事業部から見た“法務に求める機能”とは - Business & Law(ビジネスアンドロー)

© Business & Law LLC.

「人的リソースが足りない」「現場との適切な距離感がつかめない」――企業規模や業態の違いはあれど、法務組織の課題は各社で共通するものが多い。法務と非法務が互いの苦労の“質”を理解し、連携の円滑化と信頼関係の維持を図るには、どのような壁があり、どう克服すべきなのだろうか。渡邊満久弁護士(principledrive法律事務所/株式会社)司会のもと、事業部側の立場としてIT業界から2名(岡村隆行氏、間宮千恵氏)、伝統色強いメーカーから1名(新川量子氏)が、経営管理の知見や法務だった経験も交え、腹を割って課題解決の道を探った。

事業部の感じる壁と課題―法務に望む“向き合い方”

渡邊弁護士 最初に、自己紹介を兼ねて、皆様が法務に対して認識する課題をお話しください。

新川氏 NECのエンタープライズビジネスユニットにてマーケティングを担当しています。新しいビジネスを検討する際、まだ規制が整備されてないケースも多く、そんなときに「どんなスキームを組むと社会的受容性が得られるのか」「どんなビジネスチャンスを描けるか」といった法務の”攻め“の部分が非常に重要だと感じています。“守り”の側面については、法務側は社内向けのポータルサイトでの相談先やQ&Aコンテンツの提供など、さまざまな工夫をしてくれていますが、ビジネス側のリテラシーの問題もあり、「そもそもどんな契約スキームを組めばいいのか」「リーガルリスクに対してどんな意思決定をすべきか」といった部分については現場が不安を拭えぬケースも多くあります。ただ、それは当社に限ったことではないのではないかと思っています。

岡村氏 DeNAのセキュリティ部門と一事業部のリスク管理部門を兼任しています。身近なスマホゲームを例にとると、ソフトローンチを採用するタイトルがあるのですが、その段階で重厚な法務対応を行うとスピードやコストが見合わないことがあります。事業リスクや違反時の損害賠償リスクなどを踏まえ、成長期と成熟期それぞれに応じた対処事項の見極めが不可欠な状況です。

間宮氏 サイバーエージェントのセキュリティ部門でコンサル業務を担当しています。以前は法務部門やインターネット広告事業に携わっていました。インターネットサービスの法務はDeNAさんと同じ状況で、事業が攻められるよう、いかに守るかが求められます。同業他社の問題事例を参考にしたり、事業別に法務を配置して業界トレンド・ナレッジを活かせる体制を整えたりしています。一方で、事業部側の長文アレルギーや、法務側の契約に関する取引背景のヒアリング等、同じような説明の繰り返しによる疲弊も、両者の溝が深まってしまう一因と感じています。“壁打ち相手”(ディスカッションパートナー)的な法務を、どの現場も求めているのではないでしょうか。

渡邊弁護士 単純な“法務”対“非法務”という図式はよくないとは思いつつ、「事業部で法務ナレッジを蓄積すべき」という意見と、「法務の業務改善」を求める声、といった対立もよく耳にします。何か対策は講じていますか。

渡邊 満久 弁護士

間宮氏 法務にいた時期は、“法務室出張所”のように、担当事業のオフィスに常勤し、若手や中途入社社員が気軽に契約書や案件などの相談ができるよう工夫していました。“管理部門”として事業部員に相談しにくい距離感を抱かれないよう、事業部にとって“顔がわかる”法務室員がいるのは当社らしさかもしれません。仕事が増える可能性はありますが、問題が小さなうちに発見・解決できる利点は大きいと思っています。

岡村氏 法務と事業部とセキュリティで毎週会合を開いている事業もありますが、性質上、法的な課題はそれ単体で見てしまうと優先度が上がってしまう傾向にあります。とはいえ、事業の成功を目的に活動しているという点ではみな一致しているはずで、事業フェーズや規模感に応じた対処をすべきですので、非法務も含め、各々の役割、視点から事業フェーズやリスクの種類・大きさ等を整理してフラットな議論を心がけています。

新川氏 当社では、ある事業部において業務改善のテーマとして“法務”を取り上げ、法務への意見・要望をまとめました。法務課題を可視化できたことは第一歩だと考えています。

新川 量子 氏

各部門との連携で生まれる企業としての法務機能―生成AI活用での効率化も武器に

渡邊弁護士 法務は、法令・判例の細かな調査に追われることもあるなど、どの企業でもリソース不足に喘いでいます。生成AIの活用も一案かと思いますが、いかがでしょうか。

