近年、スタートアップ市場における事業会社やコーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)による投資がプレゼンスを高めている。スタートアップ投資・M&A案件は年々増加し、事業会社・CVCは(キャピタルゲインと事業シナジーの獲得を目指す)ハイブリッド型投資を中心に、シード~レイターまでの幅広いステージで投資を行っている。スタートアップへの投資、提携やM&Aと法務対応について、アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業の金子涼一弁護士にお話をうかがった。
読者からの質問(スタートアップとの資本・業務提携を検討する際の留意点)
スタートアップの特性も踏まえたハイブリッド型投資も視野に
アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業の金子涼一弁護士(パートナー)は、M&Aや企業間提携、クロスボーダー投資のほか、事業会社、コーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)やベンチャーキャピタル(VC)によるスタートアップ投資・提携の豊富な経験に加え、資金調達やテクノロジー関連の法律問題につきスタートアップ企業へのアドバイスも行う。
「事業会社がスタートアップに投資をする際は、将来キャピタルゲインを得るだけではなく、事業シナジーの獲得、つまり事業会社自身の企業価値向上にも狙いがあります」(金子弁護士)。
コロナ禍や世界的なESGの潮流等により、企業は既存の事業ポートフォリオの見直しや新たな事業領域・市場の模索、エネルギー効率の向上やコスト削減を迫られている。先端的なテクノロジーの導入は重要なファクターであるものの、自ら新しいテクノロジーを創出する時間的・経済的負担もあり、スタートアップとの提携を通じた研究開発やオープン・イノベーションの促進による課題解決、ひいては中長期的な企業価値の向上を目指し、スタートアップに投資する企業が増加していると金子弁護士は分析する。
「スタートアップの価値の源泉は、その成長ステージによって、創業者のビジネスアイデアや先端的な研究、競争力の高い知的財産権や商品・サービスとさまざまです。シリーズA前後での投資は、オープン・イノベーションや長期的な提携を見据えたヒトへの投資という性質が強い一方、ミドルステージ以降は商品・サービスの開発や実装が進み、バリュエーションの基礎や提携した際の事業シナジーの見通しも捉えやすくなってきます。もっとも、マイノリティ出資を前提にした提携関係には限界もあるため、早い段階にマイノリティ出資で関係を構築し、シリーズが進んで提携が軌道に乗ってきたところでM&Aに進むというアプローチも広がってきています」(金子弁護士)。
成功のカギは企業とスタートアップとの間のWin-Winのコミュニケーション
「スタートアップと大企業との連携において大企業に偏った契約実態が存在する」との指摘を踏まえた実態調査を経て、経済産業省および公正取引委員会は2021年3月に「スタートアップとの事業連携に関する指針」を、続いて2022年3月には「スタートアップへの出資に関する指針」を公表した。これらの指針では、問題事例の背景として、大企業側のオープン・イノベーションに関するリテラシーの不足やスタートアップ側の契約・法律に関するリテラシー不足などを指摘し、問題事例における独占禁止法上の考え方を提示する。
もっとも、企業側にVCやスタートアップ経験者が参画するなど、スタートアップの実情への理解は進みつつあるという。
「米国では早いステージで企業の出資を受けたスタートアップのエグジット率がVCからの出資のみの場合よりも高いという調査もあります。指針の問題事例や考え方も踏まえ、事業会社のリソースを利用した研究開発やネットワークを活かした商品・サービスの販路拡大などのスタートアップの企業価値向上と、そのポテンシャルを活かした事業シナジーの獲得を目指すWin-Winな関係を目指すことが、提携の成功へのカギといえるでしょう」(金子弁護士)。
先進事例に学ぶM&Aを意識した“進化する”法務対応
スタートアップは利害関係が異なるさまざまな株主が存在し、また、慢性的に人的リソースが不足しているのが特徴といえる。マイノリティ株主である事業会社がスタートアップに「自社との提携に注力してほしい」と考えても、VCが描くIPOのロードマップやスタートアップが目指す事業成長が優先されることも少なくない。このため、スタートアップの買収やマジョリティの取得が戦略的アプローチとして注目されている、と金子弁護士は指摘する。
「事業会社側からすると、マイノリティ出資や事業提携の段階から、上場前にM&Aが起きた場合の対応をシュミレーションしておく必要があります。例えば、①投資関連契約において将来の買収機会を確保する必要はないか、②他社による買収時に提携関係の保護は図れているか、など、M&Aを意識したより高度なシナリオ分析と法務対応が必要となります」(金子弁護士)。
また、スタートアップの買収時には一般的にバリエーションが論点になるが、アーンアウト(買収対価の支払いをマイルストーン達成まで一部留保する)や株対価買収の活用など、先端的なM&Aスキームを採用する事例も増えつつあるという。
スタートアップの市場と実務が成熟・発展する中において、法務対応も“進化”が求められており、まさにスタートアップの知見・経験とM&A実務を踏まえた複合的・戦略的なサポートができる同事務所のようなアドバイザーとの連携が肝要であるといえるだろう。
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