契約書審査から外部弁護士・経営層とのコミュニケーション、社内教育まで、幅広い対応が必要となる少人数法務部。そうした少人数法務部の実務やメンバーが抱える課題には、あらゆる層の法務パーソンにとって参考になるヒントが隠されているはず。各社法務担当者やサービスベンダー、ベンチャー・スタートアップ企業の法務に詳しい弁護士によるディスカッションを通じて、強い少人数法務部の作り方や法務部で働く法務パーソンがどのように経営陣や事業部門と関わっていくべきか、あるいはリーガルテック導入のためのヒントを探るセミナー「法務部の現状と課題〜現場で奮闘する少人数法務パーソンの声からパフォーマンスの向上を考える〜」が2023年4月21日開催された。その様子をレポートする。
各社法務部門の現状と課題
セミナーではまず、各社の法務を担う講師陣が、自社の法務部門の体制や課題を語った。
迅速かつ円滑な対応を実現する環境をどう整備するか
〜株式会社乃村工藝社 法務部 法務課 南雲智子氏
「当社の法務部法務課には13名が所属し、そのうち10名が法務を担当しています。主な業務は、契約に関するリーガルチェック業務と、業務に関する法律相談および訴訟対応業務、知的財産に関する業務の三つ。特にリーガルチェック業務については年々対応件数が増加しており、年間で1万件を超える案件に約5名の法務課員で担当している時期もありました。また、法律相談についても対応件数が増加しており、その相談内容も多岐にわたるものになっています。そうした中で課題となっているのが、より迅速かつ円滑な対応を実現するための環境の整備です」。
そう話す株式会社乃村工藝社の南雲氏によると、同社では現在、中途採用を中心とした採用活動や法務部門内・社内でのナレッジ共有、外部弁護士やリーガルテックの有効活動などを通じて、法務部門の強化を図っているという。
“空間創造によって人々に「歓びと感動」を届ける”をミッションとする乃村工藝社では、グループ全体で2,440名の社員を擁し、空間創造における調査・企画・コンサルティング、デザイン・設計、制作・施工ならびに運営・管理などを行う。最近ではお台場などで実施された実物大の「機動戦士ガンダム」立像プロジェクトや、愛知県の「ジブリパーク」の施工などにも関わっている。もちろん業界内では著名な存在だが、「B to Bゆえに一般的な知名度は高くなく、募集に対して応募者が少ないなど、採用面では苦労しています」と南雲氏は話す。
「当社の法務部法務課は創設5年とまだ若く、さまざまな業界出身の中途採用入社のメンバーが集まっています。2022年には例年より多くの人材を採用できましたが、会社として新たな分野にチャレンジすることも多く、事業の内容も大きな広がりを見せる中ではまだまだ人材は不足しています。一方で、法務部門が抱える課題が人員の増強だけで解決できるものかどうかを見極めることも大切です。必要な業務とそうでない業務の取捨選択を行うなど、少人数の法務で迅速に案件に対応するための工夫も重要だと考えています」。
リーガルテックの活用については、契約書の作成やレビューなどのツールを使用。部門内ではMicrosoft Teams内に共有フォルダを作り、各メンバーが対応した案件の契約書や知見情報、ノウハウ等を蓄積し、メンバー間でのナレッジ共有体制も整備する。また、全社社員に向けても、契約書についてのイロハや法的な基礎知識、契約書審査のフローなどを紹介する法務サイトを制作し、社員のリーガルマインド向上を目指している。
「リーガルテックのさらなる活用も大きな課題で、現在も検討を続けています。外部弁護士については複数の顧問先と契約し、新規契約書のひな形の作成やリーガルチェックなどに加え、2022年にはNFTやメタバースといった新規領域における法的問題を理解するための社員向けセミナーでも講師を務めていただきました。そうした外部弁護士のより効果的・有効な活用もさらに進めていきたいです」。
地方で法務人材をどう採用・育成していくか
〜エムケー精工株式会社 法務部法務グループ 緒方淑子氏
長野県を中心に関係会社11社、1,454名の社員を抱えるエムケー精工グループの一員であるエムケー精工株式会社。“美・食・住”を軸に「これが欲しかった!をアイデアで次々に実現する」をミッションとする同社は、住宅設備から建材、食品加工機械の製造販売まで多岐にわたる事業を展開する。
