令和5年施行改正特定商取引法の概要と実務対応 - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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はじめに

訪問販売、通信販売等の一定の取引類型について、消費者保護の観点から、主として事業者に対する規制を設けている「特定商取引に関する法律」(昭和51年6月4日法律第57号。以下、「特定商取引法」という)につき、これを改正する法案が令和3年第204回国会において可決成立し、公布された注1(以下、「令和3年改正」あるいは「本改正」という)。
本稿掲載時点(2023年10月時点)においては既に令和3年改正における改正事項のすべてが施行済みであるが、本稿では、同改正の全体像について概要を示したうえで、現時点で改正対応に取り組んでおられる事業者が多いと思われる令和5年6月1日施行の改正項目である「事業者が交付すべき書面の電子化」について特筆して取り上げることとする。

令和3年改正の概要

令和3年改正における主要改正項目の概要とその施行日は以下の図表1とおりである。
昨今のインターネット社会の発達、およびインターネット販売を前提としたビジネスモデルの普遍化に鑑みると、社会への影響が大きい改正項目は、適用対象事業者数の多さの観点から「通信販売における詐欺的商法への対策」といえる。
また、適用対象事業者の種類の多さの観点からは、その適用対象事業者が通信販売を除くすべての特定商取引(特定商取引法1条)を営む事業者であるという点で、「クーリング・オフ通知の電子化」および「事業者が交付すべき書面の電子化」も、影響が大きい改正項目であろう。

図表1 令和3年改正における主要改正項目の概要等

改正項目

内容

施行日

送りつけ商法への対策

販売業者が一方的に送りつけた商品について販売業者の返還請求権を否定することの明文化

令和3年7月6日

通信販売における詐欺的商法への対策

① 定期購入でないと誤認させる表示等の直罰化

② 申込みの取消制度の創設

③ 広告表示義務の拡充

④ 契約解除の妨害行為の禁止

令和4年6月1日

クーリング・オフ通知の電子化

電磁的方法によるクーリング・オフ通知の許容

外国執行当局の情報提供制度等

一定の要件充足による日本の行政当局の外国執行当局に対する情報提供の許容

事業者が交付すべき書面の電子化

事業者が消費者に交付すべき法定書面の電磁的方法による交付の許容

令和5年6月1日

事業者が交付すべき書面の電子化

改正内容

特定商取引法に基づく法定書面交付義務注2については、令和3年改正前においては、たとえ消費者の承諾があったとしてもPDFファイルをメールで送信する方法や消費者にPDFファイルをダウンロードさせる方法などによる書面交付が認められなかった。この点につき、本改正によって、紙面での交付を原則としつつも、一定の手続要件を充足し消費者の承諾を得た場合に限って、交付書面記載事項を電磁的方法により提供することが可能となった。
なお、「事業者が交付すべき書面の電子化」の施行期日が他の令和3年改正における改正項目より後の時期とされたのは、電子化対応の推進がデジタル社会における消費者の利益と事業者の便宜の観点から望ましいものである一方、デジタルディバイド(IT化の推進の恩恵を受ける人とそうでない人の間に生じる格差をいう)の観点も踏まえ、書面交付義務が持つ消費者保護機能が損なわれないように配慮する必要があると考えられ、書面交付の電子化に関する消費者の承諾の要件について慎重な検討を要するとされたことが理由となっているようである。

手続の概要

書面の電子化に伴う手続については、特定商取引の類型ごとに同種の規律が定められているが、重複を避けるため、以下では訪問販売を例に説明するものとする。
各手続を大きく時系列に沿って分けると、以下のとおりとなる。

① 消費者への提示事項

② 事業者の説明義務

③ 適合性確認

④ 消費者の承諾

⑤ 承諾を得たことを証する書面の交付

⑥ 書面の交付に代わる電磁的記録の提供

⑦ 申込者が指定する第三者への電子メールの送信

各手続の詳細は特定商取引法施行令(以下、「令」という)および特定商取引法施行規則(以下、「規則」という)に委任されており、複雑な階層構造となっていることから、時系列に沿って各段階における規制内容および留意点を説明する。
なお、令和3年改正の附帯決議注3を受けて消費者庁に設置された「特定商取引法等の契約書面等の電子化に関する検討会」は、電子化対応を行う際の手続を、概要、以下の図表2とすることで報告した注4ところ、改正内容は、これを踏襲したものとなっている。

