企業法務への幅広い基礎知識と多彩な専門知識を持つ弁護士を育成
1981年に大阪で開所した弁護士法人大江橋法律事務所は1995年に上海事務所、2002年に東京事務所、2015年には名古屋事務所を開設し、クライアントサービスの充実および業務拡大に務めてきた。現在、東京事務所は大阪事務所と同規模に成長し、弁護士は外国法事務弁護士を含め約150名にのぼる。
近年、高度化・専門化が著しい企業法務分野に対応するため、同事務所には多様な専門領域を持つ弁護士が在籍する。一方で、所属弁護士は訴訟やM&Aをはじめ、企業法務に関連する案件を一通り経験し、クライアントの相談に柔軟に対応できる知見を併せ持つ点が特徴だ。
同事務所では、入所後数年は若手弁護士にあえて異なる分野の案件を常に複数担当させ、知見を蓄えさせる育成方法をとっている。その点について小野洋一郎弁護士は「若手育成においては、専門に特化させ毎日同じ分野に携わらせた方が事務所としての効率はよいでしょう。しかし、蛸壺的な知見では顧客満足度の高いサービスは実現できません。育成側にとっても若手にとっても負荷が高い方法ではありますが、このプロセスは不可欠だと考えています」と語る。小野弁護士も若手の時期には毎日のように異なる分野に取り組む日々を送ったそうだ。
「我々のクライアントは中小企業から大企業までさまざまです。中小企業の場合は特定の法分野に特化してご相談いただくことは少なく、弁護士がまず争点を整理する必要があります。大企業の場合は分野を絞り込んでのご依頼も多くありますが、その場合も問題を横串で通して確認し、違った切り口の問題やリスクがないか検証する過程は欠かせないのです」(小野弁護士)。
柔軟な体制で小回りが利き距離の近いサービスの提供を
東京事務所を開設後は、証券会社などフィナンシャルアドバイザー経由の依頼も増加した。また、事業会社の案件に携わるうちに、協同する他の領域の専門家からの顧客の紹介も増えてきたという。
「顧客と近い距離でアドバイスをすることを心がけており、質問に解答するだけでなく、共有した目標に対しあらゆる角度で検証し、先回りしたアドバイスを実施している点を会計士など他の専門家からもご評価いただけているようです。また、柔軟なチーム編成を心がけているので、コンパクトな予算で成果を導くことができるように常に工夫をしていますね」(小野弁護士)。
同事務所は海外の事務所と提携が必要な場合も、特定の提携先は持っておらず、個別案件ごとに適切な現地弁護士とチームを組む方式をとっている。各弁護士の留学時代の人脈や実際に案件を共同した際の評価を共有・蓄積し、選定の際の参考にしているそうだ。
「海外の提携先を探す場合は、著名な大規模事務所であっても個々人の仕事の質に大きく差がある場合があります。当事務所では弁護士個人レベルの実績に基づき依頼をすることで、クライアントの要望に適した専門家に協力を依頼できるよう努めています」(小野弁護士)。
「少数精鋭でクライアントが求める結果をスピーディーに実現することが当事務所の信条」と語る小野弁護士。自身が手がけることが多いアジア・東南アジアを中心とした海外案件についても、その方針は反映されている。
「近年は、日本企業がeコマースで海外に直接商品を売買したり、海外に販売拠点を設けたりする事例が多くなっています。その際に問題になるのは現地法における商品の表示です。商品を販売する対象国は複数にわたることが多く、調査予算も青天井ではありません。そうした場合は、まず表示や情報法関連の執行状況を各国に紹介し、リスクアセスメントやクライアントの重視する進出先などを総合的に考慮し、濃淡をつけた調査とアドバイスを実施しています」(小野弁護士)。
蓄積された事業再生の知見と個々の弁護士の総合力
