【ESG法務~株主対応とディスクロージャー】ESG関連領域の対応には着実な前進と時流を踏まえた柔軟な検討を - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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ESG・サステナビリティ領域は分野横断的な情報共有・連携が必須

2019年に「ESG/SDGsプラットフォーム」を設置した森・濱田松本法律事務所。
プラットフォームの設置について、キャピタルマーケッツや規制法対応等の業務を手がける田井中克之弁護士は「ESGやサステナビリティに関する事項は従来の業務分野の枠には収まらない領域で、企業に適切なアドバイスを提供するためには分野横断的な連携が必須との思いから設置しました。専門分野が異なる弁護士同士で、所内勉強会等を通じて意識的に情報共有を行います。また、書籍の執筆や法務セミナーを共同で行うことでも、所内の知見を深めるとともに情報発信を強化しています」と語る。
また、同事務所は「MHM Sustainability Policy」を策定・公表している。
「ポリシーは抽象度の高い基本的なものですが、その内容を所内の人間が噛み締め、再認識した上で個別の取り組みを行うことが肝要です。企業に求められている意識変革を自ら行うことで、リーガルサービスの充実にもつなげたいと考えています」(田井中弁護士)。

田井中 克之 弁護士

法整備が進むサステナビリティ開示 可能な範囲から着実な実践を

ESGおよびサステナビリティの実践においては、ディスクロージャー分野で近年制度化が進んでいる。株主・債券投資家等からの要請に応えるため、TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosure。気候関連財務情報開示タスクフォース)提言等のフレームワークに沿った任意開示が広がったためだ。日本はTCFD提言への賛同企業・機関数が世界一であり、TCFD提言に沿った開示を統合報告書や有価証券報告書で行う上場企業が増加している。
2021年6月には、コーポレートガバナンス・コードの改訂により東証プライム市場上場会社に対してTCFD提言に沿う開示が実質義務化された。ただし、最初から完璧な内容が求められているわけではないと田井中弁護士は語る。
「“まずはできる点からの実施を促そう”という東証の狙いも感じられ、実務も今後変化することが予想されます。サステナビリティ分野をリードする欧州ですら、ロシアのウクライナ侵攻の影響を受けて、現実路線への揺れ戻しの意見も出ています。真理を見失わないようにしつつ、柔軟に対応する必要があるでしょう」(田井中弁護士)。
プライム市場上場企業の間でも取り組みには大きな差があると語るのは、IRを通じた危機管理やファイナンス等の業務を手がける宮田俊弁護士。
「TCFD提言に基づくディスクロージャーに積極的な企業が業界をリードする一方で、最低限の取り組みに留まる企業も多くあります。開示を通じて価値を高めて差別化を図る企業との差が出るようになりました。日本はESG開示のベストプラクティスとは何かを模索している最中だと感じます」(宮田弁護士)。

宮田 俊 弁護士

有価証券報告書での開示義務化には算定手法に正確な根拠付けを

気候変動リスクや多様性・人的資本等、企業のサステナビリティについて、有価証券報告書に記載をする企業も出てきた。
「サステナビリティ項目の有価証券報告書への記載は早ければ2023年3月期から義務化されると見込まれます。統合報告書やサステナビリティレポートに記載していた内容を有価証券報告書においても開示することを検討する動きは活発になっています」と語るのは田井中弁護士。
有価証券報告書は誤りがあればペナルティが発生する。その点で身構える企業も多い。
「難度は一段高いですが、過度に委縮する必要もありません。ポジティブな内容を記載することが多い統合報告書等とは視点はやや異なりますが、企業として重要であると考える内容を記載する点は変わりません。また、数十年後の未来を予測することは容易ではなく、100%の正確さが要求される事項ではありません。現時点でのベストエスティメイトを積極的に伝えようという時代や社会になりつつあるのです」(田井中弁護士)。
開示内容の算定については、社内の人材で完結できる企業はほぼなく、外部の機関や専門家に依頼することが一般的だ。一方で、記載内容の根拠の担保や開示リスク把握のためには、企業でESG開示に通じた人材の育成が欠かせないと宮田弁護士は語る。
「リスクが考えられる局面は二つあります。まずはESG開示が有価証券報告書等において法定開示項目となり、当局による執行の対象となった場合です。現在のところ法定開示項目ではないものの、既に有価証券報告書等において記載が見られる男性の育休取得率を例にとれば、企業によって計算の根拠が異なる状況です。将来執行の対象となり得ることを見据えれば、正確かつ誤解のない計算根拠を採用することが必要です。もう一点は、投資信託等の商品販売における開示です。ESGに関連した商品において、説明の誤りや根拠の薄弱さがあるものが欧州で既に問題となっています。日本では顕在化していませんが、ほどなく同様に問題となるでしょう」(宮田弁護士)。

