米国事業の避けられないリスク - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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訴訟大国である米国で事業展開する日本企業にとって、ディスカバリー(証拠開示手続)のある訴訟や当局調査等の危機対応は避けて通れない。法律とテクノロジーの両面からのアプローチが肝要だが、法的側面では日本の実務とは大きく異なる訴訟制度、米国子会社との関係性、弁護士の起用方法などが、またテクノロジーにおいては技術革新と多様なツールの存在、さらにはマルチステークホルダー対応などの懸念事項が待ち受ける。これらにどう臨むべきか、3名の専門家が解説した。

米国訴訟・当局対応におけるディスカバリー制度を前提とした法務のファーストステップ

米国ディスカバリー概要

「ディスカバリーは、連邦・各州の民事訴訟、当局調査(Department of Justice(DOJ) やFederal Trade Commission(FTC)のCivil Investigative Demand(CID)等)、仲裁手続、その他の紛争解決機関の手続で利用されます。とりわけ、米国の訴訟や当局調査では、広範な事実の収集のため、当事者(実質的には代理人弁護士)主導で実施されます。日本の訴訟との違いは、①訴状の簡素さ、②訴訟内容へのアクセスのしやすさ、③弁護士費用。特に、②について各種メディアをはじめ誰でも閲覧可能なことに留意が必要です」と注意喚起するのはGreenberg TraurigのWashington DCオフィスに所属する忠津充弁護士。
関係者が所持する書類・データすべてではなく、“Responsive”なものを慎重に見極めながら開示していくのだが、日本では誤解も少なくないと指摘する。

忠津 充 弁護士

米国ディスカバリー開示までのステップ

「開示までの重要なステップは、①ガバナンス(Governance)、②保全(Preservation)、③レビュー(Review)、④開示(Production)、です。訴訟等の気配が何もない平時でも、この時系列を遡って何が必要かを考え、ガバナンスを整え、各ステップの主幹は誰かも確認しておきます。たとえばパソコンやスマホデータ保全の場面では、法律事務所のみでは完結できず、IT部門やディスカバリーベンダーの協力が必須となります」と忠津弁護士は語る。
Relativity等のプラットフォーム上でレビューするための処理や、レビュー後の開示に際しても、ディスカバリーベンダーとの協業が必須となり、レビューでは、キーワード検索やドキュメントのタグ付けの活用や、多層構造チームでのクオリティ・コントロールのための体制構築がポイントだという。
「日々の弁護士・依頼者間秘匿特権のトレーニングも重要で、従業員が“privileged”と記載していれば、それだけでも見落としがなくなります。開示を免れるかの判断にはとても複雑なものもあり、従業員の段階では、まったく書かないより、誤ってでも記載していたほうがよく、弁護士のチームのレビューでカバーしていきます」。この手法により、膨大な量の開示を短時間で効率的に実施していくことができると忠津弁護士は説明する。開示の前提として、“合理的に予測される”訴訟に関連する文書やデータの保存が必須となり、米国外にある日本本社も同様の義務を負うことになる。不適切な保全には制裁リスクがあることにも留意しなければならない。そのため、保全通知(Hold Notice。Litigation Holdとも呼ばれる)は、誰が、いつ、誰に出すか等のロジスティクスの確立や社内ITとの協力が求められる。
ガバナンスの要諦は、平時からの準備と文書保存規程の策定である。「文書保存規程は、グローバルで一貫したルールであるとともに、米国法で期待される水準に達しているかを意識すること。また、運用状況の定期確認や監査も大切です」(忠津弁護士)注1

Eディスカバリーの実務とベストプラクティスについて

データ収集 データ保全 データ処理(プロセシング)

「データ保全の初動段階からEディスカバリー支援プロバイダーが参画することで、法律事務所・法務部/知財部とIT部門との橋渡しをすることができますし、開示までの作業時間の把握などの制裁回避のためのスムーズな対応が可能となります」とエピック早川浩佑氏は示す。
また、データ収集・データ保全時の注意点として、紙の文書の電子データ化に要する時間、独自データベース内のデータ抽出方法、自動消去されるデータの有無、PCのリースアップおよびリニューアル時、従業員の退職・部署異動時、文書破棄規程に沿った運用、レガシーシステムのデータ移行も実務上の重要なポイントとして掲げている。データ保全後は、関連ドキュメントを絞り込むための検索作業の準備として、インデックスを作成する。
「証拠資料は通常膨大なため、ケースにもよりますが、重複ドキュメントの除去などにより約50%にまで、さらにキーワードや日付検索で約20%まで絞り込みます。ドキュメント・レビューは、人の眼で関連性の有無を確認するため、Eディスカバリーコストの約7割から8割はここに起因するといわれています。最近ではAIの進歩により、人の眼+機械学習でレビューの効率化およびコスト削減が可能になってきました」(早川氏)。

