【コンプライアンス】効果的なコンプライアンスのすすめ - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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読者からの質問(社内のコンプライアンスの遵守の状況を定量的に把握するには)

Q 社内のコンプライアンスの遵守の状況を定量的に把握するよう経営陣から言われているのですが、何から手をつけたらよいか分かりません。
A まず、“何のために定量化するのか”という視点を持つことから始めましょう。定量化は課題を解決するための手段の一つであって、目的ではありません。これからのコンプライアンス部門には、“解決すべきコンプライアンス課題は何か”を企業のパーパスやミッションの実現という大きな視点で捉える戦略的ビジョンを持つことが求められます。

コンプライアンスの自己目的化

「コンプライアンス研修を実施しても社内に浸透しておらず、効果が見られない」―このような相談や悩みを耳にすることが少なくない。コンプライアンス部門の人々の多くは、自社のコンプライアンス遵守の取り組みが思うように進んでおらず、悩みを抱えている。しかし、そもそも、“コンプライアンス研修の効果が見られている”というのはどのような状態をいうのだろうか。渥美坂井法律事務所・外国法共同事業の三浦悠佑弁護士によると、企業に対するこの問いに明確な答えが返ってくることはほとんどないという。「このことは、コンプライアンス活動の向かうべきゴールを見失い、迷路に迷い込んでしまっている方々が多いということを示しています。例えば、“法令遵守”や“不祥事ゼロ”はコンプライアンスのゴールでしょうか。企業経営の視点から言えば、それらは企業がその目的(パーパスやミッション)を達成するための過程・手段に過ぎません。法令を守ったその先にある“自社の未来の姿”こそが真の意味でのコンプライアンスのゴールです。“効果的なコンプライアンス”のためには、まず手段が目的化している現状を正しく認識して適切なゴールを設定する必要があります。その上で、自社の目的を達成するために最適な打ち手を考えて実行する力、すなわち“戦略立案力”が求められるのです。そして、この戦略立案力が今日のコンプライアンスのさまざまな課題を解決するカギになるのです」(三浦弁護士)。

図表1 コンプライアンスの“ゴール”とは

コンプライアンス定量化の戦略―“どのように”の前に“何のために”定量化するか

“コンプライアンスリスクの定量化”は、多くの企業が抱える課題の一つだ。定量化の手法として一般的なのは、コンプライアンスサーベイによって不正と相関関係があるファクターを明らかにするというものだが、コンプライアンスサーベイに安易に飛びつき「とりあえず社員に対してアンケートを実施してみよう。多分、結果から何か分かるだろう」といった考えでは、時間も費用も無駄になってしまう。また、“サーベイで浮き彫りとなった課題にどのような対策を立てるか”ということまでストーリーを作ることができなければ、経営陣を納得させることも、社内の理解を得ることもできない。「定量化はあくまでも目的達成のための手段であって、目的をはっきりさせなければ意味のあるデータは得られません。定量化の手法を探る前に、まず“何のために定量化するのか”という視点を持つことが大切なのです」(三浦弁護士)。
最近ではこうしたサーベイを専門に取り扱う企業もあるが、三浦弁護士は「私たちも不祥事の原因分析などでお世話になることがあります。この種の企業は、みな優れた専門スキルを有していますが、“社外専門家”という性質上、社内のコンプライアンス部門に比べると、各社個別の課題への理解にはどうしても限界があります」と指摘。コンプライアンス部門がサーベイ結果の戦略的活用ビジョンを描けなければ、定量化されたコンプライアンスリスクをどのように取り扱うかが分からず、費用に見合った成果が得られないという。
「コンプライアンスに関するリスクを定量化するもう一つの手法は、シンクタンクなどが公表しているコンプライアンスサーベイのデータを、自社の人事部門などが実施している社内満足度調査のデータなどと組み合わせて、独自にコンプライアンスリスクのファクターを分析する方法です。公表データを基に自社の実情に合った分析ができる点で費用面でも効果の面でも優れていますが、他部門の理解と協力を取りつけるためには、質の高いコンプライアンス戦略を示す必要があります」(三浦弁護士)。


コンプライアンス研修の戦略―最適な打ち手は“最新の知識”ではなく“情緒的共感”