岡村氏 法務に限った話ではありませんが、IT部門を中心に構築したセキュアな生成AI環境を事業の効率化等に活用しています。一方で、ルールの遵守や効果的な利用方法などのリテラシー向上にも取り組んでいます。

間宮氏 生成AIの事業での積極活用も始まっているため、新しいサービスのリリース等、業界トレンドの把握を自ら行う過程で、自分の業務であるセキュリティ部門でも、日々の多種多様な問い合わせに対して同じリソースが投下されている現状から、“選択と集中”を考える分かれ目が来ていると感じます。

間宮 千恵 氏

新川氏 当社でも法務は慢性的にハードワークですが、法務に限らず、「生成AIをサポートツールとしてどう活用していけるか」は検討できると思います。テクノロジーの活用により、法務の経営関与の度合いを高め、いっそう事業に貢献していけるといいですね。

渡邊弁護士 生成AIは、実務に耐える精度にはまだ“道半ば”かという感触を持っています。一般的なAIガバナンスの世界でも「Human Oversightをどの粒度・範囲で行うか」が問題となりますが、法務の世界でも、生成AIの成果をめぐって大きな論点になるだろうと考えています。
一方で、法務の改革を行ううえでは、“トップダウン型”と“ボトムアップ型”の双方からの改革が必要だと考えていますが、いかがでしょうか。

岡村氏 同感です。トップダウンは、法務の目指すビジョンを定め、法務人材がビジョンに沿った行動をとった場合に、その行動が評価されるしくみが必要です。一方で、ボトムアップは、法務人材がさまざまな事業にプロアクティブに関わることで現場の取組みを理解でき、法務としての貢献の方法や実感、自身のキャリアを描く機会になるはずです。

岡村 隆行 氏

間宮氏 法務をはじめ専門性の高い部門は、他部門のミッションや業務が見えず、自らの部署のみで答えを出すしかないケースも多いかもしれません。ですが、私自身が法務室から現在の部署に異動して強く感じたのは、「違う知見を持つ部門との連動がいかに重要か」ということでした。法改正も、技術面からの検討・判断はエンジニアの協力がなくては適切なアプローチが難しい局面になっています。躊躇せずに周囲の知見を持ち寄る方が、強固なガバナンス構築につながり、全員にとって幸せだと思います。

岡村氏 たとえばプライバシー保護の観点でも、「○○機能が気持ち悪い」など、個人情報保護法は遵守していたものの、提供サービス上の配慮不足が利用者の反感を買い、炎上するケースが世間ではあります。これは、本来、個人の権利や利益を考えてサービス設計すべきところを、“法令の条文遵守”が目的化したために起こった事例のように感じます。最近では、法務機能として“クリエーション((クリエーション機能:法令等のルールや解釈が時代とともに変化することを前提に、現行のルールや解釈を分析し、適切に(再)解釈することで、当該ルール・解釈が予定していない領域において事業が踏み込める領域を広げ、ルール自体を新たに構築・変更する機能))”と“ナビゲーション((ナビゲーション機能:事業と経営に寄り添って、リスクの分析や低減策の提示などを通じて積極的に戦略を提案する機能))”が求められていると聞きますが、私は双方の機能を法務単独で担おうと気負う必要はないと思います。事業部門や関連部門と肩を並べて事業についてじっくり話し合い、法務も各部門も判断材料を用意する。そんな世界観がよいのではないでしょうか。

渡邊弁護士 おっしゃるとおりですね。“クリエーション”や“ナビゲーション”は法務機能の文脈で出てきた言葉ですが、必ずしも“法務部”がすべてを担う必要はなく、社内の垣根を越えたコミュニケーションを通じて、「そういった機能を社内でどう作っていくか」「外部専門家にどのように入ってもらうか」という全社設計が重要だと思います。
そろそろお時間となりました。本日は非法務(現場)視点の忌憚のない意見をうかがうことができ、とても参考になりました。ありがとうございました。

→『LAWYERS GUIDE 2024』を「まとめて読む」
→ 他の事務所を読む

渡邊 満久

principledrive法律事務所 弁護士
principledrive株式会社 代表取締役
Mitsuhisa Watanabe

間宮 千恵

株式会社サイバーエージェント 
グループIT推進本部 システムセキュリティ推進グループ
セキュリティコンサルタント
Chie Mamiya

新川 量子

日本電気株式会社 
エンタープライズ企画統括部
マーケティングディレクター
Tomoko Shinkawa

岡村 隆行

株式会社ディー・エヌ・エー 
技術統括部セキュリティ部 部長 兼
メディカル事業本部リスク管理部 部長
Takayuki Okamura