本連載「M&Aトレンドウォッチ」では、注目すべきM&Aに関するトピックについて解説し、読者の皆様に、増加していくM&Aへの法的な造詣を深めていただくことを目的としています。
今回は、まず、改正会社法において新たに創設された株式交付制度の内容について解説したいと思います。
はじめに―株式交付制度の創設
2021年3月に施行された改正会社法において「株式交付」制度が新たに導入されました。株式交付制度は、自社株式を対価として他社を子会社化することができるM&A(以下、「株式対価M&A」といいます)の新たな手法として注目されており、現在活発に行われている日本におけるM&Aの潮流の、新たな、かつ自社株を対価として利用できる有意義なオプションとして、今後利用が高まる可能性があります。
なお、下記において特に記載のない限り、条文番号は会社法におけるものを指し、「施行規則」とは会社法施行規則を指します。
株式交付の意義
改正会社法において、株式交付とは、「株式会社が他の株式会社をその子会社(法務省令で定めるものに限る。第774条の3第2項において同じ。)とするために当該他の株式会社の株式を譲り受け、当該株式の譲渡人に対して当該株式の対価として当該株式会社の株式を交付すること」と定義されています。(2条32号の2)。また、株式交付をする会社を「株式交付親会社」といい(774条の3第1項括弧書)、株式交付親会社が株式交付に際して譲り受ける株式を発行する会社を「株式交付子会社」といいます(同項括弧書)。
この定義から、株式交付の当事者である株式交付親会社(以下、「買収会社」といいます)および株式子会社(以下、「被買収会社」といいます)は、いずれも日本法に基づく株式会社に限られることになり(したがって、日本法上の合同会社(GK)も株式交付の当事者になることはできません)、外国会社は対象に含まれないことになっています。
また、一般に会社法上「子会社」とは、会社法2条3号「に規定する会社が他の会社等の財務及び事業の方針の決定を支配している場合における当該他の会社等」をいいます(施行規則3条1項)。もっとも、株式交付の定義における「子会社」は、該当性の判断を明確に行うことができるよう、施行規則4条の2において、「第3条第3項第1号に掲げる場合」、すなわち、買収会社が議決権の総数に対する自己(その子会社を含む)の計算において所有している議決権の数の割合が50%を超えている場合に限られていることには注意が必要です。そして、株式交付は、この「子会社とするため」に行うものであることから、たとえば、既に子会社である他の株式会社についてさらに株式を取得して持株比率を増加させるためには利用できないことになります。
今般の会社法改正以前から、会社法上、自社株式を対価として他の会社を子会社化する手段としては株式交換がありますが、株式交換では被買収会社を完全子会社とすることになり、過半数の株式を取得することにより子会社化するための手段としては用いることができなかったところ、株式交付においてはそれが可能になりました。また、2018年7月9日に改正法が施行された産業競争力強化法(平成25年法律第98号。「産競法」)においても、会社法に基づく現物出資規制や有利発行規制の適用除外を受けつつ株式対価M&Aを行うことができますが、そのためには「事業再編計画」の認定を受ける必要等があるために利用できる場面は限定的であったところ、株式交付制度においてはそのような制約がありません。そのため、株式対価M&Aにおける子会社化の方法として、使いやすい方法が新たに設けられたといえ、手法として考えられるバリエーションが広がることになります。なお、株式交付によっても、被買収会社を完全子会社とすることは可能とされています。
このように、株式交付制度の創設によって広く株式対価M&Aが認められることにより、買収会社からすれば手元資金の減少や多額の借入れを行うことなく相応の対価を必要とするM&Aや手元資金の薄いスタートアップ企業においてもM&Aを果断に実行することができ、また、被買収会社の側からすれば、買収会社の株主となることによって、被買収会社を含む買収会社グループのステークホルダーに引き続きあり続けることができ、ひいては買収会社グループのその後の成長の果実を得ることができることになります。
株式交付の手続
図表1 株式交付のしくみ
株式交付計画の作成
