多様性を味方につける - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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日本航空などさまざまな企業の再建を担ってきた冨山和彦氏(日本取締役協会会長、経営共創基盤 IGPIグループ会長、日本共創プラットフォーム(JPiX)代表取締役社長)によれば、「成長に向けたビジネスモデルの転換ができない状態に陥る根本的原因は、ガバナンスの不全にある」という。グローバル化が進む中、コーポレートガバナンスの実質化を図るためのポイント、経営者・法務担当者のあるべき姿について、冨山会長と桑形直邦氏(ノバルティスファーマ株式会社執行役員・日本法務責任者兼法務統括部長)に語っていただいた。

コーポレートガバナンス実質化のカギとは?

桑形 日本取締役協会会長に就任されて2年目の活動テーマに“コーポレートガバナンスの実質化”を掲げていらっしゃいますが、その狙いをお聞かせください。

冨山 企業のガバナンスは、本来、私的自治で改革を進めていくべきものですが、日本の場合、2015年からガバナンスコードの作成などの取組みが官主導で行われてきました。それゆえ“形式”が先行して、民間側の“実態”がなかなか伴っていないというのが現状です。そこで、その改革を主要なテーマとしました。

桑形 改革のカギとなるものは何でしょうか。

冨山 一つは、“担い手”、つまり社外取締役、経営陣のレベルアップです。株主から付託を受けて、代表を選任し監督する責任がある取締役は、“国会議員”にたとえることができます。しかし、社内の取締役は“閣僚”にあたるので、なかなか“総理大臣”(=代表取締役)の不信任は出せません。そこで、“野党の国会議員”たる社外取締役の役割が重要になります。

桑形 具体的な施策として、どのようなことをお考えでしょうか。

冨山 ガバナンスに関わる社内外の取締役および取締役事務局の能力強化に関しては、当会が新しくスタートする“3階建て構造のトレーニングプログラム”を実施し、これが一つのロールモデルとなることを目指しています。近い将来、すべての上場企業の取締役会関係者がこれと同レベルのトレーニングを受けるようになることを期待しています。

桑形 他方で、“機関投資家によるエンゲージメントの向上“も肝になりそうですね。

冨山 はい。改革のもう一つのカギです。民主主義がしっかり機能するためには、“民度”も重要なファクターです。“選挙民”たる株主次第では不相応な人が選ばれてしまうこともありうる。これがまさに“エンゲージメントの問題”で、株主の代表ともいうべき機関投資家がどこまで企業価値の向上に関われるかが重要です。

桑形 “法務”という切り口から申し上げますと、「人が言いにくいことをあえて言う」「根拠を伴って述べる」ことが法務の立場でもあります。先程“選挙民の代表”というお話がありましたが、そこも俯瞰した立場で、何か特定のビジネス領域における利益や、会社の過去のしがらみなどから1歩離れて意見を言う。それをきちんと取締役会の議論や意思決定に反映させることこそが法務の存在意義につながると考えています。

冨山 日本企業は同質的で、狭いところを突き詰めていく傾向があります。以前はそれが競争力の源泉となった時代もありましたが、今はそうではない。「破壊的イノベーションが起きる」「社会的価値観が変わる」といった中で、それらに対する視座をきちんと持てないと取り返しのつかない事態に陥ってしまいます。そうならないためにも、法務が取締役会の議論に対して俯瞰的な立場から物申すことは大切ですね。

桑形 ちょっとホットな話題ですが、日本取締役協会では2023年9月21日に「未成年者に対する性加害問題と企業のコンプライアンス姿勢に関する緊急声明」を発表されました。こうした声明の発端となったコンプライアンスに関わる事例も、組織の中の意見に多様性がない典型的な例に見えます。

冨山 日本の経営者の場合、組織に従属しているビジネスパーソンが多いことから、組織の論理に反することは、たとえ倫理的におかしくても遠ざけてしまう傾向にあります。これは日本の組織の重大な欠点です。これを是正していかない限り、同じ不祥事を繰り返すことになります。こうした思いを込めて、先程の緊急声明において「当協会の会長として、当協会の会員はもちろん、世の中の経営者と取締役会に対して、上記の人権コンプライアンス、そして経営者を規律付けるコーポレートガバナンスの体制強化を強く呼びかけたい」と付記させていただきました。

