プロジェクトの初期段階から求められる競争法対応
M&Aや競合他社との業務提携を計画している企業にとって、公正取引委員会(以下「公取委」)対応はしばしば頭を悩ませる問題の一つだ。企業結合・業務提携における競争法対応に詳しい梶谷綜合法律事務所の競争法プラクティスチームの弁護士陣に、実務上の留意点を聞いた。
「M&Aや業務提携をスムーズに進めるためには、プロジェクトの初期段階から競争当局の審査対応を視野に入れて体制を整えることが重要です。初期段階では、ストラクチャーの検討やデューデリジェンスの実施、契約交渉に社内リソースが割かれがちですが、審査対応に向けた準備が不十分だと、クロージングに向けた最終局面で、競争法の規制がボトルネックになりかねません」。そう語るのは、公取委で企業結合調査官を務めた経験を有する久保文吾弁護士。企業結合課主査として著名事件を含む数多くの案件を手がけた久保弁護士は、企業結合審査の実務に精通する専門家だ。
競争法の規制がボトルネックとなった場合の帰趨について、国内外のM&Aの契約実務に詳しい喜多由香利弁護士は、次のように指摘する。「最近の事例では、当事会社が企業結合計画に係る契約を解除したために、公取委の審査が打ち切られた案件が2件、公表されています(アドビ・インクおよびフィグマ・インクの統合と、アマゾン・ドット・コム・インクおよびアイロボット・コーポレーションの統合)。これらは、欧州委員会等の競争当局から承認を得られる見通しが立たなかったために、当事会社が実行を断念したケースです。報道によれば、M&Aの破談に伴い、アドビはフィグマに対して10億ドル、アマゾンはアイロボットに9,400万ドルの解約金を支払ったとのことです。こうした解約金の支払いを定める“リバース・ブレークアップ・フィー条項”は、米国を中心とするM&A契約実務では従前から見られるものですが、近時は、日本企業が関与するM&A契約においても、規制承認リスク等を配分する手段として検討される場面が見られます」(喜多弁護士)。

喜多 由香利 弁護士
民間企業の国際法務部門で難度の高いM&Aプロジェクトを成功へと導いてきた布施香織弁護士は、M&A担当者に求められるスキルについて次のように語る。「自社が計画しているM&Aが、企業結合審査との関係でどの程度難度の高い案件なのか、競争当局からどのような懸念を指摘される可能性があるのか、求められる問題解消措置は何か、事業の一部売却が必要となった場合には買収側と被買収側のどちらの事業を売却することが適当かなど、M&A担当者には企業結合審査に関する可能性を適切に評価し、リスクを把握するスキルが求められます。競争当局との協議に要する時間的・金銭的コスト、問題解消措置の継続的履行に係る費用等を織り込んでもなお、自社が達成すべきIRR(内部収益率)を実現できるのかどうかといった論点も、プロジェクト立案の初期段階から検討しておくことが重要です。当事務所は、会社法や契約法の観点に加えて、競争法の観点も踏まえた総合的な助言ができる点に強みがあります」(布施弁護士)。

布施 香織 弁護士
企業結合審査の新潮流 企業に求められる“narrative”とは
2024年9月に、前欧州中央銀行総裁のマリオ・ドラギ氏が公表した「ドラギ・レポート」が、欧州の競争力と強靭性(resilience)を高めるための政策提言として競争政策の見直しに言及して以来、特に、企業結合審査のあり方が、欧州のみならず世界的に議論の対象となっている。こうした中、欧州委員会は2026年4月30日、新たな企業結合ガイドラインの草案を公表した。
「欧州委員会のガイドライン草案には、企業結合によるスケールアップを好意的に評価する姿勢を打ち出している点や、企業結合がもたらす強靭性、持続可能性(sustainability)、安全保障(security)といった非価格的な価値を考慮することを表明している点など、注目すべき点が多く含まれています。投資インセンティブやイノベーション競争に与える中長期的な影響も重視されることになりそうです。公取委も「企業結合審査に関する独占禁止法の運用指針(企業結合ガイドライン)」の改定を予定しており、欧州のガイドライン草案の影響が少なからず及ぶものと予想されます。今後は、日本の企業結合審査でも、当該企業結合の正当性や大義名分、いわば“ナラティブ(narrative)”をより積極的に説明していく必要があるでしょう」(久保弁護士)。