「当社の法務部は“法務”と“知的財産権”の二つのグループに分かれていますが、法務グループには7名が在籍し、そのうち法務担当者は2名のみとなります。法務グループの特徴は、社長直下で、メンバーの一部が完全在宅勤務であること。契約管理コンプライアンスの維持や、一部海外を含む各事業に対する法務サポート、規程の作成や法人登記申請業務の代行など、他部門のサポートなども積極的に行っています。採用は新卒を中心に行っており、2015年の法務部創設から現在までに3名の新卒社員を採用し、経験豊富な先輩社員によるOJTや外部研修を積極的に活用した教育を行ってきました。その点、最近ではオンラインで受講できるセミナーが増えていることは、長野に拠点を置く法務部としてはありがたく思っています。一方で、やはり地方で法務人材を採用することの難しさも感じていますし、部門内でのナレッジの蓄積や中長期的な法務人材の育成、リーガルテックの活用など、法務としてまだまだ多くの課題を抱えているのが現状です」。
緒方氏によると、経営トップが高いリーガルマインドを持つ同社では、法務からの情報提供が新規ビジネスにつながるケースなども珍しくないという。
「法務の側からも“今どのような案件でどのような検討や対応をしているのか”といったレポーティングを定期的に行うようにしています。また、経営トップがリーガルマインドの重要性を社内で周知している成果もあり、各事業部門から法務に相談が寄せられるケースも増えています。そうした相談に対しては、“現場の人たちがどのようなことをやりたいのか”といった意図を汲み、法的な難しさがあれば代替案を提案するなど、できるだけビジネスを止めないことを心がけた対応を行っています」。
分野ごとに顧問先を使い分ける外部弁護士の活用は、業務遂行における法的な疑問点の確認や、顧客とのトラブルを予防するためのアドバイスなどが中心。
「既存の顧問先では新規ビジネスなどに対応できないケースも多く、さまざまな分野で高い専門性を持った弁護士とのパイプ作りも課題となっています。また、リーガルテックの活用については、社内のワークフローシステムがすでに導入されていることもあり、法務で新たなツールを導入するのが難しい状況です。とはいえ、今後は電子契約なども必須になってきますし、案件管理やナレッジの共有ができるツールも必要になると考えています」。
選択と集中で“ベター”を目指すには
〜株式会社ウフル 知財法務部長 山本信秀氏
2006年に設立されたベンチャー企業であり、SalesforceやAWSを通じた開発支援やデータ連携サービスを、民間企業のみならず国や自治体に向けて提供する株式会社ウフル。同社の知財法務部長を務める山本信秀氏は、名だたる企業の法務を約25年にわたり務めてきたベテラン法務パーソンだ。
「当社の知財法務部には4名が在籍し、あらゆる契約業務から知財業務、コンプライアンス関連業務に対応しています。当社ではクラウドビジネスの開発支援やSIビジネスなども行っており、こうした分野におけるここ10年の進化は目覚ましいものがあります。その中で、現場を支援するために“新たな契約の形”を模索し、知財についてもさまざまな知見を契約書などに埋め込んでいく必要があります。ほかにも、経営施策に関わる投資契約や、提携・係争・法規制対応といったあらゆる業務への対応が瞬時に必要になり、そうした業務を“事業を止めないスピード感”で実行するため、外部の顧問弁護士とフルに協業する体制を構築しています」。
山本信秀氏が同社法務部門に感じている課題が、「リーガルテックの活用」と「メンバー採用と教育」「外部弁護士の活用」の三つ。これらの課題は、これまでに在籍した企業の法務部にも共通して見られたものだという。
「リーガルテックなどの新しいシステムの導入を進めるには、あらゆる手を尽くして社内に協力者を増やすことが大切。メンバー採用については、ただ眼の前の懸念をもとに人材不足を訴えるのではなく、予算が組まれる前にきちんとそのときまでに蓄積してきた潜在課題を含めた“問題提起”と“想定効果”を経営トップに伝えることなども重要です。また、外部弁護士の活用については、“通常業務で依頼する弁護士”と“役員が相談したくなるような弁護士”との役割を切り分けるなど、経営目的/業務目的に識別した活用や、将来にわたりお付き合いできる優秀な弁護士との関係構築が必要と考えています」。
山本信秀氏によると、ベンチャー等での少数法務には「経営に近いところで意思決定に参加できる」「専門家などを差配する裁量が大きい」といったメリットがあり、逆に「予算が少ない」ことや「バッファのないコミュニケーションストレス」などがデメリットになるという。
「小規模な法務にとって大切なのはベストではなくベターを目指すこと。DXや専門分野での知見が必要な際には外部の専門家や弁護士に頼りながら、あれもこれも手をつけるのではなく、法務部員としては現在の事業計画に沿う業務に集中するなど、きちんと選択と集中を行うことが重要になるのではないでしょうか」。
弁護士から見た少人数法務部とは?