冨山 和彦 氏

日本発ユニコーン企業が出現しない理由

桑形 1年目の活動では、グローバル指向のスタートアップにとって重要な、ガバナンス体制、投資契約書などのストラクチャー、ストックオプションなどのインセンティブスキームのグローバル標準化を目指した提言(2023年4月25日公表)をまとめられましたね。

冨山 これはグローバルに飛躍する日本発ユニコーン企業がなかなか輩出されない現状において、我が国のベンチャーエコシステムの環境整備を図るための提言として発表したものです。
グローバルな階層のベンチャーエコシステムは既に完成されています。たとえば、バイオなどは大量の資金が必要で、20億円~30億円程度の資金では最後までたどり着けません。ですので、IPOせずに未上場のまま5年、10年と引っ張って、その過程をミドル、レーター、グロースのステージで、何百億円という単位でベンチャーキャピタルが資金を出す。ところが日本では、こうしたグローバルのエコシステムとはほとんどつながっておらず、会社を作って3年程度でIPOをして数十億程度の資金を集めるというのがほとんどです。もちろんそれが悪いわけではありませんが、産業全体を考えればやはり物足りない。

桑形 グローバルとつながっていない理由は何でしょうか。

冨山 グローバルレイヤーでは、ルールやプラクティスがほぼ統一されています。意思決定がスムーズにできるようなしくみができあがっているのです。ところが日本の場合、株主間契約では全員が拒否権を持つようなガラパゴス化された投資条件がデファクト化しており、かつ、日本語というイングリッシュ・スピーカーにとって世界で一番難しい言語によって契約書が作成されています。つまり、グローバルベンチャーキャピタルが既存の権利関係について正しいリスク評価を行うためのコストと負担が大きすぎるため、「その気も起きない」というのが実態であるといえるでしょう。
こうしたことはベンチャー企業のガバナンスにも影響するため、グローバル標準で見た場合、日本のベンチャー企業のガバナンスが劣っていることになります。そこで、こうした壁を破るために提言をまとめ、モデル英文契約書を作成(2023年7月12日公表)しました。多くのベンチャー企業の皆さんにご活用いただくとともに、日本発のユニコーン企業誕生の一助となることを期待しています。

多様性が組織を守る コーポレートガバナンスを担う法務像

桑形 最後のテーマとして、コーポレートガバナンスの実質化を担う法務像について議論できればと思います。

冨山 ジェネラル・カウンセルやCLO(Chief Legal Officer)に関する議論が活発化したのは比較的最近のことですね。そして一部の企業において、しかるべき人材がそうした地位に登用され始めました。

桑形 日本ではまだジェネラル・カウンセルやCLOの位置づけや役割について必ずしも共通認識がなく、実践例も乏しいと認識しています。こうしたポジションに就くことをキャリアゴールと設定してもよいのですが、「就いてから何を達成するか」のビジョンがないと、必ずしもキャリアの充実が得られないように感じます。なお、こうしたポジションに就くにあたってどのような要素が重視されるか、すなわち、企業側としては3年~5年程度の非法務の現場経験や業界経験、組織におけるリーダーシップスキルを必須とし、内部での育成を重視することや、外部的な知見や高度な倫理性を含む専門性を重視し、法律事務所のパートナークラスを直接招聘することや海外のグローバル企業でのジェネラル・カウンセルやCLO経験を求める考え方などについては、企業や経営トップの考えによって変わってよいと思っています。

冨山 “法務組織”という点ではいかがですか。

桑形 法務組織のトップが会社全体の方向性をしっかり理解したうえで、それを法務組織の中に落とし込んでいくというしくみが大切です。それから法務人材の育成。これは社内において長期的にじっくり育成していくのが理想ですが、現実には、社内だけでの育成では対応しきれない、外部環境の変化に対応できる能力を持つ人材の活躍も必要ですね。また、法務人材は流動性が激しいので、中途で入ってきた方に対してインクルーシブな環境を整え、その能力を最大限に発揮してもらう必要があります。

