研修企画を効率的に行うには
研修の企画は、とても骨の折れる仕事です。
「さあ、今日は研修の企画をするぞ!」とPCに向かったものの、どんな視点で何を検討すればいいのかわからず企画が進まないまま数時間が経過していた…という経験があるのは私だけではないはずです。
そんなとき、「手軽に使える研修企画の“型”のようなものがあれば…」と思ったことはありませんか?
“型”があれば、企画が苦手な自分でも、よい研修企画ができるのに。
“型”があれば、忙しい自分でももっと短い時間で研修を企画することができるのに。
“型”があれば、どんな視点で何を検討すべきか、チーム内で共有できるのに。
“型”があれば、ベテラン担当者が持つ研修企画スキルを、後進にわかりやすく伝えることができるのに。
質が高い研修を効率的に企画するには、研修企画の“型”がきっと役に立つはずです。
研修企画のフレームワーク
ところが、法務コンプライアンス研修の世界を見渡してみても、そのような“型”はほとんど見当たりません。研修企画の方法は人によってバラバラ。「研修企画は担当者個人の経験とセンスがモノをいう仕事だ」と感じている方も多いのではないでしょうか。
他方で、およそ世の中の“企画”というものがすべてそのような属人的なスキルで成り立っているかというと、そんなことはありません。たとえば、ブランド戦略の世界にはペルソナ分析、カスタマージャーニーといった“型”(フレーム)が無数に存在しており、これらを組み合わせたりアレンジしたりしながら企画を進めていきます。
法務コンプライアンス研修の企画に、このような手法を取り入れることはできないのでしょうか。ターゲットのペルソナ(人物像)を分析し、彼らの抱える課題を明らかにしたうえで適切なアプローチ方法を選択する…ブランド戦略の基本的な“型”の中には、研修企画にも応用できそうなものが数多くあります。
そこで、これらの“型”を研修企画用に組み合わせてアレンジしたのが、下記図表1のフレームワークです。このフレームワークは三つのパーツ、13のワークで構成されていますが、今回は紙面の都合上、全体像と各ワークの概要をお話していきたいと思います。
図表1 研修企画に役立つ“型”のフレームワーク
研修のコンテンツを考える
最初に取り組むのが、最も重要な研修コンテンツを考える真ん中のパーツ(ワーク①~⑦)です。各ワークの概要は図表2のとおりです。
図表2 研修のコンテンツを考える七つのワーク
ワーク①「3-WHYs」:組織・個人・法律の三つの視点で、コンプライアンスの究極目的を考えます。
ワーク②「二つのターゲットペルソナ」:表と裏、研修のターゲットについて考えます。
ワーク③「ターゲットのPain」:ターゲットにとって解決したい課題(Pain)は何かについて考えます。
ワーク④「ターゲットのGain」:研修の機能・情緒・自己実現の三つの便益(Gain)について考えます。
ワーク⑤「研修手法の選択」:PainをGainに変える、最適な研修手法を考えます。
ワーク⑥「研修の切り口」:法律知識か意識醸成など、研修の切り口を考えます。
ワーク⑦「Will Can Must」:現状の法務コンプライアンス部門の使命や能力について考えます。
研修企画において最も大切なことは「その研修は、何のために存在するのか?(WHY)」を明確にすることです(ワーク①)。このWHYは、たとえば「法律を守るため」では不十分です。なぜなら、法律を守ること自体は、企業や個人がその目的を達成するための過程・手段に過ぎないからです。WHYは、参加者に内発的動機を与え、積極的な行動を促すものでなければなりません。
WHYが定まったら、そのWHYを達成するための手段(HOW)を考えます。ここでは、ターゲットのペルソナを決め(ワーク②、彼らの課題(=Issue)と得られる価値を明らかにして(ワーク③、ワーク④)、その解決策を考えていきます(ワーク⑤、ワーク⑥、ワーク⑦)。
ここで重要なのは、「法務コンプライアンス研修は“法令研究発表会”ではなく、受講者が抱える課題を解決したり仕事の役に立って初めて意味が認められるものだ」という事実に向き合うことです。
研修の目次を考える
研修のコンテンツが決まったら、次は図表3に示す右側のパーツ(ワーク⑧~⑩)、すなわち、コンテンツを“伝える”順番(=研修の目次)を考えるワークです。
図表3 研修の目次を考える三つのワーク
ワーク⑧「WHY」:研修の趣旨や目的を伝えるパートです。ワーク①をもとに考えます。