大規模な投資の呼び込みにはESG対応が必須項目に

同事務所には、グリーンボンド発行の際のフレームワークへの助言依頼も増加してきたという。
「グリーンボンド発行のためには、調達資金を投じる適格プロジェクトの内容などを定めたフレームワークを作成し、第三者機関の意見書を取得する必要があります。会社の経営戦略や事業内容と整合するフレームワークを練る作業は容易ではありません。原案の段階で拝見して、第三者機関から指摘を受けそうな点があれば伝え、他社事例と比較検討しながら推敲を重ねています」(田井中弁護士)。
組成が複雑かつ公募できる企業も多くはないグリーンボンドだが、今後は増加が見込まれているという。
「グリーンボンドであることを投資条件とする投資家や、ポートフォリオの一定額を環境に資するプロジェクトに分配するルールを持つ投資家が増えてきました。投資を受ける企業としては、グリーンボンドを活用することで期待する調達金額を集めやすくなり、サステナビリティに貢献できる相乗効果を得ることができます」(田井中弁護士)。
IPOを目指す企業でも、上場前の投資家へのインフォメーションミーティングにおいて必ずESGに関する項目を加えることがトレンドになっているという。
「プライム市場への上場を目指しているか否かにかかわらず、ESG項目は投資家から必ず確認されます。最近ではESG項目作成のための準備を手厚く実施し、FAQを作成することが一般的です」(宮田弁護士)。
投資家から確認されやすいポイントは、業種に沿ったサステナビリティを実施できるかという点だという。
「人材系の企業なら人材の育成やリテンションの手法、サクセッション・プランについて確認され、製造系の企業であればTCFD提言への対応やゼロエミッションへの取り組みが問われます」(宮田弁護士)。

株主側も一定の影響力を持つ手段として注目するESG関連の株主提案

株主対応においては、近年はESG関連の株主提案やアクティビストからのアクションが増加しており、その対応が企業の喫緊の課題となっているという。
「日本において、現状、ESG関連の株主提案が集中している分野は金融機関と商社です」と語るのは、金融関連企業や商社も含め、上場会社における株主対応等の業務に携わる近澤諒弁護士。
「株主提案に至る前段階ではエネルギーセクター等にも投資家からさまざまな問題提起がなされていますが、日本では、今のところ、投資家としての側面を持つ企業に対する株主提案が活発です。提案株主側は、脱炭素等の環境やサステナビリティに関する政策目標実現のために、関連するプロジェクトに投融資を行う企業への株主提案が効果的だと考えているからです」(近澤弁護士)。

近澤 諒 弁護士

また、短期的な利益の獲得を重視してきたアクティビストが、近年はESGをテーマとする提案も行う傾向にあるという。製造系の企業その他上場会社の株主対応やアクティビスト対応等の業務に携わる邉英基弁護士は「ESG関連の提案は他の投資家からも一定の賛同が得られやすいこと、提案内容が否決されたとしても一定の賛同を集めることでファンド自体への評価が得られるという面もあるのだろうと思います」と語る。