次に、ベンチャー・スタートアップ企業を中心に包括的なリーガルサービスを提供するベンチャーラボ法律事務所の淵邊善彦弁護士が、弁護士から見た少人数法務の特色や、外部弁護士との協働のあり方などについて語った。
「上場企業を中心としたアンケート調査の結果などを見ても、日本企業では5名未満の小規模な法務部が多数となっており、日本企業の国際競争力向上などの観点からも各企業における法務部門の強化は喫緊の課題と考えられます。特にこれから伸びていくスタートアップやベンチャー企業の場合、新規分野や新規技術などの法律問題にスピード感を持って対応していかなければなりませんし、サイバーリスクや個人情報保護の問題など、多様化するリーガルリスクへの対応やコンプライアンス強化が求められます。また、規制を突破していく必要がある場合などはルールメイキングにも取り組んでいく必要があります。そうした中で、弁護士の立場から見ると、企業の法務部門の仕事というのは“大変であるものの非常にやりがいのあるもの”になっているのではないかと感じています」
淵邊弁護士は、少人数法務部が法務機能を強化するための具体的な方法や、外部弁護士やリーガルテックの有効な活用方法なども紹介。また、日弁連の中小企業の国際業務の法的支援に関するワーキンググループの座長や、日本CLO協会の理事も務める同氏からは、少人数法務部の法務担当者への期待も語られた。
「特に少人数法務部のみなさんに意識してもらいたいのは、自社のビジネスを深く理解したうえでのメリハリのある対応です。たとえば契約書のチェックなら、ビジネスを理解したうえでリスクの種類や発生可能性、結果の重大性といった点の特定や分析評価を行い、それをわかりやすく経営陣や事業部門へ提示することで、経営判断に活かせる流れをつくっていく。そうした意識を持って仕事をすることで、社内での法務部門の評価は大きく変わってくると思います。最近は日本のスタートアップやベンチャー企業の中にCLOを置く企業が出てきていますが、海外に比べるとまだまだ圧倒的に少ないのが現状です。少人数法務では、経営陣に近いところで仕事をする機会も多く、自ずと事業や経営への理解が深まっていきます。法務が経営に関与する流れを日本でも加速させるために、そうした少人数法務部の中から多くのCLOやゼネラル・カウンセルが誕生することを期待しています」。
サービスベンダーに聞く。最新リーガルテック活用法
そしてパネルディスカッションでは、株式会社リセの代表取締役社長・藤田美樹氏と、GVA TECH株式会社の代表取締役・山本俊氏が特別ゲストとして登場。「最新のリーガルテックの効果的な活用法」について、サービスベンダーの立場からそれぞれに解説した。
株式会社リセが提供する「LeCHECK(リチェック)」は、契約書のレビュー支援をAIで行うクラウド型支援サービス。各分野の専門弁護士が監修したレビュー支援水準に加え、難しい契約書も雛形を使って簡単に作成できるなど、法務に詳しくなくとも簡単に使いこなすことができる点も魅力だ。
「私自身が長く弁護士として企業間の紛争案件を専門としてきた経験から、紛争の前提となる契約書の文言の重要性を感じていました。とはいえ、規模の小さな会社が一つひとつの契約書のチェックを弁護士に依頼することは簡単ではありません。そこでAIの自然言語処理の技術を使い、企業の予防法務に貢献できる製品を合理的な価格で作りたいと考えたのです」。
藤田氏は各社の法務担当者からの質問にも回答した。
「当社のサービスは特に、一人法務から少人数法務の現場でご活用いただいています。もちろん英文契約書などにも対応していますし、各分野で高い専門性を持つ弁護士の方々に、定期的な専門分野のアップデートをいただきながら、その知見を集約したうえでシステムを構築しています。規模の小さな企業の法務部などでは、一つひとつのビジネスについて専門的な知見を持つ弁護士に相談することは難しい部分もあります。最先端のテクノロジーを通じてそうした知見をより多くの方にお届けし、企業のビジネスに貢献することが我々の大きなやりがい。ご興味がある方はぜひLeCHECKの無料トライアルを試していただければと思います」(藤田氏)。
一方、GVA TECH株式会社が提供する「GVA manage(ジーヴァ マネージ)」は、法務業務プロセスの最も手前に位置する法務案件管理を一元的にマネジメントするツールだ。
「プロダクトのビジョンは“法務と事業を一体化する”。事業部から法務が依頼を受けて案件が発生しますが、最近ではTeamsなどのツールの台頭もあってすべての案件を一元的に管理することが難しくなっています。GVA manageの特徴は、事業部がアカウント不要で使えるうえ、すべての案件情報が蓄積され、さらにチャットツールやAI契約書レビューツールなどさまざまな製品と連携できること。案件の受付窓口の一本化やタイムリーな案件情報の見える化、ナレッジの共有などに効果を発揮するツールです」(山本俊氏)。
