地政学リスクの増大やグローバルな規制強化など、現代のビジネス環境は複雑を極め、法務の役割はかつてなく重要性を増している一方で、その需要の高まりに人材の供給と育成が追いついていないのが足元の実情だ。加えて、生成AIの急速な進化により、中長期的には法務業務の相当な部分が生成AIに代替されるとの考えも多く聞かれる。
こうした激しい状況変化の中、法務部門は従来の受け身の姿勢から脱却し、いかにして企業価値向上に貢献する戦略的パートナーへと変貌を遂げるべきか。
企業法務の未来を見据え、先進的な取り組みを牽引する富士通株式会社の白石洋也氏とパナソニック ホールディングス株式会社の根橋弘之氏が、これからの法務に求められるスキルと人材育成戦略について語り合った。
“受け身”からの脱却―経営に貢献できる法務へ
白石 ビジネスのグローバル化やテクノロジーの進展により新たな法規制やビジネスモデルが広がる中で、法務人材の需要が急拡大していますが、採用難の状況が続き、深刻な人手不足が生じています。業務量は増える一方なのに、“リーガルテックで生産性を高めよ”というプレッシャーも強い。この難局を乗り切るためには、戦略的な人材マネジメント、特に育成に力を入れていく必要があります。そのために、まずは法務の役割を根本的に再定義し、必要なスキルや人物像を明確にすることが出発点となります。
根橋 生成AI(以下「AI」)が多くの定型業務を代替する未来を前提に、これからの法務は単に依頼された業務を受け身でこなすのではなく、“経営や事業にどう貢献できるか”を積極的に提示していくことが肝要であり、その視点を欠けば、法務部門は“DX化による人員削減の対象”と見なされかねないという危機感を抱いています。まずは“受け身の姿勢”から脱却し、経営陣と目線を合わせ、ビジネスの呼吸に合わせた貢献の形を探る必要があると考えています。
白石 貢献の形を可視化するという意味で、御社ではどのような検討をされていますか。
根橋 いろいろな方法がある中で、これは当社でも議論を始めたばかりなのですが、一つのアイデアとして、製造業における“スマイルカーブ”、つまり、上流の開発と下流の販売・営業という二つの局面に付加価値が大きく偏るという現象を法務に応用できないかと考えています。M&Aを例にすれば、最初のストラクチャー組成と最後のリスク判断こそ、社内の法務部員が価値を発揮できる場面です。入口と出口の最も付加価値の高い部分を法務部門が担い、デューデリジェンスや契約交渉といった中流部分は外部専門家の知見を借りるという、価値分析に基づくサービスデリバリーモデルの構築を提案する発想です。
白石 なるほど、“法務のスマイルカーブ”ですね。そのような精緻な価値分析を行うことで、内部で付加価値として提供するサービスと、外部に委託する業務の整理が格段に進みそうです。ただ、そのような法務の価値を、経営陣や事業部にどう理解してもらうかも課題ですね。経営陣に理解しやすい言語で表現するために、たとえば、ROIC(投下資本利益率)のような財務指標と紐づけて、定量的に法務の貢献を示すアプローチが考えられます。経営陣の念頭にあるフレームワークを利用して、「法務はこの項目に貢献できます」と提示することで、事業戦略と法務がつながる入口になると思います。もう一つは“データ”という切り口です。法務部門に蓄積されているデータを、経営や事業に資する形で活用していくデータドリブン・マネジメントやナレッジ・マネジメントの実施です。
根橋 法務部門のミッション、ビジョン、バリューを定めている会社も多いと思いますが、抽象的な理念ではなく事業戦略と紐づいた内容になっているか、ご指摘のように経営陣と共通のフレームワークを使った再確認が必要だと考えています。また、データ活用については、法務部門内で誰がどんなスキルを持ち、どんな依頼を受けてどのような回答をしたか、また依頼元からの評価はどうだったか―これらをすべてデータ化して把握できれば、適切なアサインメントや部門全体のリソース配分が可能になります。いかに自分たちの活動をデータとして蓄積し、AIでも分析可能な形にしておくかは今後の法務の人材育成にも大きく影響すると感じており、当社でもこれを実現する方法について検討の緒に就いたところです。
“運命共同体”としてプロアクティブに事業に寄り添う
白石 経営や事業への貢献を実現するには、事業への深い理解が不可欠ですね。御社ではどのような取り組みをされていますか。
根橋 まだしくみ化はできていないのですが、二つのアイデアを検討したいと考えています。一つ目は、経営会議のオブザーバー参加です。リーガルリスクを含むさまざまなリスクが並べられたテーブルの上でギリギリの経営判断が下されている現場を目の当たりにすることで、事業理解は格段に深まるはずです。二つ目は、事業部の“カルテ”を作成することです。自分が担当する事業の製品、売上規模等のビジネスの基礎情報に加え、過去の契約トラブルや法令遵守リスクなどをまとめておく。ここで重要なのは、たとえば法務部門内で発表会を行うなど、それを“他者に説明できる”ようにすることです。そのためにはその事業の深い理解が必須ですし、当該事業を“自分事”として捉える心理的な同化現象も期待できます。
