M&Aは、各管理・事業部門のナレッジを総動員して相手方や社内外のステークホルダーと立ち向かう点において“総合格闘技”にたとえられ、かたや、新たな市場価値や社会変革を生み育てるスタートとなる点に着目して“結婚”とも評される。長島・大野・常松法律事務所のM&Aプラクティスチームは、カーブアウトM&A、スタートアップ投資などプレーヤーの立場やスキームが変則的になりがちな昨今話題の取引類型を顧客企業が攻略する上で、鮮度の高いM&A実務・法令の知見を提供する大変頼もしいアドバイザーだ。
相対型と入札型の一長一短 出資比率の高低に応じた一進一退
「買主が一社のみで売主と相対する場合と、複数候補者による入札では、実務の進め方や交渉ポイントが大きく変わります」(松本渉弁護士)。
M&A成功のためには対象会社の“中身”もさることながら、買主側の内訳をはじめとする外的条件に順応できる柔軟さも大きな決め手となる。
「入札による場合、法務の作業だけを捉えても、事前に候補者の数だけ応札前にNDAを締結する点で相当な時間・労力がかかりますし、複数社に絞った段階でも、譲渡契約のレビューにかかる負荷は相対を確実に上回り、その分コストもかかります。売却額の適正性について株主その他の利害関係人から説明責任を問われるような取引では入札にこだわることに意味がある反面、非上場会社や取引規模の小さい案件であれば、スムーズな流れやコスト面を重視して最初から相対を選択するケースも多いです」(松本弁護士、大石貴大弁護士)。
「米国のM&Aマーケットでは、売手優位の時代が長く続いたことを背景に、やはり入札が主流ですね。なお、厳密な入札手続でなくとも、落札先は事実上決まっている場合も、複数社から購入希望価格を提示させて入札の体裁を整えることも多い印象です。一方、国内M&Aにおいても、これと類似のプロセスによる形式的な入札競争は少なからず行われています」(逵本麻佑子弁護士)。
“いくらで売ったか”が量的結果であれば、“どのように売ったか”—すなわち、取引後の経営への関与にかかる条件は、譲渡契約の質を担保する。
「譲渡後も売主がマイノリティの株主として残る場合も少なくありませんが、その場合の出資比率については、対象会社との取引や人的・資本関係の継続を所望して売主側にて株式を1~2割程度残すケースから、新規事業の創出・展開を期待して折半出資に近いJV型とするケースまで多くの選択肢があります。そして、出資比率の多寡に応じて、株主間契約(協定)に規定する役員派遣の割合や少数株主の事前承諾を要する経営上の重要事項の範囲を組み替えることとなります。さらに、“当初の出資比率をどの時点まで維持するのか”、つまり売主側のEXIT(株式売却)のタイミングなども考慮対象となり、その考え方や契約の作り方は千差万別です」(松本弁護士)。
「一般的に、少数株主の出資比率が少ないほど株主間契約はシンプルになる傾向にあり、例えば10%程度の出資比率の場合には、ドラッグ・アロング(大株主による第三者への売却時に少数株主の保有株式を強制売却させる権利)やタグ・アロング(大株主による第三者への売却時に、少数株主の保有株式も当該第三者に買い取らせるよう大株主に請求する権利)条項等のみの薄い契約となることもありますが、いずれにせよEXIT戦略その他案件固有の事情を踏まえた丁寧なレビューが必要です」(大石弁護士)。
双方の関係深化のため重要性が高まるカーブアウトでの売主側DD
「カーブアウト案件では、いわゆるスタンドアローン・イシューへの対応が重要となりますが、そうした観点からも、買主側ではなく、“売主側”で実施するDDには、大きなメリットがあります。典型的には、売主側のグループ各社で使用するITシステムや、対象会社(事業)に所属する従業員にも適用されている企業年金・保険などの共通機能を、譲渡後にそのまま自立的に運用することが難しい、あるいは、対象会社(事業)の工場やバックオフィス機能について売主グループのその他の会社から提供を受けているといった課題を早めに抽出・提示し、買主側の機能と統合することを含めて十分に対策を協議する余裕を生むことができます。売主側DDを実施しないことをもって同社の取締役がただちに善管注意義務違反を問われるというわけではありませんが、これらの課題は、最終的には情報を多く持っている売主側で十分な検討を行い、解決策を検討・提示することが不可欠となりますので、タイトなスケジュールでカーブアウト案件をスムーズに進めるためには、売主側DDで前もって検討を進めておくのが有効といえます」(大石弁護士)。
