【M&A】近時のM&A取引の基本的特徴と最新動向のポイント整理 - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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事業価値を高める手法としてのカーブアウト 企業の管理部門とも連携したM&Aサポート

森・濱田松本法律事務所の大阪オフィスには、地元・関西企業を中心として、カーブアウトM&Aの相談案件が近年絶え間なく続いている。

「当オフィスの顧客企業は、立地の特性から製造業をはじめとする事業会社の占める割合が高く、ここ数年のニーズ変化に応じた事業ポートフォリオの見直しに伴うご相談が増えており、案件の性質に応じて事業譲渡や会社分割に代表される多様なカーブアウト再編の選択肢を提示・助言しています」(林宏和弁護士)。

カーブアウト案件はいずれも、“売却して完結する”という単純・単発のものではなく、対象会社(事業)が自立するまで売主に一定の関与を求める“スタンドアローン・イシュー”の要素を含む。

「例えば、管理・間接部門を含まずに対象事業を切り出す場合、売主側の人員を一定期間出向させて手当てしたり、売主に必要な業務を委託したりするなど、カーブアウトを選択したことによる時間的メリットを削がないM&A完了後の体制を慎重に吟味・交渉する必要があります。また、“カーブアウト事業に将来性を見出した新会社(買主)の下でこそ成長を期待されている”ということを対象会社の従業員に説明して、モチベーションを維持してもらうためのサポートも重要です。カーブアウト案件では、各社の法務や財務はもちろん、経営企画から人事、知財などの管理部門や事業部門とも円滑なコミュニケーションをとり、常に先回りしながら案件をリードすることが重要になります。ですので、私たちは大阪に根を張り、常日頃から顧客企業の各部門との緊密なコミュニケーションを心がけています」(林弁護士)。

林 宏和 弁護士

DD対応や買収価格の調整に十分な配慮を要すクロスボーダー案件

近時は国内だけではなくクロスボーダーのカーブアウト案件も増加しているという。

「当事務所は、アジアおよびASEAN諸国に自前の拠点を持ち、今般、米国(ニューヨーク)にも新たに拠点を設置します。渉外法務の黎明期からクロスボーダー案件に携わることで培われた海外ネットワークと、海外での留学・勤務経験の深い弁護士が同案件に携わることにより、これらを組み合わせたベストサポートを実現できるものと自負しています」(林弁護士)。

クロスボーダーのカーブアウト案件では、特に調整・配慮すべき内容が複雑化する。手続上の要点について喜多野恭夫弁護士が分かりやすく説明する。

「第一に、海外子会社が売却対象になる場合、対象会社に対するDDの実施にあたって対象会社の役職員の協力を獲得することが重要です。一般的な方策として、DDを担当する対象会社の従業員との間でDD報酬契約を締結して追加報酬を支払うことや、対象会社の経営陣との間でインセンティブ契約を締結してディール成功時の報酬を定めることもあります。ただ、売主の立場としては、当該報酬の支払原資が対象会社の資金である場合は売却額に負の影響を与えることに注意が必要です。また、例えば米国では一定額以上のインセンティブ報酬の損金算入が税法上制限される場合があるなど特殊な規制もあるため、現地弁護士とも確認しつつ手続を進めることが肝要といえます。
次に、買収額算定にかかる価格調整条項についてです。一般的には、両当事者間で設定した基準日をベースとして買収額を固定し、基準日以降の事情は原則として買収額には反映しない売主優位とされる欧州型のLocked Box方式や、譲渡契約の締結からクロージングまでの間に生じた財務状況の変更などによる差額を契約締結時に合意した暫定買収額から調整・精算する米国型のCompletion Accounts方式などが主流ですが、これらを広く参考としつつ、買主の所在国や対象会社の特性に応じて買主と交渉しながら、売主側のプロテクションを図ることが求められます。
その他、入札などの局面で、最初に売主から契約書案を提示できる場合は、買主による表明保証保険の購入(加入)を前提として売主側の補償責任を限定することもあります。また、売主・買主間での企業価値評価の前提に乖離がある場合などには、Earn Out条項を盛り込み、クロージング後に所定の財務目標を達成した場合に買主から追加の支払いを受けることなどをアドバイスすることがあります」(喜多野弁護士)。

喜多野 恭夫 弁護士

“Earn Out条項”と聞くと、業績の見通しが困難なベンチャー企業のM&A案件をイメージしがちだが、当事者は柔軟な発想をもって採用して差し支えない。

「例えば、対象会社の事業の将来性に関して当事者間で意見が分かれやすい製薬・創薬分野や、コロナ禍により業界全体の回復展望が見通しづらい業界の再編など、さまざまな業界のM&Aで積極的に活用できるものであり、必ずしも使用場面を限定すべきものと捉える必要はありません」(李政潤弁護士)。