三浦弁護士のもとには、効果的なコンプライアンス研修のため、“これまでのような法令解説研修を続けていてよいのか”という相談も多く寄せられているという。「相談の背景には、不祥事がマスコミに大々的に報じられた企業における第三者委員会による調査報告書が、不祥事の真因として単なる“法令知識の不足”や“制度の不備”だけでなく、“企業風土の問題”を指摘することが増えてきたことが挙げられます」(三浦弁護士)。
ここでも大切なのは、“研修の手法を探る前に‘何のために研修をするのか’という視点を持つこと”だと、三浦弁護士は指摘する。「例えば、“研修の内容がマンネリ化してきたから”という理由で目新しい手法に飛びついても、思うような効果は得られません。自社のコンプライアンスが目指すゴールはどこにあるのか、それは現在企業が抱える他の課題とどのような関係があって、企業のミッションやパーパス達成にどのように資するのか、という戦略的ビジョンが求められます。“法令知識拡充や組織風土改革が、受講者が現在抱えている仕事や課題の解決にどのように役に立つのか”というストーリーを明示できなければ、そもそも耳を傾けてもらうことすら難しいでしょう」(三浦弁護士)。
昨今、研修の手法として注目が高まっているのが、“情緒的共感”を高め、組織の自発的行動を促すことを目的とした参加者同士の対話を主軸としたワークショップ型の研修だ。組織・人事コンサルティングや人材開発・教育支援を手がけるシンクタンクであるパーソル総合研究所が企業の不正・不祥事の実態や不正が発生する要因とその防止策、そして不正発生後の組織改善施策の在り方を調査し、2023年4月に公表した「企業の不正・不祥事に関する定量調査」によると、不正が存在する企業では“不正対策は、形式的に行われているだけ”が43.7%、“担当者が話を聞きにくるが、実際には何も変える気がない”が34.5%など、不正対策を形式的に“こなす”意識があること、そして単に研修内容を頭で理解してもらうだけでは“こなす”意識低減に大きな効果はなく、不正の事例の紹介や解説による自分事化や、「そのとおりだ」といった腹落ち感のような“情緒的共感”が伴って初めて効果があることが明らかとなっている。
「この調査によれば、“情緒的共感”を生む手法のうち、参加者同士の対話を主軸としたワークショップは高い効果が見込まれる割に実施率が低いとされていますから、まだ実施の経験がない企業にとっては、コンプライアンス研修の効果を大きく向上させる打ち手となりうるでしょう。つまり、コンプライアンス部門の限られたリソースで最大限の効果を上げるのであれば、“最新の知識”だけではなく“情緒的共感”にリソースを適切に振り分けることが戦略として有効だということです」(三浦弁護士)。

図表2 企業コンプライアンスの全体像

ESG、人的資本経営とコンプライアンス戦略―ブランド戦略との合流で企業価値向上に貢献する

三浦弁護士には、「ESGや人的資本経営といった経営課題とコンプライアンスをどのように結びつけたらよいのか」という質問も多く寄せられる。特に、2021年のコーポレートガバナンス・コードの改訂や2022年8月の「人的資本可視化指針」の公表などによって、コンプライアンスは企業内の“秘め事”から、ステークホルダーに対する積極的な“アピール事項”に急速に変わりつつあるという。
この課題への対処にあたっても、“そもそも自分たちはなぜESGや人的資本強化に取り組むのか、それは自社のパーパスやミッション達成とどのような関係にあり、コンプライアンスはどう噛み合っているのか”という視点が重要だと、三浦弁護士は語る。
「両者を組み合わせる“ハブ”として有効なのが、ブランド戦略(ブランディング)の視点です。ある企業が行った米国の消費者意識調査の中には、“非倫理的な行動をとる企業の商品は買わない”と回答した消費者が全体の56%もいたというデータがあります。日本においてもZ世代を中心にESGやSDGsに積極的な企業の商品やサービスを選んで購入する層が増加傾向にあることや、そうした企業で働きたいという人々が増えていることは報道等でよく耳にするようになりました。つまり、これからは“ESGや企業倫理(コンプライアンス)を企業のブランドの要素として積極的に活用する時代”に入ったといえるのです。しかも、ブランド戦略(ブランディング)は、企業のミッションやパーパスを具現化し、社内外に発表してステークホルダーの信頼を得る手段として発達してきた分野で、ESGや人的資本経営とも相性がよい分野です。コンプライアンスが苦手としてきた対外的なアピールを効果的に行うためには、ブランド戦略との結びつきが有効な打ち手となります」(三浦弁護士)。