図表2 電子化対応を行う場合の手続の流れ

出典:特定商取引法等の契約書面等の電子化に関する検討会「報告書」(令和4年10月6日)5頁をもとに作成

手続の各段階における留意点

(1) 事業者の提示事項

事業者は、消費者から書面に代わる電磁的記録送付の承諾に関する申込みを受けた場合、消費者に対し、電磁的記録の送付に関する電磁的方法の種類および内容を示す必要がある(令4条1項)。
特定商取引法上認められており、かつ、消費者に提示すべき電磁的方法は

・ 電子メールで送信する方法

・ 消費者がファイルをダウンロードする方法注5

・ ファイルが記録された媒体を交付する方法

のいずれかによることとされている(規則9条1号、8条1項各号)。また、ファイル記録方式(規則9条2号)も示す必要がある。
消費者に書面交付義務の対象となる書面の法定記載事項を示したウェブサイトを閲覧させる方法は、書面交付に代わる電磁的記録の提供とは認められないことに注意が必要である注6

(2) 事業者の説明義務

事業者が消費者に対して説明しなければならない事項(規則10条1項各号)は、以下のとおりである。この説明に際しては平易な表現を用いることが求められているため、留意が必要である(規則10条2項)。

① 電磁的記録送付の承諾を行わなければ書面の交付が行われること

② 電磁的記録により提供される事項は、特定商取引法上の書面交付義務がある書面における記載事項であり、契約内容等を示した重要なものであること

③ クーリング・オフの起算点について、電磁的記録が申込者の使用に係る電子計算機のファイルに記載された時点となること

④ 電磁的記録を閲覧することができる電子機器を日常的に使用しており、かつ、当該電子機器を自ら操作することができる者に限って、書面に代わる電磁的記録の送付を受けられること

なお、特定商取引法上、説明の具体的手段は限定されていない。このため、説明動画の提供による方法や説明文を電子機器の画面上で表示する方法による説明も認められると考えられている注7

(3) 適合性確認

事業者は、消費者が電磁的交付を受けることができる能力および環境を有することを、事業者のウェブサイト上などに必要事項を入力させる方法により確認する必要がある。
具体的な確認事項(規則10条3項各号関係)と留意点は、以下のとおりである。

① 消費者が電磁的方法により提供される事項を閲覧するために必要な操作を自ら行うことができ、かつ、当該閲覧のために必要な電子計算機(電子メールによる提供を行う場合はこれに加えて電子メールアドレスも)を日常的に使用していること

⇒ 【留意点】画面サイズ(4.5インチ以上)であることまで含めて確認する必要がある注8

② 消費者が閲覧のために必要な電子計算機に係るサイバーセキュリティを確保していること

⇒ 【留意点】消費者の通信を通じて、消費者の使用する機器のOSのバージョン等の情報を得る方法で、用いられるOS・アプリがサポート期間内であることを確認すれば、サイバーセキュリティが確保されていると判断できるものと考えられている注9

③ 消費者があらかじめ指定する者に対しても提供事項を電子メールにより送信することを求める意思の有無およびこの場合における当該者の電子メールアドレス

(4) 消費者の承諾

事業者は、消費者から、

・ 電子メールで送信を受ける方法

・ 事業者の電子計算機に備え付けられたファイルを消費者の閲覧の用に供したものにつき、これに承諾を記録する方法

・ 承諾する旨を記録したファイルが含まれている電子記録媒体の交付を受ける方法

のいずれかの方法によって、当該消費者の氏名および事業者の説明内容(前記(2)を参照)を理解した旨を記入させることによって、電磁的交付の承諾を得る必要がある(令4条1項、規則10条5項、11条1項)。

なお、消費者の氏名および事業者の説明内容を理解した旨の確認を行う措置として、事業者のウェブサイト上において

・ プルダウンリストから選択させる方法

・ チェックボックス、番号選択、「進む」ボタンなどにクリックさせる方法

をとることは消費者の承諾明確化措置として認められないと考えられており注10、消費者の真意による承諾が明らかになるよう、一定の入力をさせる等のしくみを構築しておくことが望ましいと考えられる。

(5) 承諾を得たことを証する書面の交付

事業者は、前記(4)の消費者の承諾を得た後、書面に代わる電磁的記録の提供を行うまでの間に、前記(4)の消費者の承諾を得たことを証する書面を消費者に交付しなければならない(規則10条7項)。
当該書面の具体的記載事項については、特定商取引法上は具体的に定められていないものの、消費者が何の契約に関し、書面の交付に代えて当該記載事項を具体的にどのような電磁的方法により提供を受けることについて承諾したのかを明らかにされた書面であればよいと考えられている注11
なお、当該書面の交付については到達主義と考えられており、消費者に到達したときに交付されたものと認められることに留意する必要がある注12

