欧州における立入調査の新傾向と対策について - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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欧州に拠点をおく日本企業にとって、欧州委員会およびEU加盟国の各競争当局(以下、「EU委」という)による立入調査は常に身近なリスクと言っても過言ではない。ところが、コロナ期にEU委の調査活動が下火であったことを背景に、トレーニングが後手に回っている企業も少なくないのではないだろうか。立入調査件数や制裁金額が急速に復調する今日、各社の現場(事業所)と管理部門(法務・システム等)を中心に進めるべき準備・対応について、2名の専門家から講演いただいた。

突然行われる強制的な証拠収集にも万全の態勢を

調査件数の推移と調査妨害の生ずる背景・制裁事案

「コロナ・ショック収束期にあたる2022年10月、欧州委員会は立入調査を重点化する方針を公表しました。2020年度以降、件数は年々増加し、2023年度は、コロナ前を大きく上回るペースで実施されています。過去には日本企業に対する調査・制裁もあるため、油断は禁物です」と注意喚起するのは、ベーカー&マッケンジー法律事務所・外国法共同事業の井上朗弁護士。
ある日突然、捜査官が事業所や自宅に押しかけ、強制的に業務用機器のデータを回収していく衝撃もさることながら、パニックのあまりメールやチャットメッセージを隠匿・削除したり、証拠開示を拒んだり遅延させたりすれば“調査妨害”を認定され、企業への巨額制裁金や自身の身体的拘束につながりかねない。「調査妨害行為が発生するリスク要因として、コロナ期中の各社におけるトレーニングの“緩み”に加え、在宅勤務の普及によりIT担当者の対応・協力が得られないケースなどが想定されます」と井上弁護士は述べ、EU委より数万〜数百万ユーロの制裁金が課された最近数年間の調査妨害事案を紹介した。

EU競争法体系と違反類型、調査時における注意事項の整理

各企業は、調査や制裁のリスクを十分認識するとともに、EU競争法の体系と日本の法制度との違いに関する基本知識を復習したうえで準備・対応にあたる必要がある。井上弁護士が大枠をわかりやすくおさらいする。
「EU競争法は、“①行動規制”と“②構造(M&A)規制”に大別され、①は、さらに“水平規制(対・対等企業間)”と“垂直規制(対・販売代理店、ディストリビューター)”それぞれについて、弁解が一切許されない“一発アウト型”の“ハードコア”規制と、行為態様や市場シェア等に照らして判断する“ノン・ハードコア”規制に区分されます。そのほか、“支配的地位の濫用”規制が規定されていますが、これはいわゆるGAFAによる違反嫌疑事案が有名です。また、②は、“事前届出”にかかる規制(ガン・ジャンピング規制を含む)と、M&A自体の合法性を判断する“実体審査”で構成されます(図表1)。

図表1 EU競争法における規制区分

① 行動規制

水平規制

カルテル規制(ハードコア規制)

ノン・ハードコア規制

垂直規制

ハードコア規制

ノン・ハードコア規制

支配的地位の濫用

② 構造規制

企業結合規制

事前届出

実体審査

最近の注目すべき違反・嫌疑事例としては、

・ 【事案①】欧州の複数国に拠点を有する事業法人Aが、B〜D国の拠点を通じて傘下のディストリビューター(代理店)の越境取引等を制限することにより製品価格の維持・安定を図った「再販売価格拘束」「顧客分割」「地域分割」行為(2018年/図表2

・ 【事案②】JV解消時において、出資企業2社が、当該JVおよび出資企業等に属する特定の技術者の引き抜きを相互に行わない旨の約定(Non-Poach Clause)をした行為(2023年11月現在、EU委による捜査が進行中/図表3

などが挙げられ、事案①はEU競争法の典型的な規制類型である“再販売価格拘束”に該当する事案、事案②は、日本の独禁法の感覚ではなじみが薄いと思います、がカルテルに該当する注意すべき類型といえます」(井上弁護士)。

図表2 事案①の概要

図表3 事案②の概要

最後に、実際の立入調査時の注意事項について、井上弁護士は

・ 弁護士の立会権が認められていないこと(実務上、立入調査は捜査官到着から30分を待たずに開始される)

・ 個人情報やプライバシーの抗弁が認められていないこと

・ 日本本社など、外国のサーバーを通常業務で閲覧している場合(whether to have an access in a normal course of business)は、当該サーバーの情報も調査対象となること

・ 弁護士-依頼者間の秘匿特権や被調査者の黙秘権は限定的ながらも認められているため、権利放棄とみなされる前に行使可能な権利は行使する必要があること

などを挙げ、社内トレーニング(特に自宅への立入調査対応)の継続実施と緊急時対応にかかるマニュアルの整備・更新の重要性を訴えた。

井上 朗 弁護士

電子情報の収集・解析にかかるフォレンジック・サービス導入のススメ

“三位一体”の社内調査チームの結成・活動を支援

欧州でも米国でも、立入調査や事実審理における証拠収集の眼目が紙媒体から電磁的記録に移り、取り扱われる証拠の範囲・件数も桁違いに増えた現在、各社の証拠保存(隠滅防止策)に際しては、人的対策に加え、システム・技術面の対策が不可欠だ。そして、かかる対策は、立入調査を踏まえて実施される社内調査でも同様である。
「社内調査チームの立上げからデータ保全・収集、回収したデータの解析、レビューとe-Discoveryを含む証拠開示対応まで、当社の提供するデジタルフォレンジック・サービスが、顧客企業や法律事務所と“三位一体”となって効果的な支援策を提供します」と、Epiq・シニアディレクターの早川浩佑氏は前置きし、各局面における同社の具体的なサービス内容を詳説した。

データ収集・保全から解析、開示までのシームレスな連携を可能に

「まず、①証拠となるデータの収集・保全のフェーズにおいてあらゆるソース(Eメール、クラウドストレージ、携帯デバイス、ビジネス連携ソフト、(オンプレ)ファイルサーバー等)から生データを効率的に収集した後、②データ処理で①の生データに対してメタデータの抽出・解析や重複ドキュメントの除去等を実施して対象文書のデータベースを構築し、あらかじめ当社にて検討・準備したインデックスに即した検索作業を繰り返し、人的レビュー対象のコア・ドキュメントを絞り込みます。③法律事務所と協同したレビューにあたっては、人の目とかけ合わせた AI/機械学習での高度解析も既に普及していますが、一昔前のような教師データを用いた事前の機械学習を経ることなく、初期のレビュー過程で得た学習結果をスコアリングして残りの文書のレビューに応用する技術も導入されています。さらに、これらを通じて④e-Discoveryや他の証拠開示・報告においても、当社のデジタルフォレンジック・サービスを通じてご提供するデータを用いて広く対応いただけるものと期待します。当社サービスの最新の国内運用動向については 、毎年当社にて調査レポートを発行していますので、当社サービスと併せてお役立てください」(早川氏)。

早川 浩佑 氏

井上 朗

ベーカー&マッケンジー法律事務所 パートナー弁護士/法学博士(Ph.D.)

20年以上にわたり日本企業を代理して欧州委員会の案件に対応してきた実績を有し、欧州委員会の立入調査の対応経験も有する。反トラスト法・EU競争法の著書・論文120本以上。

早川 浩佑

Epiq シニア・ディレクター/公認不正検査士(CFE)

日本企業やグローバル企業の訴訟案件・調査案件に関するソリューション提案やマネジメント全般担当。当事者である企業や法律事務所と連携をとりながら、ワークフローの最適化を図る。