長島・大野・常松法律事務所 - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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インテリジェンスが法務に求められる時代の弁護士の役割

米中対立やロシアのウクライナ侵攻等により頻繁にメディアに取り上げられるようになった“経済安全保障”の問題は、いまやグローバルな取引等を行う企業にとって大きく懸念すべき事柄である。この問題に対し長島・大野・常松法律事務所は各弁護士の各国駐在で得た経験や人脈に基づいて情報収集をするとともに、ニューヨーク・上海をはじめとする拠点での実務を通して得た知見により個別事案に寄り添うアドバイスを提供している。
「経済安全保障は、岸田内閣になって担当大臣の設置や所信表明演説における法案策定の表明などが示され、大きな注目を集めるようになりました。これに伴い企業側も対応の真剣度を強めたように思います」と語るのは、2021年から2022年にかけて経済産業省の安全保障貿易管理政策課・大臣官房経済安全保障室等に出向経験のある大澤大弁護士。
「実務的には法務担当者のカバーすべき範囲が広くなりました。従前、法務業務は固まった法令を遵守する観点からの検討という側面が強かったのですが、経済安全保障分野については日々変化する規制を追いかけ、さらには将来ありうる規制まで予測する必要があります。民間企業にもインテリジェンスが求められており、我々も情勢を集約したうえで論理立てたアドバイスをする必要があるのです」(大澤弁護士)。
企業経営やビジネスの遂行における大きな関心事になったとはいえ、各企業の法務担当者のすべてがこの業務に即応できるわけではない。「我々が行うべきは、マクロな国際情勢等をそのまま情報提供するだけでなく、それを咀嚼して各企業の状況や案件事情等と紐づけて分析し、各企業が具体的にどう対応すべきかを示すことです。たとえば、ある対露制裁が公表された場合、直接的な影響の分析はもちろん、今後の欧米・日本の制裁動向を予想しながら各企業がどのようなポジションをとっていくべきか判断材料を提供しなければなりません。もはや従来のコンプライアンスを超えた問題なのです」(大澤弁護士)。

大澤 大 弁護士

競争力を維持した規制対応には所内の専門性を持ち寄り打開策を

経済安全保障に関する各国規制の運用は時に企業のビジネスにとって致命的な影響を及ぼすこともある。同事務所に持ち込まれる相談は多種多様だ。
「グローバルな物の取引や進出・撤退のご相談はもちろん、各国の投資規制が強化され、審査・運用が厳しくなっているクロスボーダーM&Aのご相談も多いですね。日本企業が日本企業を買収する場合でも買収対象となる企業が海外ビジネスを展開する場合は海外における投資規制の対象となり得ますし、違反した場合には重い制裁金が課されうるため、M&Aに経済安全保障の観点は欠かせません」と語るのは、M&Aをはじめ多くのクロスボーダー案件に携わる濱口耕輔弁護士だ。
「西側諸国は規制強化に向かう方向で足並みを揃えているものの、規制は国によって異なります。ビジネス上窮地に陥った企業から、藁をもすがる思いで“A国ではできないことがB国ならできるのではないか”とご相談が持ち込まれることもあります。こうした場合は、何とか打開策が得られないか、必要な専門性を持ったメンバーでチームを組成したうえで知恵を絞って考えています」(濱口弁護士)。
たとえば、M&Aにおいて問題になりやすい重要な技術情報の移転や軍事関係の事業の売買に関しては、その詳細について当局に開示を求められ、当局が審査の結果他国への移転に懸念を抱く場合が多い。とはいえ、移転を避けるだけでは競争力を失ってビジネスが成り立たない事業もある。「競争力を失わず規制を遵守するために、技術や拠点、キーマンとなる人材をどこに置くかなどを総合的に考慮し、アドバイスすることが求められます。これには各国の労働法制や個人情報保護法制なども踏まえる必要があるため、それぞれの専門性を持つ所内の弁護士と連携をとってアドバイスを行います」(濱口弁護士)。