株式交付を行おうとする場合、最初のステップとして、株式交付をする会社(「株式交付親会社」)が、「株式交付計画」を作成することになります(774条の2)。
この株式交付計画においては、
- 株式交付子会社の商号および住所(774条の3第1項1号)
- 株式交付親会社が株式交付に際して譲り受ける株式交付子会社の株式の数の下限(同項2号)
- 株式交付親会社が株式交付に際して株式交付子会社株式の譲渡人に対して当該株式の対価として交付する株式交付親会社の株式の数(同項3号)
- 株式交付子会社株式の譲渡人に対する774条の3第1項3号の株式交付親会社の株式の割当てに関する事項(同項4号)
- 株式交付親会社が株式交付に際して株式交付子会社株式の譲渡人に対して当該株式の対価として金銭等を交付するときは、当該金銭等の内容(同項5号)および割当てに関する事項(同項6号)
- 株式交付親会社が株式交付に際して株式交付子会社の株式と併せて株式交付子会社の新株予約権等を譲り受けるときは、当該新株予約権等の内容および数またはその算定方法(同項7号)
- 株式交付子会社の株式および新株予約権等の譲渡しの申込みの期日(同項10号)
- 効力発生日(同項11号)
等の774条の3第1項各号に掲げる事項を定めることが求められます。なお、株式交付親会社は、株式交付計画において定めた効力発生日から3か月以内の日であれば、当該効力発生日を変更することができます(816条の9第1項、第2項)。
株式交付においては、株式交付親会社の株式を交付することが必ず必要とされていますが、それに加えてであれば、金銭等を対価の一部とすることもできます。なお、金銭等が対価の一部とされた場合、下記Ⅴの債権者異議手続の対象になることがありえることには注意が必要です。また、株式交付に基づく取得対象としては、株式交付子会社の株式が含まれることが必ず必要ですが、その他に新株予約権や新株予約権付社債も当該株式に加えて取得対象とすることができます。
株式交付は、株式交付子会社を子会社とするための制度ですから、取得する株式交付子会社の株式の数は、議決権の過半数を下限として行わなければなりません(774条の3第2項)。
株主総会の承認
上記1.の株式交付計画について、他の会社法上の組織再編と同様に事前備置(株式交付親会社は、効力発生日前の一定の日(「株式交付計画備置開始日」)から効力発生日後6か月を経過する日までの間、株式交付計画の内容その他一定の事項を記載した書面(またはこれらを記録した電磁的記録)を本店に備え置きます)を行い(816条の2)、株主総会の特別決議による承認を得ることになります(816条の3第1項、309条2項12号)。株式交付によって株式交付親会社に差損が生じる場合には、株式交付親会社の株主総会で、取締役はその旨を説明しなければなりません(816条の3第2項)
なお、他の会社法上の組織再編と同様に、簡易株式交付の制度も設けられており、株式交付親会社が交付する対価の額が、株式交付親会社の純資産額の20%以下(または定款で定めるそれ以下の割合)の場合には、原則として株式交付親会社の株主総会の承認は不要となります(816条の4第1項本文)。
株式交付子会社の株主の申込みから株式交付の効力発生まで
株式交付親会社は、株式交付に申込みをしようとする者に対して、株式交付親会社の商号や株式交付計画の内容等について通知します(774条の4第1項)。それを受けて、株式交付に申し込もうとする株式交付子会社の株主は、申込者の氏名、住所等および譲渡しようとする株式交付子会社の株式の数について、書面で、株式交付計画で定められた期日までに交付する必要があります(同条第2項)。
申込みを受けた株式交付親会社は、申込者の中から株式を譲り受ける者およびその者に割り当てる株式交付親会社の株式の数を定め(774条の5第1項)、効力発生日の前日までに、申込者から譲り受ける株式の数を申込者に通知します(同条第2項)。この割当てにおいては、株式交付親会社は、申込者から譲り受ける株式の数を申込数よりも減少することができますが、その減少範囲は株式交付計画に定められる下限の数を下回らない範囲内とされていますので(同条第1項後段)、株式交付親会社には、当該下限を下回らない範囲内での割当て自由の原則が認められているといえます。なお、株式交付に申し込もうとする株式交付子会社の株式の数が株式交付計画に定められた取得下限に満たない場合には、株式交付は行われないことになるため、申込者に対して株式交付をしない旨を遅滞なく通知します(774条の10)。
