“総合力”に重点を置き企業知財を支援する
弁護士法人北浜法律事務所は、110余名の弁護士、外国法事務弁護士等を抱え、企業法務を中心に扱う総合法律事務所だ。十分な大所帯に思えるが、意外にも巨大事務所でもなくブティック事務所でもないこの規模の法律事務所は多くはないのだという。“この体制ならではの強み”とは何か―知財業務を中心に話をうかがった。
今や、“知財と無関係な産業はない”と言っても過言ではない。機械や化学の特許といった限られた分野をイメージして「自業界にはあまり関係がない」と考える向きもあるが、そのような従来知財がイメージされた分野以外でも、たとえばデザインに関しては意匠法、ブランディング・マーケティングの観点では商標法が関わる。写真の利用一つをとっても著作権法上の検討が欠かせず、AIの活用が普及するなど新しい論点も日々生まれている。
一度企業で知財にまつわる疑問や困り事が発生したとき、クライアントとしてまず悩むのは、“どの事務所のどの弁護士に相談すべきか”である。知財系の法律事務所には、たとえば紛争、製薬、アート、スタートアップ支援など、特化した専門性を謳うところが少なくないが、その中からコンフリクトの問題がなく、自社と相性のよいパートナーを探すのは骨が折れるものである。しかしこの点、同事務所は懐が深い。
冨本晃司弁護士は「当事務所は総合事務所として、特定の法域や業種に限定することなく対応できます。クライアント層もスタートアップから上場企業まで幅広く、日常的な知財相談から特許訴訟まで、どのような案件でも対応できる体制を整えています」と自信を見せる。
同事務所では交渉・訴訟対応のほか、予防法務相談、デューデリジェンス対応、ライセンス契約等の契約交渉などにも対応している。ただし、これは決して同事務所がどの分野も“広く浅く”対処しているという意味ではない。同事務所は、オブカウンセルとして大阪地方裁判所・大阪高等裁判所の知財部や知的財産高等裁判所で裁判長等の要職を歴任し、知財紛争案件に特に精通した小松一雄弁護士、大須賀滋弁護士、谷有恒弁護士の3名の元裁判官を擁している。彼らを含め、それぞれに得意分野を持つ弁護士が強い連係をなすことで“広く深い”リーガルサポートを実現しているのだ。また、必要に応じて国内複数のトップクラスの特許事務所とも協力できる体制があるという。
豊富なプロフェッショナルが連係プレーであらゆる知財問題に対処する
連係プレーの強固さを体現しているのが“弁護士間コミュニケーションの敷居の低さ”である。退官後の裁判官を顧問として迎える事務所は他にもあるが、同事務所はオブカウンセルを含めたどの弁護士もフラットにコミュニケーションをとり、定期的な知財に関する勉強会での情報アップデートや、グループメール上での質疑応答、案件情報のやり取りも活発で、誰に対しても気軽に意見を求めているという。
谷弁護士が「当事務所は大部屋制をとっており、みんな同じフロアで、一つの“塊”になって仕事をしているような風土です。“ちょっといいですか”という感じで、みんなが質問に来ます」と言うと、生田美弥子弁護士が「本当にどんな相談でも聞いてくださいますよ」と相槌を打つ。
加えて、同事務所では新人弁護士に入所時からできるだけ幅広い案件を経験させる方針を採用している。これは、弁護士業務の専門分化が進んでいる潮流からすると、必ずしも効率的とは言えない側面もあり、これに倣う大規模事務所は多くはないそうだが、この方針のおかげで所属弁護士の基礎能力、経験値は高い。
そのような基礎能力の高さに加えて、それぞれに得意分野を持ち、さらにパートナー間での案件の横パスも自由で、どのアソシエイトをアサインするのかも自由なのだという。具体的には、海外企業とのJV(ジョイントベンチャー)設立時、一方当事者が保有する知財をJVにライセンスするような場合には、コーポレート・知財両分野のクロスボーダーに精通するメンバーがともにレビューを行うという。
「たとえば、私は欧州やフランスを得意としており、東京事務所に在籍しているのですが、私のもとには東京・大阪・福岡といった在籍拠点の枠を越え、多くの所属弁護士から欧州圏に関係する相談が届いています。その多くの相談には即答できると思いますし、このように所属弁護士が相互に情報交換をすることでシナジーを生み出しやすいのが我々の規模ならではの特色です。もっと大きな組織の場合、どうしてもチームが分かれてしまうことが多いのですが、“分化しない総合力”が当事務所の強みです」(生田弁護士)。
揺るがない“事件の核”を掴み知財分野特有の難しさに向き合う