株主提案対応で問われるのは日頃の課題解決プロセス

日本でESG関連の株主提案が行われた事例は多くないものの、コーポレートガバナンス・コードの改訂等が行われた現状においては、株主提案があった場合には、これに対する取締役会としての意見を説得力のある形で示さなければ株主の賛同を得られない。その点は企業もよく自覚した上で相談が寄せられていると近澤弁護士は語る。
「株主提案についてのご相談には二つのパターンがあります。日頃から相談を受けている企業に株主提案があった場合と、株主提案をきっかけに相談が持ち込まれる場合です。株主提案への対応は、日々の組織運営の把握が重要です。日頃接点のある企業には、取締役会レベルで自社のESG・サステナビリティ課題を定義し、その課題解決のための戦略や計画を立て、モニタリングするというPDCAを企業の実情に合う形で実施することが肝要だとアドバイスをしており、有事に対する備えができています。株主提案後のご相談の場合は、これまでの取り組みを把握し、他社事例における知見も用いて、株主提案へのアピールポイントがどこにあるかを検討します」(近澤弁護士)。
取締役会運営では、ESGに関する経営課題に取り組むスキルを持つ人材が求められているものの、人材不足が顕在化しているという。米国では株主側が社外取締役の選任を提案し、採用された事例も発生している。
「人材は不足している状況ではありますが、そもそも“どのようなESGスキルを持つ人材が必要か”について検討していない企業も多く、まずは必要なスキルを具体的に検討するアクションが必要です。専門人材の社外取締役就任が難しければ、ESGの専門家をアドバイザーとして雇い、アドバイスを得る体制を整えるという手もあります。ESG対応に唯一の正解があるわけではなく、まずは、会社の規模や実情に応じて可能な範囲から始めることが肝要ですので、相談を受けた際には、その点もご説明しながら適切な対応を検討します」(邉弁護士)。

邉 英基 弁護士

なぜESG委員会の設置が必要か 実効性を踏まえた検討を

同事務所には、企業からESG委員会設置等の体制についての相談も多く寄せられている。
「“企業の体制案に違和感がないか”というご相談が多いですね。体制については、委員会を設置するか、設置するとして執行部と監督側どちらに設置するかなどの論点がありますが、執行側がきちんとしていることが、きちんとした監督の前提でもあります。企業の事情を踏まえた体制のあり方や、コーポレートガバナンス・コードに則り行う開示の内容に関するご相談が増えてきました」(邉弁護士)。
一方で、ESG委員会の設置は増加傾向にあるものの、上場企業の主要企業の一部に限られる。近澤弁護士は委員会の設置は必須ではなく、ファンクションとして考えることも必要だと説明する。
「いま、一定以上の規模の上場会社には既にESGやサステナビリティの担当部署があります。これに加えて、別途委員会を設置する場合、そもそもどのような役割を担わせるべきか、多くの担当者が十分に納得していないように感じます。“トレンドだから”と設置に向けた検討を進めるものの、具体的な構成や機能を定めるにあたって、あまりに多様な選択肢があって、決められないことも多いのでしょう。我々弁護士は情報センターとしての機能も果たします。委員会設置の要否や設計について、トレンドに加えて、株主提案のような有事対応時における説得力という観点も取り入れて助言するようにしています」(近澤弁護士)。

→『LAWYERS GUIDE Compliance × New World』を「まとめて読む」
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 DATA 

所在地・連絡先
〒100-8222 東京都千代田区丸の内2-6-1 丸の内パークビルディング
【TEL】03-5220-1800(代表)

ウェブサイトhttps://www.mhmjapan.com/ja/

田井中 克之

弁護士

04年東京大学法学部卒業。06年東京大学法科大学院修了。07年弁護士登録(第二東京弁護士会)。13年ペンシルベニア大学ロースクール修了(LL.M)。14年ニューヨーク州弁護士登録。15年公益社団法人日本証券アナリスト協会検定会員登録。

宮田 俊

弁護士

05年東京大学法学部卒業。07年東京大学法科大学院修了。08年弁護士登録(第二東京弁護士会)。14年ニューヨーク大学ロースクール修了(LL.M.)。15年ニューヨーク州弁護士登録。17~18年金融庁証券取引等監視委員会出向。

近澤 諒

弁護士

07年東京大学法学部卒業。08年弁護士登録(第二東京弁護士会)。16年ペンシルベニア大学ロースクール修了(LL.M)。17年ニューヨーク州弁護士登録。

邉 英基

弁護士

07年慶応義塾大学法学部卒業。08年弁護士登録(第二東京弁護士会)。14年ミシガン大学ロースクール修了。15年ニューヨーク州弁護士登録。15~18年法務省民事局出向。

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