774条の5第2項の通知が行われた申込者は、当該通知をもって株式交付における株式交付子会社の株式の譲渡人となり(774条の7第1項1号)、効力発生日において、株式交付親会社から通知を受けた数の株式交付子会社の株式を、株式交付親会社に対して給付することとなります(同条第2項)。そして、当該給付を行った株式交付子会社の株式の譲渡人は、効力発生日において株式交付計画の定めに従い、株式交付親会社の株主となります。
もっとも、効力発生日において、株式交付親会社が譲り受けた株式交付子会社株式の総数が、株式交付計画に定める下限の数に満たない場合や、下記の債権者異議手続が終了していない場合等には、株式交付の効力は発生しません(774条の11第5項)。そのため、これらの場合においては、株式交付親会社は、給付を受けた株式交付子会社株式を譲渡人に返還しなければならないこととなります(同条第6項)。
事後備置
他の会社法上の組織再編と同様に、株式交付親会社は、事後備置手続として、効力発生日後遅滞なく、株式交付によって譲り受けた株式の数等を記載した書面(またはこれらを記録した電磁的記録)を、効力発生日から6か月間本店に備え置くことが必要です(816条の10第1項、第2項)。
株式交付親会社株主の差止請求および反対株主の株式買取請求権
株式交付が法令または定款に違反する場合において、株式交付親会社の株主が不利益を受けるおそれがあるときは、株式交付親会社の株主は、株式交付親会社に対し、株式交付の差止めを請求することができます(816条の5)。
また、反対株主の株式買取請求権も認められており、株式交付親会社の反対株主は、株式交付親会社に対して、自己の有する株式交付親会社の株式を、公正な価格で買い取ることを請求することができます(816条の6)。
なお、上記のいずれについても、簡易株式交付の場合にはできないものとされています(816条の5ただし書、816条の6ただし書)。
債権者の異議申述手続
株式交付の対価に、株式交付親会社の株式以外の金銭等が含まれており、その合計額が株式交付親会社の株式を含む対価の総額の5%未満である場合(施行規則213条の7)以外の場合、株式交付親会社の債権者は、株式交付親会社に対し、株式交付に異議を述べることができるものとされています(816条の8第1項)。その場合には、株式交付親会社は、公告や知れている債権者への催告等、他の会社法上の組織再編におけるのと同様の債権者異議申述手続を行うことになります(同条第2項ないし第5項)。
株式交付子会社
以上に述べてきたように、今回創設された株式交付制度においては、株式交付親会社に関する規律が諸々設けられていますが、株式交付子会社のとるべき措置としての情報提供や機関決定等の規律は特段設けられていません。
これは、株式交付においては、株式交付親会社が、株式交付子会社株式を法律上当然に取得するものではなく、実質的に株式交付子会社株式が相対での個別合意に基づき譲渡されることになるものであり、譲渡の条件についても譲渡人と譲受人の間で株式交付子会社の関与なく合意されるものであるため、それらの規律を設ける必要がないことによるものです。株式交付子会社株主には、反対株主の株式買取請求権も認められていません。なお、株式交付子会社の株式が譲渡制限株式であるときには、譲渡承認手続が必要となることは変わりません。
→この連載を「まとめて読む」
龍野 滋幹
アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 パートナー弁護士・ニューヨーク州弁護士
2000年東京大学法学部卒業。2002年弁護士登録、アンダーソン・毛利・友常法律事務所入所。2007年米国ニューヨーク大学ロースクール卒業(LL.M.)。2008年ニューヨーク州弁護士登録。2007~2008年フランス・パリのHerbert Smith法律事務所にて執務。2014年~東京大学大学院薬学系研究科・薬学部「ヒトを対象とする研究倫理審査委員会」審査委員。国内外のM&A、JV、投資案件やファンド組成・投資、AI・データ等の関連取引・規制アドバイスその他の企業法務全般を取り扱っている。週刊東洋経済2020年11月7日号「「依頼したい弁護士」分野別25人」の「M&A・会社法分野で特に活躍が目立つ2人」のうち1人として選定。