コンプライアンスの質の向上を支援 NO&T Data Lab株式会社の設立
「当事務所には、調査・危機対応から再発防止策の策定・実行支援に至るまで、危機管理プラクティスにおける豊富な実績を有する弁護士が多数在籍しています。これまでは個々の弁護士が事案ごとに対応し、そこで得た知見は弁護士一人ひとりに個別に蓄積されるのが通常でした。もちろん、それも一つの適切な手法ですし、当事務所のサービスはクライアントの皆様から高い評価をいただいています。しかし、それぞれの弁護士が有する経験やノウハウ、各事案におけるデータを事務所が設けたプラットフォームに集積することで、事務所としてより高付加価値なサービスを提供できるのではないかと考えました」。長島・大野・常松法律事務所のマネジメントでもあり、2024年11月に設立された「NO&T Data Lab株式会社」(以下「NO&T Data Lab」)の代表取締役でもある西田一存弁護士は、同社設立の経緯についてこのように話す。
「NO&T Data Labは、京都大学をはじめとするアカデミアとも連携しています。我々が得意とする“法”に加え、組織の経済学、統計学、経営学、心理学や認知科学、さらにはデータサイエンスなど、隣接領域の専門家の知見を組み合わせることで、より質の高いアドバイスが提供可能になると考えています。NO&T Data Labの取り組みによって、企業のガバナンスやコンプライアンス・プログラムの質を向上させるとともに、組織の内外への信頼を確保しつつ、日本企業の強みを活かして絶えざるイノベーションを実現する組織風土のデザインをサポートすることを通じ、日本社会に大きく貢献できると考えます」(西田弁護士)。
同事務所は、これまで積み上げてきた高い実績に満足せず、コンプライアンス分野においても新たなスタンダードを築くことを目指し、さらなる挑戦を続ける。

西田 一存 弁護士
ルールベースによるアプローチの限界
企業において、コンプライアンスの概念とその重要性は広く浸透し、意識も高まっている。ただし、“ルールの策定と遵守”をもとにしたアプローチに限界を感じている企業も多い。眞武慶彦弁護士は、グローバル・インベスティゲーションの経験から、米国の事例が参考になると指摘する。「日本企業が海外の事業で法令に違反してしまい、海外当局から是正を命じられる事例を多く手がけていますが、海外当局からの指摘の中には、コンプライアンス体制の整備に関するものも多くあります。このようなケースでは、たとえば米国ではコンプライアンス・プログラムに関するガイドラインが整備されており、司法取引をした場合の体制整備義務やモニタリングも厳しいものであるため、参考になるでしょう。もっとも、具体的施策は各社の状況に合ったものを考える必要があり、その前提として、ルール面だけでなく“仕事のやり方”のような領域に踏み込んだ原因分析の深掘りが必要です。単に“ルールが足りなかった”“モニタリングのしくみが不完全だった”というだけでなく、普段の“仕事の進め方”から“ビジネスのあり方”という根本的な部分まで理解を深め、問題点を把握したうえで施策を考えなければなりません。また、日本企業の海外拠点はそもそもリソースが足りないことも多いので、コンプライアンスを呼びかけるだけでなく、物的・人的な支援も必要です」(眞武弁護士)。