注目される上場会社M&A プライベート・ディールにはない“市場の目”

プライベート・ディール(非公開企業の売買)を基本とするカーブアウトと対照的に、上場会社が対象となるM&Aについても、その最新動向が注目されている。

「現在、“公正な買収の在り方に関する研究会”での検討や、金融庁WGでの公開買付制度等の見直しに関する議論を踏まえて、上場会社が当事者となるM&Aをめぐるルールは大きな転換点を迎えています。さらに、M&Aに絡むアクティビスト等の活動も一層活発化し、特に非公開化案件ではより緻密な対応が必要になってきています」(李弁護士)。

“非公開化案件”というと、親子上場解消案件が典型的だ。コーポレートガバナンス・コード制定に端を発する上場企業のガバナンス改革の過程で、さまざまな観点から批判にさらされてきた親子上場。本年の東証による市場再編や上場企業へのPBR改善要請などを背景として、親子上場解消の流れは今後もさらに加速することが予想される。

「親子上場解消はTOB(株式公開買付け)を通じて行われることが多いのですが、当オフィスではこのような案件も得意としています。TOB案件ではテクニカルな実務対応が必要ですが、金商法を含む関連法令に精通したメンバーそれぞれが、ストラクチャリング、開示書類の作成、東証および財務局とのやり取りといった場面において、蓄積された経験知を活かしながらノウハウを還元できるものと考えています。また、親子上場解消案件のような利益相反性が問題になる類型の取引では、“公正なM&Aの在り方に関する指針”にて示された特別委員会の設置等の公正性担保措置の実施が重要になります。当オフィスでは、買収者側、対象会社側の双方での多くの経験に基づき、特別委員会の機能・運営に関する助言をはじめとして、既存の少数株主による価格決定申立てに代表される争訟リスクを見据えた対応を各当事者にアドバイスしています」(李弁護士)。

李 政潤 弁護士

「対象の上場子会社においては初動が極めて大事であり、アドバイザーの選任、特別委員会の設置から開示手続まで大変きめ細かな対応が必要とされます。株式非公開化の提案を受けてから無為に時間が徒過すれば、当該子会社の少数株主との争訟リスクが上がる危険もありますので、早い段階で適切なリーガル・アドバイスを得ることを念頭に行動いただきたいと思います」(林弁護士)。

スタートアップ投資をめぐる幅広いリーガル・リスクをカバー

“スタートアップ投資”といえば、歴代政権による知財戦略・経済活性化策の柱として既に種々の施策が展開されている最中であり、VCや、協業体制を通じて新領域・新技術に切り込みたい伝統的な事業会社まで、多くのプレーヤーから高い関心が寄せられている。締めくくりとして、林弁護士がスタートアップ投資の基本的特徴を整理するとともに、喜多野弁護士が最新動向と留意事項を指摘した。

「事業会社によるスタートアップ投資は、相手方の立場をある程度想像できる通常のM&Aとは異なり、スタートアップ(発行体)側と事業会社(投資者)側の立場の違いが鮮明に表れ、相互理解の難しさが案件完了の高い障壁となることがあります。この点、いずれかの代理経験に特化しがちな数多の法律事務所と比較し、両当事者の立場から豊富な案件を取り扱ってきた当事務所では、双方の隙間を埋めるアドバイスが可能であり、高い付加価値を提供できるものと考えます。特に当オフィスが所掌する関西圏では、大学など高等研究機関由来の高度なシーズ(技術力)を基に設立されたスタートアップが多く、それらを新規領域の創出・拡張を図る伝統的な事業会社とうまく結びつけ両者にとって実りの多い関係性を創出できるよう注力しています」(林弁護士)。

「冒頭でお話ししたとおり、当オフィスの顧客企業は製造業など事業会社が多く、その特性上、有望な技術を有する海外スタートアップへの(キャピタルゲイン目的ではなく)戦略的な出資案件を広くお手伝いしています。ただ、2022年から続く地政学リスクや金融市場の混乱など厳しい経済情勢を背景に、現地からの清算・撤退案件も増加傾向にあります。特に日本本社から海外スタートアップに取締役を派遣しているケースにおいて売却・清算を検討する場合には、創業株主(普通株主)との間の利益相反状況に注意する必要があります」(喜多野弁護士)。

読者からの質問(各国の独禁法(競争法)規制への対応)

