代表的な製品である自動車部品および自動車関連商品をはじめ、エネルギーの供給や供給部材の開発・販売、モビリティデータをはじめとするビッグデータの活用など、幅広い事業を手がける矢崎グループ。同グループの契約審査を取りまとめるのが矢崎総業株式会社の法務・契約部だ。同部はグループの法務部門のナレッジマネジメント向上を目的として2021年にAI契約審査クラウドである「GVA assist(ジーヴァアシスト)」の導入を決めた。
同部の契約実務支援チームのリーダーである佐藤弘隆氏に、同製品を選んだ背景とその効果についてお話を伺った。
商慣習を理解し、業界動向に常にアンテナを張るべき部門
“クルマをつなぐ” “くらしをつなぐ” “社会をつなぐ” という三つの観点からさまざまな事業を展開する矢崎グループ。製品の製造はもちろん、その企画、原材料の研究開発から調達、販売、アフターメンテナンスまでをトータルに実施しており、携わる分野は自動車関連製品の製造・販売にとどまらず、電気やガス等のエネルギーインフラの供給に関わる部品や空調機器の製造開発販売、情報活用のサービス提供等の領域まで多岐にわたる。
グループ全体をとりまとめる矢崎総業株式会社の法務部門のうち、佐藤氏の所属する契約審査や紛争対応にあたる部署の人員は10名弱で、カバーすべき契約審査の領域は広い。
「弊社は分類としてはメーカーにあたりますが、グループ全体で見れば開発・製造・販売を手がけており、かつ他社製品の販売、他社の部品を組み合わせたサービスも提供しています。近年ではビッグデータの活用を行うなど事業の幅は広がっています。法務は事業部門から商慣習や業界文化を聞きながら、それらを踏まえたアドバイスが求められており、常にアンテナを張って情報収集を行うことが必要です」。
同社での契約審査においては、関係企業との長期的なビジネスを見据えた上で事業部に回答を行うことも欠かせないと佐藤氏は語る。「取引先である関係企業との契約においては、どちらかが一方的に有利もしくは不利になるような内容ではなく、長期的な視点でWin-Winとなる内容である必要があります」。
佐藤氏が重要視しているポイントは、自社から提示した、もしくは相手方から提示された契約内容について社内から問い合わせを受けた際に、その法的な解釈を解説するとともに法務部としての見解を示し、依頼部門に判断の指針を示すことだという。
「法務部隊は、契約におけるコンプライアンス/ガバナンスへの目配りはもちろん、契約書の審査を通して、単に法律の教科書に載った解説を説明するのではなく、取引相手との過去の約束事やビジネスの継続に欠かせない商慣習など、留意すべき点を依頼部門と一緒に考え、判断の指針を提供していかなければなりません。その解説の背景となるナレッジのマネジメントについて、AI契約審査ツールの力を使ってより迅速かつ幅広い分野で実施し、各部員の知見を高め拡張したいと考えたことが導入のきっかけです」。
数百ページに及ぶ解説書を「GVA assist」に登録して活用
取引上の取り決めや商慣習などが複雑に絡む契約審査のナレッジを引き継ぐため、同部門は契約審査における解説書である“プレイブック” をWordで作成していた。改訂を繰り返した結果、そのボリュームは数百ページ、数十種類にのぼり、法務部員にはその内容を読み込み、習得することが求められていた。
「当然かもしれませんが、プレイブックの内容をすべて一言一句記憶することはできません。初学者は、まずどこに何を書かれているかを把握するので精一杯になりますし、逆に慣れた担当者であっても、覚え違いや思い込みなどで、プレイブックを参照せずに誤った回答をしてしまうことも有りえます。また、せっかくプレイブックに書かれている内容よりも良いノウハウが発見されても、口伝やメールによる伝達だけでは、一過性のものとなり、知見の共有にはつながりませんし、日々の業務連絡に埋もれてしまうこともあります。Wordペースで修正をかけようにも、やはり数百ページ、数十種類のWord資料の中から該当の箇所を探し出す手間を考えると、後回しにしてしまい、結果として担当者が行った思考の過程や得た新しい知識、ノウハウを他のメンバーに迅速に共有できないことにつながります」。
この課題を解決したのが、GVA assistの契約審査ナレッジをクラウドに蓄積する機能だ。