「スタンドアローン・イシューを典型として、カーブアウト案件では、売主と買主が共同で法的課題を乗り越えるという側面も強いため、切り出される事業と残存事業の間でオーバーラップする部分を早期に検知し、最適な切り出し方を共に見極めていくことが、ディールを円滑に進めて成功に導くカギとなります」(松本弁護士、逵本弁護士)。
切り出される会社(事業)も直前までは売主の身体の一部。カーブアウトを機に、売主の事業の収益源である知的財産にメスを入れるのであれば、取扱いはことのほか慎重を期さねばならない。
「特許権をはじめ売主保有の知的財産権のカバーする範囲を整理し、譲渡の可否や、ライセンス・クロスライセンスの状況を把握した上で、対象会社との間でライセンス関係を組み直すことは、製造業など知的財産権の比重が大きい業種では、ディールの“肝”となる部分でしょう」(松本弁護士)。
「製造業のみならず、特に金融や製薬業界といった規制業種との関連では、許認可の再取得の要否も挙げられます。取得者の地位をそのまま移転(承継)できるか否かの判断は、案件や許認可の種別ごとに欠かせませんし、カーブアウトの成否に影響するポイントとなるでしょう」(大石弁護士)。
会社分割や事業譲渡による事業の切り出しを伴うカーブアウトでは、個別の資産負債や権利義務の承継を必要としない株式譲渡と比べて地位移転を確保するために検討すべき課題は多い。対象事業が複数国にまたがる場合は、許認可の再取得にかかるコストやリスク分析を踏まえて、取引のストラクチャーを見直す場面もありうると松本弁護士は注意喚起する。
競争法規制の壁を越えるジョイント・コントロール(共同支配権) 解釈の東西
企業結合にかかる競争当局への届出基準のフレームや規制に横たわる思想は、規制国や法域によって大きく異なるものではない。しかし、売主側の経営権(出資)を一定程度残す形で買主側と合弁会社を組成する形態のM&Aでは、海外規制の張る網が思わぬネックとなりがちだ。
「対象会社および買主側の売上規模が届出要否の判断の出発点となることはご承知のとおりですが、取引実行後に共同出資となる場合、“両当事者が当該JVにジョイント・コントロール(共同支配権)を有している”と認められ、出資者同士による企業結合の場合と同様に、売主側の(対象会社を含む)グループ全体の売上規模を届出要否の評価対象に含める法域が一定数存在することには注意が必要です。大抵の場合、売主グループの売上規模は対象会社のそれをはるかに上回ることから、例えば、国内企業同士のM&Aであっても、無関係な第三国の届出要件を満たしてしまうという事態も考えられます。例えば、共同支配権の概念を持つEUでは提出資料の範囲や審査の深度も異なるため、特に注意する必要があります」(松本弁護士)。
単に外形的な出資比率だけでは計られない共同支配権の判定現場。両当事者が相手任せにせず、ディール全体の中で届出実務の占める時間を予測して対応に当たることが不可欠だ。
「たとえ出資比率が10~15%と低い場合でも、株主間契約において一定の重要事項に実質的な決定権(拒否権)を有していると判断されれば共同支配権が認定されるおそれがあります。“どの条項をどう規定すれば共同支配権の認定に影響しうるのか”を見越して、契約交渉や競争法ファイリングの準備を進めていただきたいと思います」(大石弁護士)。
規制対応の要否はM&A契約の条項や交渉にも影響する。松本弁護士が具体例を挙げて補足する。
「独禁法規制をはじめ許認可の取得の可否がネックとなる取引の場合、売主側としては、いわゆるヘル・オア・ハイウォーター条項(クリアランス取得のため買主側にあらゆる経営施策の実施を義務付ける規定:HOHW)など強めのドラフトを提示して交渉するということも増えてきました。ただ、HOHWのような強硬策を貫けば買主候補を狭めることにもなりかねませんので、代案としてのリバース・ブレークアップフィーの取り決めなど選択肢の幅を持たせた戦略的な判断・議論を経て、譲渡契約の着地点を見出す必要があります」(松本弁護士)。
表明保証保険の普及と活用