白石 当社でも、法務が“相談窓口”から“運命共同体”へマインドセットを転換する試みを始めています。ビジネスのニーズをプロアクティブに理解し、タイムリーに必要なものを提供していく。そのためには、ビジネスの上流に食い込み、相談される前に提供するくらいの勢いが必要です。
根橋 “プロアクティブ”という発想も、従来の法務にまだまだ不足していた部分ですね。外部弁護士やALSP(代替法務サービスプロバイダー)、AIなど、法務を担うプレイヤーが増える中で、「法務部門はこれができます」という独自の価値を持つことが重要になってきます。

根橋 弘之 氏
この先、求められる法務人材像とは
白石 これからの法務に必要なスキルについて、いくつかキーワードを提示してみます。まずは「グローバル競争力」。海外の法務部長と対等に議論・交渉できる人材が求められます。次に「テクノロジー活用力」。AIやリーガルテックを活用して業務効率化を図りつつ、自身の付加価値を把握し、そこに注力する姿勢を示すこと。そして、「経営戦略、ビジネスへの貢献」。ビジネスへの深い理解と関心が重要です。最後に「組織マネジメント」。データサイエンティストやエンジニアといった多様な人材を受け入れ、協働できる組織作りがポイントです。
根橋 どれも本質的で重要ですね。特に、「経営戦略、ビジネスへの貢献」は必須ですが、そこで問われるのは“コミュニケーション能力”という、ベタですが本質的なスキルだと思います。従前、法務部門では法律知識のようなテクニカルスキルがより重視されてきましたが、将来的に知識面はAI等によってカバーされる範囲が広がりますので、事業部に「何かあったらとりあえず相談したい」と思ってもらえる、また、法務がブレーキを掛けるような場面でも、「あなたが言うなら」と納得してもらえる信頼関係を築けるかどうかがこれからは肝になります。また、別の視点で、定型的な契約のチェックや社内規程の問い合わせ等、AIで素早く正確に処理できる業務が増えてくると、法務部門がすべてのリーガルリスクを自ら判断するのではなく、テクノロジーを活用してできる限り事業部に判断権限を移譲することが重要になると考えています。その際、法務部門は全社最適の視点で、どんなテクノロジーを採用してどこまで事業部に委ねるかをデザインする役割を担うことになります。リーガルリスクの判断の質を保ちつつ、意思決定のスピードを高め、適切なリスクテイクができるような設計をすることが、法務部門による企業価値向上への貢献の一つの形になるのではないでしょうか。
白石 法務のスコープは広がる一方なので、そのような役割やアプローチの変化は必然の流れですね。ただ一つ注意すべきは、会社の法的リスクの最終責任は法務にあるという点です。ツールやしくみをデザインすることにより事業部側で一定のリスク判断を行えるよう促すとしても、責任まで現場にシフトしてしまうと、法務は責任を手放しているだけになりかねません。それが事業部門や現場にとって本当に望ましいことなのか慎重に検討すべきでしょう。テクノロジーも同様で、AIが出した答えが間違っていたとしても、「テクノロジーのことはわからない」というスタンスはとれません。AIの回答やガイダンスの品質が担保されているかを見極める責任も含めて、法務が最終的な責任を負うべきです。
根橋 AIを使って事業部で一定の判断を適切に完結させるしくみを作る一方、AIやビジネスの判断が妥当であることを法務部門が担保し、何かあった際には責任を取る覚悟を持つべきということでしょうか。おっしゃるとおり、我々はそこから逃げてはいけないですね。
白石 テクノロジーをブラックボックス的に使うだけでは無責任です。AIの特性を理解し、それをサービスの形に落とし込める人材は、今後ますます価値が高くなるでしょうね。

白石 洋也 氏
人材育成の新機軸―努力を評価し、挑戦を後押しする法務へ
白石 既に申し上げたとおり、必要とする人材の採用が難しい時代、内部での育成の重要性は増すばかりです。御社では、どのような人材育成への取り組みをされていますか。
根橋 テクニカルスキルだけでなく、今後はコミュニケーション能力や事業理解、ITスキル等の育成にも注力していきたいのですが、こうした力は座学だけでは身につきにくく、また業務上の成果につながるまで時間がかかります。だからこそ、成果だけで評価するのではなく、成果に向けて努力しているプロセスも評価するしくみを構築できないか、模索しています。具体的には、次のような評価制度の導入を検討しています(図表参照)。まずマネージャーが、“このような組織でありたい”というビジョンに基づき、自分たちの発揮すべき付加価値を定義する。そしてそれをメンバーにストーリーとして示したうえで、「あなたにはこの役割を担ってほしい」「こう成長してほしい」という期待を伝え、メンバーとの対話を経て育成プログラムを設計・合意します。この合意に沿った努力に対しては、“努力したこと”自体を評価して成長を後押しする。この“成長主義”は今後の人材育成には不可欠な視点であり、1日も早くその制度設計を実現させたいと考えています。