入所後、エルピーダメモリ、Spansion Japan等のクロスボーダーの大型事業再生案件を含め債務者企業側で多くの再生案件に携わってきた宮本聡弁護士は、同事務所の特徴として「国際的な大型再生案件では、なぜか最新かつ未知の論点がいつも出てきて、債務者企業側の弁護士としての苦労は絶えないのですが、そうした経験の蓄積は大きな強みです。また、事業再生案件では多様な法律問題に対処しないといけないのですが、総合力を養う当事務所の基本方針は事業再生分野の弁護士の育成との親和性が高いように感じます」と語る。
事業再生は、多くの企業にとって初めて直面する事態で、次に何をすべきか経験の蓄積がなく戸惑う法務担当者も少なくないという。
「担当弁護士が一体となって案件に取り組むことは非常に重要ですし、担当する若手弁護士にとっても得るものが多いでしょう」(宮本弁護士)。
債務者企業が、熱意ある若手弁護士に、気軽に何でも質問しやすい環境は、今後の同分野の専門弁護士を育てる上でも欠かせないという。
「私はそうした環境に身を置くことで成長しましたし、クライアントからは案件が終わっても近況報告の連絡をいただいたりします。こうした依頼者との近さは、当事務所で事業再生に携わる大きなやりがいです」(宮本弁護士)。
オリンピックでの国際スポーツ仲裁の経験 スポーツ界の紛争解決ニーズの充足を目指して
宮本弁護士は近年プロボノ活動をきっかけにオリンピック代表選考に関する国際スポーツ仲裁の経験を得て、新たな専門分野の開拓に意欲を燃やしている。
「1996年のアトランタ大会以降、オリンピック関連の紛争を解決するスポーツ仲裁裁判所(CAS Ad Hoc Division)がホスト国に置かれてきたのですが、この仲裁手続の代理人を用意できない選手や参加国に対してホスト国の弁護士がプロボノでサービスを提供してきました。東京オリンピックでも日本の弁護士がプロボノ・サービスを提供することになり、私がプロジェクトに応募したのがきっかけで、この案件につながりました。もともと自分の関心分野だったのですが、事務所がプロボノ活動を奨励していたので、案件に全力で取り組めました」(宮本弁護士)。
事案は、代表選考に漏れた競泳選手が、選考経緯が恣意的・差別的として、セントクリストファー・ネービスのオリンピック委員会と国際水泳連盟を訴えたものだった。
「コロナ禍でリアルとWebを併用した仲裁でしたが、仲裁人が中国・イタリア・オランダから選定されるなど、関係者の国際色が豊かでした。日本人の弁護士が、CAS Ad Hoc Divisionで代理人となった初の案件と思われ、今後の日本での国際スポーツ仲裁の発展のために貴重な事例になると思います」(宮本弁護士)。
この件をきっかけに、より積極的にスポーツ仲裁案件に取り組み、個人および事務所として開拓していきたいと宮本弁護士は語る。
「国際スポーツ仲裁案件の経験のある日本の弁護士はまだまだ少ないのが現状です。また、日本のスポーツ界では紛争が十分に顕在化していないケースが多いように感じます。代表選考や出場停止処分等で日本が関係するトラブルが起こった際は、紛争解決のニーズを適切に拾い上げ、国際的な紛争を含め、公正な解決を促進するアドバイスをしていきたいですね」(宮本弁護士)。
豊富な海外制度調査経験を活かしESGのホットトピックを提供
コーポレート・M&Aやガバナンス対応を主として手がけてきた澤井俊之弁護士は、2018年から約2年の金融庁企画市場局市場課への出向を機に欧州や米国のトレンドを顧客に提供する取り組みを始めた。
「当時は、金融庁が暗号資産に関する規制の強化、顧客本位の業務運営に関する原則の改訂などに取り組んでいる時期で、欧州や米国の先行する制度設計を参照するために現地へ出張し、関係者へのインタビューなどの調査を実施し、ワーキンググループへ報告するという役割を担っていました。そのうちに、欧州の金融規制の関心がESGに向いているにもかかわらず、日本が大きく立ち遅れる状況に違和感を覚えたのです」(澤井弁護士)。