(6) 書面の交付に代わる電磁的記録の提供

前記(1)から(5)まで完了して初めて、法定書面の記載事項にかかる電磁的記録の提供が認められることとなる。
電磁的記録の具体的提供方法に関する制約(規則8条2項および3項関係)および留意点は以下のとおりである。

① 記載事項を消費者が明瞭に読むことができるように表示しなければならない。

⇒ 【留意点】書面を交付する場合と同様、表示基準を満たす必要があると考えられており注13、8ポイント以上の活字使用やクーリング・オフ条項の赤字表示などの点に留意する必要がある

② 消費者において記載事項が記録されているファイルを出力することによって書面を作成できるものである必要がある。

③ 記載事項につき、改変が行われていないことを確認することができる措置を講じる必要がある。

⇒ 【留意点】提供されたファイルのハッシュ値を用いることで改変が行われていないことを確認する方法などが考えられる注14

④ ファイルダウンロード形式による電磁的方法を採る場合、消費者に対して、ファイルのアップロード等を行ったことを通知する必要がある。

(7) 申込者が指定する第三者への電子メールの送信

前記(3)の適合性確認の際に、消費者から消費者が指定する者に対しても前記(6)における提供事項を電子メールによって送信することを求められた場合は、前記(6)における消費者への電磁的記録の提供と同時に、消費者が指定する者に対してもその電磁的記録を電子メールで送信する必要がある(規則10条6項)。

おわりに

以上が令和3年改正特定商取引法のうち、令和5年6月1日に施行された「事業者が交付すべき書面の電子化」についての概要と留意点となる。
以上からわかるとおり、書面交付に代えて電磁的記録を提供するに際しては、消費者における能力および環境と真意に基づく承諾があることを確実に担保するべく、複雑な手続が定められている。このことから、上記手続要件の充足のためにシステム改修等を行うコストに鑑みると、従来の書面交付対応で継続する事業者も一定程度存在するものと考えられるが、顧客数が多い事業形態である場合は、交付書面の電子化に対応できるようにしておくことで、一定の労力およびコスト削減につながることが期待されるだろう。

→この連載を「まとめて読む」

[注]
  1. 「消費者被害の防止及びその回復の促進を図るための特定商取引に関する法律等の一部を改正する法律」(令和3年6月16日法律第72号)による改正。[]
  2. 訪問販売における申込時書面(特定商取引法4条1項)や契約締結時書面(同法5条1項)、電話勧誘販売における申込時書面(同法18条1項)のほか、連鎖販売取引、特定継続的役務提供に係る取引など、通信販売以外の特定商取引ごとに定められている事業者の書面交付義務を指す。[]
  3. 参議院地方創生及び消費者問題に関する特別委員会「消費者の被害の防止及びその回復の促進を図るための特定商取引に関する法律等の一部を改正する法律案に対する附帯決議」(令和3年6月4日)[]
  4. 特定商取引法等の契約書面等の電子化に関する検討会「報告書」(令和4年10月6日)[]
  5. ファイルダウンロードをSNS上で行う場合についても、特商法施行規則8条1項1号ロに該当する限り認められるものと考えられている。消費者庁取引対策課「「特定商取引に関する法律施行令及び預託等取引に関する法律施行令の一部を改正する政令(案)」等に関する意見募集の結果等について」(令和5年2月1日付)別紙1(以下、「令和5年2月1日付パブコメ回答」という)4頁参照。[]
  6. 令和5年2月1日付パブコメ回答3頁。[]
  7. 令和5年2月1日付パブコメ回答12頁。[]
  8. 令和5年2月1日付パブコメ回答12頁。[]
  9. 令和5年2月1日付パブコメ回答12頁。[]
  10. 令和5年2月1日付パブコメ回答13頁。[]
  11. 令和5年2月1日付パブコメ回答14頁。[]
  12. 令和5年2月1日付パブコメ回答14頁。[]
  13. 令和5年2月1日付パブコメ回答5頁。[]
  14. 令和5年2月1日付パブコメ回答4頁。[]

田中 翼

弁護士法人御堂筋法律事務所(東京事務所) 弁護士

大阪府堺市出身。2017年北海道大学法学部中退(法科大学院への飛び級入学のため)。2019年京都大学法科大学院修了。2021年弁護士登録、同年弁護士法人御堂筋法律事務所(東京事務所)入所。一般企業法務全般を取り扱うほか、消費者法関連法務、労働関連法務、医療関係法務、訴訟・紛争解決を中心的に取り扱う。

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