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はじめに

2025年6月4日、労働施策総合推進法注1等の一部を改正する法律が国会で成立し、労働施策総合推進法にカスハラ対策が盛り込まれることになった。
かかる改正労働施策総合推進法におけるカスハラ対策に関する規制部分が、今後「カスハラ対策法」として位置付けられることになる。
改正労働施策総合推進法のうちカスハラ対策にかかる規制は、2027年秋頃に施行されることが想定される注2

本稿においては、同施行に向けて、各企業が準備すべきカスハラ対策の実務対応について解説する。

改正労働施策総合推進法(カスハラ対策法)の規制概要

まず、改正労働施策総合推進法の規制概要について解説する。
改正労働施策総合推進法は、国、事業主、労働者および顧客に対しそれぞれ以下のような責務を課している。

【国の責務】

(1)厚生労働大臣は、事業主が講ずべき措置等に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針を定めなければならない(改正労働施策総合推進法334項。以下改正労働施策総合推進法を単に「法」という場合がある)。

(2)国は、労働者の就業環境を害する顧客等言動を行ってはならないことその他当該顧客等言動に起因する問題に対する事業主その他国民一般の関心と理解を深めるため、各事業分野の特性を踏まえつつ、広報活動、啓発活動その他の措置を講ずるように努めなければならない(法341項)

【事業主の責務】

(1)事業主は、職場において行われる顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者(以下「顧客等」という)の言動であって、諸般の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたもの(以下「カスハラ」という)により、労働者の就業環境が害されないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備、労働者の就業環境を害する当該顧客等言動への対応の実効性を確保するために必要なその抑止のための措置その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない(法331項)。

(2)事業主は、労働者が(1)の相談を行ったこと等を理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない(法33条2項)。

(3)事業主は、他の事業主から当該他の事業主が講ずる(1)の措置の実施に関し必要な協力を求められた場合には、これに応ずるように努めなければならない(法33条3項)。

(4)事業主は、カスハラに対する労働者の関心と理解を深めるとともに、従業員が取引先等の労働者に対する言動に必要な注意を払うよう研修の実施その他の必要な配慮をするほか、国の講ずる広報活動、啓発活動等の措置に協力するように努めなければならない(法34条2項)。

(5)事業主や役員も、自ら、カスハラ問題に対する関心と理解を深め、取引先等の労働者に対する言動に必要な注意を払うように努めなければならない(法34条3項)。

【労働者の責務】

労働者は、カスハラに対する関心と理解を深め、取引先等の労働者に対する言動に必要な注意を払うとともに、事業主の講ずるカスハラ防止措置に協力するように努めなければならない(法344項)。

【顧客等の責務】

顧客等は、カスハラに対する関心と理解を深め労働者に対する言動が当該労働者の就業環境を害することのないよう、必要な注意を払うように努めなければならない(法34条5項)注3

 

改正労働施策総合推進法(カスハラ対策法)の施行に向けた実務対応

以下では、上述した改正労働施策総合推進法(カスハラ対策法)の規制内容を踏まえ、同法の施行に向けて、各企業が準備すべき実務対応について解説する。

カスハラにより就業環境が害されないようにするための雇用管理上の措置

改正労働施策総合推進法331項により、事業主は、カスハラにより就業環境が害されないよう、雇用管理上必要な措置を講じなければならないとされる。
同規定に基づいて事業主が講ずべき措置に関しては、法334項により、厚生労働大臣が施行日までに指針を定めることが予定されており、各企業としては、施行日までに、施行日前に公表されることが想定される指針案を参照しながら、同指針に従った措置内容を定めることが要請される。
厚生労働大臣が定める指針(以下「指針」という)が具体的にどのような内容となるかについては、指針の公表を待たざるを得ないが、指針においては、