冨山 確かに日本企業では、得てして過去の経緯などにこだわる傾向がありますが、特にビジネスは非常に速いスピードで動いていますから、新しく来た人の俯瞰した意見を聞くことはとても意味があることですね。

桑形 それはサクセション(後継)を考えるうえでも同様で、法務トップがいなくなったら暫定的な代行は立てますが、正式なサクセションはその人とは限りません。その時々の組織課題がまったくないはずはないので、それを踏まえたうえで、単なる業務の承継ではなく“変化を起こせる人”“経営の変革に影響を与えることができる人”でなくてはならないと思います。

冨山 それは健全な考え方ですね。高度経済成長からバブル崩壊ぐらいまでは、業務運営をしっかりやっていれば日本の会社は勝ってこられた。もちろん、まったく知らないのは論外ですが。これは法務の領域も同様で、そのビジネスの“本質”を、その時々の潮流に合わせて常に最適な形で世の中に出していく必要がありますから、業務の“ディテール”を知っていることよりも、そのビジネスの本質的な価値の源泉とその組織が持っている本性、それから世の中でどんどん変化していく法的な価値観を捉えることが求められます。法律とは常にそのようにできているので、それを理解すると、その応用で個別具体的に起きる現象を把握し、解決方法を導くことができます。こうした感覚は、“多様性”の需要を理解できないと掴めないものです。だからこそ、外部から新しい人材が入ってくることで組織は活性化するのです。

桑形 “コーポレートガバナンスの実質化“においても意見の多様性は肝要ですし、それを担保するために役員構成のダイバーシティがセットになってくるのではないかと考えています。また、“多様性”の一例として、たとえば先程もお話にあった性加害や人権の話というのは、権利の侵害を受ける少数派の立場から考えてみないとなかなかピンとこない領域だと思います。そういう意味では、異文化社会に身を置くなど、自身が何らかの“少数派”となる環境で自分の声が届かず困った経験、苦労した経験をした者同士だと本来の問題点を理解した議論がしやすいですね。

冨山 まったくおっしゃるとおりです。日本の場合、“日本人”“中年男性・高学歴”という人がずっとマジョリティを占めてきていたので、そうした問題には疎い傾向がある。そういった意味においても、“多様性”は極めて本質的な考え方です。“中途”という多様性、“世代”という多様性、“ジェンダー”という多様性、これらが揃うことこそ、企業が生き残るための条件だと思っています。そうすると、当然、サクセションのあり方も変わってくるので、ヒューマンリソースマネジメントの体系から切り替えていく必要が出てきます。

桑形 次回はぜひ、人事や内部監査や財務といった視点も含めて議論させていただきたいものです。本日は貴重なお話をありがとうございました。

桑形 直邦 氏

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冨山 和彦

日本取締役協会会長、経営共創基盤 IGPIグループ会長、日本共創プラットフォーム(JPiX) 代表取締役社長
Kazuhiko Toyama

東京大学法学部卒、スタンフォード大学経営学修士(MBA)、司法試験合格。ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトディレクション代表取締役を経て、03年産業再生機構設立時に参画しCOOに就任。解散後、IGPIを設立。パナソニック ホールディングス社外取締役、メルカリ社外取締役。22年日本取締役協会会長就任。内閣官房「新しい資本主義実現会議」有識者構成員、金融庁「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」委員ほか。

桑形 直邦

ノバルティスファーマ株式会社 執行役員・日本法務責任者 兼 法務統括部長
Naokuni Kuwagata

東京大学法学部卒、デューク大学法学修士(LL.M.)。04年あさひ・狛法律事務所(現・西村あさひ法律事務所・外国法共同事業)入所。12~13年英系投資銀行部門に出向、14年インドの会計コンサルタント会社に出向、18~2019年政府系機関投資銀行部門に出向。19~21年パナソニック株式会社コンプライアンス部。現在、ノバルティスファーマ株式会社執行役員・日本法務責任者兼法務統括部長。弁護士(日本、ニューヨーク州)。