知財分野の難しさとして、特許であれば技術分野の深い理解が必要であったり、国際的な要素が絡む場合も多く、各国法制度の理解が必要になりがちであるといった点に加え、“相談の初期段階において侵害・非侵害の見通しがつけにくい”という点も挙げられる。過去の類似裁判例を踏まえて見通しを判断するとしても、問題となる知財の技術内容・表現内容・表示内容等の紛争対象の個別性が高く、予測が困難である場合が多いのだ。一方、企業にとっては、リスク評価や意思決定のうえで、“訴訟になったらどう判断されるのか”は重大な関心事項である。
同事務所においてその予測の確度を高めているのが、前述した元裁判官の眼だ。谷弁護士が「実際に知財訴訟を担当してきた者としての着眼点があり、他の方とは違ったアドバイスができると思っています」と述べると、冨本弁護士も「所内の弁護士にとっても、元裁判官と議論することにより、壁打ち以上に精緻なシミュレーションができる。そこから逆算して、今、クライアントに何を助言すべきかが判断できます」と同意する。また、いざ裁判になったときに、裁判官がどういった価値観の持ち主なのか、権利保護重視なのか、自由競争重視なのか―といった“価値観の対立”とどう向き合うべきかという問題について、大須賀弁護士は以下のように述べる。
「前提として、日本の裁判官にはそこまではっきりとした価値観の傾向はありません。そのうえで、確かにそれなりの違いはあります。しかし、そこを意識しすぎて主張を変えると、かえって軸がブレているように映る。表面的な解釈の違いはあれど、揺るがない“事件の核”をしっかりと掴むことが、事件の見通しを立てるうえでは重要です」(大須賀弁護士)。
社内で訴訟の見通しを立てられず、「訴訟になったら裁判官の価値観次第のところもあり、どうなるかはわかりません」等とお茶を濁して上層部の不興を買ってしまう法務担当者にとって、目の覚めるアドバイスと言えよう。
訴訟の行方は、裁判官だけでなく紛争相手の出方によっても趨勢が変わる。大須賀弁護士が「商標の相談案件で、クライアント側である程度見通しを立てたものの、そこに不正競争防止法上の検討が抜けてしまっていることがあるのです」と指摘するように、こちらが想定していなかった法域で紛争を持ちかけられることもある。
「訴訟では、“相手が何をしてくるのか”を読む必要があります。著作権が問題になるかと思っていたら、特許権が問題になった事例もありますし、特許権に基づく権利行使に対しても、充足性を争うのか、有効無効を争うのか、その際に特許の訂正ができるのか―そうした先々を読んだアドバイスをするためには、クライアントの事業内容、相手方の特質、業界の事情までをしっかりと把握できていなければなりません。そのためには、クライアントから聞かれたことだけに答えているだけでは足りず、多角的な情報を引き出さなければならないのです」と谷弁護士は強調する。
それは、案件の見通しを立てるうえでも、顧客が抱える知財リスクを捕捉し、解像度高く分析するうえでも非常に重要な視点だ。冨本弁護士は「日常的にコミュニケーションをとっている顧問先はもちろん、スポットで受任した案件の場合でも、クライアントのビジネスモデルや強みにしている商品やサービス、業界の勢力図などを理解したうえで対応しているので、その中で引き出せることは多いですね」と同意する。
こうした対応の帰結として、単に保守的な意見で事業をストップさせるのではなく、むしろリスクを正確に把握したうえでビジネスを前向きに進められるような助言が心がけられているという。大須賀弁護士は「商標上のリスクを説明する際には、私は常に“ここまで後退すれば大丈夫ですよ”という対案を出すようにしています」とこだわりを語る。専門家による侵害回避策の助言は、クライアントにとって正確なリスク評価を行うと同時に、事業を前進させるためのオプションを持つことができる一石二鳥のものと言えよう。
知財分野のクロスボーダー対応で国内外のクライアントに貢献
また、近年の傾向として、インバウンド・アウトバウンドともに、海外の当事者や問題が絡む相談案件が増えているという。外国企業がクライアントになる場合は、国内関連法を熟知していることはもちろん、クライアントの国の法制度を理解し、両者のギャップを埋めるコミュニケーション能力が必要だ。たとえば欧州のクライアントが日本で商標権を主張したい場合、法制度のギャップのみならず言語や文化のギャップからクライアントの“常識”が通じないことも少なくない。「弁護士が“クライアントの国ではどのような法制度になっているか”を理解していないと比較ができません。クライアントの疑問を解消するには、彼らが抱くであろう疑問点を先回りして察知し、タイムリーに説明するなどの工夫が重要です」(生田弁護士)。