眞武 慶彦 弁護士
辺誠祐弁護士は、ルールの遵守に対するインセンティブの必要性を挙げる。「国内企業をサポートしてきた経験から、単にルールの重要性を謳うのではなく、コンプライアンスの取り組みを人事評価においてプラスにするなど、“ルールを遵守することに対する動機づけ”を与える取り組みが重要です。これまで、コンプライアンスは遵守することが当たり前であって、対応が不十分な場合にマイナスに評価する運用が一般的でしたが、積極的に遵守する姿勢をプラスに評価することも重要となってきています。その一環として、コンプライアンス違反事案などの問題に対し、厳正な責任追及や人事等を検討することが重要です。たとえば、“営業成績がよい”など、事業面で欠かせないと考えられている社員がハラスメントなどのコンプライアンス違反に及んだ場合に、一定の懲戒処分は科すものの、人事上では数年後に出世してしまうといった事例が見受けられます。このような対応に関しては、“コンプライアンスは二の次でよいのか”という印象を組織の構成員に与えてしまう可能性があるため、慎重に検討する必要があります。難しい取り組みではありますが、コンプライアンスの重要性を組織に適切に浸透できるよう、人事評価等の社内制度に組み入れていくことを検討すべきです」(辺弁護士)。
福原あゆみ弁護士は、ビジネスと人権(Business and Human Rights:BHR)に関するアドバイスをはじめとするコンプライアンス体制構築の支援も多数手がける。「EUのコーポレート・サステナビリティ・デューディリジェンス指令(Corporate Sustainability Due Diligence Directive:CSDDD)が2024年に発効するなど、サプライチェーンを通じた人権コンプライアンスを求めるグローバルの法規制が進んでいます。一方、日本国内はビジネスと人権を取り巻く環境がガイドラインを含むソフトローで成り立っており、法的拘束力はありませんし、取り組みを行わないことによる直接的な制裁もありません。また、このようなソフトローをベースに求められる内容は抽象的であり、日本企業が戸惑ってしまうこともあるでしょう。しかし、ビジネスと人権に対する取り組みを機関投資家は重視しています。一義的な正解はありませんが、リスクベース・アプローチをとるとともに、“なぜそのリスクについて優先順位が高いと判断したのか”“どのようなプロセスでそのリスクを特定したのか”というプロセスについても開示することが求められます。たとえば、製造業では米国における中国の新疆ウイグル自治区での生産品に関する輸入規制のリスクや中国における反外国制裁法のリスクなど、すべての法令を完全に遵守することが困難ともいえる状況の中で、“企業としてどのような価値観で何を重視するのか”という一貫性がより重要になります。また、日本でも“技能実習生制度が強制労働にあたるのではないか”と疑問視され、育成就労制度(2027年6月までに開始予定)へと見直されましたが、来日のためにブローカーに仲介料を支払うなどのリスクには引き続き留意する必要があります。“奴隷労働”のようなパブリックイメージよりも広い概念の人権リスクに注意しなければならないこともあり、日本企業ではこのようなリスク認識がまだ不十分な面があると見ています」(福原弁護士)。
深水大輔弁護士は、上場企業における大規模事案に携わった経験から、ガバナンスに関する経営層の危機意識の希薄さを指摘する。特にコンプライアンスについて、「法務・コンプライアンス部門のリソースが限られているため、施策が不十分となっている事案を目にしますが、それでは経営層がコンプライアンス違反のリスクを十分に認識していないと言わざるを得ません。海外ではコンプライアンス違反で摘発された場合の制裁金などは日本の比ではなく、とりわけ刑事制裁は何としても避けたいリスクです。海外でのビジネスが増えているのであれば、そのリスクを低減するためのリソースは自ずと増えるはずです。また、社内で“優秀”とされる人材が短期間でもコンプライアンス部門に携われるような人事制度を整備・運用している企業は多くないのが実情です。コンプライアンスの重要性を言葉で説明するだけでなく、“リソースを増やす”“社内で優秀な人材を任命する”などの行動で示すことが重要です。そのような経営層の姿勢を日頃から重視しています」(深水弁護士)と語る。
コンプライアンスを推進するための他部門との連携
“コンプライアンスの推進”と“企業理念の策定・浸透”について、法務部門が一手に担っている場合もあるが、特に後者については広報部門やCSR部門の所掌領域と重なる部分も少なくないため、法務部門の担当外となるケースも少なくない。
「大きな不祥事が起これば、海外当局から行動規範などにコンプライアンスに関する事項を加えることを要求されることが多く、また多額の制裁金を科されるため、否応なく全社的な経営課題となり、法務部門だけでなく経営層も巻き込んだ対応となります。ただし、裏を返せば、そのような対応を強制される契機がなければ全社的な対応は難しいともいえます。平時であれば、そのような取り組みをしている、または義務づけられた他社事例を取り上げ、経営陣や他部署を動かすように試みるのがよいのではないでしょうか。“有事の際に適切に対応しなければ企業の存続に関わるほどの大事になる”ということを、他社事例から経営層に認識してもらうことが重要です。当事務所ではこれまで企業の存続に関わるほどの事案を手がけ、法務部門だけでなく経営層に直接、アドバイスした経験も多く有しているため、適切なサポートが可能です」(眞武弁護士)。
「企業理念に基づく一貫性のあるメッセージが重要であり、それを検討するには必然的に全社的な取り組みにならざるを得ません。たとえば、米国ではトランプ政権における反DEI(Diversity, Equity & Inclusion)政策によって、サステナビリティ重視の欧州と方向性を異にする動きがあります。仮に目先の対応で乗り切ったとしても、数年後にトランプ政権でなくなったときにどのように説明すればよいのでしょうか。コンプライアンスに関する取り組みは一朝一夕のものではなく、継続しなければなりません。これまで進めてきたものを一旦緩めてしまうと、元に戻すことはとても大変です。欧州がサステナビリティ重視の姿勢を変えることはなく、数年後にはCSDDDの適用開始等によって、より厳格になるでしょう。目先の課題を乗り越えることはもちろん重要ですが、その先を疎かにすることは避けねばなりません。普遍的で一貫した企業理念の構築が求められます」(福原弁護士)。