久保 文吾 弁護士
競合他社との業務提携についても同様のことがいえると指摘するのは、大澤加奈子・パートナー弁護士だ。「公取委が2023年に公表した「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方(グリーンガイドライン)」は、グリーン化(温室効果ガスの削減等)に向けた企業の共同の取り組みについて、独占禁止法上の考え方を示すものですが、そこで示された考え方は、広く業務提携一般の検討において参考になります。グリーンガイドラインでも、温室効果ガス削減という非価格的なベネフィットが当該業務提携を正当化する事情として評価されうるとされています」(大澤弁護士)。
“モニタリング・トラスティ”が積極活用される時代に
近時の企業結合審査では、問題解消措置を講じることを条件としてクリアランスを与える際に、問題解消措置の適正な履行を監視する独立した監視受託者(モニタリング・トラスティ)の起用を求めるケースが増加している。
公取委とのコミュニケーションにおいて、出向経験があることは大きなメリットとして働くと久保弁護士は語る。「問題解消措置の設計に際しては、結果として当該M&A全体の意義が失われてしまうことがないよう、公取委の問題意識を汲み取り、真に必要な範囲に措置を限定するための粘り強い協議が必要になります。企業結合課で審査実務を担当していたことが信頼関係につながり、建設的なコミュニケーションをとりやすいと感じています」(久保弁護士)。
依頼者との関係でも、同事務所は、密なコミュニケーションを通じてビジネスマインドに即した実践的なアドバイスを提供することを常に心がけているという。「当事務所には、日本を代表する多くの企業の法律顧問を100年余にわたって務める中で蓄積された、豊富な経験と知見があります。また、私を含め、所属弁護士の多くが上場企業の社外役員を務めているため、ビジネスの現場に関する深い理解に基づいた、親身で実践的なソリューションを提供できることが、当事務所の特色の一つです」(大澤弁護士)。

大澤 加奈子 弁護士
読者からの質問(業務提携・共同取組における独禁法リスク評価と公取委への事前相談)
大澤 加奈子
弁護士
Kanako Osawa
93年早稲田大学法学部卒業。98年弁護士登録(第一東京弁護士会)。03年ペンシルベニア大学ロースクール修了(LL.M.)。04年ニューヨーク大学ロースクール修了(LL.M.)。05年ニューヨーク州弁護士登録。21年4月~25年2月法制審議会担保法制部会委員。
久保 文吾
弁護士
Bungo Kubo
00年早稲田大学法学部卒業、07年弁護士登録(第一東京弁護士会)。19年キングス・カレッジ・ロンドン修士課程修了(LL.M. in Competition Law)。Van Bael & Bellis法律事務所(ブリュッセル)、日本製鉄株式会社法務部国際法務室出向を経て、22~24年公正取引委員会事務総局経済取引局企業結合課企業結合調査官(主査)として企業結合審査業務に従事。
喜多 由香利
弁護士
Yukari Kita
09年慶應義塾大学法学部中退。12年慶應義塾大学法科大学院修了。13年弁護士登録(第一東京弁護士会)。日本製鉄株式会社法務部国際法務室に出向後、20年スタンフォード大学ロースクール修了(LL.M. in Corporate Governance & Practice)。20~21年Sidley Austin LLP(ワシントンD.C. オフィス)にて勤務。21年ニューヨーク州弁護士登録。
布施 香織
弁護士
Kaori Fuse
09年慶應義塾大学法学部卒業。11年東京大学法科大学院修了。13年弁護士登録(第一東京弁護士会)。22~25年日本製鉄株式会社法務部国際法務室に出向。