英語圏のM&A契約において表明保証保険が産声を上げて約10年。日本語版の保険商品が登場しはじめ、日本企業のM&A市場に急速に普及が進んでいる。
「とりわけ欧米など先進国におけるクロスボーダーM&Aでは、表明保証保険の利用が標準となった感があります。国内案件も含めて、特にPEファンドが売主となる場合にはクロージング後すみやかに投資家に資金を分配する要請が高いことから表明保証保険のニーズは高いですし、事業会社同士の取引でも利用は増えています。表明保証違反に対する補償について、同保険の適用を前提とする流れは、今後珍しくなくなると予想します」(大石弁護士)。
チーム力と経験でサポート
最終契約の期限ギリギリまでのせめぎ合いと行き交う大量の書面。そして、首を縦に振らせるべき相手は、パートナー(買主)だけではない。
「カーブアウト案件は特に契約書面の数が膨らみがちであり、付随契約が数十本にのぼるディールも経験しました。知財、労働、コーポレート、関連法域ごとの法規制など、各専門分野からなるチームを編成して短期間でまとめ上げていく力は、当事務所は随一のものと自負しています」(松本弁護士、大石弁護士)。
「例えば海外に子会社を多く抱えるグローバル企業のカーブアウト案件で、現地の担当者しか情報を把握しておらず、当事務所の現地オフィスが全面的にフォローして契約にこぎ着けたことがあります。グローバルに事業を展開している大規模企業の場合、買主側との交渉と並んで社内調整にもリソースを大きく配分する必要があり、そうした組織の論理・機微に通じた当事務所が伴走できる点は大いにあると感じています」(逵本弁護士)。
ベンチャーとの協業の際の留意点
読者からの質問(ベンチャーとオープンイノベーションで協業する場合の注意点)
読者からの質問(米国のスタートアップ投資契約のひな形を日本案件にも活用すべきか)
他方、日本の公正取引委員会も大企業によるスタートアップに対する優越的地位の濫用的な取扱いには問題意識を持っています。現状の市況に照らしながら、両当事者の最適な均衡を達成できる内容で契約交渉を進めていただきたいと思います(松本弁護士、逵本弁護士)。
読者からの質問(クロスボーダーのスタートアップ投資で留意すべき点)
読者からの質問(事業会社によるスタートアップ投資で留意すべき具体例)
そのほか、事業会社によるスタートアップとの協業では、協業を積極的に仕掛ける能動的な“ピッチャー”と、ボールを受け止めイノベーション素材を社内の関連部署とつなぐ“キャッチャー”のいずれの立場も重要です。日本では、比較的後者の人材が育ちにくいことが難点ですが、両者の機能を担保するべく、会社全体で将来のニーズや問題意識を共有する姿勢を育てていくことが重要だと思います(松本弁護士)。
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松本 渉
弁護士
Wataru Matsumoto
07年東京大学法学部卒業。09年東京大学法科大学院修了。10年弁護士登録。M&A案件を中心に企業法務全般を取り扱う。欧州ビジネススクールでのMBA履修、民間企業経営管理部への出向等を経て、ビジネスとリーガルが交錯する取引における助言を強みとする。欧州法律事務所での研修経験等を活かし、グローバルな案件に幅広い知見を有する。東京弁護士会所属。
逵本 麻佑子
弁護士
Mayuko Tsujimoto
08年京都大学法学部卒業。10年弁護士登録。16年Harvard Law School卒業(LL.M.)。16年8月~長島・大野・常松法律事務所ニューヨーク・オフィス。18年ニューヨーク州弁護士登録。日本企業による米国企業の買収等のクロスボーダー取引を中心として、日本および米国における企業法務全般について国内外のクライアントに幅広くアドバイスを提供している。第一東京弁護士会所属。
大石 貴大
弁護士
Takahiro Oishi
08年東京大学法学部卒業。10年東京大学法科大学院修了。11年弁護士登録。18年Columbia Law School卒業(LL.M., Harlan Fiske Stone Scholar)。18~19年Ashurst(ロンドン)勤務。国内外の上場・非上場企業の買収、経営統合、組織再編、ジョイントベンチャー、資本業務提携、スタートアップ投資を中心として、企業法務全般にわたりリーガルサービスを提供している。第一東京弁護士会所属。