サービスのローンチは2023年1月。既に各社での導入が進んでおり、導入企業の法務部の規模は10数名から一人法務までさまざまだという。
「少人数法務部での活用はもちろん、無数の案件を抱える一人法務の方にも日々の案件整理や業務の効率化に役立てていただいています。従来は個人のメールなどのやり取りで属人的な知見として終わっていたものが、GVA manageを使えばすべてのやり取りがシステムの中にナレッジとして残ります。もちろん当社の法務部でも導入していますが、チームのメンバーがどのように案件に対応しているのかが可視化されることは、法務部門の強化に大きな意義があると感じています。どの領域でのリーガルテックの導入が最も効果的かは企業によって異なります。そのあたりを見極める難易度も年々上がっていますので、法務のDX化にはぜひ我々のような専門家の知見を活かしていただければと思います」(山本俊氏)。
→この無料セミナー「法務部の現状と課題~現場で奮闘する少人数法務パーソンの声からパフォーマンスの向上を考える~」全編を視聴したい方はこちらから
南雲 智子
株式会社乃村工藝社 経営管理本部 法務部 法務課 主任
新潟大学大学院実務法学研究科卒業。住宅設備メーカーで総務兼法務に従事したのち、20年株式会社乃村工藝社に入社。22年3月から現職。契約書の作成、審査をはじめ、他部署からの法律相談、知的財産権に関する社内規程の改訂、手続整備、管理等を担当。最近では法務課員への教育や勉強会の開催等、法務の技術向上と社内周知、少人数法務の課題解決にも取り組んでいる。
緒方 淑子
エムケー精工株式会社 法務部法務グループ 主任
15年エムケー精工株式会社入社。入社以来一貫して企業法務に従事。主に契約審査、法律相談の法務業務に携わる。過去、M&A、組織再編、コーポレートガバナンス(内部通報制度の見直し)等においても法務担当者としてプロジェクトに参画した。現在、少人数法務部として、リーガルテックによる業務効率化やナレッジ共有に関心をもって取り組んでいる。
山本 信秀
株式会社ウフル 知財法務部長/株式会社まぐまぐ 独立役員社外監査役
12年中央大学ビジネススクール修了(経営法務)、ソニー子会社を経て部品メーカー/情報サービス業で法務部長。19年慶応大学ロースクール・22年東海大学法学部で非常勤講師。(公社)商事法務研究会「経営法友会」運営委員、(社)日本取締役協会会員。主に法務組織の創設/再建に軸。『会社法務部 第11次実態調査の分析報告』(別冊NBL No.160) 副編集長、著作『新型コロナ危機下の企業法務部門』(共著、商事法務、2020年) 、『電子契約導入ガイドブック[国内契約編]』(共著、商事法務、2020年)など。寄稿に「中央ロー・ジャーナル2017.9」ほか多数。
淵邊 善彦
ベンチャーラボ法律事務所 代表弁護士
87年東京大学法学部卒業。89年弁護士登録。TMI総合法律事務所パートナー、中央大学ビジネススクール客員教授、東京大学大学院法学政治学研究科教授などを経て現職。日弁連中小企業の国際業務の法的支援に関するワーキンググループ座長、日本CLO協会理事、ヘルスケアIoTコンソーシアム理事。主にベンチャー支援、M&A・アライアンスを取り扱う。著書『経営者になったら押さえておくべき法律知識』(第一法規、2021年) 、『トラブル事例でわかるアライアンス契約』(日本加除出版、2020年) 、『実践 会社役員のための法務ガイド』(中央経済社、2021年) ほか多数
藤田 美樹
株式会社リセ 代表取締役社長/弁護士・ニューヨーク州弁護士
東京大学法学部卒業、Duke大学ロースクール卒業(LLM)。司法試験合格、司法修習を経て、2001年西村総合法律事務所(現西村あさひ法律事務所)入所。米国留学、NY州法律事務所勤務を経て2013年パートナー就任。2018年退所、株式会社リセ設立。
山本 俊
GVA TECH株式会社 代表取締役/GVA法律事務所 代表弁護士
弁護士登録後、鳥飼総合法律事務所を経て、2012年にスタートアップとグローバル展開を支援するGVA法律事務所を設立。2017年1月にGVA TECH株式会社を創業。法務管理クラウド「GVA manage」、AI契約書レビュー支援クラウド「GVA assist」やオンライン商業登記支援サービス「GVA 法人登記」等のリーガルテックサービスの提供を通じ「法律とすべての活動の垣根をなくす」という企業理念の実現を目指す。22年ジュリナビ全国法律事務所ランキングで43位。