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急速な変化

2025年4月に刊行した拙著『生成AIの法律実務』は、2024年12月に完成した初校に、その後の情報を可能な限り盛り込んだものである。しかし、約半年を経て、AI新法の制定等、AIを取り巻く情報が大幅に更新され、また、実務も変化している。そこで、本稿は、筆者が気づいたそのようなこの半年の主な変化を列挙したものである。
なお、2025年7月29日にはセミナー(税込5,500円と有料だが、税込定価5,500円の書籍がもれなくプレゼントされる)の中で、『生成AIの法律実務』の要点と、改正を踏まえた最新実務を説明するので、是非お申し込み頂きたい。

知的財産に関する動向(第1部)

著作権

著作権については、米国で訴訟が相次ぎ、判決が下っていることが重要である。
まず、2025年2月のThomson Reuters v. Ross Intelligenceである。
この事案では、有料データベースのコンテンツを学習させたことが著作権侵害(フェアユースではない)に該当すると判断が下された(奥邨弘司「機械学習と著作権のフェア・ユース――Thomson Reuters v. Ross Intelligence」NBL1289号17〜23頁参照)。
また、同年6月のBartz v. Anthropicでは、クリエイターの作品を生成AIのClaudeが学習に利用したことが著作権侵害ではない(フェアユース)とした。
これらはあくまでも、多数係属している事件の一部が判断されたに過ぎないが、今後とも注目に値する。なお、田村善之「生成AIをめぐる著作権法の課題」知的財産法学研究70巻13〜102頁も参照のこと。

特許等

2025年6月に内閣の知的財産戦略本部から公表された「知的財産推進計画2025~IP トランスフォーメーション〜」は、以下のように定める。

「AIを利活用した創作の特許法上の保護の在り方に関する調査研究」(2023年度)及び「AI技術の進展を踏まえた発明の保護の在り方に関する調査研究」(2024 年度)の調査研究結果、並びにAI関連発明に対する特許審査の仮想事例について、AI技術に関連する特許制度への理解を促進するために情報発信を行う。また、これらの調査研究結果を踏まえて、産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会において、AI利用発明の発明者の定義等について検討を進め、法改正を含めた必要な措置を講ずる(短期・中期)(特許庁)

AI技術の進展による意匠分野でのAIの利活用の拡大を踏まえ、意匠審査実務上の課題やその他の意匠制度に生じる課題について、「生成AI利用したデザイン創作の意匠法上の保護の在り方に関する調査研究」(2024年度)の調査研究結果を踏まえつつ、産業構造審議会知的財産分科会意匠制度小委員会において検討を進め、法改正を含めた必要な措置を講ずる。(短期・中期)(特許庁)

『生成AIの法律実務』88頁ではいわゆるダバス事件(知財高判令和7年1月30日)を示して、現行法ではAIが発明者になることができないものの、同時に法改正の動きがあると記載していたところである。そしてまさにそのようなAIを利用して発明をすることが活発になっている時代に対応した改正が検討されています。

産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会の最新の議論状況は、本年6月4日の資料を参照。
産業構造審議会知的財産分科会意匠制度小委員会の最新の議論状況は、本年6月30日の資料を参照。

その他

声の肖像権を不正競争防止法で保護することは、少なくとも令和7年通常国会では行われないこととなった。ただし、経済産業省は2025年5月に、「肖像と声のパブリシティ価値に係る現行の不正競争防止法における考え方の整理について」を公表した。

個人情報保護法その他の公法に関する動向(第2部)

個人情報保護法

個人情報保護法改正については、2025年3月5日公表の「個人情報保護法の制度的課題に対する考え方について」(個人情報保護委員会)が、AI開発を念頭に、統計情報等の作成にのみ利用されることが担保されていること等を条件に、本人同意なき個人データ等の第三者提供および公開されている要配慮個人情報の取得を可能としてはどうかとして、AIに関する個人情報保護法の規制緩和を提言していた。ただし、令和7年通常国会には提出されていない。
なお、「データ利活用制度の在り方に関する基本方針」(2025年6月13日デジタル行財政改革会議決定)も参照のこと。

行政によるAIの利活用

AIの利用を促進するため、2024年6月にはデジタル庁より、「テキスト生成 AI 利活用におけるリスクへの対策ガイドブック(α版)」が公表されていたところであるが、2025年5月に「行政の進化と革新のための生成AIの調達・利活用に係るガイドライン」が公表された。
また、防衛省は、「装備品等の研究開発における責任あるAI適用ガイドライン(第1版)」を公表している。
行政による利用一般については、

・ 行政通則法的観点からのAI利活用調査研究会

・ 自治体におけるAIの利用に関するワーキンググループ

等での議論が進んでいる。

その他

「アメリカを再度健康にする」プロジェクトの報告書にハルシネーションと思われる存在しない論文が引用されていたと指摘されている。

さすがに、日本の行政がこのような明らかにおかしな生成AIの利用をすることはないとは思われるが、他山の石としたい。
また、金融庁は3月に「AIディスカッションペーパー」を、公正取引委員会は6月に「生成AIに関する実態調査報告書ver.1.0」をそれぞれ公表した。
なお、日本弁護士連合会では、弁護士による生成AIの利用に関するガイドラインの策定が進んでいるとされている。
日本弁理士会「弁理士業務AI利活用ガイドライン」も公表済みである。

民事法に関する動向(第3部)