福原 あゆみ 弁護士
「コンプライアンスを担う部門が事業部門とどれだけ連携できるかもカギになってきます。特に、非上場企業・中小企業では、経営陣の意向が強く働きがちで、コンプライアンスを一次的に担う法務等の部門としては、経営陣や、第一線を担う事業部門との間で適切な意思疎通を図る必要があります。たとえば、“業績をあげている施策についてコンプライアンス上の疑義が生じた場合に、法務等の部門がコンプライアンスの重要性を示し、事業部門等から十分な情報提供を受けたうえで適切な調査・分析ができるか”、また、“問題が確認された場合には、事業部門と連携し、業績に影響を与える可能性のある改善策を適切に実施できるか”といった点です。こうした際に、“コンプライアンスの遵守が何よりも優先されるべきである”という経営陣のコミットメントのもと、検討を適切に進めるためのメンバーが社内横断的に集まり、チームとして対応にあたっていくことが重要です。当然のことながら、社内チームは法務部員に限られず、各部署のメンバーで構成されることが一般的ですし、時には外部の弁護士にチームに加わってもらったり、助言を得たりすることもあろうかと思います」(辺弁護士)。

辺 誠祐 弁護士
「経営層がコンプライアンス重視の姿勢や企業としてあるべき姿を明確に打ち出すことが重要であると考えています。私はこれまで、法務部門だけではクリアできない、経営層の判断が必要な事案を多く手がけてきました。そこで実感したのが、経営層として“自社はこうありたい”というゴールを明確化し、全社で共有することの大切さです。ゴールを明確にすれば各事業部門が協力するようになります。昨今、“パーパス(purpose)経営”が重要であるといわれています。パーパス経営とは、企業が自社の存在意義や社会への貢献を明確にし、それを経営の軸として事業を行う経営モデルのことです。現場の目先の利益ではなく、企業理念として重視するものを経営層が明確にしなければなりません。大きな不正が発生したときは“よい機会”であるともいえます。平時に企業としての考え方を変えることは難しいからです。不正が発生したピンチを“チャンス”と捉え、ありたい姿を明確にしていくべきでしょう」(深水弁護士)。

深水 大輔 弁護士
「“経営トップがいかに覚悟を示すか”が重要であると考えます。企業として大きな経営方針を決める際には、通常、経営トップも積極的にコミットするはずです。自社の命運を分けるような重要な意思決定や業務執行に、経営トップが関与しないことはあり得ません。一方、コンプライアンスに関して問題が発生した際、経営トップが積極的に関与するケースと、そうでないケースがあります。後者の場合、いかに立派なルールを設けたとしても実効性が伴いません。施策の枠組みとしてどれだけよいものを構築したとしても、経営トップが“やり抜く”という姿勢を示さなければうまくいかないでしょう。全社的な経営方針を決めることと、組織風土改革やガバナンス強化などのコンプライアンスへの取り組みは同じくらい重要なことです。各部門の連携だけでなく、やはり経営トップがコンプライアンスに対する姿勢を明確に示すことが必要ではないかと考えています」(西田弁護士)。
読者からの質問(コンプライアンスの推進・浸透施策について、よい施策とは)
読者からの質問(企業理念とコンプライアンスは密接な関係にあると思うが、担当外である企業理念とどのような連携をすべきか)

西田 一存
弁護士
Kazuaki Nishida
94年京都大学経済学部卒業。94~01年株式会社住友銀行(株式会社三井住友銀行)勤務。00年Boston University Graduate School of Management卒業(MBA)。01~04年株式会社ボストンコンサルティンググループ勤務。07年大阪大学大学院高等司法研究科修了。08年弁護士登録、長島・大野・常松法律事務所入所。24年NO&T Data Lab株式会社代表取締役就任。第一東京弁護士会所属。

眞武 慶彦
弁護士
Yoshihiko Matake
03年東京大学法学部卒業。04年弁護士登録、長島・大野・常松法律事務所入所。10年Columbia Law School卒業(LL.M.)。10~13年長島・大野・常松法律事務所ニューヨーク・オフィス(Nagashima Ohno & Tsunematsu NY LLP)。第一東京弁護士会所属。

福原 あゆみ
弁護士
Ayumi Fukuhara
06年京都大学法学部卒業。07~08年東京地方検察庁検事。08~09年札幌地方検察庁検事。09~10年広島地方検察庁検事。10年法務省刑事局付。10~12年人事院行政官長期在外研究員制度・米国(University of Michigan Law School卒業(LL.M.)、Columbia Law School客員研究員)。12~13年横浜地方検察庁検事。13年弁護士登録。16年長島・大野・常松法律事務所入所。第二東京弁護士会所属。

深水 大輔
弁護士
Daisuke Fukamizu
05年東京都立大学法学部卒業。07年東京大学法科大学院修了。08年弁護士登録(15年再登録)、長島・大野・常松法律事務所入所。12年公認不正検査士(CFE)資格取得(21年9月再登録)。15年The Dickson Poon School of Law, King’s College London(LL.M.)。15~16年Kirkland & Ellis LLP(Chicago)勤務。24年NO&T Data Lab株式会社代表取締役就任。第一東京弁護士会所属。

辺 誠祐
弁護士
Tomohiro Hen
08年神戸大学法学部卒業。10年京都大学法科大学院修了。11年弁護士登録、長島・大野・常松法律事務所入所。17年Duke University School of Law卒業(LL.M.)。17~18年Dechert LLP(New York)勤務。第一東京弁護士会所属。