日本企業にもCLM(Contract Lifecycle Management)の考え方は有効か? - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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はじめに

本連載は、リーガルテック導入やリーガルオペレーションの進化における課題について、法務部長(佐々木さん)と弁護士(久保)が、往復書簡の形式をとって意見交換します。連載第5回は私、久保光太郎が担当します。

問いかけへの検討
―日本企業は契約の履行管理を行うべきか?

さて、前回の佐々木さんからの問いかけは以下のとおりでした。

  • 日本企業の多くは締結済みの契約書を書庫やキャビネットに直行させている。もっと契約の履行管理にコストをかける必要はないか。
  • 最近、日本でもCLM(Contract Lifecycle Management)の考え方が紹介されている。CLMサービスを提供するベンダーが増加している現状をどう見るか。

これらの問いかけについて、私の考えをお話したいと思います。

契約のライフサイクル

私が大学1年生のとき、初めて読んだ民法の基本書は、内田貴先生の『民法』(今の最新版は『民法Ⅱ 債権各論』〔第3版〕(東京大学出版会、2011)です)でした。内田先生は、“契約はその正式な成立(締結)の前から徐々に姿をあらわし、その終了後もまた効果が続く”ということを説明するために、「時間軸の串に貫かれたイモのようなもの」と表現しています。

図表1 契約のプロセス

出典:内田貴『民法Ⅱ 債権各論』〔第3版〕(東京大学出版会、2011)21頁を基に作成。

「時間軸の串に貫かれたイモ」という表現はとても印象的です。最近、契約条件の提示や相手との交渉といった契約成立前のステージから、契約の成立を経て、終了後までを一連のプロセスととらえ、その全体をデータとシステムで管理することを意味する“CLM”(Contract Lifecycle Management)という表現を耳にすることが増えましたが、その度に、私は先見の明をもってCLMをビジュアル化した内田先生の「イモ」を思い出します。
にもかかわらず、前回の佐々木さんのお話のように、締結済みの契約書がそのまま書庫やキャビネットに直行し、その後見返されることが多くないとすれば、契約書の成立後の半生は“不遇”とさえ表現できてしまうかもしれません。

日本企業は契約の履行管理を行ってこなかったのか?

しかし、ここで一つ疑問が生じます。日本企業は、本当に契約の履行管理をしっかり行ってこなかったのでしょうか。

企業活動において、契約の履行管理は本質的に重要なものです。たとえば、メーカーが顧客の要求する品質基準を満たすことができなければ大きな問題になってしまいますし、サービス業であっても事情は同じはずです。
秘密保持契約でも業務委託契約でも、きちんと契約の履行管理が行われていなければ、企業同士の関係性が破綻し、企業経営も危うくなってしまいます。企業に限った話ではなく、個人の社会生活でさえも、めちゃくちゃになってしまいかねません。

この点、私は、日本企業では“契約”の履行管理に際して“契約書”を使う慣習がなかったため、実際には契約の履行管理はしっかりと行われてきたものの、外見的にそうでないような印象を与えたのではないかと考えています。
その背景には、契約の締結に際してハンコを利用するという日本独特の取引慣習があると思われます。ハンコの利用はデジタル化と相反するところ、いわゆる“二重の推定”の理論とあいまって、契約のデジタル化が阻害された側面が否めません。捺印済みの契約書は、日常的な管理のために、都度持ち出されるようなことがあってはならない“大切な証拠”とされ、契約書は書庫やキャビネットにおいて大切に保管されたのでしょう。
他方で、契約の“履行管理”を目的として、契約書原本とは別に契約台帳やオペレーション・マニュアル等が作成され、活用されていました。つまり、意識的か無意識的かはわかりませんが、“契約”と“契約書”を概念的に峻別する実務が存在したということだと考えられるのです。

日本企業にとってもCLMという発想は有効か?