GVA assistは、自社の契約書雛形をアップロードして、条文単位でチェックポイントや解説をセットすることで自社のプレイブックを作成することができる。この作成されたプレイブックと審査対象の契約書をAIが比較することで、条文単位での抜け漏れや同じ種類の条文同士を比較して過不足を検知したり、理想的な修正例・譲歩案や条文のチェックポイント、解説などを簡単に参照することが可能。また、雛形だけでなく、参考になる条文を条文単位で検索・参照することもできる。
「自社の契約書雛形と過去に使用した参考条文にチェックポイントや解説を集約することで、閲覧者はその条文について自身の理解と解説を比較し、答え合わせをすることができます。こうして反復して学習することで、知見を深めることができるのです。プレイブックをGVA assistに移行することで我々が実現しようとしたのは、皆で一つの参考書を使うような環境を簡単に用意することです。初学者は、わからない点について参考書で該当する項目を検索し、解説を読みます。中級者も同様に参考書を見ながら気付いた点があれば修正依頼を出したり、管理画面に入って、その解説自体を最新のものにアップデートしていくのです」。
さらに、今後はシステム化されたプレイブックをさらに整理することで、法務部員の学習効率を高めたいという。
「チェックポイントや解説の入った条文が集約されているため、再整理すればプレイブックを有効に活用することができます。GVA assistでは条文ごとにデータが管理されているため、初学者から上級者まで誰でも簡単に情報を見つけ出しやすいですし、これをさらに上手に集約することができれば、より効率が高まると見込んでいます」。
熟練法務部員の調査や検索能力をAIが代行
同社の法務・契約部が数あるAI契約審査ツールの中からGVA assistを選択したのは、自社の契約審査の実務に基づいたシンプルなインターフェイスと、自社の契約審査ナレッジを貯めることで“自社基準での契約審査ツール”にカスタマイズできる点が大きかったという。
「弊社の契約審査の場合、各条文についてツールベンダーが定義した基準でのリスクのアラートが表示されたとしても、自社基準とはリスクに対する考え方が異なりますし、その回答方法に頭を悩ませることも多かったです。むしろリスクアラートは参考程度に捉えて、依頼部門や相手会社から質問や修正要望を受けた箇所を選択しクリックすれば、該当条文のプレイブックが表示されて対応方針を確認できることに加えて、表示された対応方針のナレッジも随時ブラッシュアップができることが魅力でした」。
契約審査ツールの中には、多くの契約書雛形や独自のリスクアラートを収録していることをアピールするものも多い。しかし、同社にとってベンダー作成の雛形のテンプレート集ばかりがAIによって提案されることは、自社の契約審査ナレッジを検索するうえでノイズとなってしまう場合があるため、避けたかったという。
「もちろん、自社にない雛形やリスク分析については参考にすることもありますが、叩き台としての参考程度のものであり、ツールに必須なものではありません。現代では、官公庁や業界団体、法律事務所等が作成した、さまざまな雛形や解説がインターネット等や書籍を通じて手に入ります。加えて、あまりなじみのない分野の取引であれば、相手会社から提示される契約書も参考になります。これらを比較検討、分析した上で“良い”と思ったもののみを参照データとして取り込みたいのです。もちろんツールに格納するに際して、条文の内容を自社に合わせて少し変更したり解説を加えたりする必要もあります」。
また、GVA assistには“オプション条文” 機能があり、一つの条文に対し複数の条文を紐付けて表示することができる。例えば、ベースを同じくする雛形に対しても、業界や商慣習、相手との取引経緯の違いにより、アレンジをする必要があるが、そのアレンジ方法について、各人がバラバラの回答をしてしまうと、相談を寄せた事業部から法務の回答の質に疑念を抱かせてしまうため、回答文例のバリエーションを登録して、複数の条文を解説と共に紐づけて管理できる。
企業間の契約審査では修正の入りやすい条文があり、修正内容にも一定の傾向がある場合が多い。しかし、その塩梅については経験がなければ把握できず、一般的に法務部員はそれぞれの企業のマニュアルや過去の締結済み契約書を参照しながら実践を繰り返して知見を習得するしかなかった。
GVA assistが提供する自社プレイブックの作成機能とオプション条文の機能は、利用企業の各社が契約審査のルールを明確に整理し、部員の契約書修正パターン習得を補助する役割も果たす。