同事務所には、日本法弁護士として海外ロースクールへのLL.M.留学後に米国での弁護士資格を取得している弁護士が多数いるほか、シカゴで実務経験を有する米国イリノイ州弁護士、フランス法弁護士(生田弁護士を含む2名)、中国法弁護士、台湾法弁護士などの海外で実務経験を経てから同事務所に加入した弁護士も多く在籍しており、現地言語を用いてコミュニケーションできる体制を敷いている。
こうした体制とインバウンド案件で得た知見と実績は、日本のクライアントに対するアウトバウンド案件でのサポートにも役立っている。外国企業の考え方や、外国の実務慣行を熟知しているからこそ、日本のクライアントが外国案件や外国企業とのやり取りで感じるギャップを捉えた、質の高いリーガルアドバイスが実現できるのだ。
時代とともに複雑化し、国際性を帯びることの多い知財分野において、クライアントの抱える問題の本質―大須賀弁護士の言う“事件の核”を見極めることができる、その分野の経験者を擁するとともに、各弁護士が柔軟かつスピーディに連係協力することができる同事務所の体制は、真にクライアントの利益に貢献しようとする確かな個性として、眩しく光っている。
冨本 晃司
弁護士
Koji Tomimoto
11年大阪大学法学部卒業。13年京都大学法科大学院修了。14年弁護士登録(大阪弁護士会)、北浜法律事務所入所。22年UC Berkeley School of Law修了(LL.M. with Certificate of Specialization in Law and Technology)。米国・ドイツでの法律事務所への出向を経て、23年当事務所東京事務所復帰。25年パートナー就任。知的財産法に関する案件として、特許訴訟等の紛争対応のほか、ライセンス契約交渉、相談対応を取り扱う。そのほか、コーポレート案件、M&A、国際法務を中心に対応している。
生田 美弥子
弁護士
Miyako Ikuta
89年立命館大学法学部卒業。在学中の88年に渡仏し、92年パリ第二大学大学院DEAビジネス法、93年パリ第二大学大学院DESS工業所有権修了。94年フランス法弁護士登録、パリおよびハノイ(ベトナム)で勤務。渡米し00年Columbia Law School修了(LL.M.)。EU裁判所研修生を経て01年ニューヨーク州弁護士登録、ニューヨークで勤務。02~12年国内渉外系法律事務所で勤務(司法修習期間を除く)。10年弁護士登録(第二東京弁護士会)。12年北浜法律事務所入所。15年パートナー就任。知的財産法、個人情報保護、グローバルコンプライアンス、国際紛争解決を取扱うほか、上場企業の社外役員を務める。
大須賀 滋
弁護士
Shigeru Osuga
79年東京大学法学部卒業。84年裁判官任官。知的財産権が関わる訴訟事件を多く担当し、09年知的財産高等裁判所判事。10年東京地方裁判所知的財産部部総括。14年知的財産高等裁判所判事。18年退官、弁護士登録(第一東京弁護士会)、北浜法律事務所入所。特許権を中心とした知的財産権の案件を多く取り扱う。東京地方裁判所民事調停委員(知財調停担当)、日本知的財産仲裁センター仲裁人候補者、産業構造審議会知的財産分科会審査品質管理小委員会委員等、公職も多く務める。
谷 有恒
弁護士
Yuko Tani
京都大学法学部中退。92年裁判官任官。知的財産権に関わる訴訟事件を多く担当し、00年東京地方裁判所判事補・知的財産部配属。06年最高裁判所司法研修所教官。12年大阪地方裁判所知的財産部裁判長、15年札幌地方裁判所医療部裁判長、18年大阪地方裁判所知的財産部裁判長を経て、21年退官。22年弁護士登録(大阪弁護士会)、北浜法律事務所入所。知的財産権の案件を幅広く取り扱うほか、愛知大学法科大学院教授として、将来の法曹養成にも携わる。
著 者:竹内朗・上谷佳宏・上村剛・笹本花生[編著]
(共著者として渡辺徹・日野真太郎が執筆に参加)
出版社:商事法務
価 格:3,300円(税込)
著 者:大鷹一郎・田村善之[偏執代表]、加藤志麻子・東崎賢治・濱田百合子・前田健[編著]
(大須賀滋が寄稿)
出版社:日本加除出版株式会社
価 格:17,600円(税込)
著 者:工藤寛太・横山和之・岸本紀子[共編]
(共著者として、川原大輝・原田康太郎・松嶋秀真郎が執筆に参加)
出版社:新日本法規
価 格:3,850円(税込)