(1)事業主のカスハラに対する方針の明確化およびその周知・啓発

(2)カスハラに関する従業員からの相談に適切に対応できる体制の整備

(3)カスハラ発生時に迅速かつ適切に対応できる体制の整備

等の措置が各企業に要請されることが想定される。

以下では、指針において、(1)~(3)のような措置が要請された場合に備え、各企業としては、具体的にどのような対策を講じることを想定しておくべきかを検討する。

(1) 事業主のカスハラに対する方針の明確化およびその周知・啓発

各企業としては、自社におけるカスハラに対する基本方針を定め、同基本方針を従業員のみならず取引先や顧客等に向けて公表することが考えられる。
これにより、当該企業がカスハラに対して毅然として対応する姿勢が社内外に明らかとなり、カスハラによる就業環境侵害の抑止が期待できることになる。
カスハラに対する基本方針については、既に多くの企業が公表している状況にある。
公表されている基本方針においては、

・ どのような行為をカスハラと捉えているか(カスハラの定義)

・ カスハラを許容せず毅然と対応する旨の基本姿勢の宣言(基本姿勢の宣言)

・ 不当な謝罪や過剰サービス等の要求には応じない

といったカスハラに対する基本的な対応方針(基本的な対応方針)などが盛り込まれていることが多い。

カスハラに対する基本方針の策定が未了の企業においては、他社事例等を参考としながら、自社に即した基本方針を策定し、社内外に公表することが考えられる。

(2) カスハラに関する従業員からの相談に適切に対応できる体制の整備

各企業としては、カスハラに関し、従業員からの相談に対し、その内容や状況に応じ適切かつ柔軟に対応するため、社内の相談先をあらかじめ定め、これを従業員に周知することが考えられる。

(3) カスハラ発生時に迅速かつ適切に対応できるための整備

カスハラ発生時に迅速かつ適切に対応できるよう、個別具体的なカスハラに対して、どのように対応するかや、判断に迷った場合の社内の相談フローを取り決めたカスハラ対応マニュアルを策定し、これを社内で周知することが考えられる。
このような対応マニュアルを定めない場合、従業員としては、カスハラについて、常に参考にできるマニュアルや相談先がないままに個別具体的な判断を求められることになり、顧客や取引先との関係を過度に憂慮するなどして、迅速かつ適切な判断ができず、不当なカスハラに応じざるを得なくなることが想定される。
他方、上記のようなカスハラ対応マニュアルを定めておいた場合、従業員としては、顧客や取引先の不当な要求に対し、マニュアルに従って判断できること、仮に判断に迷った場合でも相談フローに従って迅速に社内の然るべき部署に相談をして指示を受けることができるため、迅速かつ適切な対応を取りやすくなり、カスハラによる就業環境侵害の抑止効果が期待できる。
カスハラに対する対応マニュアルについては、各企業においても、社内用として策定され、公表まではなされていないものが多く、他社事例を参考にすることは難しい面がある。
もっとも、カスハラに対する対応マニュアルについては、厚労省が各企業共通のものとして「カスハラ対策企業マニュアル」を公表しているほか、業種別のマニュアルとして、「業種別カスタマーハラスメント対策企業マニュアル(スーパーマーケット編)」を公表しており、これらを参考としながら、自社に即したマニュアルを策定することが考えられる。

不利益取扱いの禁止

332項は、カスハラについて相談を行ったり、カスハラ相談対応について事実を述べたりしたことについて、不利益な取扱いを行うことを禁止している。
各企業としては、法332項を遵守するため、社内規則において、従業員がカスハラについて相談したことや、カスハラ相談対応について事実を述べたこと等を理由として、解雇その他不利益な取扱いを行ってはならない旨を定め、従業員に周知・啓発することが求められる。

他企業によるカスハラ対策の協力要請に応じる努力義務

333項は、事業主は、他企業からカスハラ対策の協力要請を受けた場合、これに応じるよう努めなければならない旨を規定している。
これを受けて、各企業としては、取引先企業等から、自社の役職員によるカスハラについての相談や協力要請を受けた場合を想定して、これらの相談や協力要請に迅速かつ適切に対処できる体制を整備しておくことが考えられる。