さて、以上の整理を前提として、ここで改めて日本企業にCLMという考え方がなじむかを考えてみましょう。繰り返しになりますが、CLMは、いくつか異なる定義があるものの、私が理解するところでは、“契約条件の提示、相手との交渉といった契約成立前のステージから、契約の成立を経て、終了後に至るまでを一連のプロセスととらえ、データとシステムで管理する”ということを意味しています。ここで重要なのは、“データとシステムで管理する”という点です。

前述のように、日本企業はこれまで、双方の当事者が“紙の契約書”にハンコを押すことで、契約の成立を確認するなど、デジタル化になじまない要素が入り込んでいたため、契約のライフサイクル“全体”をデータとシステムで管理するという発想に至らなかったと考えられます。
とはいえ、最近では、契約条件の提示や相手との交渉に関する記録(契約の成立前のステージ)や、契約成立後に作成される契約台帳やオペレーション・マニュアルについては、ほぼデジタル化されていると言ってもよいでしょう。デジタル化されていないのは“契約の成立の記録”だけであり、この点がボトルネックになっていたと考えられます。

ところが、今回の新型コロナウイルスの感染拡大と、それに伴うリモートワークの広がりにより、日本企業においてもいよいよ電子契約の導入が進みつつあります。電子契約の導入は上記のボトルネックの解消につながりますから、“契約のライフサイクル全体をデータとシステムで管理する”というCLMの考え方が広がるのは時間の問題なのではないでしょうか。これに伴い、契約の履行管理にもっとコストをかけるべきという発想も今後一般的になってくることが想定されます。

CLMシステム導入後の日本企業の課題とは?

最後にCLMシステム導入後の日本企業の課題について考えてみたいと思います。
電子契約の導入に際して契約承認の稟議プロセスや締結権限者の管理の見直しが必要になったのと同じように、CLMシステムの導入に際しても既存のオペレーションの見直しが必要になります。もっとも、その見直しは、電子契約の導入と比べるとそれほど難しくないと思われます。それは、既にご説明したように、日本企業においても、契約の“成立”以外のプロセスは既にデジタル化されているためです。であれば、残るのは“どのシステムを利用するか”の問題に過ぎません。

CLMシステムを導入した場合、契約の履行管理について、企業内で部門を超えて一つのシステムを共有することが可能になり、これまで法務部門と事業部門の間で役割分担が明確ではなかったことにより生じていた問題(佐々木さんが前回指摘した「契約書の有効期限が過ぎても、当事者同士がまったく気づかないまま取引が続いているケース」も、この点が原因の場合が多いと思われます)を避けられるのではないかと期待されます。
ただ、他方で、これまで“縦割り”で動いていた企業では、特に意識の変革が必要になるでしょう。法務部門はこれまで以上に契約の履行ステージを意識することが必要になりますし、事業部門は、契約の締結を法務部門任せにする意識を捨てなければなりません。

また、CLMシステムの導入は、“契約管理”という企業の法務部門の枢要を占める基幹業務が全面的にシステムの上に乗ることを意味します。ここでは、法務部門と情報システム部門の連携がカギを握ります。
なお、将来、契約の履行管理がシステム上で自動化の対象になれば、契約の履行管理を法務部門・事業部門が意識する必要すらなくなるかもしれません。ブロックチェーンのアプリケーションの一つであるスマートコントラクトは、この文脈で理解することが可能です。

弁護士から法務部長への問いかけ

契約以外にリーガルテック導入が期待される分野とは?

今回は契約業務におけるリーガルテックの導入の話をさせていただきました。
日本企業では、“リーガルテック導入=契約に関するシステム導入”といったイメージがあるように思いますが、契約業務以外で今後、テクノロジー導入が進むことが期待される有望な法律業務は何か、佐々木さんのお考えをぜひお聞きしてみたいと思います。

→この連載を「まとめて読む」

久保 光太郎

AsiaWise法律事務所 代表弁護士
AsiaWise Digital Consulting & Advocacy株式会社 代表取締役
AsiaWise Technology株式会社 代表取締役

1999年慶応大学法学部卒。2001年弁護士登録、(現)西村あさひ法律事務所入所。2008年コロンビア大学ロースクール(LL.M.)卒。2012年西村あさひシンガポールオフィス立ち上げを担当し、共同代表就任。2018年独立し、クロスボーダー案件に特化した法律事務所としてAsiaWise Group/AsiaWise法律事務所を設立。2021年データを活用するプロフェッショナル・ファームのコンセプトを実現すべく、AsiaWise Digital Consulting & Advocacy株式会社と、その双子の会社としてAsiaWise Technology株式会社を設立。

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著 者:佐々木 毅尚[著]
出版社:商事法務
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