【人権デュー・ディリジェンス】スモールスタートから目標と達成までのロードマップを - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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従業員の労働環境も人権の視点で

「企業活動における人権尊重の取り組みには、自社の従業員の労働環境の健全化が欠かせません。“人権”というと強制労働や児童労働、人種差別といった全世界的な課題に目が向いてしまいがちで、自社の従業員の労務コンプライアンスを人権問題と捉えていない企業が少なくありません。しかし、まず取り組むべきなのは、労働時間や賃金、ハラスメントなどを改善し、自社の従業員が働きやすい環境を整備することです」。弁護士法人大江橋法律事務所の澤井俊之弁護士と平井義則弁護士はこう指摘する。
自社の従業員の労働環境の整備をおろそかにしている企業が取引先などに人権尊重の取り組みを求めても響かないだろう。ただ、人権は漠然としており、どのような取り組みをどこまで実施すればよいのかわかりにくく、対応に苦慮している企業も多い。「ビジネスと人権は新たな課題であり、これから解決していくべきものです。まず、今後の目標と現状のギャップ、達成までのロードマップ、指標を明確にし、ホームページで開示するなど、企業として人権に責任を持ち、真摯に向き合っていこうとする姿勢を示すことが重要です。最初から完璧である必要はなく、スモールスタートでよいのです」(澤井弁護士、平井弁護士)。

人権尊重責任は国内外の法令遵守を超えるもの

国連が2011年に「ビジネスと人権に関する指導原則」を承認して以降、EU各国で人権尊重に関する法制化が進み、日本でも2020年に「「ビジネスと人権」に関する行動計画(2020ー2025)」が策定されるなど、企業活動における人権の視点は必要不可欠になりつつある。しかし、日本企業における取り組みは大手企業のみにとどまっているのが現状だ。
「当事務所では、日本企業を製造業や資源・エネルギー業、金融業など10業種に区分し、開示例を基に人権に関する取り組み状況を調査し、公表していますが、どの業種においても大手企業が先進的である一方、中小・新興企業では取り組みがほとんど見られませんでした。人権はこれまで社会問題であり、企業にとってCSRの一環でしたが、いまや法的問題であり、捉え方を誤れば企業価値に大きく影響します。また、例えば途上国で事業を進める際、国の方針に沿って活動すると人権侵害が発生してしまうようなこともあり得ますが、そのときは人権を優先すべきというのが世界の潮流です」(澤井弁護士)。

澤井 俊之 弁護士

「ビジネスと人権に関する問い合わせが増えてきており、企業の意識の高まりは感じていますが、実際に何をすればよいのかわからないというのが実情でしょう。ただ、例えば安全衛生管理の徹底なども人権尊重の取り組みの一つであり、既に実践している取り組みを人権に結びつけて上手に発信できていないのではないかと思っています。経済産業省が2022年3月に「サプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン検討会」を設置し、業種横断的に共通する議論が始まりました。今夏にもガイドラインが取りまとめられる見通しで、企業も人権問題に取り組みやすくなるはずです」(平井弁護士)。

人権尊重に関する継続的活動

企業活動に伴う人権リスクに対して適切な対処を行う“人権デュー・ディリジェンス(DD)”を実施する企業も増えつつある。近年、活発化してきたESG投資やSDGsも人権尊重とは切り離せない関係にあり、今後の企業活動において人権DDは当たり前のものとなる可能性は十分にある。
「人権DDは、企業活動が関与する人権への悪影響を特定・分析し、これを予防・軽減し、どのように対処するかを説明するための“継続的活動”です。自社に対するリスクではなく、権利を有するすべての人々(ライツホルダー)に着眼するところが特徴です。調達先の従業員の過酷な労働条件や低賃金を解決するというのはわかりやすいかと思いますが、事業活動が行われる地域社会の住民にまで視点を向けなければならず、例えば調達先の製造工場からの排水による水質汚濁に起因する健康被害なども人権侵害に該当します。見るべき範囲が広く、“すべてのビジネス部門で人権侵害が発生しているかもしれない”という意識を持ち、全社横断的な対応が求められるのです。ただし、いきなりすべてを解決しようとする必要はありません。まず、各リスクの重要度を深刻度と影響が生じる可能性の観点で評価し、リスクをマッピングした上で、優先度が高い人権課題から一つずつ対応していきましょう。また、これらの取り組みを適切に開示することも重要です。財務情報と違い、非財務情報の開示には雛形のようなものがなく、各企業のオリジナリティが必要です。今後の成長戦略によってさまざまな書き方があり、我々もサポートしていますし、弁護士など第三者のアドバイスが入ることによって、企業の客観性や透明性も高められます」(澤井弁護士)。
「人権尊重責任は今後、企業にとって最も重要なものの一つとなるはずです。人権に配慮した企業活動を行わなければ、仮に適法であったとしても投資家や社会から批判を浴び、自社のブランドイメージを大きく毀損してしまいます。しかし、これを“リスク”として捉えるのではなく、企業価値の向上につながるものとして捉えることもできるはずです。人権DDのプロセスの実施状況と結果を自社ホームページ、サステナビリティ報告書など、各種媒体で適切なタイミングで積極的に発信することによって企業価値を高めることも、今後の企業活動に求められることになるでしょう」(平井弁護士)。

平井 義則 弁護士

→『LAWYERS GUIDE Compliance × New World』を「まとめて読む」
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澤井 俊之

弁護士

06年京都大学法学部卒業。08年京都大学法科大学院修了。09年弁護士登録(第一東京弁護士会)。17年University of Michigan Law School卒業(LL.M.)。17~18年Pillsbury Winthrop Shaw Pittman LLP(New York)勤務、18年ニューヨーク州弁護士登録。18~20年金融庁企画市場局市場課勤務。

平井 義則

弁護士

08年京都大学法学部卒業。10年京都大学法科大学院修了。11年弁護士登録(大阪弁護士会)。18年Northwestern University School of Law 卒業(LL.M)。18~19年Alston & Bird LLP (Atlanta) 勤務、19年ニューヨーク州弁護士登録。19年~京都大学法科大学院非常勤講師。