ、カネの流れと当事者の固有名詞、争点、交渉事項)を示した取引全体の「図」を描き、それぞれの立場とリスクの所在を整理・イメージして、関係者間で協議・連携する。

② 現在までの相手の発言・要求と、これに対する自社の発言・要望の内容から論点、交渉事項を予測する。たとえば、ドラフトや修正案、事前のやりとりした資料や公表資料には、相手方のメッセージ(意図)が込められているはずです。

③ 契約の類型から予測する。契約の種類に応じて、交渉になりやすい条項はある程度決まってきます。

この他、相手方との力関係(既存取引の有無・内容、相手方への依存度)や過去の関連取引案件との整合性、相手方の交渉担当者の席次や弁護士同席の有無などから、自ずと交渉軸が見えてくる場合が数多くあります。
そして、上記を踏まえ、「A:譲歩できる条項」「B:譲歩できない条項」「C:譲歩不可ではないが高リスクとなり得る」条項を、事前に法務部門と事業部門ですり合わせましょう。Cについては、下欄のような対応が考えられます。契約書作成は誰か1人で責任を負えるものではなく、そのリスク洗出しにも限界があります。事業部、管理部門、弁護士らが連携・情報共有して譲歩条件を決定することが重要です。

C:高リスクとなり得る条項の譲歩方法

・ 中間的表現を用いる

(例)reasonable/reasonably, material/materially, to the (best) knowledge of, to the extent practicably possible, make commercially reasonable efforts, with the other party’s consent, which shall not be unreasonably withheld, rejected or delayed

・ 契約書に定めていない条項または問題となっている条項以外の条項とセットで交渉する

(例)表明保証条項と損害賠償の上限条項

・ (権利義務の)双方向化reciprocal

Indemnification:損失補償条項を用いた交渉の実践

具体的に、次の例で、1.でまとめた交渉の進め「型」を実践します。

【PURCHASER提示案】

SELLER shall indemnify and hold PURCHASER harmless from any damages, losses or expenses (including, without limitation, the fees and expenses of lawyers) resulting from, or incurred in connection with or based upon, (i)SELLER’s breach of or failure to per
form or fulfill any obligations of SELLER contained in or made pursuant to this Agreement or Individual Agreements and (ii)other reason, act or omission attribute to SELLER.

【SELLER修正案】

1 .SELLER shall indemnify and hold PURCHASER harmless from any damages, losses or expenses (including, without limitation, the reasonable fees and expenses of lawyers) resulting from, or incurred in connection with or based upon, (i) SELLER’s material breach of or failure to perform or fulfill any obligations of SELLER contained in or made pursuant to this Agreement or Individual Agreements and (ii) other reason, act or omission attribute to SELLER’s willful misconduct or gross negligence.

2 .IN THE EVENT THAT SELLER IS OBLIGATED TO INDEMNIFY OR COMPENSATE PURCHASER FOR ITS DAMAGES AND COSTS IN CONNECTION WITH THIS AGREEMENT OR INDIVIDUAL AGREEMENTS, SELLER SHALL BE LIABLE ONLY FOR ACTUAL AND DIRECT DAMAGES AND COSTS INCURRED BY PURCHASER AND SHALL NOT BE LIABLE FOR CONSEQUENTIAL, INCIDENTAL OR INDIRECT DAMAGES (INCLUDING, BUT NOT LIMITED TO, ANY LOST PROFITS) REGARDLESS OF THE LEGAL GROUNDS FOR SUCH INDEMNIFICATION OR COMPENSATION.

修正ポイントとしては、

・ 弁護士費用の損害賠償の範囲を恣意的に拡大されぬようreasonable:合理的な範囲に限る。

・ 契約違反や帰責性ある行為に関連する損害をすべて賠償対象とされないために“,or incurred in~”以下を削除。

・ 損害賠償事由をmaterial breach:重大な違反とwillful misconduct or gross negligence:故意または重過失に限定。

・ 第2項を新設し、付随的、偶発的、間接損害(機会損失を含む)の賠償を免責しています。

小薗江 有史 弁護士


最新の動向

ウクライナ侵攻(ロシア)やパレスチナ戦争(イスラエル)など地政学的リスクを受けた契約上の対応がトピックとなっており、特に不可抗力条項は改めて確認すべきでしょう。この際、安易にひな形に依拠せず、自社が適用を望む(or されたくない)側なのか分析し、希望する場合は該当事由を具体的に列挙することが肝要です。近年では、輸入禁止や経済制裁、輸送手段の障害、感染症パンデミックなどが注目されています。その他の条項では、不可抗力下で生ずる費用負担や納期調整について定めたり、逆に、コロナ・ショックを理由とした納期遅延や代金調整を否定する条項も登場したりするなど注意が必要です。
仲裁条項では、仲裁地を1箇所に指定するのであれば、ニューヨーク条約加盟国のメジャーな場所とするのが基本ですが、自分が被仲裁者になりやい側であれば、“被提起者の所在地を管轄する仲裁地”とするのも一案です。また、仲裁機関についても、誤解をおそれずに言えば、メジャーな仲裁機関を選択していれば、大きな間違いはないかと思います。加えて、「仲裁地(依拠する仲裁手続法)の選定」と「(契約内容の)準拠法の選択」は別個に検討いただくべきこと、仲裁言語は必ず英語指定とすること、仲裁人の数や選任方法についても、コストや当該仲裁判断の公平性を確保する観点から検討いただく旨ご配慮ください。

山下 聖志

山下総合法律事務所 代表パートナー弁護士・ニューヨーク州弁護士

98年東京大学法学部卒業。02年弁護士登録(東京弁護士会)、柳田国際法律事務所入所。05~07年国内大手証券会社法務部門出向。10年米国ミシガン大学ロースクール修了(LL.M.)。11年ニューヨーク州弁護士登録。12年柳田国際法律事務所パートナー就任。16年山下総合法律事務所設立。現在、同代表パートナー弁護士。

小薗江 有史

山下総合法律事務所 パートナー弁護士

02年東京大学経済学部卒業。05年弁護士登録(東京弁護士会)、柳田国際法律事務所入所。06~08年国内大手証券会社自己投資部門出向。11~13年国内大手証券会社M&Aアドバイザリー部門出向。14年米国ノースウェスタン大学ロースクール修了(LL.M.)。19年柳田国際法律事務所パートナー就任。20年山下総合法律事務所入所。21年同パートナー弁護士。

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