生成AIが訴訟に利用される等といわれてきた。
特許情報プラットフォーム(J-Plat)の「無効2023-890067 速報」から原文を見ることができる「無効2023-890067」は、商標に関する無効審判であるが、被請求人は、ChatGPTに対して質問して得た回答(乙1)を示したうえで、以下のように判断した。

「「フルトラ」は、一般的に広く認識された用語ではなく、特定の文脈に依存する可能性が高いため、具体的な意味や用途を確認できない」と主張する。「しかしながら、たとえ、 ChatGPTにおいて、乙第1号証のとおりの回答が得られたとしても、前記2(1)アにおける仮想空間に関する各種のウェブサイトにおける「フルトラ」の語の説明、及び前記2(1)イにおける「フルトラ」の語の使用によれば、「フルトラ」の語は、明確な定義は定まっていないものの、仮想現実(バーチャルリアリティ)の分野において、「VRChat」などのソーシャルVRアプリ内で、身体全体を使って操作する技術を表す「フルボディ(-)トラッキング」又は「フルトラッキング」の語の略称として、当該分野の取引者及び需要者に認識され、かつ、使用されていると判断するのが相当である。」

まさにChatGPTを利用した(準)訴訟活動が実際に行われている。
なお、2025年2月公表の「AIの利用・開発に関する契約チェックリスト」(経済産業省)は、『生成AIの法律実務』433頁に反映済みである。

刑事法に関する動向(第4部)

刑事立法としては、鳥取県ディープフェイク条例が、下記のとおり、一定の範囲でディープフェイクを禁止している但し禁止に違反した場合の制裁の内容はは「過料」であり、厳密には刑罰ではないことに留意されたい)。

1.青少年の容貌の画像情報を加工して作成したものを含む児童ポルノ等の作成、製造及び提供をしたときは、当該違反行為をした者は、5万円以下の過料に処する。

その他、多数の生成AI関係の詐欺、猥褻物陳列等の犯罪が報道されており、ある意味では、生成AIの「悪い利用」が目立つ。
しかし、本年3月の報道によれば、AIによって冤罪が判明したこともあるという(朝日新聞2025年3月6日付け「あれ?歌番組の日付違う」 AIの答えと検察側の「不都合な事実」)。

まさに、AIはツールであり、誰がどのように利用するか次第で、大いなる便益を生み出すこともできるし、重大な弊害も生じ得るのである。

その他(第5部)

国際潮流として、『生成AIの法律実務』第11章においては、ハードローのEUとソフトローの米国・日本という対立構造であったのが、2023年10月のいわゆるバイデン政権の大統領令により米国がハードローによるAI規制を本格的に導入したことを踏まえて、いわば「ハシゴを外された」日本が、「AI事業者ガイドライン(最新は2025年3月の1.1版)」といったソフトローのみの状況から転換し、筆者も有識者として発表したAI制度研究会等でAI新法制定に向けて動いてた状況を描写したところである(但し、AI新法は後述の通り決して規制一辺倒ではない)。ここで、現在の各国の状況が「2回目のハシゴ外し」なのか、というのが重要な論点だと考える。

EUでは元々、2024年9月公表の通称「ドラギレポート」(“The future of European competitiveness”)で、競争力重視というAI規制一辺倒でない方向性が打ち出されていたが、2025年1月公表の「競争力コンパス(competitiveness compass)」でこの傾向がさらに強まった。
米国では、トランプ大統領がバイデン時代のAI規制を内容とする大統領令を撤廃し、むしろ州レベルでのAI規制を禁止する法案を提案する等、規制緩和を強く打ち出した。バンス副大統領も、フランスで2025年2月に開催された「AIアクションサミット」で、AI規制を批判した。
つまり、既に米国もEUも規制緩和の方向に動いている。

このような中で、日本ではAI新法が可決成立した。そこで、一見既に規制緩和に動く世界において日本が、ある意味ではその流れと逆行するハードローたるAI新法を制定してしまった、という見方も全くありえなくもない。
しかし、筆者はそうではなく、AI新法は一部ソフトなAI規制を含んでいるものの、AI推進を主たる内容としており、その意味では、競争力強化という世界の潮流にも合致していると考える。この点につき、AI新法を解説する「【2025年施行】AI新法とは?AIの研究開発・利活用を推進する法律を分かりやすく解説!」という記事を公表している。
なお、中国は2025年3月には「人工知能生成合成コンテンツ標識管理暫定弁法」といういわゆるウォーターマーク(電子透かしともいい、特定のコンテンツがAIで生成したことを示すもの。『生成AIの法律実務』35頁参照)規制法を制定している。

まとめ

わずか半年ほどで、このような大幅なアップデートが必要になるのが生成AIの分野である。そして、このような動きの背景には、社会におけるAI利活用が本格化しつつあることを指摘せざるを得ない。
是非『生成AIの法律実務』をお読み頂たい。なお、もし可能であれば、同書と同価格で本書が送付され、その「美味しいところ」を1時間(+質疑)のセミナー形式で学べる本セミナーを受講して頂いて、このような生成AIの法律実務に関する理解を深めてもらいたい。

松尾 剛行

桃尾・松尾・難波法律事務所 パートナー弁護士・NY州弁護士・博士(法学)

桃尾・松尾・難波法律事務所パートナー弁護士(第一東京弁護士会)。学習院大学法学部特別客員教授(キャリア教育担当)。AIリーガルテック協会代表理事。リーガルテック企業プロダクトアドバイザー等の経験をも踏まえ、AI法務に関する実務経験を重ねる。
主な著書に、『生成AIの法律実務』(弘文堂、2025年)『ChatGPTと法律実務』(弘文堂、補訂版、2025年)等。

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