濱口 耕輔 弁護士

経済安全保障の先進国である米国で知見の蓄積とネットワークの獲得を

日本企業がグローバルの経済安全保障の動向を探るうえでまず注視すべきは米国の動向だといえる。日本企業の多くが米国事業を展開しており、米国における規制の影響を受ける状況にある。そうした動向を注視するのが同事務所のニューヨーク・オフィスだ。大久保涼弁護士はその共同代表を務める。「米国は経済安全保障の先進国ともいえる存在で、率先して新たな規制を導入しています。それを日本を含めた各国が追随する構図にあるため、ビジネスにおいて直接米国と関わりのない企業もその動向をフォローする必要があります。米国の主だった規制としては、旧来からの米国輸出管理規則(EAR)に加え、ウイグル強制労働防止法や中国向け半導体輸出規制、安全保障上脅威となりうる通信機器の輸入・販売の認証禁止などがあります。加えて、日本の外為法に相当する対米外国投資委員会(CFIUS)の審査は非常に厳しいものです。この審査の対象には、買収先に米国でのビジネスを行う現地法人や支店等を持つ日本企業同士のM&A案件も含まれます」(大久保弁護士)。
この米国の規制動向は、政治情勢によって大きな影響を受ける。その規制の運用についても公式的な情報では判然としないグレーゾーンも多い。「2024年に米国は大統領選挙を控えており、共和党候補にトランプ氏も立候補しています。もしカムバックすれば経済安全保障分野の規制の議論がさらに活発になるでしょう。また他国同様、米国においても当局の審査の動向は法律のみで判断はできません。具体的な該当の是非は当局出身の弁護士と連携をとり判断する必要があります。こうしたリレーション作りもニューヨーク・オフィスの役割の一つです」(大久保弁護士)。

大久保 涼 弁護士

地政学的リスクがありつつも活況な中国とのビジネスにバランス感覚を

「これまで日中間の企業取引は、“政冷経熱”と呼ばれる、政治的な緊張があっても民間取引は維持する“政経分離”の考え方が定着していました。しかし、トランプ政権半ばから米国による対中規制が強まり、現在に至るまで日中間取引を取り巻く状況が年々厳しくなっています」と、上海オフィスの首席代表である若江悠弁護士は語る。
「米国が対中貿易・投資を促進し中国の経済成長を促すことで中長期的に民主化を実現し、米国を中心とした国際秩序に組み込もうとする“関与(エンゲージメント)”政策は、見込み外れに終わりました。結果として米中対立が起こりましたが、これは中国側からすると“米国等からの封じ込めに対し対抗しているに過ぎない”という考え方です。経済安全保障をはじめとする世界情勢を適切に把握するためには、西側諸国以外のメディアや現地での情報の把握が欠かせません。このバランス感覚を持つことも、経済安全保障分野において今後弁護士に求められる素養だといえます」(若江弁護士)。
地理的な近さもあり、進出する企業数や輸出入の規模が最も大きい中国関連のビジネスは、日本企業にとって米中対立によるリスクを鑑みても容易に手を引ける対象ではない。「日本企業に今後求められるのは、一つひとつの規制を踏まえつつも“賢く稼ぐ”ことです。“中国でのビジネスが世界での成長の原動力になる”と考え、行動に移す外資企業は少なくありません。中国は世界最大の消費市場であるうえ、EVなどの技術では最先端を行く存在です。この環境における弁護士の役割は、数多くの規制の運用と地政学的リスクについて詳細に把握し、打開策を導き出していくことなのです」(若江弁護士)。