ワーク⑨「HOW」:課題解決のための手段を伝えるパートです。ワーク②~⑥をもとに考えます。
ワーク⑩「WHAT」:法律やルールについて伝えるパートです。ワーク⑦をもとに考えます。
私の研修企画講座(「2時間で学ぶ、法務コンプライアンス研修企画の“型”」)では、「WHY→HOW→WHAT」の順番で“目次”を構成することを推奨しています。
まず、しっかりとワーク①で考え抜いたWHYを伝えることで、受講者に研修の“自分事化”を促します。
次いで、受講者にとって最大の関心事である、課題解決の手段としての「HOW」を伝えます。ワーク②~⑥を参考にしながら、「受講者が課題を解決するためにとるべき手段」という視点から研修の目次を考えていきます。ワーク②~⑥にしっかりと取り組めていれば、それほど難しくないはずです。
最後に伝えるのが、法律の解説「WHAT」です。社内研修の受講者の多くは、法律それ自体には興味はありません。一度興味を失った受講者を再び研修に集中させるのは至難の業。他方で、法務コンプライアンス部門にとって「伝えねばならないこと」の一つですので、最後に伝えます。
研修の“トンマナ”を考える
最後のパーツである左側は、研修の一貫性や統一性を保つためのルール、すなわち“トンマナ”を考える三つのワークで構成されています(図表4)。
図表4 研修のトンマナを考える三つのワーク
ワーク⑪「研修の擬人化」:研修を一人の人間に見立て、ワーク②と対比させながら性格や口調を決め、トンマナを考えていきます。
ワーク⑫「理想の感想文」:「こんな感想が出てくれば大成功!」と思えるような受講者からの感想文を考えます。
ワーク⑬「研修の紹介文」:研修の紹介文を考えます。
まず、研修を擬人化し、「ターゲットとなる受講者(ワーク②)に対してどんな想いでどんな声をかけるのか?」を考えます。これは、ブランディングでよく使われる手法で、これによってトンマナをより具体的にイメージするとともに、研修の“人格”と講師の人格とを分け、講師が変わっても適切なトンマナが維持できるようになります。
擬人化された研修が、「研修を終えた受講者にどんな反応をしてほしいのか」「その反応を引き出すために最初にどのような語りかけをするとよいか」を考えるのがワーク⑫、ワーク⑬です。このワークを通じて、研修における講師の語り口や立ち居ふるまいなどをより具体的にしていきます。
研修企画とコンプライアンス戦略
いかがだったでしょうか。
今回はフレームワークと各ワークの概要のみのご紹介でしたが、私が行っている「研修企画養成講座」では、受講者のみなさんに各ワークにじっくりと取り組んでいただき、実際に研修企画を行っていただくこととなります。
なお、このフレームワークは、研修企画だけでなく広く法務コンプライアンス戦略全般に応用が利くものになっていますので、研修企画を入口として組織の法務コンプライアンス戦略全般を見直すのにも役立ちます。
研修の企画は骨の折れる仕事ですが、このフレームワークを使うことで、“そこそこの企画”であればよりスピーディに、本腰を入れて取り組めば法務コンプライアンス戦略を見据えたより質の高い研修企画も可能になります。
典型的な仕事が次々とAIやRPAに置き換わる中、ブランドや戦略というクリエイティブな視点で研修を見直してみることも、法務コンプライアンスパーソンの新たな価値の発見に役立つのではないでしょうか。
三浦 悠佑
渥美坂井法律事務所・外国法共同事業 パートナー弁護士
日本ブランド経営学会 監事
2002年一橋大学商学部商学科卒業(ブランド論)。2006年弁護士登録。コンプライアンス違反事件の処理を歴任し、3年間出向した大手国際海運企業では独禁法・下請法コンプライアンスや法務機能の強化プロジェクトに従事。競争法・下請法、腐敗防止案件を中心に担当する傍ら、「コンプライアンス×ブランディング」の牽引役として、コンプライアンスによる企業の非財務価値向上に挑戦している。約100社が参加するコンプライアンス分野の情報交換ネットワーク“Re:houmu”主催。週刊エコノミスト「企業の法務担当者が選ぶ「頼みたい弁護士」13選」危機管理部門第3位(2021)、The Best Lawyers Governance and Compliance(2020~2022)。著書『コンセプト・ドリヴン・コンプライアンス~担当者の9割が知らないコンプライアンスの極意』(Amazon Kindle)。