従来のコンプライアンス部門だけでは難しい新たなコンプライアンスの追求をサポート

コンプライアンスはいま、大きな転換期にある。従来のコンプライアンスは、法的なバックグラウンドを持った弁護士などが中心となり、各企業にルールを提示し、各企業はそれを自社にインストールしていくというものだったが、ここ数年で、各企業がその目的達成のための課題を自ら設定し、その解決のために適切にリソースを配分して最大の効果を得るという戦略的な取り組みに急速に変わりつつある。こうした変化に対処するには、コンプライアンス部門への新たなマインドセットだけでなく、社内の他部署への積極的な越境とコラボレーション、時には他社の担当者や法律以外の分野の専門家と知恵を出し合う柔軟性が不可欠だ。同時に、法律事務所にとっても、今後は先例にとらわれない革新的で多様なサービスが求められる時代になっていくと三浦弁護士は指摘する。
「当事務所には、出身国(地域)やジェンダーはもちろんのこと、大企業からベンチャー企業、検察官経験者をはじめとする行政機関の勤務経験を持った弁護士まで、多様なバックグラウンドを持った人材が在籍しています。私は一般社団法人日本ブランド経営学会所属のブランディングの研究者として、“ブランド戦略としてのコンプライアンス”について研究をしていますが、そんな“異端”ともいえる弁護士にも本冊子で話すチャンスを与えてくれるような懐の深さがあります。
また、このような多様なメンバーが積極的に協力し合って新しい課題に挑戦するチームワークの強さも、当事務所の強みの一つです。当事務所には現在、数十を超えるプラクティスグループ・サブグループがありますが、その中には若手弁護士同士が自主的に声をかけ合い、自然発生的に作られたものも少なくありません。
そして、これらの多様な人材を受け入れる懐の深さとチームワークが、革新性を生み出すことにもつながっています。最近の例で言えば、2023年6月現在、所内ではChatGPTに代表される生成AIなどを活用し、不正調査業務のネックとなる膨大な議事録作成作業を軽減し、調査費用の圧縮と生産性の向上に役立てることができないかといった研究も行われています。
最後に、私が個人として最も大切にしていることは、“自らが体現者・実践者であること”です。例えば、“これからのコンプライアンスは他分野の知見を取り入れることが必要”と主張するだけでなく、実際にブランド論という他分野の人々とつながり、彼らとともに“ブランド戦略としてのコンプライアンス”の考え方を研究しています。また、“社内に閉じこもってばかりいないで他社の人々と積極的に交流して知見を深めるべき”と言うだけではなく、2019年からさまざまな企業の担当者を集めて実務上の課題について知恵を出し合う私的な勉強会を運営しており、参加企業は100社を超えました。
“コンプライアンスがよい組織を作るための前向きな活動だ”と言うのであれば、こうした企業の活動を後押しする私たち法律事務所も前向きでよい組織でなければ説得力がありません。新たなコンプライアンスが目指す、“誰もが正々堂々と胸を張って働ける社会”を個人レベル、組織レベルで実践・体現しながらクライアント企業とともに課題解決に臨む姿勢こそが、当事務所の最大の特徴であり、強みだと私は感じています」(三浦弁護士)。

三浦 悠佑 弁護士


→『LAWYERS GUIDE 企業がえらぶ、法務重要課題』を 「まとめて読む」
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三浦 悠佑

弁護士
Yusuke Miura

02年一橋大学商学部商学科卒業。06年弁護士登録(第一東京弁護士)。06年10月~13年9月隼あすか法律事務所。13年渥美坂井法律事務所・外国法共同事業入所。17年同事務所パートナー就任。競争法・下請法、腐敗防止案件に精通し、大手国際海運企業への出向時には独禁法・下請法コンプライアンスや法務機能の強化プロジェクトに従事。「コンプライアンス×ブランディング」の牽引役として、コンプライアンスによる企業の非財務価値向上に挑戦している。一般社団法人日本ブランド経営学会監事。

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