人的資本有価証券報告書記載義務における開示お悩みポイント - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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はじめに

2023年1月施行の「企業内容等の開示に関する内閣府令及び特定有価証券の内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」(令和5年1月31日内閣府令第11号)(以下、本改正法施行後の「企業内容等の開示に関する内閣府令」(昭和48年1月30日大蔵省令第5号)を「改正開示府令」という)により、同年3月期決算以降、有価証券報告書を発行する上場企業は、重要業績評価指標(Key Performance Indicator,KPI)として、人的資本に関連する方針、指標を

・ 「従業員の状況」

・ 「サステナビリティに関する考え方及び取組」

の記載欄にそれぞれ記載することが義務づけられました。これは、近年、“企業の価値や競争力は無形資産により左右される”という考え方が浸透してきており、その中でも“人的資本”の重要性が注目されてきていることが背景にあります。

とはいえ、当該情報の記載にあたっては、「どう記載すべきか」など、お悩みになることも多いのではないでしょうか。そこで、本稿では、人的資本有価証券報告書記載義務における開示ポイントについて簡単にご紹介したいと思います。

開示の範囲

2022年8月30日に公表された内閣官房非財務情報可視化研究会「人的資本可視化指針」においては、開示事項の例として以下が挙げられています。

図表1 開示事項の例

育成

・ リーダーシップ
・ 育成
・ スキル/経験

エンゲージメント

流動性

・ 採用
・ 維持
・ サクセッション

ダイバーシティ

・ ダイバーシティ
・ 非差別
・ 育児休業

健康・安全

・ 精神的健康
・ 身体的健康
・ 安全

労働慣行

・ 労働慣行
・ 児童労働/強制労働
・ 賃金の公正性
・ 福利厚生
・ 組合との関係

コンプライアンス/倫理

出典:非財務情報可視研究会「人的資本可視化指針」28頁

また、現時点(2024年3月時点)で上記改正開示府令によって直接に挙げられている記載内容について、金融庁は

・ 人材の多様性の確保を含む人材育成の方針や社内環境整備の方針及び当該方針に関する指標の内容等

→必須記載事項として、サステナビリティ情報の「記載欄」の「戦略」と「指標及び目標」において記載を求める。

・ 提出会社やその連結子会社が、女性活躍推進法等に基づき「女性管理職比率」「男性の育児休業取得率」および「男女間賃金格差」を公表する場合

→これらの指標について、有価証券報告書等においても記載を求める。

と、その要部を示しています(金融庁「『企業内容等の開示に関する内閣府令』等の改正案に対するパブリックコメントの結果等について」2.【1】⑵)。

記載において注意すべきポイント

この開示のそもそもの趣旨に鑑みれば、当該情報の記載にあたっては、企業の価値向上や社内外の評価を考慮することが肝要であり、そのためには企業の独自性と比較性のバランスの確保を意識して情報を開示することが求められます。たとえば、数値を挙げるにしても、

・ なるべく見やすく(表、グラフの活用)、タテ(時間的推移)・ヨコ(業界平均、同業他者の数値)の比較を意識する。

・ 掲げた数値をもとに、人的資本の維持向上に尽くしてきた努力とこれからの努力目標を説明する。

といった対応が必要になると思われます。

また、開示ニーズが企業の“価値向上”にあるのか、あるいは“リスク管理”にあるのかを意識して、記載する情報を取捨選択することも重要です。無論、社会的に問題視されている項目、近年の例では

・ 女性登用推進

・ 長時間労働の是正や柔軟な働き方の導入を含めた労働時間対応

・ 年功にこだわらない人事制度の設計および運用  等

については、極力漏れなく説明を行うことが必須となるでしょう。

*    *

以上、人的資本有価証券報告書記載義務における開示ポイントについてご紹介しました。本稿が企業ご担当者のみなさまのお役に立てれば幸いです。

岡芹 健夫

弁護士法人髙井・岡芹法律事務所 代表社員弁護士

91年早稲田大学法学部卒業。94年弁護士登録(第一東京弁護士会)、髙井伸夫法律事務所入所。10年「髙井・岡芹法律事務所」に改称、同事務所所長就任。23年「弁護士法人髙井・岡芹法律事務所」に組織改編、同事務所代表社員就任。第一東京弁護士会労働法制委員会委員、一般社団法人日本人材派遣協会監事および経営法曹会議幹事等を歴任。著作『労働法実務 使用者側の実践知〔LAWYERS’ KNOWLEDGE〕〔第2版〕』(有斐閣、2022)『取締役の教科書 これだけは知っておきたい法律知識〔第2版〕』(経団連出版、2023)『労働条件の不利益変更 適正な対応と実務』(労務行政、2015)『雇用と解雇の法律実務』(弘文堂、2012)等。