「新型コロナウイルスの流行によりリモートワークが進みましたが、この機能によりリアルタイムで部員にナレッジを共有できるようになり、家でもどこでも自社基準の契約審査方針を参照できるようになりました。契約書そのものと同時に条文修正の履歴や条文バリエーションが1画面で表示されるシンプルなインターフェイスも、ITリテラシーがあまり高くない部員でも使いやすいと思います。私は、法務部員の教育とは“知識を与えられて終わり” というものではなく、自身で知見を体得していく過程こそが重要だと考えています。自社の契約審査方針を参照しやすいこのシステムはその考えにも適しているように思います」。
真の効果は法務サービスの質の向上
同部はGVA assistを導入したことでどのような効果を得たのか。佐藤氏は「ツール導入の効果の本質は、参照・調査負荷の低減も大事ですが、事業部に対してのアドバイス品質の向上だと考えています」と語る。
「調査や検索に割く時間が減った分だけ、各担当者の思索する時間が増えたように思います。以前は参照先を探すだけでも大変な様子も見られましたが、最近は依頼部署とより深くコミュニケーションを行ったり、より深くリスク分析をしたりする姿を目にするようになりました。私は、法務部員は“‘ありがとう’ と言われることを仕事のやりがいにする人” が多いと感じています。GVA assistを導入して調査の時間が減り、その分だけ依頼部署の期待に応えるアドバイスの品質向上に時間がとれるようになったのは良いことだと思っています。弊社の場合、部署として正式見解を出す場合は私がすべての内容を確認していますが、GVA assist導入後は部員から提出される報告書の質が一段上がりました。また、新入部員は先輩社員に相談しながら知識やノウハウを習得したいというニーズがありますが、一方で、“忙しそうにしている先輩社員に話しかけるのは気が引ける” という声も聞きます。特に在宅勤務においては、“今” の状況が目に見えにくい分、信頼関係が構築されるまでは迷いが生じがちと思います。また、人間である以上、一度聞いただけで答えがわかるというものでもないので、再確認したいというニーズもありますが、数百ページに及ぶ手引きの該当箇所を都度、紙やWordベースで確認することは非効率であり、その場で該当ページを参照して伝えることは困難です。結局、1日中辞書と格闘していた新入部員もいましたが、GVA assistにより該当箇所にすぐにたどり着けるようになったことで、何度も先輩に同じことを聞くことを減らせるようになったのも、業務環境としてプラスだと思います」。
契約書審査の実需に応えるツール
GVA assistはリーガルサービスとして提供するにあたり、秘密情報の第三者開示を避けるためにユーザーの契約書データをAI学習に使用しない仕様になっている。前身プロダクトであるAI-CON(現:GVA NDAチェック)でのAI研究を基にプロダクトを開発していることから、GVA assistでは契約書データをAI学習に使用しないのもポイントだ。
最後に、これからのAI契約審査ツールに求める役割を佐藤氏はこう結ぶ。
「AIによる契約書のリスクチェックは、英文契約書であればある程度可能になるかもしれません。しかし、日本語の場合は使われている文字の数や種類も多く、さらに自然言語は文法構造を変えるだけで同じ意味を表現することができるため、AIによるリスクチェックをかいくぐるような修正をすることもできてしまいます。よって、AIのみですべてのリスクを検知することは一朝一夕には難しいでしょう。そのため、常に契約書データを読み込み学習して精度を上げるタイプのAIであっても、それだけで人間の代替ができるとも思えませんし、そのようなAIの性能だけを誇るツールには重きを置いていません。また、日本語の契約書の特徴として、ビジネスの内容をすべて網羅しているものは半分もないでしょう。見積書や注文書、仕様書やミーティングメモも契約に影響を与えますが、それらは契約書表現に特化したAIでリスクチェックができるものではありません。結局は、法務部が現場を理解し、事業部門と一緒になって長期サイクルでプロジェクトを見る必要があります。日本語の契約書審査は、結局は人が関わらなければならない領域です。GVA assistはその点をよく理解し、法務部隊が効率化を図るために避けて通れない箇所は効率化し、人間の育成や能力拡張に必要な機能を開発・搭載してくれるツールだと感じています」。