Q 各国の独禁法(競争法)規制はすべてのM&Aに影響しうる重要テーマですが、特に問題となる点と、それにどのように取り組まれているかを教えてください。
A DD実施時の独禁法リスクの抽出、各国競争当局への届出、そしてガン・ジャンピング規制の順に説明します。
まず、DD実施時の対象会社の契約レビューでは、優越的地位の濫用等の不公正な取引方法への該当性を懸念する事例が少なからずあると感じます。また、会議体の議事録などにカルテルが疑われる記述が確認される場合もあり、M&A後に問題が顕在化して当局による制裁その他トラブルが発生することのないよう、チェックを心がけています。
次に、一定の行為類型および売上高を有する当事会社間のM&A(企業結合)は公正取引委員会をはじめとする競争当局への届出が義務づけられることはご承知のとおりですが、各国の定める届出要件の検討に始まり、M&Aの実行を控える待機期間(日本では30日間)の満了やクリアランス取得を見越して届出のタイミングやクロージングまでのスケジュールを策定することは、ディール自体の遅滞や破綻を避けるためにも経験知を発揮できるポイントとなります。
3点目のガン・ジャンピング規制は、一般に手続的な違反(届出義務違反や待機義務違反)と実体的な違反(競争上の機微情報の交換等)の二つに大別され、両者は交錯することもあります。当事会社のビジネス上の意向も踏まえつつ、クロージング前に進めても問題がない当事会社間のやり取りのルールを策定し、行為を選別する等、独禁法違反リスクを回避できる手続の進め方をいかに提示できるかが、当事務所の腕の見せ所と考えています(西本良輔弁護士)。

読者からの質問(競争当局への届出の要否)

Q 競争当局への届出を必要とするか否かについて、例えばJVを組成する場合であっても異なる結論になることがあります。具体例を交えて教えてください。
A 日本では、届出が必要なM&Aの行為類型および国内売上高要件が法令で明確化されています。例えば、当事会社がそれぞれ出資して新規にJVを組成する場合は届出を要しませんが、一方が新設分割した会社に他方が出資してJVを組成する場合には届出を要することがありうるなど、スキームの態様によっては結論が異なる可能性もありますので、案件ごとの検討が必要です(西本弁護士)。
海外競争当局への届出も要注意です。特に中国など一部の法域では、一方当事者の出資比率が低くても、当事者間の合意内容によってはJVに対する両当事者による共同支配が認められることがあります。そうすると、両当事者それぞれにおいて、最終親会社を頂点とするグループ単位での売上高や資産等の数値が届出基準を超えているかを判断する必要が生じる場合があります。さらに、この売上高や資産等の数値は、一般的にはJVの事業に関するものには限定されずグループ内の他事業に関するものも含まれます。そのため、当該JV自体が事業を行わない法域であっても、届出義務が生じる可能性があります。このように、海外競争当局の規制を確認することは欠かせません(李弁護士)。
実際、直近で私が売主側で対応したJV案件では、中国も含め30か国近くの海外規制を確認し、悩ましい数か国について買主側代理人と議論して届出の要否を判断した経験がありますので、各社におかれても、慎重なご確認と当事務所へのご相談を適宜検討ください(西本弁護士)。

西本 良輔 弁護士

→『LAWYERS GUIDE 企業がえらぶ、法務重要課題』を 「まとめて読む」
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所在地・連絡先
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【TEL】03-5220-1800(代表)
■大阪オフィス 
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【TEL】06-6377-9400(代表)

ウェブサイトhttps://www.mhmjapan.com/

林 宏和

弁護士
Hirokazu Hayashi

03年東京大学経済学部卒業。04年弁護士登録(第二東京弁護士会。現在大阪弁護士会所属)。09年ノースウェスタン大学ロースクール修了(LL.M.with honor)および同ビジネススクール修了(Certificate in Business Administration)。09~10年Jenner & Block法律事務所にて執務。10年カリフォルニア州弁護士登録。

李 政潤

弁護士
Seijun Lee

04年京都大学法学部卒業。06年京都大学法科大学院修了。07年弁護士登録(第二東京弁護士会。現在大阪弁護士会所属)。13年シカゴ大学ロースクール修了(LL.M.)。13~14年Jenner & Block法律事務所にて執務。14年ニューヨーク州弁護士登録。

西本 良輔

弁護士
Ryosuke Nishimoto

04年京都大学法学部卒業。07年弁護士登録(大阪弁護士会)。公正取引委員会事務総局審査局、メーカーにて各勤務。20年ビジネス・ブレークスルー大学大学院経営学研究科経営管理専攻修了(MBA)。23年公認不正検査士(CFE)認定。

喜多野 恭夫

弁護士
Takao Kitano

00年イェール大学卒業。外資系証券会社勤務を経て、10年東京大学法科大学院修了。11年弁護士登録(第一東京弁護士会。現在大阪弁護士会所属)。17年ハーバード大学ロースクール修了(LL.M.)。18年ニューヨーク州弁護士登録。

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