白石 プロセスの評価は素晴らしいですね。当社の法務部門の取り組みとしては、3年程前から海外の幹部も交えて四半期に一度“グローバルタレントマネジメント会議”を開催し、部門内の各チームの人材マネジメントがサイロ化して部分最適に陥ることを防ぎ、組織全体としての最適化を図るための議論を行っています。結果として、海外派遣や短期留学といった人材へのメリハリのある投資につながりやすくなっています。社会的に終身雇用の前提が崩れていく中、当社もジョブ型人材マネジメントに移行しています。このような環境において、個人のキャリアオーナーシップと組織のニーズをいかに緻密にすり合わせていくかが、ますます重要になっていると考えています。
根橋 非常に先進的な取り組みですね。法務部員は「正しくあるべき」というセルフイメージが強く、失敗を過度に恐れ、試行錯誤が苦手という特徴が目立ちます。しかし目的意識を持って挑戦し、そこから何かを得たのなら、たとえ失敗しても、それはエラーではなく学びでしょう。そこでもう一つ検討しているのが、“やらかしアワード”のような取り組みです。失敗しても「ナイス・トライ!」と評価し、挑戦を称える。それが次のチャレンジへのハードルを下げ、組織全体でトライ&エラーを推奨する文化の醸成につながると思っています。
白石 失敗を恐れず、挑戦する方向へ。マインドセットの切り替えを促進する取り組みは、非常に有効ですね。実際にトライすることでしか得られない経験は多く、ビジネスを創出する苦労やマネジメントの難しさを体感することは、次世代リーダーの育成にも直結します。一方で、人材育成で優秀な人材を育成しても、転職してしまうケースは避けられません。今後はポジティブな意味での“流動性を前提とした人材マネジメント”が必須です。新たなチャレンジとして転職していく人材を応援し、関係性を継続することが、巡り巡って自社の利益にもつながる。それが目指すべき組織像だと思います。
根橋 重要な考え方だと思います。昨今ではキャリアの流動性が高まってきていますので、一度退職しても、出戻りや企業間のゆるやかなネットワークの中で共生する、そんな可能性が広がっていくとしたらそれは理想的ですね。
今後の展望―新たな価値創造へ
根橋 AIの登場で、専門性という“殻”が崩れつつある今こそ、開き直って「自分たちの価値は何か」を問い直す絶好の機会だと思います。経営陣や事業部門との対話、新しいスキルの学習、他社の法務担当者との議論など、できることはたくさんあります。プロアクティブな法務として、テクノロジーを積極的に活用し、法務の専門性に“プラスα”をして、経営や事業に深くコミットしていく。それが企業価値向上に貢献する法務の道標となるはずです。
白石 法務の存在価値を向上したいという思いは、どの企業も一緒のはず。これからは、法務部門の組織マネジメントにおいても、各社が切磋琢磨していく時代です。AIの到来は脅威でもありますが、事務作業から解放され、ビジネスや経営に本当の意味で貢献できるチャンスでもあります。法務を取り巻く環境変化をポジティブに捉えられるかどうかが、法務部門が企業内でプレゼンスを高め、ひいては日本企業の競争力を高めていけるかのカギになると考えています。
根橋 弘之
パナソニック ホールディングス株式会社 エグゼクティブリーガルカウンセル
11年森・濱田松本法律事務所入所。日本国内外のM&A案件、ベンチャー投資関連案件を担当。米国、ドイツでの留学・海外研修を経て、21年パナソニック株式会社(現 パナソニック ホールディングス株式会社)入社。引き続きM&A案件等を担当しつつ、生成AIやリーガルテックに関心を持ち、25年4月より、同社のリーガルオペレーションズ担当に就任。弁護士(日本および米国ニューヨーク州)。
白石 洋也
富士通株式会社 ゼネラルカウンセル室 エグゼクティブディレクター
06年富士通テン株式会社(現 株式会社デンソーテン)入社。15年富士通株式会社転社。19~21年米国駐在。25年米国ペンシルベニア大学修了(LL.M.)、Wharton Business & Law Certificate取得。22年~同社ゼネラルカウンセル室兼Global Legal本部エグゼクティブディレクター。これまでグローバルなM&A・再編、コンプライアンス、紛争対応などを幅広く担当し、現在は組織・人材戦略担当としてグローバルに法務部門のDXやデータドリブン経営などの改革を推進中。