従業員に対するカスハラ研修等の実施と国が行う啓発活動への協力に関する努力義務

342項は、事業主は、雇用する従業員が、カスハラの理解を深め、カスハラに関して必要な注意を払えるよう、研修の実施その他必要な配慮をするほか、国が行うカスハラに関する啓発活動等に協力するよう努めなければならないと規定している。
これを受けて、各企業としては、カスハラに関する従業員研修を実施することが考えられる。また、国によるカスハラに関する啓発活動や広報活動等の動向を確認し、国が講ずるカスハラに関する措置に必要な協力ができる体制を整えておくことが考えられる。

事業主や役員におけるカスハラに対する理解深化の努力義務

343項は、事業主や役員は、自らカスハラに対する理解を深め、カスハラに必要な注意を払えるよう努めなければならないと規定している。
これを受けて各企業としては、カスハラに関する役員研修を実施することなどが考えられる。 

最後に

改正労働施策総合推進法(カスハラ対策法)が施行されれば、各企業には法令上カスハラ対策が義務付けられることになる。
しかしながら、カスハラ対策については、2020115日に、厚労省が「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」を公表し、その「7」において「顧客等からの著しい迷惑行為に関し行うことが望ましい取組の内容」を定め、顧客等からの著しい迷惑行為についての相談に応じ適切に対応するための措置や、被害者への配慮のための取組み、被害を防止するための取組みとしてのマニュアルの作成や研修の実施などを望ましい取組みとして求めており、カスハラが横行しやすいBtoC企業を中心に、既に必要なカスハラ対策の取組みが実施されている。
また、東京都においては、改正労働施策総合推進法(カスハラ対策法)に先行して、2024104日に東京都カスタマーハラスメント防止条例が成立し、202541日に施行されており、各企業において条例に従ったカスハラ対策が進められている状況にある。
かかる状況において、改正労働施策総合推進法(カスハラ対策法)の施行の前後を問わず、企業がカスハラ対策を漫然と怠った場合、労働契約上の安全配慮義務や職場環境調整義務違反を構成し、場合によっては、従業員に対する損害賠償義務を発生させることも想定される。それだけでなく、既に多くの企業が積極的にカスハラ対策に取り組んでいる昨今の状況等を踏まえれば、カスハラ対策を漫然と怠れば、企業の社会的信用やブランドに傷がつき、ひいては、人材流出や人材確保等にも悪影響を及ぼすことになりかねない。
これらの点を踏まえれば、各企業においては、改正労働施策総合推進法の施行を待たずして、各企業の特性に即したカスハラ対策の取組みを積極的に進めていくことが望ましい。

→この連載を「まとめて読む」

[注]
  1. 正式名称は、労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律である。[]
  2. 同改正法は、2025年6月11日に公布され、公布から1年6か月以内に施行されることとなっており、2027年秋ごろに施行されることが想定される。[]
  3. 2020年1月15日に厚労省が公表した「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」においては、カスハラを引き起こす張本人となる顧客の責務については言及されていないことへの批判もあったが、2024年10月4日に成立した東京都カスタマーハラスメント防止条例や2025年6月4日に成立した改正労働施策総合推進法(カスハラ対策法)では、顧客の責務が規定されるに至った。[]

辻井 康平

弁護士法人御堂筋法律事務所 名古屋事務所 パートナー弁護士

2003年同志社大学大学院法学研究科前期博士課程修了(公法学専攻)。2005年弁護士登録、弁護士法人御堂筋法律事務所入所。2014年弁護士法人御堂筋法律事務所パートナー(現任)。独占禁止法違反対応・景品表示法違反対応・不正競争防止法違反対応・法人関係刑事事件対応等の企業不祥事対応、訴訟紛争対応、環境法対応を得意分野とする。

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