早川 浩佑 氏

ドキュメント・レビュー/解析 証拠開示(プロダクション)

AI機械学習は、“教師データあり”と“教師データなし”とに大別され、前者では、案件を熟知しているチームによる前段階のレビュー、一定程度の時間と労力が必要となる。一方、後者では、案件開始と同時に、レビューアーによる判断を学習し、アルゴリズムにて関連性のスコアリングを付与し、関連性の高いドキュメントを特定していく。
そして、証拠開示(Production)においては、「弁護士チームから依頼される多岐に渡る業務を、日本語・英語の両言語で遅滞なく、円滑かつ正確に実施できるサポート体制およびグローバルチームとの連携が案件の成功の鍵」だと早川氏は指摘した。

米国危機対応におけるマルチステークホルダーエンゲージメントの要諦

ひとたび危機が発生したときに…

「米国におけるハイステークな当局対応・訴訟においては、さまざまなステークホルダーの巻込み方が大きく変化しており、デジタルの活用はもちろんのこと、街で人々が見かける広告の利用、インフルエンサーの声の活用といった、まさに総力戦が必要とされてきています」と、ブランズウィックの喜多良寿氏は分析する。特に危機的局面におけるステークホルダーとのエンゲージメントは、その対応を誤るとレピュテーションはおろか事業活動そのものを崩壊させるリスクを孕んでいる。
定期報道は、SNS等の常時報道へと変貌を遂げ、企業と顧客のコミュニケーションもより直接的なものへと変化した。
「こうした社会変革に企業が対応するためには、複数部署の巻込みが肝となります。IRは投資家に、PRはメディア・SNSに、人事は従業員に、法務・渉外は規制当局・業界団体に、営業は顧客・取引先にと、それぞれのステークホルダーに対応する部署が個別・場当たり的に対応するのではなく、全体を束ねる一貫したナラティブが必要であり、それこそがマルチステークホルダー・エンゲージメントです」と喜多氏は語る。

喜多 良寿 氏

 戦略的な危機対応エンゲージメント

「まず平時に想定リスクを洗い出し、危機のシナリオで重要となるステークホルダーをマッピングしたうえで、エンゲージメントの計画を策定します」(喜多氏)。
“危機”は明確に定義し、ステークホルダーの反応を考慮したシナリオに応じてリスクを抽出し、戦略を立てる。これらのシナリオと対応方針に基づいて早期検知体制を整備する。また、既存プロセスにあるギャップを特定し、エスカレーション・意思決定プロセスを構築する。
「これを一つの型としてPlay Bookに示しつつ、予行演習で見えてきた脆弱性を改善していきます」(喜多氏)。そして、事案発生時には、実際の状況に応じて柔軟に一貫性あるメッセージを適時かつ適切なトーンで発信することが、危機対応時における戦略的なステークホルダー・エンゲージメントの要諦であると語った。

[注]
  1. 参考:共著― Document Retention for U.S. Litigation Beyond Borders: Considerations for Foreign Companies[]

忠津 充

Greenberg Traurig(グリーンバーグ・トラウリグ)
弁護士・ニューヨーク州弁護士

Greenberg Traurig(グリーンバーグ・トラウリグ) 弁護士・ニューヨーク州弁護士。Washington DCオフィスの訴訟チームに所属(2024年12月当時)。2012年日本での弁護士登録。日米の企業訴訟、仲裁、米国当局調査(DOJ・FTC)での代理業務に主に従事。日本企業への米国法務・クロスボーダー法務の支援を行っている。

喜多 良寿

Brunswick Group(ブランズウィック・グループ)
アソシエイト/CFA協会認定証券アナリスト

Brunswick Group(ブランズウィック・グループ) アソシエイト。日本企業のグローバル事業において、規制当局を含む多様なステークホルダーとの関係構築の支援を行う。ブランズウィック参画前は、在米国日本大使館において、財務アタッシェとして米財務省を含む米当局やワシントンDCにおけるシンクタンクと協働し、経済制裁や直接投資規制に精通している。それ以前は、日本財務省において、租税政策、マクロ経済分析、国際金融政策等に従事。コロンビア大学国際公共政策大学院にて公共政策修士を取得。CFA協会認定証券アナリスト。

早川 浩佑

Epiq(エピック)
シニアディレクター/公認不正検査士(CFE)

Epiq(エピック) シニアディレクター/公認不正検査士(CFE)。日本企業やグローバル企業の訴訟案件・調査案件に関するソリューション提案やマネジメント全般、および当事者である企業および法律事務所と連携を取りながら、ワークフローの最適化を図る。ニーズにマッチしたサポートに定評があり、クライアントの訴訟・調査戦略の実現に尽力する。