現在は日本でもESG投資等が脚光を浴びるようになり、企業は、機関投資家とのエンゲージメントや、サプライチェーンの人権デューデリジェンス等に向き合うこととなり、澤井弁護士にはその対応についての相談が寄せられている。ESGの分野は法規制よりも実務やソフトローが先行する分野であり、適切な対応には、国内外の機関や団体から矢継ぎ早に公表される指針や報告書類に目を通し、柔軟に対応していくことが求められるという。
「既に欧州で問題視されているグリーンウォッシュの問題などには金融庁でも取締りを強化する動きがあります。国民の視点で見ても、自身の投資マネーの使途への厳しい目が向けられるでしょう。米国ではESG関連の開示内容に誤りがあるとして訴訟も起きています。将来的には日本でもESG関連の開示が義務化されると目されるため、引き続き皆さまがキャッチアップしやすい形で発信していきたいと考えています」(澤井弁護士)。
法規制の未整備な先端分野に規制当局の視点を踏まえたアドバイスを
澤井弁護士には金融庁出向時代に仮想通貨に関する制度設計に携わっていたことから、Fintech関連の相談も多く持ち込まれる。本分野は規制が追いついていない部分もあるが、今後の成長を見込み、リスクをとって事業展開に踏み出そうとする企業も多い。
「例えば、NFT(Non-Fungible Token;非代替性トークン)はまさに興隆期ですが、法的な取扱いが定まらないため、その活用に不安を抱える会社は多い状態です。このほかにも、規制が未整備の金融分野でビジネスを行えるか否かを判断するには、金融庁が公表している各見解を一通り把握し判断するしかありません。加えて、公表されていない箇所についても、金融庁の考えを想定しながら事業を進める必要があります」(澤井弁護士)。
企業からの相談が多いのは「どこからどこまでのビジネスができるのか」だ。しかし、規制の追いつかない先端分野では、明確な見解が公表されていると限らない。
「金融庁が重視するのは“規制の潜脱か否か”という観点です。アドバイスの際には潜脱と言われない範囲について、判断することが欠かせません」(澤井弁護士)。
加えて、Fintech関連事業を展開するプラットフォーマーや資金決済事業者のビジネスは消費者が対象の場合が多く、景品表示法や個人情報保護法、データプロテクションなどの面からのアドバイスは必須だという。
「当事務所には消費者庁出向経験者や情報法の専門家がおり、協力してアドバイスをしています。2022年はマネーロンダリング関連など対策が急務であるトピックもあるため、適切な情報提供とサポートに務めていければと思います」(澤井弁護士)。
小野 洋一郎
弁護士
Yoichiro Ono
04年京都大学法学部卒業。05年弁護士登録(第二東京弁護士会)。12年Northwestern University School of Law卒業(LL.M.)。12~13年Drew & Napier LLC(シンガポール)勤務。13年ニューヨーク州弁護士登録。
宮本 聡
弁護士
So Miyamoto
06年筑波大学第一学群社会学類卒業。07年弁護士登録(第一東京弁護士会)。16年University of Virginia, School of Law卒業(LL.M.)。16~17年Wilson Sonsini Goodrich & Rosati(ワシントンD.C.)勤務。18年ニューヨーク州弁護士登録。
澤井 俊之
弁護士
Toshiyuki Sawai
06年京都大学法学部卒業。08年京都大学法科大学院修了。09年弁護士登録(第一東京弁護士会)。17年University of Michigan Law School卒業(LL.M.)。17~18年Pillsbury Winthrop Shaw Pittman LLP(ニューヨーク)勤務、18年ニューヨーク州弁護士登録。18~20年金融庁企画市場局市場課勤務。
著 者:長澤哲也[著]
出版社:商事法務
価 格:4,840円(税込)
著 者:長澤哲也・小田勇一[編著]
出版社:学陽書房
価 格:3,080円(税込)
著 者:竹平征吾・牟礼大介・細野真史・浦田悠一[編著]
出版社:商事法務
価 格:4,180円(税込)