SDGs・サステナビリティ推進のための同業他社との協働
SDGsやサステナビリティ(以下「SDGs等」)の推進は、さまざまな業界においてビジネス戦略上の重要なキーワードとなっている。しかし、これらの取り組みには研究開発投資などを要することも多く、個々の企業が単独で推進するには限界があるため、同業他社と共同して取り組みを模索するというトレンドが拡大している。一方で、同業他社との協働は必然的にカルテル規制の対象となるリスクをはらんでいる。
「SDGs等の推進を目的とした複数企業による連携を一律に違法なカルテルと断定してしまう事態を避けるため、各国独禁当局は説明のあり方を模索しています。他方で、各国独禁当局は、SDGs等を表向きの理由として競争制限的なカルテルが組成されることを懸念しており、摘発事例も実際に生じています」と語るのは、筑波大学准教授として独占禁止法(以下「独禁法」)の研究・教育にも携わる平山法律事務所の平山賢太郎弁護士。平山弁護士は独禁法弁護士として多様な案件に携わってきたほか、公正取引委員会における審査官としての3年間の勤務経験を持ち、研究者としての視点も併せ持つ独禁法・競争法分野のエキスパートだ。
「欧州の独禁当局である欧州委員会は、自動車メーカーが排気ガス低減装置の性能を協議して上限を設定したとして、2021年に処分を行いました。また、2025年にも、自動車メーカーによるリサイクル素材の使用に関する合意について処分を行っています。後者は日本の自動車メーカーも処分の対象になっており、この問題が日本企業にとっても看過できないリスクであることは明らかです」。
SDGs等に対する各国の姿勢には大きな差があるうえ、トレンドが急速に変化しており、情勢は流動的だ。
「米国では、競争関係にある複数の企業によるSDGs等への取り組みに対する否定的な見解が以前から有力でした。このトレンドは2024年の大統領選挙後に加速しており、たとえば、米国司法省などの独禁当局は、投資会社らによる気候変動対策の取り組みが独禁法違反であると主張して複数の州司法長官が提起した訴訟を支持する姿勢を表明しました」。ほかにも、気候変動対策推進のため各国金融機関によって団体が組成されたところ、違法なカルテルであるという批判や訴訟が相次ぎ、日本を含む各国の金融機関が次々と脱退する事態となっているという。
他方で、日本政府は同業他社との協働をサポートする立場を堅持している。「公正取引委員会は「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方」(2024年4月24日)を策定し、環境保護などを目的とした同業他社との協働はイノベーション促進という競争促進をもたらす側面もあるとして、好意的な姿勢を明確に示しました」。
日本企業は、激変するグローバルトレンドとの板挟みという困難な状況で、方針決定を迫られるおそれがあるという。「情勢が流動的な現在、重要なことは、同業他社との協働について、日本政府のバックアップがあるから不問に付されるはずだという安易な思い込みを排して、伝統的な各国独禁法・競争法の理論の下でも合法といえるか否か、慎重に検討することです。協働に関する取り組みの内容に微修正を加える必要が生じることもあるでしょうが、それは摘発リスクを低減するための重要なプロセスです。経営トップから“取り組みを推進せよ”との指示があっても単にそのまま従うのではなく、現場レベルで専門的・理論的な観点から丁寧に検討することが望まれます。グローバルな規制環境の変化が公正取引委員会の方針に変更を迫る可能性も否定できませんので、各国における議論の状況を注視する必要があります」。

平山 賢太郎 弁護士
デジタルプラットフォーム規制の強化 最新の議論や実務展開を踏まえた対応を
平山弁護士は、近時の独禁法分野におけるもう一つの重要テーマとして“デジタルプラットフォーム規制”を指摘する。
「大規模デジタルプラットフォームによる取引先に対する優越的地位の濫用や、消費者からの個人情報等の不当取得などについて、独禁法・競争法による規制のあり方や新たな立法による規制の必要性がグローバルに議論されており、そのトレンドは急激かつ根本的に変化しています」。
欧州委員会は、大規模プラットフォームに特別な規制を行うデジタル市場法(DMA)を2024年から本格的に運用し、制裁金支払や是正措置を命じる処分を続々と公表している。
日本においては、経済産業省が2021年からデジタルプラットフォーム取引透明化法を施行し、規制対象とされた楽天グループ、グーグルなどのプラットフォーム事業者に対して、取引先事業者との間の取引条件を一方的に変更しないこと等を求めている。平山弁護士自身も経済産業省の「デジタルプラットフォームの透明性・公正性に関するモニタリング会合」委員として事業者からのヒアリング等に加わり、事業者の活動を監視し改善を促す取り組みを続けている。
「この取り組みを通じ、経済産業大臣はアマゾンジャパンの行為が独禁法に違反していると認定し、2024年秋、行政処分等を行うよう公正取引委員会へ請求し、同委員会は直後に立入検査を行いました」。
また、2024年にスマホソフトウェア競争促進法が制定され、公正取引委員会は運用ガイドラインを策定している。「この新法は、欧州のDMAより規制対象範囲がかなり狭いとはいえ、規制の手法や発想は似ていますので、“ミニDMA”ともいわれています。本格的な運用は2025年12月に開始されますが、公正取引委員会がどれほど積極的に調査や処分を行うか現時点では明らかでなく、実務の展開を注視していく必要があるでしょう」。
「公正取引委員会は各国独禁当局との連携を重視していますので、各国の政策や独禁法・競争法執行の動向から影響を受けることが当然予想されます。トランプ政権がグーグル、メタ(旧フェイスブック)などのプラットフォーム事業者に対する独禁法の執行を強化するか否か、いまだ不透明な状況にありますが、最新の議論を把握し理解しておくことは、公正取引委員会による独禁法執行の方向性を正確に予測することに大いに役立つでしょう。
読者からの質問(プラットフォーム事業者との取引条件が一方的に変更されたときの対応)
独禁法を専門とする弁護士に相談して訴訟の提起などを検討する前に、あるいはその検討と並行して、行政による解決手段も検討に値する選択肢です。

平山 賢太郎
弁護士
Kentaro Hirayama
01年東京大学法学部卒業。02年弁護士登録(第二東京弁護士会)。07~10年公正取引委員会事務総局(審査専門官)。10年Slaughter and May法律事務所(英国)競争法グループ出向。22年筑波大学ビジネスサイエンス系准教授。このほか、九州大学准教授、東京大学専任講師、名古屋大学、一橋大学等の非常勤講師を歴任してきた。Chambers Asiaに、独占禁止法分野(日本)を代表する弁護士の一人として13年連続掲載されている。