若江 悠 弁護士

米国・中国の法律事務所での執務経験を持つ鹿はせる弁護士は、日本企業から相談を受けることが多い米中対立に基づく輸出入規制について「中国側の措置を理解するには多角的な視点の理解が欠かせません」と語る。「中国による半導体原材料等の輸出規制は、中国の立場から見れば、従来の輸出入規制の国際的な枠組みと異なる日米蘭の先端半導体の輸出規制への対抗としての側面があります。こうした輸出規制の応酬については、WTOで決着をつけることも考えられますが、時間がかかるうえ、政治的な色彩が強い問題なので法的な処理に必ずしもなじむものではありません。もっとも、弁護士としては米・中・日等各国の動きや過去における同種問題の検討を通じて、依頼者に対してリスクの先読みと、今後予想される展開に応じた対応を助言できます」(鹿弁護士)。
経済安全保障問題で“中国ビジネスは下火になった”という見方もあるが、そうとは限らないという。「日本企業による中国からの撤退が相次いでいますが、すべてが経済安保に基づくものではなく、コストの高騰や市場競争の変化など、企業のライフサイクルの一環として行われるものも多いです。また、多くの企業は中国から撤退したとしても、中国とのビジネス関係が消失するわけではありません。たとえば、最近のご相談として多いのは中国企業への現地事業の売却ですが、売却後に技術やブランドのライセンスを求められることが多く、ほとんどの企業は中国との間で取引関係も続きます。弁護士としては、単純化せずに個々の事案における依頼者のニーズに沿ったきめ細かい助言をすることが肝要です」(鹿弁護士)。
また、“規制が増える一方で、日中間の投資は静止状態である”というのも、一面的な見方に過ぎないと鹿弁護士は語る。
「日本から中国へ新規投資したり、現地で合弁事業を再編したりする場合には、地政学リスクを睨んだクリーン・イグジットできる条項など、特殊な契約上の手当てを希望されることがあります。中国現地の会社法のしくみや運用は、むしろ以前より柔軟化されているので、知恵を働かせて工夫する余地は増えています。また、中国から日本への投資についても、相次ぐ外為法の改正によりハードルは上がっていますが、案件は増えていますし、皆さんの周りでもSNSやゲーム、EV等の新しい分野で、中国企業の製品・サービスを見かけることは前より多くなっているのではないでしょうか。実際に限られたセンシティブな業種を除き、多くの対日投資は当局に適切に説明を行えば十分可能です。逆に日本側としては、単に投資のハードルを上げるだけでなく、受け入れた後のモニタリングのしくみを考える必要もあると思います」(鹿弁護士)。

鹿 はせる 弁護士

影響範囲が広い欧州の対露制裁には確実な規制の把握と判断が必要

欧州における対露制裁への対応は、日本企業の目下の大きな関心事だ。2016年から2019年にかけてドイツ、オランダ、ロシアの法律事務所で執務し、欧州やロシア・CIS地域におけるM&Aや企業取引の助言を行ってきた大沼真弁護士は「対露制裁についてはG7各国が協調しているものの、国際的な条約などに基づくものではありません。このため、対露制裁対応には各国・地域の規制の把握が必要です」と語る。
「欧州で対露制裁を行っているのはEU、英国、スイスなどです。日本企業がロシアでビジネスを行う際には、在ロシアの子会社を欧州の中間持株会社を経由して運営する手法がとられることが多く、この場合は欧州の制裁法が無視できません」(大沼弁護士)。
制裁は直接的に欧州やロシアに法人を置いていない日本企業にも影響があるという。「ロシアや欧州に子会社がない場合でも、日本企業がEUや英国とビジネス上の接点がある場合は制裁法の影響が及ぶ場合があります。これは“タッチポイント”や“nexus”と呼ばれるもので、認められるか否かは各国の制裁法の解釈によりますが、幅広く認められる可能性がある点に注意が必要です。たとえば英国の市場で特定の事業への保険の提供を受けている場合にも認められる可能性があります」(大沼弁護士)。
加えて、ロシアでビジネスを行ってきた日本企業が日本や欧米の制裁を遵守しようとする場合に、ロシアによる対抗措置への対応で苦労するケースもあるという。「ロシア政府は国内法で諸外国の対露制裁への対抗措置を定めています。このため、ロシア内に事業や駐在員が存在すると、企業は各国の制裁法とロシア国内法の板挟みになります。“法令遵守”という場合には、一般に外国法も含めた法令の遵守が求められますが、各国の法令が対立する状況下において、難しい判断を求められるケースも生じています」(大沼弁護士)。
この状況を未来の東アジアの地政学リスクと重ね合わせる企業も多い。「最近は、将来、台湾有事があった場合に備えて、ロシアでの事例提供を求められることが増えました。不安定な世界情勢の中、ウクライナ侵攻問題を一つの指標として、世界の反応、生じる問題、日本企業がとるべき対応について先んじて手を打とうとする動きが生まれているのです」(大沼弁護士)。
複雑化を増す経済安全保障の分野において企業を守るために。同事務所の弁護士たちの研鑽は続く。

大沼 真 弁護士

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 DATA 

ウェブサイトhttps://www.noandt.com/

所在地・連絡先
〒100-7036 東京都千代田区丸の内2-7-2 JPタワー
【TEL】03-6889-7000(代表) 【FAX】03-6889-8000(代表)


所属弁護士等:559名(日本弁護士512名、外国弁護士47名)(2023年12月現在)

沿革:2000年1月に長島・大野法律事務所と常松簗瀬関根法律事務所が統合して設立

受賞歴:Chambers Global/Asia-Pacific、The Legal 500 Asia Pacific、IFLR1000、ALB Rankings等の複数の有力な外部機関による部門別評価において各分野にて継続的に高い評価

大久保 涼

弁護士
Ryo Okubo

99年東京大学法学部卒業。00年弁護士登録(第一東京弁護士会)、長島・大野・常松法律事務所入所。06年シカゴ大学ロースクール修了(LL.M.)。07年ニューヨーク州弁護士登録。17年〜長島・大野・常松法律事務所ニューヨーク・オフィス共同代表。

若江 悠

弁護士
Yu Wakae

02年東京大学法学部卒業。03年弁護士登録(第一東京弁護士会)、長島・大野・常松法律事務所入所。09年ハーバード大学ロースクール修了(LL.M.)。10~12年中倫律師事務所(中国)勤務。14年~長島・大野・常松法律事務所上海オフィス首席代表。

濱口 耕輔

弁護士
Kosuke Hamaguchi

01年東京大学法学部卒業。03年同大学大学院法学政治学研究科修了。06年弁護士登録(第一東京弁護士会)、長島・大野・常松法律事務所入所。12年バージニア大学ロースクール修了(LL.M.)。13~14年長島・大野・常松法律事務所ニューヨーク・オフィス勤務。

大沼 真

弁護士
Makoto Ohnuma

09年慶應義塾大学法学部卒業。10年弁護士登録(第一東京弁護士会)、長島・大野・常松法律事務所入所。16年コロンビア大学ロースクール修了(LL.M.)。16~17年Gleiss Lutz(ドイツ)勤務。17~18年Stibbe(オランダ)勤務。18~19年ALRUD Law Firm(ロシア)勤務。

鹿 はせる

弁護士
Haseru Roku

06年東京大学法学部卒業。08年東京大学法科大学院修了。10年弁護士登録(第一東京弁護士会)、長島・大野・常松法律事務所入所。17年コロンビア大学ロースクール修了(LL.M.)。17~18年Schulte Roth & Zabel LLP(米国)勤務。18~19年中倫律師事務所(中国)勤務。

大澤 大

弁護士
Oki Osawa

13年東京大学理学部物理学科卒業。14年東京大学大学院理学系研究科物理学専攻修士課程中退。15年弁護士登録(第一東京弁護士会)、長島・大野・常松法律事務所入所。21年カリフォルニア大学バークレー校ロースクール修了(LL.M.)。21~22年経済産業省勤務。

『ESG法務』

著 者:長島・大野・常松法律事務所 ESGプラクティスチーム[編著]、三上二郎・本田圭・黒田裕・福原あゆみ・服部紘実・藤本祐太郎・小川聖史・田原一樹・堀内健司・大沼真・水越恭平・宮下優一・渡邉啓久・今野由紀子・宮城栄司[著]
出版社:一般社団法人金融財政事情研究会
価 格:7,700円(税込)

『利用規約・プライバシーポリシーの作成・解釈―国内取引・国際取引を踏まえて』

著 者:松尾博憲・殿村桂司・逵本麻佑子・水越政輝[編著]、長井健・秋山恵里・関口朋宏[著]
出版社:商事法務
価 格:4,180円(税込)

『ヘルステックと法』

著 者:鈴木謙輔[編著]、小山嘉信・箕輪俊介・粂内将人・鳥巣正憲・萩原智治[著]
出版社:一般社団法人金融財政事情研究会
価 格:1,980円(税込)